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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第四・五章 踏鞴家給地のいまむかし

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ちょっとした世界史のお話

「こりゃァおどろいた」


 カップの中の液体を、ずずっとすすりこんだ鉄じいさんは、目をまるくした。


「飲んでしばらくしたら、頭がべらぼうに冴えてきやがる。この感触、俺ァ知ッてるぜ。カイフェの王宮時代に、一度ッきり、飲んだことがある」

「じゃ、じゃあ、やっぱり……」

「間違いねェ。こりゃァ、茶だな」


 あ、ひさしぶりに、単語を漢字で認識できた。

 『茶』か。

 なにを意味するかといえば、もちろんのこと。

 ケヤキ茶には、カフェインが含まれているということだ。

 やばげなアルカロイドとかじゃなくてよかった。


 いやに手が震えたり、冷や汗が出てきたり、わけわかんなくなったりしていた理由が、ようやっと判明した。

 カフェイン過敏の僕には、ちょっと刺激が強すぎたというわけだ。

 榛美さんや悠太君には、カフェインの覚醒作用が劇的にきいた、ということ。


「驚いたぜ。まさか、ケヤキの葉が茶になるたァなァ」

「全くです。しかもこれ、発酵させてるんですよ。松切り番さん、どうやってこれを思いついたんだろう」

「ふゥむ」


 鉄じいさんはあごひげをしごいて、意味深げなうなり声をあげた。


「お茶、お茶かあ……これは、まいったなあ」


 は? お茶ぐらい毎日のんでますけど?

 社食とか学食では無料ですけど?

 なんでこの人こんなに困ってるんですか?


 そうお思いの方も多いと思います。

 では、お茶のせいで、世界にどれだけややこしいことが起きたのか、一緒に検討していきましょう。


 まずは軽いジャブから。

 有名な話だけど、お茶っ葉をかためた団茶たんちゃは、中央アジアで貨幣のように扱われていた。

 遊牧民はお茶の(つまりカフェインの)魅力に取りつかれ、貴重な軍馬と引き換えにした。


 いつも呑んでいる渋い汁に、すさまじい価値があると気付いた中国は、お茶を国家の専売にした。

 ついでに、茶の木の輸出を禁止して、市場を独占した。


 さて、お次は少し重たい、世界史のお話。


 十八世紀のイギリス人は、どうしてもお茶が飲みたかった。

 折しも産業革命のころ、栄光の大英帝国に、『労働基準局』とか『時間外労働』の概念はまだまだ存在しない。

 多くの人々は、工場につめこまれ、ろくに休憩もとれず、サービス業の管理職もかくやの長時間労働を強いられた。

 そんな彼らにとって、お茶は、素早く補給でき、おまけに覚醒効果もある、すばらしい飲物だった。


 もうどうしても茶を呑みたかったので、イギリス人は、ついに中国から茶の木を盗みだした。

 はるばるジャワまで運んでいって、植民地の人々をこきつかい、お茶の生産を開始した。

 紅茶で有名なアッサムでは、先住民をことごとく追っ払うか殺すか債務奴隷にして、畑の用地を確保した。

 かの悪名高き、『アッサム茶開墾条例』だ。


 アヘン戦争は、イギリスの対中貿易赤字が原因だけど。

 その赤字に、お茶の輸入が大きくかかわっていることは、言うまでもない。

 お茶というソフトドラッグで叩いた赤字を、アヘンというハードドラッグで補填する。

 もはや狂気の沙汰だ。


 プランテーション、モノカルチャー、イギリス東インド会社、ボストンお茶会事件。

 ついでに言えば、新世界での、奴隷労働による銀の採掘(と、それがお茶と引き換えに、高速で中国に流れ込んで行った末の大暴騰)。

 お茶は、数々の、ものものしい勲章をぶらさげている。


 以上、お茶にまつわる、ちょっとした世界史のお話でした。



 しかしまあ、実からワックスがとれたり、葉っぱがカフェインを含んでいたり、ケヤキの異世界ぶり、ここに極まれりだ。

 もうさすがに打ち止めだろう。

 お茶といえば背の低い灌木のイメージだけど、アッサム種は大木になると、ものの本で読んだことはあるけれど。


「この世界でも、お茶は貴重なものですよね」

「あァ、そりゃァな。茶のアガリだけで食ッてる国があるッてなもンさ」


 事態は想像以上に深刻だ。

 これを世界に解き放てば、どうなるのか分かったもんじゃない。

 けれど、うまく運用できれば、給地には、スモークツリーなんて目じゃないぐらいの富が流れ込んでくる。

 まったく、鉄じいさんではないけれど、たしかに『ここには全てがある』なあ。


「なんにせよ、問題は月句か」

「あァ、そォいうこッたな」


 あの男が領主のままでは、給地を変えることなどできないだろう。

 どうにかするとして、僕になにができる?

 白神の料理人として、どう戦う?


「康太さん」


 榛美さんが、僕の服のすそを、指先でつまんだ。


「うん、どうしたの?」

「やりたいこと、見つけたんですね」


 やっぱり榛美さんは、まっすぐだ。

 瞳も、言葉も、まっすぐだ。

 あの日、榛美さんに、問われたこと。

 今ならはっきりと、答えが出せる。


「僕は、この村を救いたい。それが、僕の、やりたいことだったんだ」


 シンプルに、まっすぐに。

 榛美さんや悠太君や松切り番さんがそうだったように。

 あまりにもたやすく、言葉を口にできた。


「そっか」


 頬紅が、口紅が、表情を変えるたび、きらきらかがやいて。

 身じろぎすると、森の香りがたちあがって。

 女神みたいに、絵画みたいに、榛美さんは、ほほえんで。


「わたし、そばにいます。じゃまになるかもしれないけど、役にたたないかもしれないけど……康太さんの、そばにいます」


 僕のエゴを、赦してくれた。




 ところで僕たちは、なにも気づいていなかった。

 領主より、もっとずっと厄介な問題が、西の方からゆっくり迫ってきていることに。

 音もなく、静かに、近づいてきていることに。





■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□





 石畳がかれた切り通しの坂道は、大きく張り出した木々に陽光をさえぎられ、湿っぽく、うすぐらい。

 崖の法面のりめんから飛び出した草に、なにか、獣の口が伸びた。

 獣は枝を食いちぎると、とりたてて美味くもなさそうに、もそもそと咀嚼した。

 獣は、足裏の肉趾パッドで石畳をふみながら、のろのろと、というよりは、よたよたと、歩き出した。

 音もなく、静かに。


 獣。

 獣は巨大な齧歯類で、二頭が横に並んでいた。

 獣の体にはハーネスが巻かれ、背後の荷車に伸びていた。


 荷車。

 金泥銀泥、数多の貴石で彩られ、鋳鉄製の紋章を掲げ、ガラス窓まではまっている、豪奢な荷車。

 木製のタイヤが小石を噛めば、サスペンションはその衝撃を苦もなく吸収した。

 つまりそれは、二頭立てのカピバラ車だった。


「長い旅路じゃの、ミリシア」


 窓外の風景を眺めながら、少女が退屈そうな声をあげる。

 歳のころは、七歳か、八歳か。

 少なくとも、とおを越えるようには見えない。

 その少女の声は、低く落ち着いた、透明な音。


「もう少しでありますよ、ピスフィ嬢。東にあと一日の旅路です」


 少女と向い合せに座るのは、銀髪赤眼の兎人。


「陸路は不便なものじゃ」

「交易路から外れます故、仕方ないことでありましょう」

「うむ。そして、不便な場所にこそ商機あり、じゃ。染料木が失われておったのは痛いことじゃが、ミリシア、にしゃの言葉がたしかであれば――」


 歳には不相応と思える鋭い眼光で、少女は兎人を見据える。

 動じることなく、兎人は、うなずきを返した。


「間違いなく、我々の――『ピーダーとネイデル、クエリアの合同会社』の目的にかないましょう」

「父さまに与えられた使命は、果たしてみせる。みどもはピーダー家の人間じゃ」


 言い切る少女の言葉は、迷いがなく、力強い。

 かと思えば、瞳に、年相応のいたずらっぽさが宿る。


「のう、ミリシア」

「なんですかっひゃあ! み、耳を触るのはおやめください!」

「みどもはの、ミリシアの耳をさわっている時こそ、もっともよい考えが浮かぶのじゃ」


 声音は相変わらず、冷静そのもの。

 表情は、笑いをこらえきれていない。

 だというのに、子どもと大人、その二つを、ごく自然に調和させたような振る舞いだった。


「うはっあまがみっ……嬢! それはいたずらが過ぎるというものでありましょう! まったく、御髪おぐしが乱れておいでですよ」

「直せ」

「もちろん。どのように結いあげましょう?」

「行きがけにヘカトンケイルで買った帽子がある。あれには、まっすぐじゃな」

「おおせのままに」


 兎人が、めのうの櫛を、少女の髪に差しこむ。

 宇宙から見た海のような、美しい水色の髪を、ゆっくりと梳いていく。


「嬢の髪は、いつでもなめらかですね」

「新しい髪油を買ったのじゃ。香水もよいものを得た。みどもはいつでも、美しくありたい」

「すばらしいことです。それがピーダー家のありようと言うものでありましょう」


 二人をのせたカピバラ車は、ゆっくりと、東を指して進む。

 やがて踏鞴家給地につながる、失われた交易路を指して。

第四・五章おしまい。


次章、少々お時間いただきます。

かなり長いエピソードになりそうです。


お待たせしすぎるのもどうかと思うので、閑話というか、本章に入らなそうな料理をつくる、軽い感じの連作短編セクションを投稿予定です。


更新時には、活動報告で告知いたします。

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