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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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ピスフィの魔述

 ピスフィ嬢ご一行が到着した、翌朝。

 裏庭に出て、いつものように笹で歯をみがいていると。


「こうた、はやいの」


 ねむそうな顔のピスフィ嬢が、のそっとやってきた。


「おはようございます、ピスフィ嬢」

「嬢は要らぬよ」

「そうですか? それでは、お言葉に甘えます」

「かまわん。ピスフィと呼び捨てよ」


 尊大な言い方をして、おおあくびを一つするピスフィ。


「嬢」


 どこからか駆けつけたミリシアさんが、ピスフィにマントをかぶせる。

 わずか一日で、マントがぺこぺこする様も見慣れてしまったなあ。


「本日はどう過ごされましょうか?」

「ふぉふぁふ、ふぉふぁふ」

「しっ失礼しました!」


 このやりとりもね。


「ゆうたが言っておった、寒い冬について調べておきたい」

「では、魔述を?」

「そうさせてもらうとしよう」


 ピスフィ、魔述師だったのか。

 さもありなんだけど。


「それじゃあ、悠太君も呼んでいいですか?」

「もちろんじゃ」

「朝食を済ませたら、はじめるといたしましょうか。ところで康太よ、榛美はどうした?」

「陽が高くなるまでは寝てますよ」

「そうか」


 それで納得してくれるミリシアさんも、だいぶ榛美さんになじんできた様子。

 よかったよかった。



 赤ちゃんぐらいよく眠る榛美さんが、ようやく目をさまし。

 かまどの前で、ねむそうに魔述を詠う。


「はしばみは、魔述師なのじゃな」

「ふわぁあああいそうですよ」

「榛美さん、あくびついでに返事をするのはどうかと思うよ。

 ほら、ピスフィもびっくりしてる」

「うむ、たしかにおどろいた」

「ううー……でもねむいんです。でもごめんなふわぁあああ」


 何も言うまい。


「あくびまじりで返事をしようと、それはかまわぬが……

 はしばみよ、主ゃはみどもをおどろかせてばかりじゃの。そのように魔述を詠う者など、聞いたことがない」

「そうなんですか?」


 きょとんとする榛美さん。

 お、ちょっと興味深い話になりそうだぞ。


「魔述の源たるカリアに触れるというのは、たやすいことではない。

 そもそも魔述を詠う理由は、心をカリアに寄せるためじゃ。欠伸まじりで詠うなどとは……」


 ここで少々、魔述についておさらいしておこう。

 魔述とは、クオリアを現実化する力のことを指す。

 炎であれば、現象ではなく、本人が抱いている『炎ってこういう感じ』を、実際に生み出せるわけだ。

 そのために、高度な教育で、魔述に適したかたちに、現実認識をゆがませる。


 心をカリアに寄せるというのは、呪文を変性意識トランス状態へのスイッチとしているのだろう。


 そう考えると、ピスフィの驚きもなんとなく分かってくる。

 トランスに入り込むことなく、日常の延長として魔述を使うのは、ものすごくむずかしいことなのだ。


「でも、鉄じいさんも普段からこんな風ですよ」

「賽殿であれば、納得も行く話じゃがな。はしばみよ、誰に教わった?」

「お父さんです。あ、でも、お父さんはもういないんですけど……」


 あああ、大変だ、この話を持ち出すと榛美さんがしゅんとしてしまう。


「穀斗さんという方がいらっしゃったそうです。この話は後々ゆっくりしましょう。榛美さん、手伝うよ」

「はい……」

「豆乳とアミガサタケで、リゾットでもつくろっか。ちょっと時間かかっちゃうけど、おいしくなるよ」

「あ……は、はい! 康太さんのおいしいの、たべたいです!」


 よかった、榛美さんがなんとか笑顔になってくれた。

 ピスフィにはばつの悪い思いをさせちゃったかもしれないけど、そこはなんていうか、許していただきたい。

 こっちは、お茶に執心するイギリス人ぐらい、榛美さんの笑顔に依存しきっているのだ。



 朝から気合いの入ったごはんを食べたら、いよいよ、魔述のおひろめだ。


「あらかじめ警告しておくが、嬢の魔述は、実以てすさまじいものだ。

 腰を抜かす準備は怠りなくしておけ」


 ミリシアさんがおもしろいことを言ったので笑おうとしたけど、真顔だったのでやめた。


「腰をぬかさなくちゃいけないんですか?」

「そういうことではないよ、榛美。だが、間違いなく腰をぬかすことになる。私は覚悟を問うただけだ」

「わ、わかりました。がんばって腰をぬかします」

「よい心がけだ」

「はいっ!」


 ミリシアさんと榛美さんが、なんとなくかみ合わない会話を続ける、その横。

 瞳を閉じたピスフィの体に、ゆっくりと緊張感が満ちていくのが分かる。


「どんな魔述なんだ?」


 とは、悠太君。

 表情にあらわれているのは、好奇心半分、苦手意識四分の一、恐怖四分の一、といったところ。


「識の系、語彙は問う。森羅万象より、答えを得る魔述だ」

「わかんねー」


 いつの間にか榛美さん家のまわりに、村人たちが集まっている。

 見せ物の雰囲気を感じたらしく、遠巻きにざわざわしていた。

 湖葉さんと捧芽君が、葛葉で包んだお団子を配りあるいている。

 あとで一個わけてもらおう。


 不意にピスフィが、目をひらく。

 その瞳の奥で、魔法陣が紫色にかがやいていた。


「時よ、時――」


 ささやくような、だけど、空気をふるわせるような声。


「お前は生命いのちを育む陽光にして、全てを刈り取る厳冬」


 おひさまの光が、ふいにかげった。

 空を見上げた誰もが、ミリシアさんの言葉どおり、きっちり腰をぬかした。


 光を遮り雲を割り、巨大な魔法陣が、宙に浮かんでいる。

 外周の二重円が、それぞれ反対方向にゆっくりと回転し、中央の象形文字は不動。

 村全体が、紫色の光に包まれている。


「うひゃああむらさき色で大きい!」


 ここ一番のやり方で榛美さんは腰をぬかした。

 数ヶ月前から練習していたんじゃないかというぐらい、あざやかな腰のぬかし方だった。


「お前は最も老いた神にして、最も若い嬰児みどりご

 お前は子宮こつぼにして疫病やまい

 お前がもたらすのは緑の芽吹き、お前がもたらすのは灰の曠野こうや


 ピスフィの声がいよいよ朗々と山間に響きわたる。

 凍るように冷たい突風が、なにかを探すように吹き下ろしはじめ、木々を、家を揺らす。

 

「時よ、時。我が語彙は問う。魔述に応え、全てを語れ」


 ひときわ強い風が吹き、屋根に葺かれた木の板が何枚か、ぐるぐる回転しながら上空に消える。


 直後、魔法陣が、うすく引き延ばされたようにして消え、全てが元通りになった。

 風が止み、おひさまの光がふりそそぎ、おだやかで湿って暑い、給地の夏がもどってきた。


「お、おわりですか?」


 腰をぬかしていた榛美さんが、きょろきょろしながら立ち上がる。


「おわりじゃ」

「嬢、お体を」

「うむ」


 肩で息をするピスフィを、ミリシアさんが抱き上げた。


「どうだ、腰を抜かしただろう」


 ピスフィをだっこしたミリシアさん、なんか、我が子をほこるお母さんみたいな感じになってる。


「腰をぬかす覚悟があったから、ちゃんと腰をぬかせました! ありがとうございます!」

「で? なんだったんだよ。なにが分かったんだよ?」


 同じく腰をぬかしていた悠太君は、ちょっとばつが悪そうな表情。

 年頃の男子だもんねえ、腰をぬかすのは恥ずかしいよね。


「なにが分かったのかは、これから分かることじゃ」


 ピスフィは、額ににじんだ汗を、ミリシアさんのうさ耳でぬぐった。

 え、そういう使い方していいの。

 いいなそれ。


「意味わかんねえ」

「ミリシア、川を越え、平たい地に出て、切り株を求めるのじゃ」

「はい」


 ひとつうなずいたミリシアさんが、説明もせず、すたすた歩き始める。

 なんだかよく分からないけど、ついていくしかない。


 やがて僕たちは、なじみのある場所に出た。

 アブラナの生い茂る、川沿いの土手だ。

 かつてエルフの灌漑農地があったけど、今や雑草がむしゃむしゃと生い茂るばかり。


「このあたりでありますか?」

「うむ。おろせ、ミリシア」


 ピスフィが、ミリシアさんの腕の中からぴょこんと飛び降りる。


「主ゃらも手伝ってくれ。切り株こそ答えじゃ」


 背丈よりも高い草むらに、がさごそ分け入るピスフィ。

「切り株って……そりゃ、切り株のこと、なんだよな?」

「うむ」


 ピスフィが、雑草の合間からぴょこんと顔を出した。

 悠太君は、疑わしげな表情を力いっぱい浮かべた。


「まあまあ、探してみようよ。答えがあるって言っているんだし」

「そうですよ、ユウ。あんなに腰をぬかしたんだから、ピスフィちゃんのことを信じないと」

「う、うるせえ。言われなくても探すわ。うるせえな。腰なんか抜かしてねえし」


 ふてくされた悠太君が、雑草の中に分け入っていく。

 僕と榛美さんも、手分けして切り株とやらを探し始めた。

 しかし、なんで切り株なんだろう。

 魔述の目的は、『寒い冬について調べる』ことだ。

 それと切り株がどうつながるのか、さっぱり分からない。


「あいたーっ!」


 考えていると、榛美さんの景気いい声が聞こえた。


「榛美さん、だいじょうぶ?」

「だっだいじょうぶですひざがすごく痛い!」


 草をかきわけ、手をさしのべる。


「なにかでっぱりがあって……いたたた」


 体育座りになって、膝こぞうに息をふきかける榛美さん。


「はやく川で洗っといで。でも、でっぱりかあ」


 榛美さんがつまづいたあたりに、はいつくばってみる。

 むきだしになった土を手で払うと、たしかに、なんかのでっぱり。


「これかあ。ありましたよ、切り株です」


 僕の呼ぶ声に、みんなが集まってきた。

 さすがエルフの娘さん、見つけてくれました。

 

「それでピスフィ、この切り株でなにが分かるんですか?」

「分からぬ」

「えっ」


 予想外の返事がきたぞ。


「みどもの魔述は、答えを知るもの。問いが分からねば意味がない」

「あ、うん、そういうものなんですね」


 『生命、宇宙、その他もろもろ』の答えが『42』だった、みたいな話だ。


「はー、いたかった……洗ってきましたよ康太さあいたーっ!」

「うそぉ?」


 駆け戻ってきた榛美さんが、また切り株につまづいた。

 手を伸ばして、なんとかキャッチする。

 見目うるわしいエルフの娘さんが、左膝に懸念をかかえてしまったら、これはもう給地の一大事だからね。


「ご、ごめんなさい! なんか……わー、康太さんだー! って思ったら、下が見えなくなっちゃって」

「そう言ってくれるのはうれしいよ」


 全力でけとばされたせいか、切り株が少し欠けている。

 泥におおわれているのは表面だけで、しっかりした木の組織が残っていた。


「あっ」

「なんじゃ?」


 わかった。

 切り株は、たしかに答えだった。


「ミリシアさん、その剣、よく切れますか?」

「出し抜けではあるが、よいところに目をつけたぞ、康太。我が愛刀ドワーブルシュタッス’ネイデルは、名前が通り、ネイデル家が友たるドワーフによって鍛えられ、代々伝わる宝剣。大半島に住まう氷結巨人とて、一刀のもとに斬り伏せ」

「そら、使うがよい」

「ありがとうございます」

「うわーっ! ドワーブルシュタッス’ネイデルがーっ!」


 ミリシアさんが絶叫した。

 なんでも切れるというから、ちょっとかんな代わりに切り株の表面を削ってみたんだけど。


「康太、貴様、恥を知れっ! ドワーブルシュタッス’ネイデルは大工仕事の道具ではないぞ!」

「す、すみません」


 べらぼうにおこられた。


「かまわぬよ。たまには抜いてやらねば、剣を打ったドワーフも悲しむじゃろう」


 ピスフィは愉快そうにわらった。


「じょ、嬢……」


 土まみれになった剣をにぎりしめ、半べそのミリシアさん。


「ごめんなさい、ミリシアさん。でも、問いは見つかりましたよ」

「ほう」

「やっぱり……うん、まちがいない。この土地は、周期的に寒冷化しています」


 つるりとした切り株の表面を、なでてみる。


「なんで分かるんだ?」

「年輪だよ」


 のぞき込んできた悠太君に、返事をする。

 悠太君はしばらく年輪をにらんだ後、


「ああ……そういうこと、なんだな」


 神妙な表情でうなずいた。

 この切り株、なんの木かは分からないけど、樹齢は三百年を越えているようで、べらぼうに大きい。


「なあ、これってさ」

「うん。エルフの神話に出てきた、エールロンの木だと思う」


 アオサギと恋に落ちたことで父ティエルタルの怒りを買い、大樹の根本に追いつめられ、自ら火を放ったエールロン。

 ティエルタルがエールロンの遺灰を木々のあった場所に撒くと、アブラナが実ったという。

 史実にも似たようなできごとがあったのだろう。


 問題は、その年輪だ。


「ここと、ここ。年輪の幅が、ものすごく細くなっています」


 ピスフィとミリシアさんに、指でしめしながら説明する。


「木というのは、あたたかい時によく成長し、さむい時には成長を止めます。つまり、年輪の幅を見れば、その年の気温が分かるということです」

「ふうむ……百年周期といったところかの」

「氷結巨人大移動説と、周期は一致しますね」


 顔を見合わせ、うなずきあう、ピスフィとミリシアさん。


「……じゃあ、間違いなく、寒い冬が来るってことだよな」


 事実の重みをかみしめるような、悠太君のつぶやきだった。


「全てを凍らせる夜が来るのじゃ。さほど遠い話ではないじゃろう」


 音もなく、静かに、西からゆっくりと迫り来る死。

 領主より、もっとずっと厄介な問題に、いよいよ、僕たちは直面した。


「戦をはじめる必要がありそうじゃの、ゆうた」


 ピスフィが、悠太君の背中を、ぽんとたたく。


「あっ……ああ、そう、なんだな。始めなくちゃ、ならねえんだ」


 青ざめた顔で、何度もうなずく悠太君。

 誰もが、何かいわなくちゃならないことは分かっていて。

 だけど、どう動いていいのか、分からない。

 途方にくれたような、くたびれはてて、眠りたいような気分だった。


「あの……ごはんたべませんか?」


 だしぬけに、榛美さんが言った。


「メシだって? 冗談だろ、こんな時に」

「ユウは朝、ちゃんと食べてきましたか?」

「……別に、どうだっていいだろ」

「おなかが空いたままじゃ、心も体もうごきません。なにしろわたしたちの体は、ごはんでできているんですからね。そうでしょ、康太さん」


 榛美さんが、ふにゃふにゃっとほほえむ。

 春の日差しみたいな笑みをうかべる。


「全く、榛美さんの言う通りだよ。体はごはんでできている。おいしいものを作るから、食べながら考えよう」

「それは名案だ。私もおなかが空いたぞ」

「みどももじゃ」


 悠太君はためいきをついて、苦笑した。


「なんか……昨日からオレ、ちゃんとメシ食ってないみたいだな」

「それじゃあ、とびきりおいしいものを作るよ」

「わあ! ユウ、ききました? ただでさえおいしい康太さんが、とびきりおいしいものを作るんですよ!」

「オレがふてくされたおかげでな」

「はい! ユウのおかげです!」


 それでみんな笑って、とにかく、お昼ご飯を食べることにした。

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