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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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ピスフィ・ピーダー嬢あらわる

 どれだけばかげていようと、たしかな事実として。

 目の前に、二頭立てのカピバラしゃが存在している。

 そして悠太君の服が食べられつつある。

 急角度から、えぐりこむようにファンタジーがやってきた。

 エルフやドワーフ、魔述に封建制と、いろんな不思議に出くわしてはきたけれど。

 体高およそ1.6メートルのげっし類、というファンタジーには、絶句する他ない。


「おい、やめろばか! 食うなよ、食うなって、頼むから!」


 悠太君が、短いリードでつながれた犬みたいにもがいている。

 なんだろうこれは。

 目の前で何が起こっているんだろう。


 呆然としていたら、荷車の扉がひらいて。

 あまりにも懐かしい、ベージュのうさ耳が、目に飛び込んできた。


「久しいな、康太よ」


 ぴかぴかに磨き上げられた、真鍮の鎧。

 銀色の髪と、真っ赤な瞳。

 そしてなにより、膨張色の垂れたうさ耳。


「ミリシアさん……ですか?」


 ベルベットのマントをひるがえし、荷車からさっそうと飛び降りたのは、ヘカトンケイルの門閥市民、ミリシア・ネイデルさんだった。


「覚えていてくれたか。嬉しいことだ」


 鋭い切れ長の瞳の、めじりを下げて、ミリシアさんはやわらかく微笑む。


「もうダメだ、食われて死ぬ!」


 必死の形相で、悠太君が叫ぶ。

 視界に入る情報量が多すぎて、なにひとつ整理できない。


咲太郎さくたろう、少し落ち着け」


 ミリシアさんが、カピバラの頭をぽんぽんと叩く。

 カピバラは、『きゅるるるる…』みたいな鳴き声をあげると、悠太君を解放した。


「ぐへぇ!」


 いきおい、地面につっぷす悠太君。


「うわあ悠太君、大丈夫!?」

「……なんとか生きてるみたいだわ」


 うめいて立ち上がった悠太君は、ミリシアさんをひと睨み。


「で? あんたはどこの誰で、なんでオレにこの化け物をけしかけたんだ? 笑えたか?」

「咲太郎は甘えん坊でな。服に関しては謝罪しよう」

「甘えん坊……いや、いいわもう。とにかく、どういうことだよ。オレの服を食うために来たのか?」

「あなたの衣服に、癒しがたい噛み痕を付けるつもりではないさ。嬢、いかがいたしますか?」


 ミリシアさんは、カピバラ車に向かって声をかけた。


「そうじゃの。みどもの口から語ろう」


 低く落ち着いた、透明な声がした。


「では、嬢。私の手におつかまり下さい」

「いらぬ」

「はい、失礼いたしました」


 小さな人影が、落ちつきはらった動作で、荷車からおりる。


「みどもは『ピーダーとネイデル、クエリアの合同会社』の代表人、ピスフィ・ピーダーじゃ。お騒がせしたこと、まずはお詫び申し上げる」


 子どもだった。

 中折れ帽の下、ふわふわっとした髪は、宇宙から見た海のような水色。

 大きな瞳は凪いだ海面の青で、理知的な静けさをたたえている。

 背筋をのばして堂々と立つ姿から、自分で考えてさっさと動いたり、人にあれこれ命令したりすることを、日常としているのが分かる。


 それは、まあ、いい。

 青い髪も瞳も、ファンタジー世界だからまあいい。

 問題はそこではなく、少女――ピスフィ嬢――の着ている服にある。

 まず、なんてことない化学繊維の白いワンピースだった。

 もういっぺん言った方がいい?

 なんてことない、化学繊維の、白いワンピースだった。


 胸元に紫黒色のリボンがあって、プラスチック製のボタンがお飾りでついていて、それっぽいひだひだがあって、スカート部分はふんわり広がっていて。

 その全部に、化学繊維の安っぽいツヤが見て取れる。


 これだけでも軽く気絶しそうだったのに、ピスフィ嬢のかぶっている帽子で、動悸がさらに激しくなった。

 ぎゅっと繊維をしぼった、風通しのよさそうなチューブハットなのだけど。

 商品のタグを見たら、『指定外繊維:紙』と書いてあるのが、あまりにも明白。


「……ぽ、ポリエステル」


 おもわず、呟いていた。

 この世界で死ぬまで口にしないだろう単語を並べれば、『ナイロン』と『レーヨン』の間にあるだろう、その言葉を。


「ほう。それでは、にしゃが白神か」


 ささやきを拾ったピスフィ嬢が、僕を見上げる。


「この衣服は、ヘカトンケイルの“百貨迷宮ひゃっかめいきゅう”に流れ着いたものじゃ。主ゃにとっては、なつかしいものじゃろう」

「あ、ええ、はい……そう、ですね」


 百貨迷宮? 流れ着いた?

 待って待って、また情報量が増えてきた。

 さばききれなくなってきた。


「ではミリシアよ、この者に手ひどく跳ね付けられたというわけじゃな?」

「ええ、その通りでありますよ、嬢。あそこまで嫌われたのは、マルカス家の夜会で、そうとは知らずリーリ嬢の婚約者と長話をしてしまったとき以来であります」

「リーリの嫉妬深さはドクウツボめいておるからの」

「え、いやいや、袖にしたってわけじゃ……」


 あわてて弁解しようとしたら、ミリシアさんが、いたずらっぽい笑みを向けてきた。

 冗談だったんだ、分かりづらいなあ。


貴種ノーブル、か」


 一言つぶやいた鉄じいさんが、僕たちを守るように一歩前に出た。

 横顔にのぞく瞳は、剣呑な鉄色。

 なんか新しい単語が出てきたぞ。

 なんとなく想像つくけど。


「のーぶる? ってなんですか?」

「見りゃァ分かるだろォが。青い髪に青い瞳、浮世離れした美しさ。べらぼうな述瑚と小ざかしさで有名な種族だ」

「どれも否定はせぬよ」


 鉄じいさんのちくりとした皮肉に対して、ピスフィ嬢は、とりすました表情をくずさない。


「で? ヘカトンケイルのノーブルの嬢ちゃンらが、なンだってこンな寂れた村までやッて来たッてンだ」

「ヘカトンケイルの者が来たのじゃ、答えなど決まっておろう? 商売じゃよ」


 なんら臆することなく、立て板に水の答えを返すピスフィ嬢。


「そォか、そりゃァ残念だッたな。どこで噂を聞いたのか知らねェが、この寂れた村の特産品は、百年も前になくなッちまッたよ」

「染料木じゃろう? ミリシアより話は聞いておる」

「てめェらの事情は知らねェがな」


 鉄じいさん、けんか腰だ。

 化け物みたいなサイズのカピバラに、化け物みたいな豪華さの荷車を牽かせてやってきた相手に、いきなり友好的な態度は取りづらいよね。

 とはいえ、鉄じいさんのたのもしさと言ったらない。

 さすがは元領主といったところで、僕の後ろに控えるみんなも、ちょっと安心したような表情になっている。

 しかしピスフィ嬢は、鉄じいさんの態度に怯えるどころか、むしろ、穏やかにも見えるような笑みをうかべた。


踏鞴たたらさい殿にあっては、そのような態度も当然かの」

「なッ……ンだッて? 知ってやがンのか?」


 ピスフィ嬢の不意打ちをくらった鉄じいさんは、言葉につまる。


「村人を守るように立ちふさがる、老いて尚、眼光鋭きドワーフ。安堵するひとびと。そうであれば、あなたこそが踏鞴賽殿であろう? 難しい問いではない」


 こちらが何も言えずにいると、ピスフィ嬢は、更に言葉をつづけた。


「しかし、賽殿こそ自分の評価を知らぬようじゃの。世にもくだらぬ十字軍に関わった者の中で、儲けを出したのは中つ国広しと言えどただ一人。あなたは商人の間では、幸運の神のように思われておるよ。ヘカトンケイルの諺にいわく、『鉄打ちドワーフの足跡は見落とすな』じゃ」


 鉄じいさんは、気まずそうに顎ひげをしごいた。


「……ちッ。ばかにされてンのか褒められてンのか、分かッたもンじゃねェぜ」


 首を振って、ためいきをつく鉄じいさん。

 すごいな、手玉にとられる鉄じいさんなんて、はじめて見た。


「立ち話はこれぐらいでよいか? 来て早々で不躾な申し出じゃが、当座の宿を借り受けたい。ミリシアが、領主館マナーハウスには二度と足を踏み入れたくないとうるさいのでな」

踏鞴たたら月句げっく……あのような男に、嬢を近づけさせるわけにはいきません」


 ミリシアさんが、思い出しイライラの表情をうかべる。

 僕も、知らないおじさんに生きたまま皮をはがされそうになったので、気持ちはよくわかる。


「宿っつっても……なあ?」


 困惑気味の讃歌さんかさんが、戸口に集まってきたみんなの顔を見回す。

 足高あしだかさん、鉄じいさん、湖葉このはさん、葛乃かずらのさん、悠太君。

 みんな、なんとも言えない表情を浮かべている。

 まずは、知らない人に家なんて貸したくないし。

 そもそもこの村に、賓客用の立派な宿なんてないし。

 よそものに対する警戒心と、自分の村に対する気恥しさが複雑にいりまじった表情だ。

 そんな中。


「あ、それならわたしの家でいいですか?」


 にこにこ顔の榛美さんが、気まずい空気をこなごなに打ち砕いた。


「おいおい榛美ちゃん、冗談だろ?」

「そうだおめえ、榛美ちゃんおめえ、こんな物騒なやつらにおめえ」

「ええー? でもミリシアさんのことは知ってますし、それに、ピスフィちゃんかわいいじゃないですか! なんか康太さんのことほめてたし、だったらいい子ですよ! ね、康太さん!」


 そこを基準に置くのは、ちょっとどうかと思うよ榛美さん。


「それにわたし、ヘカトンケイルのこと、ずっとあこがれだったんです。お話も聞きたいなあ」

「……ろくな場所じゃねえけどな」


 ヘカトンケイルにまるで良い思い出のない悠太君は、苦々しい顔でそうつぶやいた。


「嬢がいい子、か。相変わらず面白いことを言うな、榛美」


 ミリシアさんが、ひきつった表情で笑いかけると。


「え? え? ご、ごめんなさい、なにかまちがってました?」


 榛美さんはとたんにしおれて、僕のうしろに隠れてしまった。


「よい。いい子かどうかはともかく、みどもはまだ、ただの子どもじゃ。はしばみ、でかまわんか?」

「あ、は、はい! た、た、たかのはし、はしっ、ば、しっ、ばしばしです!」


 むちゃくちゃ噛んでるよ榛美さん。

 『はしはし』のところ言いづらいよね。


「はしばみよ、しばしの宿を借り受ける。代金は言い値で支払おう。ヘカトンケイル札の他に、塩や絹の用意もあるが、いかにしよう」

「あ、いえいえそんな! ぜんぜんそんな! ヘカトンケイルの方にそんな!」


 榛美さんは、恐縮しすぎて後ずさりしはじめた。

 知らない人への恐怖と、ヘカトンケイルへの興味の間で、ものすごくゆれ動いているみたいだ。

 家主が決めたのなら、勝手に住み着いている店子としては文句もなし。

 榛美さんのフォローに回っていこう。


 そんなわけで、唐突に現れた商人様ご一行が、榛美さんの家に逗留することになってしまった。

 この先に何が起こるのか、考えるだけでものすごく頭がいたい。

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