表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
閑章 給地のひとびと

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/364

優しさの文法-6

 知り合いの家に押し掛けて、全身灰まみれになりながら、かまどを総ざらいする。

 と言っても、榛美さん、讃歌さん、足高さんぐらいなものだけど。


「おめえ、ずいぶん集めたけどよおめえ、これで足りるのかよ?」


 灰でぱんぱんになった葛袋を前にして、足高さん。


「ええと、たしか生木一キロで、0.1mgぐらいの換算だから……正直、ちょっとたよりないです」

「つってもなあ……」

「ですよねえ」


 思った以上に知り合いが少ない。

 とんでもない誤算だ。

 自分の人望のなさを、計算にいれていなかった。


「白神さま、何をやっているんですか」


 とほうにくれていると、声をかけられた。

 きのう、葛刈りで一緒になった女性だ。

 ふわっとした黒髪をうなじのあたりで短く揃えた、細い瞳とうすいくちびるの、無表情な女性だった。


「かまどの灰を集めているんです」

「かまどの」


 女性はまったく無表情のまま、こちらの言葉を静かに繰り返した。

 まずい。

 また人望をうしなう。


「ああ、いや、これにはちょっと、事情がありまして」


 あわてて弁解する。

 捧芽君の体調を、少しでもましにするために、小さい妖精から身を隠すためのものを作っているのだ、みたいな感じで。

 ついでに、ちょっと灰が足りなくて今困っている、なんて一言もはさんでみた。

 あわよくば、だ。


「そんなことが、できるんですか」


 女性は無表情を崩さないまま、変わらない声音で、問いかけた。

 さては、讃歌さんのときと同じパターンだな、これは。

 関わりのない相手を、ものすごく警戒するやつだな、これは。


「おめえ、できるに決まってんだろおめえ」


 どう説明したものか、愛想わらいで時間をかせぎながら考えていたら。

 足高さんが、そう言ってくれた。


「康太は白神様でおめえ、誰よりも色んなことを知ってておめえ、昨日だって捧芽の体のこと、すぐに分かっちまったんだからよ。

 湖葉のやつぁおめえ、そりゃあ、泣いて感謝してやがったんだぞ」


 そんな足高さんの言葉をうけて、女性は、ちょっとだけ首をかしげてこう言った。


「お姉ちゃんの家に、行ったんですね」

「えっ?」


 お姉ちゃんときましたか。


「おう、行った。葛乃かずらのおめえ、聞いたぞ、幅木の旦那がおめえ、湖葉のこともかついでくれるそうじゃねえかよおめえ」

「はい」


 なんとまあ。

 この女性、湖葉さんの妹さん、葛乃さんだったのか。


 湖葉さんとは、だいぶちょっと、感じが違う。

 抑揚のない声は、生き物のいない森みたいだ。

 温度のない瞳は、時間のとまった世界みたいだ。


 その瞳が、僕に向けられる。

 無表情の中にも、葛乃さんの感情が、見えかくれしている。

 疑わしげで、かたくなで、おまけにどこか、呆れているような。

 つまり、出自不明で、ついでに全身灰まみれのよそものに対して向けるのに、ぴったりの目線だった。


「ああ? 葛乃おめえ、そりゃおめえ、どういう目で康太を見てんだおめえ。なにが言いたいんだおめえ」

「なんでもありません」


 足高さんが急にすごんで、葛乃さんは、表情を変えないまま、一歩引いた。

 

「な、なんでもねえのか。そ、そりゃあおめえ、それならおめえ、それならそれでいいんだけどよおめえ……」


 もごもごと尻すぼまりにつぶやき、うつむく足高さん。

 『またやっちまった…』という、自戒と、廉恥と、自分に対する絶望と、相手に対する謝意が入りまじった、尻すぼまりだった。


 でも、その足高さんの気持ちが、すごくうれしい。

 文法に則った正しい優しさでは、決してなかったけれど。

 僕のことでこんな風に怒ってくれて、それが、なんだかすごく、うれしい。


「捧芽を、どうして、助けようとするんですか」


 葛乃さんが、問う。

 語尾が持ち上がらない、静かな問いかけ。

 なにを意図した質問なのか、読みとることが難しい。


「どうして、かあ」


 居酒屋店主を長いことやっていたから、相手を見るのは、それほど苦手じゃない。

 与えられた状況から判断して、文法に沿った答えを出すことは、ある程度、できると思う。

 病弱な弟と姉を残し、家を去った女性。

 姉の性格と、妹の性格。

 僕の、白神という立場。

 そこから導かれる、設問に対する正解。

 優しさの文法。


 だけど僕は、正しい答えを口にする代わりに、いまふっと頭に浮かんだことを、そのまま、しゃべることに決めた。


「捧芽君が元気になれば湖葉さんがよろこんで、それを見た足高さんがうれしいと思ってくれるからですよ」


 葛乃さんのまゆが、わずか、おどろいたように持ち上がる。


「そうですか」

「そうなんです」

「足高さんのためなんですね」

「めぐりめぐって、そうなりますね。僕は足高さんの友達なんです」

「わかりました。それじゃあ」


 くるりときびすを返し、葛乃さんは、すたすた、歩き去ってしまった。

 あまりにも唐突で、流れを断ち切るような、動き。

 僕と足高さんは、小さい歩幅で去っていく葛乃さんを、見送ることしかできなかった。


「なんだおめえ。ありゃあ、あの態度はおめえ、なんだありゃおめえ」


 葛乃さんが十分遠くにいったと判断したのか、足高さんが、ぶちぶち言いはじめる。


「自分だけおめえ、さっさと幅木の旦那にかつがれやがっておめえ、あんな風に澄ましやがっておめえ」

「まあまあ、足高さん。好きな人の妹さんを、そんな風に言うものじゃないですよ」


 足高さんをあやしながら、葛袋に目をやる。

 絶妙なタイミングで人望のなさを突きつけられて、ちょっと泣きそうだ。


「いいやおめえ、康太が許してもおめえ、おれぁおめえ、どうしたって許せねえからなおめえ! 康太をおめえ、あんな目で見やぶひゃあああ!」

「えっ?」


 なんだ今の叫び声。

 振り返ると、足高さんが、なぜかひっくり返っている。


「わるぐちを言われたので、たたきました」


 温度のない、だけどなんだか、いたずらっぽい声。

 さっそうと消え去ったはずの葛乃さんが、大きな葛袋を、両手に握りしめていた。


 頭も服も全身灰まみれで、額も首も汗にぬれて、肩で大きく息をして。

 無表情なその顔が、赤く染まっている。


「灰は、これで足りますか」


 あえぐように息をしながら、だけど静かに、葛乃さんが言う。


「あ、う、うん、これだけあればなんとか……でも」

「お姉ちゃんは、ばかです」


 葛乃さんは、僕の問いをさえぎった。


「幅木さんは、お姉ちゃんをかつぎたかったんです。だけど、捧芽の面倒を見るからと言って、私にゆずってくれました。

 捧芽の体がひどく悪くなって、今度は、自分の人生を、捧芽にゆずろうとしています。

 だから、お姉ちゃんは、ばかです」

「人生をゆずる? 幅木さんにかつがれるってことが、ですか?」


 葛乃さんは、足高さんに、ちらと目をやった。


「お姉ちゃんは、優しくするのがへたです。みんなが同じだけ悲しい思いをするように、優しくするからです。でも私も捧芽も、お姉ちゃんがいちばん幸せになればいいって思います」

 

 ああ、やっぱり、そういうことか。


「湖葉さんには、好きな人がいるんですね」


 葛乃さんはうなずいた。


「ずっと、その人のことを、想っています」

「そっか……」

「捧芽の体がよくなれば、ばかなお姉ちゃんでも、自分の幸せのことを考えてくれるかもしれません」

「だから、白神である僕を信じて、灰を持ってきてくれたんですね」

「いいえ、白神様だからではありません」

「……えっ?」


 首を横にふった葛乃さんは、口元をほんの少しもちあげて、いたずらっぽくほほえんだ。


「あなたが足高さんのことを好きで、足高さんを好きになる人は、みんな、いい人だからです」

「んなっおめっおめえ!」


 仰天した足高さんが、ばかでかい悲鳴をあげる。


「葛乃さん、あなたも、いい人ですね」

「……なんでもありません」


 ぷいっと顔をそむけ、葛乃さんは、ちょっとだけ動揺したような声で言った。


「白神様。なにか、私にできることはありますか」


 と、葛乃さん。

 気持ちはありがたいけれど、石鹸づくりにこれ以上、他人を巻き込むのはなあ……


「あっ」

「どうしました、白神様」


 ふと気づく。

 そうだ、さっきからどうも調子があがらないと思ったけど。

 この場に巻き込まれ、悪態をついているべき人物が、いないじゃないか。


「讃歌さんのところの、悠太君ってわかりますか?」

「はい、わかります。腐った家に住んでいる、おかしな子です」


 まったく間違っていないけれど、びっくりするぐらいひどい言い方だなあ。


「その子に、こう伝えてください。榛美さんと一緒に、鉄じいさんの家で、蒸留酒を作ってくれ。蒸留は三回行うこと。できあがったら、別命あるまで待機」


 葛乃さんは、僕の言葉を淡々と復唱した。

 新スキル、遠隔巻き込みを取得したぞ。

 悠太君、びっくりするだろうなあ。


「ついでに、これを持って行くよう、悠太君に頼んでおいてください」


 と、卵の殻がつまった袋を、葛乃さんにわたす。


「粉々に砕いておくように伝えておいていただけると、助かります」

「わかりました。それじゃあ」

「はい、それでは伝言の件、お願いします」


 葛乃さんが、小さい歩幅で去っていき。

 にやにやする僕と、さっきからずっと青ざめた顔になっている、足高さんのふたりになった。


「お、おめえ、康太おめえ、聞いたかよおめえ」

「はい。葛乃さん、いいひとですね」

「葛乃のことじゃねえ! お、おめえ、おめえ、こ、こ、湖葉におめえ、想い人がおめえ……おめえ……そ、それ、それじゃあおめえ、幅木の旦那にかつがれてもおめえ、湖葉は幸せになれねえじゃねえかよおおっ!」


 はあ?

 なに言ってんだこの人。


「ああ? おめえその顔はなんだよおめえ! なんだってそんなおめえ、しらけた顔してんだおめえ!」

「さ、行きますよ足高さん。日がある内に終わらせたいんで」

「お、おい、聞けよおめえ! 湖葉の想い人をおめえ、まずは見つけなくっちゃなんねえぞおめえ! そんで、捧芽の体がよくなったらおめえ、湖葉をかついでもらうようにおめえ、言うのが最初だろおめえ!」

「それなら大丈夫ですよ。僕その人のことよく知ってますから」

「んなっ!? なんだおめえ、そりゃいつの話でどこの誰なんだよおめえ! おいこら! いつになく足早じゃねえかよおめえ!」


 わめく足高さんを無視して、さっさと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ