今解き明かされる、謎キノコの真実
話が決まると、集まっていたみんなは、三々五々自分の仕事にもどっていき。
ヘカトンケイルの賓客と向き合うのは、僕と榛美さんだけ。
「簡素な作りじゃが、材にはヒノキか。さすがは踏鞴家給地じゃ」
榛美さんちの客間に踏み込むなり、感心したような声をあげるピスフィ嬢。
「む……昼食の最中であったか。すまないことをしたの」
炒めものの残骸に、ピスフィ嬢が目をとめた。
「かまいませんよ、また作れますし。お二人は」
「まだだ」
ミリシアさんが食い気味で迫ってきた。
「まだ嬢も私も、昼食を摂っていない」
「あ、え? はい、そうなんですね」
「我々はおなかを空かせているぞ。そうでありましょう、嬢」
「そうじゃの」
ピスフィ嬢がうなずく。
「朝から干し果物しか食べておらん。じゃがミリシアよ、白神の料理とはそこまでのものであったか」
「ええ、素晴らしいものでありました。とくに、あの豆腐……あのように滑らかな口触りのものを、私はあれ以来、口にできておりません」
ああ、塩を振った黒豆豆腐かあ。
あれはおいしかったなあ。
「そのー……なにか作りましょうか」
ミリシアさんがぐいぐいと圧をかけてくるので、もう、そう言う他ないよね。
「いいのか!」
と、いっぺん食い気味で来てから。
「い、いや、そうではないな。失礼した。宿を借りた上、重ね重ね不躾ではあるがずずっ」
よだれすすった……!
よだれすすりましたよこのひと……!
ミリシアさん、こんな人だったっけ?
もうちょっと、しゅっとした感じだった気がするんだけど。
僕たちが目を丸くしていることに気付いたミリシアさんは、
「……今のは違う」
ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「仕方ないの、ミリシアは。見苦しいところを見せてしまった。普段はどうやら、もう少し堅苦しいようなのじゃが」
「ううう……面目ないことであります。なぜか嬢のおそばにいると、油断してしまうようで」
ああ、そういうことか。
部下の前ではちゃんとしてるのに、上司が来るとすぐさま後輩っぽくなる人っているなあ。
責任感の強い人ほど、どこかで甘えたがっているんだよね。
となるとミリシアさん、よほどピスフィ嬢を信頼しているってことか。
まあ、それはともかく、お腹すかせた人をいつまでも待たせていては、居酒屋店主失格だ。
「それじゃあ、ささっと一品、なにかお作りしますね。少々お待ちください。榛美さん、魔述おねがいできる?」
「はい」
さっきから僕の後ろで怯えっぱなしの榛美さん、かぼそい声でうなずいた。
ミリシアさんにすごまれて、生来の人見知りが出てきてしまったらしい。
と言っても、材料とてなし、複雑なものは出せない。
いつもの豆乳味噌鍋、それから、川えびと野菜の豆鼓炒めを作ろう。
「お待たせしました。簡単なものですが」
素焼きの皿にどかっと盛った炒めもの、ふちの欠けた椀にごちゃっと持った豆乳味噌鍋。
ピスフィ嬢は、きょとんとした顔で、目の前に出てきたものを見下ろした。
「これは?」
ミリシアさんを見上げるピスフィ嬢。
「無理からぬことであります、嬢。しかし、現地の文化風俗に触れるというのは、商人として必ず通るべき道であります」
「ふむ」
だいぶひどい言われ方をしたなあ。
ふだんヘカトンケイルで何を食べているのか知らないけれど、文化の相違はけっこう大きいみたい。
「よかったら、冷めない内にお召し上がりください」
「ああ、もちろんだ。さ、さ、早くいただきましょう、嬢」
木さじを手にしたミリシアさんは、あまりにも待ちかねたのか、なんか、座ったまま上下に跳ねている。
「そうじゃの。いただこう」
こくこくと頷いたミリシアさんは、無言で、えびと野菜の炒め物をかきこみはじめた。
「ああ、このっ、うまっ、苦っ、なんっ、うまっ、うまっ、なんだこれは!」
お昼休みのサラリーマンみたいな勢いだ。
一方でピスフィ嬢は、豆乳味噌鍋につっこんだ木さじを、ぐるぐるとかきまわしている。
どう食べていいのか、ぴんと来ていないようだ。
「中の具をすくってお召し上がりください」
「そうか。なるほどの」
汁の中から、もちのかけらを拾い上げ。
魚の身だの、溶けかけた野菜だのがへばりついたもちを、しばらく見つめたあと、無表情で口の中に放り込むピスフィ嬢。
固唾をのんで、反応を見守っていると。
ふと、氷みたいな冷たい無表情が溶けて。
「おいしい」
春みたいにやわらかい、年相応の、無邪気な笑顔が浮かんだ。
「嬢」
ミリシアさんがマントをはためかせ、ピスフィ嬢の体をくるんだ。
「むふーふーふー、ふーふー」
「ええ、その通りでありますよ」
「ふぉふぁーふぁふぉ、ふぁーふ」
ピスフィ嬢の口のあたり、マントが吸ったり吐かれたりで、ぺこぺこしている。
なんだろうこれ。
この人たち、何をしているんだろう。
「あの……?」
「康太、榛美、お前たちは何も見ていない。いいな」
「えっ? 待ってください、何を何も見ていないことにすればいいんですか?」
「だから、何も見ていないのだ。何を何も見てないということもないだろう」
「でも、何を何も見てないことにすればいいのか分からないと、何も見てないはずのものを見ていてもそれが何も見ていない格好でいなくちゃいけないのかどうか分かりません」
「えっ? えっ? こ、康太さん、なんにもわかんないんですけど、わたしたちは何か何も見ていないことがあって、それって、本当は見ているけど、何も見ていないふりをしなくちゃいけないのに、何が何も見ていないはずなのかが分かっていないから困るってことですか?」
「そうだね、理屈の上ではそういうことになるはずだよ」
「やめろ、頭が痛くなってきた」
ミリシアさんが、おもいっきり顔をしかめる。
はたから見た僕は、たぶん、ものすごく意地悪なニヤニヤ笑いを浮かべているはずだ。
「でも、何を何も見て」
「だから、もう止めてくれ。悪かった、謝罪する」
「むふぉーふぁーふふふぁ」
「こ、これは失礼いたしました、嬢」
あわててマントを引っ張り上げるミリシアさん。
ピスフィ嬢、さっきまでの無表情にはもどっているけど、息が苦しかったのか顔が真っ赤になっている。
「よい働きをした、ミリシア」
「光栄であります」
え、よい働きだったんだ。
いじめかなにかに見えたんだけど。
なにもかもが分からない。
「商人たるもの、おいしいものを食べて頬をゆるめるようでは商談の場になど立てなかろ。ゆえの配慮じゃ」
ピスフィ嬢が説明してくれた。
感情を表に出すな、ということなんだろうけど。
商談の場で今みたいなことをされたら、なにもかもぶち壊しになると思うなあ。
「とはいえ、康太の料理は美味でありましょう? こちらの炒め物も、優れた出来でありますよ、嬢」
「どれ……まことじゃ。とてもおいしい」
「嬢」
「ほふぁーは」
またもひるがえる、ミリシアさんのマント。
またもぺこぺこする、ミリシアさんのマント。
もう、なんか……なんでもいいです。
二皿しっかり平らげていただいて、ようやく僕たちは、本題に入る。
「ミリシアさんが給地で見いだしたものを、貿易に使いたいと。
そういうことですか」
「うむ」
うなずくピスフィさん。
「でもこの村に、ヘカトンケイルのお客様を満足させられるようなものって、なにかあるんですか?」
とは、榛美さんだ。
ヘカトンケイルへの、あこがれがまじったコンプレックスは、やっぱり簡単に解消できるようなものではない。
「商売とは、安く仕入れて高く売るのが鉄則じゃ。はしばみにとっては当たり前のものでも、山一つ越えれば価値が変わる。さきほどの汁にも、みどもの求めるものが入っておったぞ」
「そ、そうなんですか?」
「うむ」
豆乳味噌鍋に入っているもの?
なんだろう。
日本の常識に照らせば、なにかしら価値を持つものと言えば、鮎かな。
「包丁場を見せていただけぬか、こうた」
「榛美さん、どうする?」
「いいですけど……」
とまどい顔の榛美さんにはおかまいなし、立ち上がったピスフィ嬢は、さっさと台所に向かい。
すぐさま、なにかを手に戻ってきた。
「これじゃの、ミリシア」
「そうであります」
ピスフィ嬢が、手にしていたもの。
それを見た僕は、衝撃を受けた。
「あ、ああ! そうか、そういうことか!」
「白神ともあろう者が、気づいていなかったか?」
「え、ええ、まさか……いや、言われてみればたしかに……」
「康太さん? どうしたんですか? それってそんなにめずらしいんですか?
だってそれ、ただのきのこですよ」
そう、はじめて給地に来た日から、いつだって軒先にぶらさがっていた、例の謎キノコ。
戻しもせず鍋にぶちこんで、たいした旨みも出なかった、例の謎キノコ。
ついこないだ、松切り番さんが語っていた言葉を思い出す。
『松林で採っていいのは、キノコだけ』
という、あの言葉。
「松茸だったのか……」
「このように干してしまえば、もろもろ台無しになってしまうがの」
乾燥松茸でだしをひいたスープを、どこかの山奥で一度きり食べたことがある。
シイタケの旨みを弱くして、えぐ味と変なにおいを足したような味だった。
「採れたてはいやなにおいがするから、ここでは干して使うんです」
ああ、自分の舌のまずしさを呪いたい。
「海一つ越えれば、そのにおいを喜ぶ者がおるのじゃ。その者にとってこのきのこを得るためならば、札を膝の高さまで積んでも惜しくはない」
「ほわー……」
榛美さん、口はんびらき。
商品価値とか、海の向こうに人がいるとか、おまけにその人たちが異臭をよろこんでいるとか、これっぽっちも理解のおよばない領域なのだろう。
「あ、で、でも……そのきのこ、あんまり採れなくなってますよ」
「ほう? なにゆえじゃ」
ピスフィ嬢が鋭く問い、榛美さんがあたふたする。
「え、あの、その、なんか、その、わかりませんけど……採れなくなってるんです」
正直にいって、この人たちへの態度を、僕は決めかねている。
踏鞴家給地になにをもたらすのか、まるで分からない。
こちらはただでさえ、いくつもの厄介ごとを抱える身。
うかつな情報開示は避けていきたい。
とはいえ、だ。
「おそらく、富栄養化ですね」
これぐらいならいいだろう。
見たら分かることだし。
なにより、わたわたする榛美さんのフォローに回りたい。
「どういうことじゃ?」
「松茸は、松しか生えないようなまずしい土壌を好みます。給地の松林は、人の手が入らないことによって、照葉樹林への遷移が進んでいますからね。いずれ松茸は採れなくなるでしょう」
領主である踏鞴月句は、松林で木の枝や松ぼっくりや葉っぱを拾うこと、つまり燃料採取を禁止している。
すると、落ちた木の枝や葉っぱが微生物に分解され、土は豊かになる。
先駆植物、つまり、貧しい土地に生える特性がある松は、他の植物に追っ払われてしまう。
松切り番さんも、照葉樹であるツツジを蹴り折っていたね。
皮肉のきいた話だけど。
景観保護のため、人の立ち入りを禁じられた松林が、数十年であっさり消滅するというのは、よくあることだ。
「ここでも、領主か」
ミリシアさん、忌々しげな口ぶり。
「嬢、我らの力で領主を打ち倒すべきではありませんか?」
うわ、なんか国連軍みたいなこと言い出しちゃった。
民主的な暫定政府でも作るつもりか。
「そうもいかぬじゃろうな。近頃の中央集権化の動き、見逃せたものではないからの」
「中央集権化、ですか」
「うむ。鯛牙国王の代からの宿願じゃ。現国王の春近は、半島の津々浦々まで目を光らせ、カイフェを強き国家にせんと意気込んでおる」
意識もしていなかったけど、言われてみれば、納得できる。
ちょっと一例をあげてみようか。
たとえば、国を一体化する上での必須条件をあげろと言われたとき、宗教の共通化は外せない。
僕たちにとってもっとも身近な例は、明治時代に神道を国教化したことだろう。
踏鞴家給地に存在しているのは、ぼんやりとした、風土記レベルの神話だけ。
しかもエルフのものが混じっている。
中央集権化が進むにつれ、風土記というのは、国教に飲み込まれていくものだ。
現地の神様が、国教における神様と統合されたりね。
また、月句がよその領地に攻め込む気でいたり、王都の貴族が踏鞴家給地を奪おうとしていたのも、その傍証になるだろう。
個々の領主が勝手に土地を管理し、王様にできることと言えば、みんなが滞りなく納税してくれるよう、祈ることだけ。
カイフェという国は、実のところ、戦国時代の日本みたいなものなのかもしれない。
「住民が領主に弓引けば、これ幸いとばかりに軍が送り込まれてくるじゃろう。派手なことはやれぬの」
「国が軍を持っているんですか?」
「うむ。十字軍の後、中つ国は職業軍人の重要さに気付いたのじゃ。カイフェ陸軍は吹けば飛ぶような規模ではあるが、このような辺境の地一つ落とすのはたやすいことじゃろう」
「そうなると、少しばかり面倒でありますね」
もしかして、やろうと思えば、暫定政府の立ち上げぐらいできるってことだろうか。
ピスフィ嬢の背後に存在する、すさまじい力。
その一端が、今のなにげない会話にあらわれていた。
「では嬢よ、わずかばかりの収穫を手に、この地を去りますか? あるだけの松茸で、株の償還ぐらいはできることありでしょう」
「ばかげたことを」
ピスフィ嬢は鼻を鳴らした。
「お父様にすがって旅だった身の上じゃ。金の問題ではない。夢見たような大商人たれるのか、みどもにとって、他は些事」
「それでこそ、嬢であります。では、共に方策を練りましょう」
語るピスフィ嬢の瞳に、白熱する薪のような輝きが浮かぶ。
夢を抱いた者にあらわれる、印のような。
呪われた人間に浮かぶ、刻印のような。
僕や悠太君にも刻まれているだろう、その輝き。
少しだけ、ピスフィ嬢のことが理解できたような気がした。




