「うふ」-3
「それで? 本題ってえのは、結局なんだったんだ? 俺に用事でもあったのか?」
いやあ、ずいぶんと回り道をいたしました。
ようやっと、本題です。
「実は、榛美さんのことでご相談がありまして――」
ざっくりと事情を説明したところ。
「わははははは!」
爆笑された。
そりゃそうだよね。
「そりゃあ、わはは、ま、参ったな! 榛美ちゃんらしいぜ!」
「でも、甘いものの食べすぎは、やっぱり体によくないですからね。
なんとかしたくて」
「ううん、そうだよなあ。だが、どうにも榛美ちゃんには、強く言えねえところがあるからなあ」
「ですよねえ。ああもかわいいと、どうしても強く言えなくて」
「いや、だから強く言えよ」
「言えねえよなあ」
「言えません」
ああ、また悠太君があきれてためいきをついている。
「うーん……そりゃあ、あれだな。榛美ちゃんに、こればっかりじゃねえと思わせるのがいいんじゃねえかな」
「どういうことですか?」
「目先に望みがありゃあ、なんだって我慢できる。今日の俺がそうだったろう? それと一緒さ。水あめだけじゃねえ、って思わせたらどうだ」
「ふむ……なるほど」
「白神様なら、水あめを使った料理だって、いくらでも思いつくだろうよ。そういうもんを作ってやるのさ。そうしたら榛美ちゃんも、水あめを我慢できるようになるんじゃねえか」
「そっか。その手がありましたね」
「作るも作らないも白神次第ってことになれば、榛美をしつけられるってことだろ?」
「そういうこった」
なんという妙案。
取り上げるのではなく、こちら側で供給量をコントロールすればいいのか。
そうと決まれば、さあ、何をつくるか、だけど。
立ち上がって、土間をのぞく。
讃歌さんの黒豆と、足高さんのたまご。
「あの、讃歌さん、足高さん、ちょっと黒豆と卵、わけていただきたいんですけど」
「ああ、かまわねえぜ。好きに使ってくれ」
「そりゃおめえ、白神おめえ、いちいち頼むこっちゃねえぞおめえ! 勝手に持っていきゃあがれってんだおめえ!」
「ありがとうございます。それじゃ、ここでぱぱっとやっちゃいますね。みなさんも、召し上がっていってください」
うん、遠回り、むだじゃなかったかな。
さあ、榛美さんの糖分摂取量コントロールスイーツ、作っちゃいましょうか。
黒豆は皮をよけ、いつもの手順で、かなり濃いめに豆乳をつくる。
あら熱をとっている間に、卵の処理だ。
「あの、糸鋸みたいな……あー、刃に細かいぎざぎざがついている刃物って、なにかあります?」
「ジジイの倉で見たことあるな。ちょっと取ってくるわ」
「ありがと、悠太君」
悠太君が持ってきたのは、なんかちょっと、見たことのない包丁。
鋳造したっぽく、柄と一体型なんだけど。
柄と同じぐらいの幅の、長方形の刃の片側に、ものすごく細かいぎざぎざがつけられている。
パンナイフの、目を細かくした感じ。
「なにに使ってたんだろ、これ」
「さあな。ジジイの道楽だろ」
とはいえ、今回の目的には最適だ。
ありがたく使わせていただこう。
卵の、真ん中より上のあたりに包丁をあて、ゆっくりと押し引きする。
ぎざぎざのおかげで、殻がきれいにとれた。
今回は、黄身を使用する。
卵白は冷凍しておいて、こんど何かに使おう。
黄身と小麦水あめをあわせ、たばねた笹串でよく混ぜる。
まざりきったら、ここにさっきの豆乳をそそぎ入れよう。
泡だたないよう、串を常に皿の底にあてながら、根気よくまぜる。
「今度は何をつくってんだ?」
「クリームブリュレだよ」
生クリームもバニラビーンズも赤砂糖もないけどね。
ついでにいえば、バルーン型の泡立器も。
ないものはない、あるものはある。
いつも通りだ。
お酒をのんだら甘いものが食べたくなるのは、科学的な事実だ。
僕のところでも、三品ほど置いていた。
わけても楽かつ人気だったのが、ちゃちゃっと仕込んですぐ出せる、クリームブリュレだった。
『てづくりメープルブリュレ』、ご好評いただいておりました。
『季節のおまかせアイス』の詳細は、お近くのスタッフにおたずねくださいましたら、お答えできました。
さて、よくまざったら、葛布でこしながら、さっきの卵の殻の中にそそぎ込む。
笹編みの平ざるに、うまく卵のお尻をねじ込んだら、こいつを十分ほど、弱い蒸気にあてて、蒸していこう。
温度が高すぎるとすが入るし、食感もぼそぼそしてしまうからね。
蒸している間に、カラメル作りだ。
本当はカソナードをちらして、バーナーであぶって溶かすんだけど。
まだまだ給地にガスは来ていない。
水飴を水で伸ばして、火にかける。
だんだん細かい泡が立ち、端っこの方から、色がかわってくる。
お砂糖は、百六十度をこえるとカラメル化するからね。
「うわ、なんだこの、甘いっていうか、香ばしいっていうか……すげえうまそうな匂いだな」
悠太君が鼻をならした。
そうそう、香りに神経を使んだったっけ、カラメルって。
焦げたようなにおいが立ち上がる前に、鍋に水を注ぐ。
「うわあっ!」
水を注いだ瞬間にまきおこった、すさまじい音と水はねに、思わずとびのく悠太君。
カラメルあるあるだよね。
動じず、鍋をゆすって、好みのかたさの一歩手前まで煮詰めていく。
あとは、適当な皿に移してやれば、カラメルのできあがり。
余熱でちょうどいい固さに仕上げるには、練習あるのみだ。
「あちっ、あちちっ……」
やけどしないように、笹のざるごと、卵をひきあげる。
軽くゆすって、表面がわずか波打つぐらいがベストだ。
これまた余熱で火が通り、具合のいい固さになってくれる。
しっかり固まったら、ここにカラメルを流し込んで。
「なんかいいにおいがします! なんですか康太さん!」
この辺で榛美さんが起きてくるので、できあがり。
ああ、たのしかった!
「おまたせしました。うふブリュレだよ」
「うふ……?」
榛美さん、口はんびらき。
「フランス語……僕の世界の言葉でね、『うふ』っていうのは、卵を意味するんだ。それを器に使ったクリームブリュレだから、うふブリュレ」
そういう名前のプリン、駅で売ってるよね。
「も、も、もしかして……甘いやつですか!」
「そうだよ、水あめたっぷりのね」
「そ、それは、ま、まさか……水あめよりおいしいやつですか!」
「ひと手間かけた分ね。冷やして、みんなでいただきましょうか」
氷で冷やすこと、数十分。
きゅっとひきしまったブリュレが、たっぷりつまった卵の殻を、みんなに配る。
「それじゃあ、いただきます」
木さじをさしこむと、うん、絶妙な固さだ。
やわらかすぎず、かといって、木さじに抵抗するでもなく。
持ち上げれば、菜の花みたいに黄色いブリュレが、琥珀色のカラメルをまとって、見目もうつくしい。
「ふわっ、ふわっ、ふわあああっ!」
榛美さんがさけんだ。
「うおっ、なんだ!」
「な、ど、は、榛美ちゃん、どうしたおめえ!」
リアクション慣れしていない讃歌さんと足高さんが、仰天する。
「あわっあわわわ、これ、これ……!」
「これ、おいしいねえ」
「はいっおいしいやつですっふわあああっ!」
しっかりと卵の味を感じられて、カラメルのほろ苦さが、甘みを引き立ててくれている。
それだけじゃなくて、味の主役は、小麦水あめだ。
キャラメルのように濃厚な風味、バニラのような香り、ほんのわずかに感じる小麦のにおい。
豆乳のちょっと物足りない感じが、穀物糖の複雑な味には、かえってよく合っている。
「これ……すげえな。なんだこれ。うますぎるだろ」
悠太君、口をはんびらきにしている。
めずらしいリアクションをいただいた。
「お、おめえ、おれの卵がおめえ、こんな、こんな……おめえ、こりゃあ、おめえ……」
「……すげえもんだな。白神様ってのは」
讃歌さんも足高さんも、絶句。
すごいぞ、小麦水あめ。
こんな実力を隠しもっていたなんて、知らなかった。
「あ、あああ、なくなっちゃった……」
一瞬で食べ終えた榛美さんは、未練がましく、中身を木さじで、こそげようとして。
「わひゃあこわれた!」
卵の容器をこなごなに粉砕していた。
「僕の分、たべる?」
「あえっいいんですかでも康太さんの分がいいんですか!」
「おいしく食べてもらえるのが、いちばんうれしいよ。
でもね、榛美さん。こんな風に、水あめを使って、いろいろ作ろうと思うから、その……」
「はい! これからは康太さんに、たくさん作ってもらいます! あ、で、でもそれだと、わたし、水あめをなめられない、ですよね?」
気付かれたか。
だったら、持って回るのはなしだ。
「そうだね。そうしてもらえれば、料理に回せるから」
「あうううう……」
さしだしたブリュレを受け取ろうとして、とまどう榛美さん。
「もし榛美さんが我慢してくれたら、その分、いろいろなものを作れるよ」
「う、うううー……むずかしい……むずかしいです康太さん……ああー! 手が、手が勝手に!」
ものすごく深刻そうな表情をしながらも、ついに榛美さんは、ブリュレを手に取った。
よし、契約成立だ。
「ああっ、おいしい! おいしすぎます! でも水あめ……でもおいしい! ひどい、ひどすぎます! こんなおいしいなんてひどい!」
榛美さんの、涙ながらの絶叫に、みんな、わらって。
僕が撒いた種は、なんとかかんとか、刈り取れたみたいだ。
いつの間にやら日も暮れて、榛美さんとふたりの帰り道。
「はー……まだ、お口のなかがおいしいです」
ほっぺをおさえてうっとりする榛美さん。
「よろこんでもらえて、僕もうれしいよ」
「あ、またおいしくなってきた!」
おいしいものって、食べたあとでも、しばらくおいしいよね。
「えへへ。康太さん、ありがとうございます。わたし、ちゃんとがまんしますね。だからまた、つくってください」
「もちろん」
うんうん、無事に解決してよかった。
「わー! まだおいしい! 康太さん、まだおいしいですよ康太さん! すごいすごい!」
ぴょんぴょん跳びはねる榛美さん。
くるくる回る榛美さん。
あまりにもかわいい。
ふと、僕の中に、ばかすぎる邪念がわく。
……もしかして、甘いものを作るたびに、これぐらい喜んでくれるんじゃないだろうか。
「榛美さん、帰ったら焼きメレンゲつくろっか」
「めれ……?」
榛美さん、いつものように口はんびらき。
「うん。甘いものだよ。水あめたっぷりでね」
「いいんですか!」
返事がはやいよ榛美さん。
ものすごく食い気味だったよ榛美さん。
「わあ……わああ! うれしい! 康太さんうれしいです! ありがとうございます!」
僕の手を取って、その場でぴょんぴょん跳ねる榛美さん。
「うふふ……あまいの……うふふふふ……」
かと思えば、いきなりトリップする榛美さん。
かわいい。
頭の中に、給地で作れる甘味のレシピが、つぎつぎ浮かんでくる。
どれをつくったら、榛美さんはいちばん喜んでくれるだろうか。
これは参った。
甘いものの中毒になってしまったのは、どうやら、僕の方なのかもしれない。
閑章第一話 「うふ」 おしまい。
一週間ほどいただきまして、
閑章第二話 優しさの文法(仮)
を投稿いたします。
投稿開始時には、活動報告で告知いたします。