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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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あるべき姿

 ピスフィ嬢が、松茸の収量や、この村の歴史について問い。

 榛美さんが、「わかりません!」と「知らないです!」と「ごめんなさい!」を連発し。

 僕が、分かるところだけフォローを入れて。


 そうこうしている内に日が暮れて、村人たちがやってくる時間になった。


「榛美ちゃん、いるか」


 引き戸が、ためらっているみたいにぐずぐずと開き。

 木桶をかかえた讃歌さんが、入ってきた。


「こんばんわ、讃歌さん! もうそんな時間ですよね! うわー大変だ今からわたしはみんなのごはんを作るのに忙しいからピスフィちゃんのお相手はできませんねすっごく残念ですけど!」


 ものすごい早口で、ピスフィ嬢に『わかってください』の目線を送りながら、榛美さんが立ち上がる。

 

「女衆がこわがっちまってさ。鮎だのなんだの、俺たちに押しつけて逃げ帰っちまったんだ」

「すまないことをしたの。みどもらに、あなたがたを怖がらせるつもりはないのじゃ」

「ヘカトンケイルからのお客様には悪いけど、俺たちゃどうにも臆病でよ。ま、気にせず白神様と話でもしといてくれ」


 気さくな口ぶりでピスフィ嬢に笑いかけた讃歌さんは、台所に木桶をはこんでいった。

 讃歌さんの怯えは、村全体に伝わるだろう。

 だから、内心はどうあれ、つとめて明るくふるまっている。


「今の者、村のまとめ役かの」

「ええ、讃歌さんです。とても優しい方ですよ」

「そして勇敢じゃな」

「はい、本当に。ここは少しうるさくなりますから、どこか場所を移しましょうか?」

「みどもは、村の人々の話を聞きたい。邪魔になるというのであれば、かまわんがの」

「うーん……」


 勝手に許可を出せるような話じゃないし、困っていたら。


「かまわねえよ、好きにしてくれ。白神様が転がり込んでからこっち、こんなことばっかりでな。みんなもう、慣れっこさ」


 どぶろくの瓶を抱えた讃歌さんが、そう言ってくれた。


「ありがとう、讃歌殿」


 讃歌さんは手をひらひら振って、台所に戻っていった。


 やがて人が集まり、鍋もお酒も行き渡り、いつもの夕ご飯がはじまる。

 足高さんののろけ話だの、村のうわさ話だの。

 そうした中で、いつの間にか、村のものごとが決まっていく。


「鉄じいさんの話じゃ、山向こうで米の相場が下がってきてるみてえだな。寝てる田んぼを一枚起こしてやって、豆を増やすぞ」

「おめえ、人手はどうするんだよおめえ」

「てめえんところの捧芽も、だいぶ動けるようになってきてるじゃねえか」

「そりゃあおめえ、捧芽はおめえ、もう元気いっぱいってもんだぞ! こんど連れてくるからよおめえ、酒の味もおぼえさせてやってくれや」

「おお、いいじゃねえか。堅葉のやつの思い出話でもあてに、しみじみ呑みてえもんだなあ」


 ピスフィ嬢は、しずかに耳をかたむけ、人々の話を聞いている。


「ヘカトンケイルのお嬢ちゃんよ、あんたはごはんを済ませたのかい?」


 話題の切れ目で、讃歌さんが、ピスフィ嬢に声をかけた。


「ありがとう。少しいただいた。とてもおいしかった」

「嬢」

「むふぉーふぁーふぁーふぉ」

「……白神様?」

「立派な商人になるための、非常に重要なしきたりだそうです」

「はあ。それならそれで、いいんだけどよ」


 首をひねった讃歌さんは、腐乳をひとつまみ、どぶろくをちびり。


「じゃが、あなたが召し上がっているものは、まだ食べていない」

「おお、そうか。少し食うかい?」


 讃歌さんは、崩れかけの腐乳が盛られた皿を、ちょっと持ち上げてみせた。


「嬢よ、あまりおすすめはしません」


 腐乳にろくな思い出のないミリシアさんが、控えめに進言する。


「その地に触れ、その地になじむ。商人たるもの、常にそうであらねばな。先ほど主ゃがそう言ったのじゃろう」


 ミリシアさんの言葉をものすごい正論で切り捨て、ピスフィ嬢は、腐乳の皿を受け取った。


「では、いただこう」


 そして、一口でぜんぶ食べた。


「あっ」


 その場のだれもが、ピスフィ嬢の無茶にぎょっとする。

 腐乳というのは、楊枝でけずって、ちびちびとなめるもの。

 発酵食品がとくいな僕でも、ひとかたまりをぺろりとはいけない。

 強い塩っ気と、カビのような、ぬれた犬のような、いわく言いがたい異臭。


 案の定、ピスフィ嬢は、時間が止まったみたいに硬直した。


「じょ、嬢ちゃん、吐き出してもかまわねえぞ」

「ふむ」


 しかしピスフィ嬢は、もちゃもちゃと腐乳を噛んで、こくんと飲み干した。


「これはおどろいた。ヘカトンケイルでよく食べられている、なれずしに似ておるの」

「ええ? 似ていますか? 私としては……」

「よく似ておる。おまえの舌はそんなに間抜けだったかの、ミリシア」

「あ、は、はい。よく似ています」


 ピスフィ嬢ににらまれて、ミリシアさんが口ごもる。

 一方で、村の衆はと言えば。


「おめえ、聞いたかよおめえ?」

「あぁ、聞ぃた。おれらの食ってるもんが、ヘカトンケイルのもんに似てるって言ったな」

「そうだおめえ、たしかに言ったぞおめえ」

「ヘカトンケイルとなあ……なんか、驚いちまったよ。人の食うもん食ってんだなあ、あんたたちも」


 と、劇的な好反応。


「みどもらをなんじゃと思うておる。みどももそなたらも、ただの人の子。味の好みにさかいは無し、じゃ。みどもは、この味がとてもおいしいと思うたよ」

「嬢」

「もふぉふぁごふぁごご」


 またもマントがぺこぺこ。

 ついに、誰かがふきだした。

 酒の勢いもあいまって、その場の誰もが、大笑い。


「わっはっはっは! なんだよ嬢ちゃん、あんたら面白いなあ! ヘカトンケイルでもここでも、人は人、か。その通りだ! まったくその通りだぜ! いいぞ、嬢ちゃん」


 讃歌さんが手を鳴らし。


「そうだおめえ! どこだって変わりゃしねえんだぞおめえ!」


 足高さんがカップを持ち上げ。


「もがもふぁふぉふぁふぁーふぁ」


 ピスフィ嬢がもごもご。


「あっはっは! う、う、うさぎのお嬢ちゃん、み、み、簑! 簑をあげてやってくれよ! 嬢ちゃんが何を言ってんのか分かりゃあしねえ!」

「はっ! 失礼しました、嬢!」

「よい働きであった、ミリシア」

「光栄であります!」


 すごいな、一発でみんなの心をつかんでしまった。

 これは天性のものなのだろうか。

 ヘカトンケイルの大商人、あなどれない。


「……フン」


 けれどその場で一人だけ、思春期っぽい鼻の鳴らし方で不満を表明する人がいた。


「ご機嫌取りか? どういうつもりだよ」


 部屋の隅で仏頂面をしているのは、悠太君。


「ヘカトンケイルの連中は、オレたちのことなんて見下して、ばかにしてんだろ?」

「なんだ、貴様は」

「ミリシア」


 ピスフィ嬢は、剣の柄に手をやったミリシアさんを、かけ声一つで止めた。


「主ゃ、たしか、ゆうたと言ったの」

「覚えてもらって光栄だよ、ありがたくて涙が出そうだ。

 それで、どういうつもりなんだよ? オレたちみたいな間抜けどもは、ちょっと機嫌さえ取っておきゃあ、なんだって言うことを聞くとでも思ってんのか?

 オレはみんなより、ヘカトンケイルの連中のことは知ってる。田舎者はクソみたいな扱いを受けて、追っ払われるんだ」


 怒りと悔しさに濁った目で、ピスフィ嬢をにらみつける悠太君。

 ヘカトンケイルで悠太君がなにをされたのか、僕たちはよく知っている。

 だから、悠太君の怒りに、誰も口をはさめなかった。


 ピスフィはしばし無言で、悠太君を見つめてから。


「……科挙かの」


 いきなり、ずばりと核心を突いた。


「あっ、なっ……はあ? なんで……?」


 悠太君はひどく狼狽し、目をしろくろさせる。


「ヘカトンケイルより遠く隔たった地にありながら、その怒りよう。瞳には聡明さが感じられる。そうであれば、難しい問いではない。魔述を持たず、それ故に追い返されたのじゃろう?」


 客間が、静まりかえる。

 先ほど、鉄じいさんの正体を見抜いたときにも見せた、その洞察力。

 少ない手がかりから、あっという間に真実へとたどり着く力。

 恐怖をおぼえるほどだった。


「科挙など、官僚制が産んだ性悪でみじめなゴカイにすぎぬ。その恨みは忘れたほうが、主ゃのためになるじゃろう」

「忘れろ……忘れろだって?」


 悠太君は、耳まで真っ赤になった。


「忘れられるかよ! オレの、オレは……くそっ、オレは否定されたんだ! 今まで生きてやってきたこと全部、オマエらが否定したんだ! それを忘れろだって? できるかよ、そんなこと!」

「ありもせぬ商機を見上げていれば、落ちている金すら拾いそこねる。ヘカトンケイルの商人が、目も開かぬ内から聞かされる箴言じゃ」


 付け入るすきのない、語り。

 ピスフィ嬢の口から、おそろしいほど冷静で、刃物のように鋭い言葉が飛び出す。


「商人には商人の、白神には白神の、そして主ゃには主ゃの、そうあるべき姿というものがあろう。みどもに言えるのはそれだけじゃ。

 ミリシア、のどがかわいた。水場はどこじゃ?」

「僕が案内しましょうか」

「いらぬ。ミリシア、連れて行け」

「はい。こちら、包丁場を抜けた先であります」


 ピスフィ嬢は、ミリシアさんを連れ、足早に台所へと向かった。

 いらだっているような早足だった。


「ピスフィちゃん? だいじょうぶですか?」

「少し夜風に当たらせてくれ、はしばみ」

「はーい」

「……待てよ!」


 打ちのめされ、絶句していた悠太君が、我にかえってふたりを追いかける。


「悠太君!」


 僕もあわてて立ち上がり、台所に飛び込んだ悠太君をつかまえた。


「はなせよ、白神! オレはあいつにばかにされたんだ!」


 つかまれた腕をふりほどこうと、むちゃくちゃに暴れる悠太君。


「落ち着いて、悠太君。君をひどい目にあわせたのは、彼女たちじゃない。憎むべきは科挙っていう制度であって、ヘカトンケイルそのものじゃない。そんなことは分かってるでしょ?」

「なんなんだよ、オマエもあいつらの味方かよ! 白神だからって、オマエもオレたちのこと、を……」


 怒鳴りかけ、自分でもおどろいたような表情を浮かべる悠太君。


「ちっ、ちがっ……ちくしょう、悪い、どうかしてんな。頭がかあっとなっちまって、それで……」

「忘れられることじゃないよね。その気持ちは僕にもよく分かるんだ」

「ごめん、オレ、そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、情けなくて、悔しくて、あの時みじめだったこと、思い出しちまって、ごめん……」


 悠太君は、年相応に幼く見える弱気な表情を浮かべ、目に涙をうかべた。


「いいんだよ、気にしなくていいから。大丈夫だよ、悠太君」

「うん……ごめん、白神。オレ、ひどいことを」


 悠太君を抱きしめて、背中をぽんぽんする。

 悠太君は、僕の胸に額をおしつけて、ちょっとだけ泣いた。


「僕なら平気だよ。落ちついて」


 だまって涙を流す悠太君が、顔をあげ、ちょっと苦笑して。


「くっついてんじゃねえよ、きもちわ」

「うぇろろろろろろ」


 飛ばそうとした皮肉が、なんか軽快な音に遮られた。


「えっ?」

「えっ?」

「オレじゃねえよ」


 なんか今、居酒屋店主としてはあまりにも耳になじんだ音がした気がするんだけど。

 榛美さんと、目が合う。


「今のって、榛美さん」

「飲み過ぎた時の音みたいに聞こえました……よね?」

「外から聞こえた?」

「そとから聞こえました」

「……まさか」


 三人そろって、台所から井戸のある裏庭にでると。

 どくだみのはびこる斜面に手をつき、めちゃくちゃにせきこむピスフィ嬢。

 その背中をさする、ミリシアさん。

 終電をすぎた相模大野の駅前みたいな光景が、目の前にあった。


「情け、ない、体じゃ……たっ、たべもの一つ、満足に……飲み込んでくれん、とは」


 風にのって、二人のかわす会話が聞こえてくる。


「なぜその場で吐き出さなかったのですか」

「無理を、した、かの」

「ええ、いつもの通りに」


 どうやらピスフィ嬢の身体は、腐乳を毒物だと判定したらしい。

 無理もない。


「商人には商人の、あるべき姿……自分で口にした言葉じゃ」

「そうは言いますが」

「見たか、ミリシア。みな喜んでくれておった。みどもの言葉で、喜んでくれておったのじゃ。みどもは、それがとてもうれしい」

「好かれるだけであれば簡単です。塩なり絹なり、配り歩けばよいでしょう」

「たしかにそうじゃの。ミリシアの言うとおりじゃ」

「では、そういたしましょうか?」

「ばかげたことを」


 ミリシアさんとピスフィさんが、笑みをかわしあったのが、なんとなく分かる。


「もっとみなのことを、知りたい。みなに、喜んでもらいたい。みどもは商人になる。やさしい大商人になるのじゃ……」


 膝をついて、ぜろぜろと、痰のまじった息をするピスフィ嬢。


「嬢ならば、必ずやそうなれましょう」

「ほんとうか?」

「勿論でありますよ。私が言うのですから」

「ありがとう、ミリシア……ミリシアは、いつもやさしいな」

「事実を言ったまでであります」


 天性のものだなんて、かんちがいした自分を恥じた。

 ピスフィ嬢は努力していたんだ。

 勝手の分からない土地にやってきて、なんとかみんなに好かれようとしていたんだ。

 商人としてのあるべき姿を保とうとしていたんだ。


「……嬢」


 嬢の体に、マントをかぶせるミリシアさん。


「商談の場で、そのようにお優しい顔をするつもりですか?」


 ひなを翼でつつむ母鳥みたいに、ミリシアさんは、ピスフィ嬢の小さな背中を抱き寄せた。


 悠太君が、無言で僕の服の裾を引いて。

 それで僕たちは、台所に戻った。


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