給地のひとびと-4
豆鼓をつかったレシピも、だいぶ見えてきた。
だけど、もう一押ししておきたい。
そこで訪ねたのが、
「おお、康太じゃねえかおめえ! どうしたおめえ!」
足高さん家だ。
「あらあら、紺屋さんじゃないかいっ! ほら、捧芽、紺屋さんが来てくださったよっ!」
「うん」
扉を開けるなり、足高さん一家の人たちが、わらわらっとやってくる。
「見てよ、ほらっ! 捧芽ったら、肌もすっかりきれいになったと思わないかいっ? もうそろそろ、田んぼにだって出られるってもんさ!」
「湖葉おめえ、そりゃおめえ、早いってもんだぞおめえ。まだ捧芽は休ませなくちゃなんねえからなおめえ」
「なにを言ってるんだいっ! 男の子が田んぼに出ないで、元気になんかなるもんかっ!」
いきなり夫婦げんかがはじまってしまった。
「ま、まあまあお二人とも。体力をつけるのも様子を見るのも、どっちも大事ですよ。少しずつ、体を動かすようにしていきましょう」
「おお、康太が言うならおめえ、それが一番じゃねえかおめえ」
「そうだね、ほんとにそうだよっ。紺屋さんの言うことだからねっ」
いやまあ、夫婦仲も円満なようで、なによりです。
「それで足高さん、実は、頼みたいことがあるんです」
まずは家に上がらせてもらって、、豆鼓づくりの経緯を説明。
村の方々でやっているので、だんだん慣れてきた。
「はああ? 豆が……おめえ、よくわからねえけど、美味くなるってんだなおめえ」
「その通りです。それで、足高さんに一つ、網を打ってもらいたいなと思いまして」
「そういうことか! そりゃあおめえ、それなら早く言えってんだおめえ! ちょうどいいじゃねえか!」
「ちょうどいい?」
「おお。ちょうどおめえ、捧芽に網の打ち方を教えてるところじゃねえかよおめえ」
「そうなんだよっ。この人、網ばっかりは得意だからねえ」
「よっし、そうと決まりゃあおめえ、捧芽、今から行くぞ!」
「うん!」
話が早くて助かります。
場所を川っぺりに移して、足高さんの網打ち実演をながめる僕たち。
「捧芽おめえ、いいか、網ってのは思い切りよ」
「おもいきり」
真剣な表情で、足高さんの言葉を聞く捧芽君。
「ここぞって思ったらおめえ、ためらいはなんねえぞ。考えてみろおめえ、この川の底に、うじゃっとエビだの魚だのがいるんだぞおめえ。そいつを考えるんだ」
「かんがえる」
「うじゃらぁあ!」
気合いのかけ声一つ、網をきれいに咲かせる足高さん。
何度見ても、息を呑むほどすばらしい技術だ。
「しっかり見とくんだよ、捧芽」
「うん」
湖葉さんに言われずとも、捧芽君の視線は、足高さんに釘付けだった。
「すごい、ね」
「そりゃあ、うちの人は大したもんさっ。なにしろあたしが惚れた男だからねっ!」
「ほっほれっほれっ……や、止めてくれぇ! おめえ、そんなこと言われちまったらおめえ、できるもんもできねえぞおめえ!」
顔を真っ赤にした足高さんは、振り返ろうとして、
「どひゃああああ!」
派手にすっころび、おしりを川底に打ち付けた。
ため息をつき、苦笑する湖葉さん。
「ほんと、お父ちゃんにそっくりだ」
湖葉さんは足高さんに駆けより、手をさしのべた。
「なんか……こういうの、いいね」
隣の捧芽君に、声をかける。
「うん。お姉ちゃん、たくさん笑ってくれるよ」
「足高さんは、やさしくしてくれる?」
「すごく、やさしいよ。ときどき、変だけど」
「それが足高さんのいいところだからね」
「でも、やさしくて変だから、いやじゃない」
「そっか」
「うん」
助け起こされながら半べその足高さん。
ひばりのようによく透る声でわらう湖葉さん。
二人はとても、幸せそうだ。
「よっし、捧芽おめえ、おめえが網を打つんだ! 康太におめえ、体をよくしてもらったお礼は、しっかりしてやんねえとな!」
「うん!」
立ち上がって、足高さんのもとに駆けていく捧芽君。
「いいかおめえ、こう、ぐっと力をいれておめえ……うじゃらぁああ!」
「う、うあらああ」
「おめえそれじゃおめえ、声が出てねえから網が咲かねえんだぞおめえ! 見てろおめえ、うじゃらぁああああ!」
「う、うじゃあああ」
肩を並べて、くりかえし網を打つ、足高さんと捧芽君。
少し離れて、その様子を見守る湖葉さん。
おひさまの光が川面に光の粒を撒いて、そんな三人を、きらきら照らしている。
「康太おめえ、こんなもんでいいのかおめえ?」
ふたりが採ってくれたのは、たっぷりのテナガエビ。
「ありがとうございます、十分すぎますよ」
さあ、いよいよ材料がそろったぞ。
「明日、豆鼓をつかった料理を作りますんで……よかったら、みんな来てくれるとうれしいです」
「おう、行くぞおめえ! なあ、湖葉よ!」
「うんうんっ、楽しみにしてるからねっ! ねっ、捧芽!」
「うん!」
豆鼓、イタドリ、葛のつる、カラスノエンドウ、チハ、テナガエビ。
まな板の上に並べた材料を前に、思いふけってしまう。
長いことかかったけれど、ようやくここまでたどり着けた。
踏鞴家給地のみんなのおかげだ。
「康太さん、どうしたんですか?」
榛美さんに声をかけられ、我にかえる。
「ごめん、ぼーっとしてたね」
「ううん。なんだか、うれしそうでしたよ」
「そっか……そうだね。うれしいんだ」
誰の迷惑にもならないよう、なるべく隅っこの方に引っ込んでいるつもりだった。
一人で生きて、一人で朽ちるつもりだった。
迷い込んでしまったこの異世界に、なんの爪痕も残さず、煙のように消えるつもりだった。
そんな僕が、いつの間にか、みんなの助けを得て。
それから、みんなの力になりたいと思っている。
おいしいものをつくろう。
食べてくれた誰かの人生が、すこしでもゆたかになってくれるよう。
思いを込めて、一皿をつくろう。
「康太さんなら、だいじょうぶですよ」
榛美さんは、いつも肝心なところで、僕の気持ちに気づいてくれる。
「ありがとう、榛美さん」
「お礼なんていいですよ。わたしと康太さんは、なかよしですからね!」
「うん、そうだね。なにしろ僕と榛美さんは、なかよしだから」
「ああー、まねした! わたしのまねしましたね、康太さん!」
「すかさずまねをしていくよ」
「あはは、ひどいなあ」
まずはイタドリの皮をむいてぶつ切りにし、塩でよく揉む。
こうすると程よく酸味が抜けて、炒めものにちょうどいい塩梅になるのだ。
水気を切ったイタドリ、カラスノエンドウ、葛のつる、蒸留酒につけて酔わせたエビは、高温でさっと揚げる。
チハだけは、ちょっと水含みがよすぎるので、よけておいた。
あんまり熱を加えすぎると、しゃきしゃきの食感が失せてしまうだろう。
丸底の鍋に油を張り、刻んだ豆鼓と少々の味噌を落とし、弱火で炒める。
やがて、焼けた味噌の香りが、台所にたちこめてくる。
「榛美さん、火を強くして」
「はーい!」
魔述で炎を強火にしたら、ここに、えびと野菜を投げ込み、一気に炒める。
鍋を常に振りつづけ、高火力ですばやく熱を回したら、ここに塩をひとつまみ振り入れ、あおって素早くお皿に盛りつける。
ちなみにだけど、炒めものの際、フライパンないし中華鍋をあおる回数は、かならず奇数にしよう。
偶数だと、いつまでも同じ面が鍋肌に接してしまうからね。
チハに熱が通り過ぎないぐらいのあんばいで、素焼きの平皿に移す。
川エビと野菜の豆鼓炒め、一月半の時間を経て、ついに完成だ。
ああ、たのしかった!
こうしてようやく、話は冒頭に戻ってくる。
「それじゃ、まずは元領主様から味わってもらわねえとな」
讃歌さんが、鉄じいさんに木さじを渡す。
「遠慮はしねェぜ。こッちは、酒も呑まねェとこいつを待ッてたンだからな」
木さじですくい、ぐわっと口に放り込む。
イタドリをかみしめる、ごりごり言う音が、客間にひびく。
「……むうう」
飲みくだすなり、顎ひげをしごきながら、鉄じいさんはうなった。
「お味、どうですか?」
「酒だ」
「えっ?」
「今すぐに酒だッてンだよ! とンでもねェもン作りやがッて!」
「は、はい!」
ぱちんこ玉みたいに飛び出し、あわてて蒸留酒を汲んでくる。
カップを受け取るなり、鉄じいさんは蒸留酒をいっぺんに飲み干し、
「ぐぁああああ……」
うなり声みたいなものをあげ、仰向けにひっくりかえった。
「ばかやろォが、こンな、こンな……ばかやろォが……
美味すぎて、郷の歌さえ出てきやしねェ」
「領主様、そんなにうまいんですか」
「いいから、食ッてみやがれ」
「はいっぐぁあああああ!」
讃歌さんも、口に放り込むなり悲鳴をあげた。
「このっ、苦い、美味い、しょっぱい、ああっ、美味い、なんだこりゃ! 分かった、こいつはたしかに今すぐ酒だ! 榛美ちゃん、酒が、酒がなきゃあ俺はもう……!」
なんだ、僕はいったい、何を作ってしまったんだ。
大のおとなが、仰向けになったりもがいたりしているぞ。
「失礼します」
横から木さじを突っ込んで、僕も一口。
たちまち、納得した。
「い、今すぐお酒だ!」
チハのしゃきっとした食感、テナガエビのぱりっとした食感、ぷりっとした食感、カラスノエンドウのくたっとした食感、イタドリのごりっとした食感、葛のつるのこりっとした食感。
噛むほどにさまざまな感触が、手を変え品を変え、口の中をたのしませてくれる。
豆鼓の強烈な旨味は舌を殴りつけるよう。
焼けた味噌の香ばしさは鼻を支配するよう。
油の甘さは口を抑え付けるよう。
そこに、カラスノエンドウと葛の青臭さ、イタドリの酸味、チハのほろ苦さがやってくる。
野草からにじむ水分の香りと味とで、口の中が一気に清々しくなる。
「そ、そしてここに、ここに蒸留酒が……!」
榛美さんが持ってきてくれたお酒を、ひと啜りする。
「ぐぁあああああ!」
僕は絶叫し、仰向けにぶったおれた。
苦味に刺激された舌にとって、旨味をふりまくお酒はもう暴力だ。
そのくせ、口の中にとどまった油をきれいさっぱり流してくれる。
そうなるとまた油っ気がほしくなり、また苦味で舌が刺激され、またお酒が暴力をふるい、それが間断なく繰り返される。
「うあっうあっこれっうあっ……!」
榛美さんも、例によって生まれたての子じかみたいになった。
「いや、たしかにすげえ美味いけど。そんなになっちまうのかよ」
「うん。わかんない」
お酒を呑めない悠太君と捧芽君は、ぽかんとした表情。
「オレらも、こんなになっちまうのかなあ」
「……あんまり、なりたくない」
「なってしまうのです。捧芽にも、いずれ分かります」
葛乃さんは、お酒をのみながらも、あくまでひとり平静に見える。
「お姉ちゃん、むり、してる?」
「していませんが」
葛乃さん、よく見たら、自分の耳を力いっぱい親指と人差し指でつまんでいる。
「でも」
「していませんが」
「……うん」
痛みによって無表情をたもっているのか。
そこまでしなくてもいいのに。
「おめえ、こりゃおめえ……おめえ!」
「ほんと、そうだねっ、これ、こんなのは、こんなのはもう!」
「おめえ!」
「うん、うん、ほんとにそうだよっ!」
足高夫妻に至っては、もう二人にしか通じない言語で会話している。
すさまじい混沌を生み出してしまった。
「こっ、これはよくない……すみません、よくないものを作ってしまいました」
あやまりながらも、お酒はペースアップしていくばかり。
豆鼓、危険すぎる。
この旨味は、世界に解き放っちゃいけない種類のものだ。
「ああっ、でも、そうだ! ロック、これ、この、ロックで、ロックでこのお酒のまないと! 氷ぎちぎちに入れないと!」
「おい、白神様、もうやめろ! こんなところに冷やした酒なんて出してみろ! どうなるか分かってんのか!」
「でも讃歌さん、だってこれ、氷いれてお酒のんだら、讃歌さん……!」
「言いたいことは分かる! だけど、やっちゃあいけねえことってのがあるだろう!」
「だって、だってこんなの!」
讃歌さんが力いっぱい怒鳴りはじめ、僕が涙ながらに喚きはじめ、どんどん収拾がつかなくなりはじめた、その時。
「きゅるるるるる」
いきなり誰かが、動物っぽい鳴き声をあげた。
「きゅるるるるる」
集まった一同はそれぞれ顔を見合わせ、同時に首をかしげた。
「なんだ? なんか変な生き物でも迷い込んだのか?」
悠太君が立ち上がり、榛美さん家の外に出て。
「うわああああ!」
二秒後、ものすごい悲鳴をあげた。
「悠太、どうした!」
讃歌さんが飛び出していって。
「どわああああ!」
一秒後、ものすごい悲鳴をあげた。
「悠太君、讃歌さん!」
僕もあわてて飛び出していって。
「うわああああ!」
間髪いれず、ものすごい悲鳴をあげた。
「なっ、な、なっ……なんだこれ!?」
僕の悲鳴は、ばかげて巨大なげっし類が目の前にいた場合、まったくもって適切なものといえた。
そう、榛美さん家の前に突如として出現したのは、体高160センチぐらいはありそうな、巨大カピバラ二頭。
そのうち一頭が、悠太君の服の裾を、むしゃむしゃやっている。
「うわっ、たすけっ、なんだこいつ! すげえ服を食ってくる!」
悠太君の服をむしゃむしゃやっているカピバラには、革製のハーネスがつけられていた。
ハーネスが伸びる先を、目で追っていくと。
「え、ええー……?」
荷車があった。
それも、単なる荷車ではない。
金泥銀泥の化粧をほどこされ、貴石宝石があしらわれ、車輪にはしっかりサスペンションがつけられた、つまり、これは……
「か、カピバラ車?」
なんと表現していいのか分からないけれど、馬のかわりにカピバラが荷車を牽いているのだから、そう呼ぶしかない。
酔いはきれいさっぱり吹き飛び、ただただ、唖然としてしまう。
なにかのっぴきならないことが巻き起こるのは、明白だった。
閑章最終話『給地のひとびと』おしまい。
第五章『大商人の料理番』でお会いしましょう。




