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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
閑章 給地のひとびと

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給地のひとびと-4

 豆鼓をつかったレシピも、だいぶ見えてきた。

 だけど、もう一押ししておきたい。

 そこで訪ねたのが、


「おお、康太じゃねえかおめえ! どうしたおめえ!」


 足高さん家だ。


「あらあら、紺屋さんじゃないかいっ! ほら、捧芽、紺屋さんが来てくださったよっ!」

「うん」


 扉を開けるなり、足高さん一家の人たちが、わらわらっとやってくる。


「見てよ、ほらっ! 捧芽ったら、肌もすっかりきれいになったと思わないかいっ? もうそろそろ、田んぼにだって出られるってもんさ!」

「湖葉おめえ、そりゃおめえ、早いってもんだぞおめえ。まだ捧芽は休ませなくちゃなんねえからなおめえ」

「なにを言ってるんだいっ! 男の子が田んぼに出ないで、元気になんかなるもんかっ!」


 いきなり夫婦げんかがはじまってしまった。


「ま、まあまあお二人とも。体力をつけるのも様子を見るのも、どっちも大事ですよ。少しずつ、体を動かすようにしていきましょう」

「おお、康太が言うならおめえ、それが一番じゃねえかおめえ」

「そうだね、ほんとにそうだよっ。紺屋さんの言うことだからねっ」


 いやまあ、夫婦仲も円満なようで、なによりです。


「それで足高さん、実は、頼みたいことがあるんです」


 まずは家に上がらせてもらって、、豆鼓づくりの経緯を説明。

 村の方々でやっているので、だんだん慣れてきた。


「はああ? 豆が……おめえ、よくわからねえけど、美味くなるってんだなおめえ」

「その通りです。それで、足高さんに一つ、網を打ってもらいたいなと思いまして」

「そういうことか! そりゃあおめえ、それなら早く言えってんだおめえ! ちょうどいいじゃねえか!」

「ちょうどいい?」

「おお。ちょうどおめえ、捧芽に網の打ち方を教えてるところじゃねえかよおめえ」

「そうなんだよっ。この人、網ばっかりは得意だからねえ」

「よっし、そうと決まりゃあおめえ、捧芽、今から行くぞ!」

「うん!」


 話が早くて助かります。


 場所を川っぺりに移して、足高さんの網打ち実演をながめる僕たち。


「捧芽おめえ、いいか、網ってのは思い切りよ」

「おもいきり」


 真剣な表情で、足高さんの言葉を聞く捧芽君。


「ここぞって思ったらおめえ、ためらいはなんねえぞ。考えてみろおめえ、この川の底に、うじゃっとエビだの魚だのがいるんだぞおめえ。そいつを考えるんだ」

「かんがえる」

「うじゃらぁあ!」


 気合いのかけ声一つ、網をきれいに咲かせる足高さん。

 何度見ても、息を呑むほどすばらしい技術だ。


「しっかり見とくんだよ、捧芽」

「うん」


 湖葉さんに言われずとも、捧芽君の視線は、足高さんに釘付けだった。


「すごい、ね」

「そりゃあ、うちの人は大したもんさっ。なにしろあたしが惚れた男だからねっ!」

「ほっほれっほれっ……や、止めてくれぇ! おめえ、そんなこと言われちまったらおめえ、できるもんもできねえぞおめえ!」


 顔を真っ赤にした足高さんは、振り返ろうとして、


「どひゃああああ!」


 派手にすっころび、おしりを川底に打ち付けた。

 ため息をつき、苦笑する湖葉さん。


「ほんと、お父ちゃんにそっくりだ」


 湖葉さんは足高さんに駆けより、手をさしのべた。


「なんか……こういうの、いいね」


 隣の捧芽君に、声をかける。


「うん。お姉ちゃん、たくさん笑ってくれるよ」

「足高さんは、やさしくしてくれる?」

「すごく、やさしいよ。ときどき、変だけど」

「それが足高さんのいいところだからね」

「でも、やさしくて変だから、いやじゃない」

「そっか」

「うん」


 助け起こされながら半べその足高さん。

 ひばりのようによく透る声でわらう湖葉さん。

 二人はとても、幸せそうだ。


「よっし、捧芽おめえ、おめえが網を打つんだ! 康太におめえ、体をよくしてもらったお礼は、しっかりしてやんねえとな!」

「うん!」


 立ち上がって、足高さんのもとに駆けていく捧芽君。


「いいかおめえ、こう、ぐっと力をいれておめえ……うじゃらぁああ!」

「う、うあらああ」

「おめえそれじゃおめえ、声が出てねえから網が咲かねえんだぞおめえ! 見てろおめえ、うじゃらぁああああ!」

「う、うじゃあああ」


 肩を並べて、くりかえし網を打つ、足高さんと捧芽君。

 少し離れて、その様子を見守る湖葉さん。

 おひさまの光が川面に光の粒を撒いて、そんな三人を、きらきら照らしている。


「康太おめえ、こんなもんでいいのかおめえ?」


 ふたりが採ってくれたのは、たっぷりのテナガエビ。


「ありがとうございます、十分すぎますよ」


 さあ、いよいよ材料がそろったぞ。


「明日、豆鼓をつかった料理を作りますんで……よかったら、みんな来てくれるとうれしいです」

「おう、行くぞおめえ! なあ、湖葉よ!」

「うんうんっ、楽しみにしてるからねっ! ねっ、捧芽!」

「うん!」



 豆鼓、イタドリ、葛のつる、カラスノエンドウ、チハ、テナガエビ。

 まな板の上に並べた材料を前に、思いふけってしまう。


 長いことかかったけれど、ようやくここまでたどり着けた。

 踏鞴家給地のみんなのおかげだ。


「康太さん、どうしたんですか?」


 榛美さんに声をかけられ、我にかえる。


「ごめん、ぼーっとしてたね」

「ううん。なんだか、うれしそうでしたよ」

「そっか……そうだね。うれしいんだ」


 誰の迷惑にもならないよう、なるべく隅っこの方に引っ込んでいるつもりだった。

 一人で生きて、一人で朽ちるつもりだった。

 迷い込んでしまったこの異世界に、なんの爪痕も残さず、煙のように消えるつもりだった。

 そんな僕が、いつの間にか、みんなの助けを得て。

 それから、みんなの力になりたいと思っている。


 おいしいものをつくろう。

 食べてくれた誰かの人生が、すこしでもゆたかになってくれるよう。

 思いを込めて、一皿をつくろう。


「康太さんなら、だいじょうぶですよ」


 榛美さんは、いつも肝心なところで、僕の気持ちに気づいてくれる。


「ありがとう、榛美さん」

「お礼なんていいですよ。わたしと康太さんは、なかよしですからね!」

「うん、そうだね。なにしろ僕と榛美さんは、なかよしだから」

「ああー、まねした! わたしのまねしましたね、康太さん!」

「すかさずまねをしていくよ」

「あはは、ひどいなあ」


 まずはイタドリの皮をむいてぶつ切りにし、塩でよく揉む。

 こうすると程よく酸味が抜けて、炒めものにちょうどいい塩梅になるのだ。

 水気を切ったイタドリ、カラスノエンドウ、葛のつる、蒸留酒につけて酔わせたエビは、高温でさっと揚げる。

 チハだけは、ちょっと水含みがよすぎるので、よけておいた。

 あんまり熱を加えすぎると、しゃきしゃきの食感が失せてしまうだろう。

 丸底の鍋に油を張り、刻んだ豆鼓と少々の味噌を落とし、弱火で炒める。

 やがて、焼けた味噌の香りが、台所にたちこめてくる。


「榛美さん、火を強くして」

「はーい!」


 魔述で炎を強火にしたら、ここに、えびと野菜を投げ込み、一気に炒める。

 鍋を常に振りつづけ、高火力ですばやく熱を回したら、ここに塩をひとつまみ振り入れ、あおって素早くお皿に盛りつける。

 ちなみにだけど、炒めものの際、フライパンないし中華鍋をあおる回数は、かならず奇数にしよう。

 偶数だと、いつまでも同じ面が鍋肌に接してしまうからね。


 チハに熱が通り過ぎないぐらいのあんばいで、素焼きの平皿に移す。


 川エビと野菜の豆鼓炒め、一月半の時間を経て、ついに完成だ。


 ああ、たのしかった!



 こうしてようやく、話は冒頭に戻ってくる。


「それじゃ、まずは元領主様から味わってもらわねえとな」


 讃歌さんが、鉄じいさんに木さじを渡す。


「遠慮はしねェぜ。こッちは、酒も呑まねェとこいつを待ッてたンだからな」


 木さじですくい、ぐわっと口に放り込む。

 イタドリをかみしめる、ごりごり言う音が、客間にひびく。


「……むうう」


 飲みくだすなり、顎ひげをしごきながら、鉄じいさんはうなった。


「お味、どうですか?」

「酒だ」

「えっ?」

「今すぐに酒だッてンだよ! とンでもねェもン作りやがッて!」

「は、はい!」


 ぱちんこ玉みたいに飛び出し、あわてて蒸留酒を汲んでくる。

 カップを受け取るなり、鉄じいさんは蒸留酒をいっぺんに飲み干し、


「ぐぁああああ……」


 うなり声みたいなものをあげ、仰向けにひっくりかえった。


「ばかやろォが、こンな、こンな……ばかやろォが……

 美味すぎて、郷の歌さえ出てきやしねェ」

「領主様、そんなにうまいんですか」

「いいから、食ッてみやがれ」

「はいっぐぁあああああ!」


 讃歌さんも、口に放り込むなり悲鳴をあげた。


「このっ、苦い、美味い、しょっぱい、ああっ、美味い、なんだこりゃ! 分かった、こいつはたしかに今すぐ酒だ! 榛美ちゃん、酒が、酒がなきゃあ俺はもう……!」


 なんだ、僕はいったい、何を作ってしまったんだ。

 大のおとなが、仰向けになったりもがいたりしているぞ。


「失礼します」

 

 横から木さじを突っ込んで、僕も一口。

 たちまち、納得した。


「い、今すぐお酒だ!」


 チハのしゃきっとした食感、テナガエビのぱりっとした食感、ぷりっとした食感、カラスノエンドウのくたっとした食感、イタドリのごりっとした食感、葛のつるのこりっとした食感。


 噛むほどにさまざまな感触が、手を変え品を変え、口の中をたのしませてくれる。


 豆鼓の強烈な旨味は舌を殴りつけるよう。

 焼けた味噌の香ばしさは鼻を支配するよう。

 油の甘さは口を抑え付けるよう。


 そこに、カラスノエンドウと葛の青臭さ、イタドリの酸味、チハのほろ苦さがやってくる。

 野草からにじむ水分の香りと味とで、口の中が一気に清々しくなる。


「そ、そしてここに、ここに蒸留酒が……!」


 榛美さんが持ってきてくれたお酒を、ひと啜りする。


「ぐぁあああああ!」


 僕は絶叫し、仰向けにぶったおれた。

 苦味に刺激された舌にとって、旨味をふりまくお酒はもう暴力だ。

 そのくせ、口の中にとどまった油をきれいさっぱり流してくれる。

 そうなるとまた油っ気がほしくなり、また苦味で舌が刺激され、またお酒が暴力をふるい、それが間断なく繰り返される。


「うあっうあっこれっうあっ……!」


 榛美さんも、例によって生まれたての子じかみたいになった。


「いや、たしかにすげえ美味いけど。そんなになっちまうのかよ」

「うん。わかんない」


 お酒を呑めない悠太君と捧芽君は、ぽかんとした表情。


「オレらも、こんなになっちまうのかなあ」

「……あんまり、なりたくない」

「なってしまうのです。捧芽にも、いずれ分かります」


 葛乃さんは、お酒をのみながらも、あくまでひとり平静に見える。


「お姉ちゃん、むり、してる?」

「していませんが」


 葛乃さん、よく見たら、自分の耳を力いっぱい親指と人差し指でつまんでいる。


「でも」

「していませんが」

「……うん」


 痛みによって無表情をたもっているのか。

 そこまでしなくてもいいのに。


「おめえ、こりゃおめえ……おめえ!」

「ほんと、そうだねっ、これ、こんなのは、こんなのはもう!」

「おめえ!」

「うん、うん、ほんとにそうだよっ!」


 足高夫妻に至っては、もう二人にしか通じない言語で会話している。

 すさまじい混沌を生み出してしまった。


「こっ、これはよくない……すみません、よくないものを作ってしまいました」


 あやまりながらも、お酒はペースアップしていくばかり。

 豆鼓、危険すぎる。

 この旨味は、世界に解き放っちゃいけない種類のものだ。


「ああっ、でも、そうだ! ロック、これ、この、ロックで、ロックでこのお酒のまないと! 氷ぎちぎちに入れないと!」

「おい、白神様、もうやめろ! こんなところに冷やした酒なんて出してみろ! どうなるか分かってんのか!」

「でも讃歌さん、だってこれ、氷いれてお酒のんだら、讃歌さん……!」

「言いたいことは分かる! だけど、やっちゃあいけねえことってのがあるだろう!」

「だって、だってこんなの!」


 讃歌さんが力いっぱい怒鳴りはじめ、僕が涙ながらに喚きはじめ、どんどん収拾がつかなくなりはじめた、その時。


「きゅるるるるる」


 いきなり誰かが、動物っぽい鳴き声をあげた。


「きゅるるるるる」


 集まった一同はそれぞれ顔を見合わせ、同時に首をかしげた。


「なんだ? なんか変な生き物でも迷い込んだのか?」


 悠太君が立ち上がり、榛美さん家の外に出て。


「うわああああ!」


 二秒後、ものすごい悲鳴をあげた。


「悠太、どうした!」


 讃歌さんが飛び出していって。


「どわああああ!」


 一秒後、ものすごい悲鳴をあげた。


「悠太君、讃歌さん!」


 僕もあわてて飛び出していって。


「うわああああ!」


 間髪いれず、ものすごい悲鳴をあげた。


「なっ、な、なっ……なんだこれ!?」


 僕の悲鳴は、ばかげて巨大なげっし類が目の前にいた場合、まったくもって適切なものといえた。

 そう、榛美さん家の前に突如として出現したのは、体高160センチぐらいはありそうな、巨大カピバラ二頭。

 そのうち一頭が、悠太君の服の裾を、むしゃむしゃやっている。


「うわっ、たすけっ、なんだこいつ! すげえ服を食ってくる!」


 悠太君の服をむしゃむしゃやっているカピバラには、革製のハーネスがつけられていた。

 ハーネスが伸びる先を、目で追っていくと。


「え、ええー……?」


 荷車があった。

 それも、単なる荷車ではない。

 金泥銀泥の化粧をほどこされ、貴石宝石があしらわれ、車輪にはしっかりサスペンションがつけられた、つまり、これは……


「か、カピバラ車?」


 なんと表現していいのか分からないけれど、馬のかわりにカピバラが荷車を牽いているのだから、そう呼ぶしかない。


 酔いはきれいさっぱり吹き飛び、ただただ、唖然としてしまう。

 なにかのっぴきならないことが巻き起こるのは、明白だった。

閑章最終話『給地のひとびと』おしまい。



第五章『大商人の料理番』でお会いしましょう。

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