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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第四・五章 踏鞴家給地のいまむかし

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三年目の誕生日

「はー、つかれた……夏場はことのほかつかれますね、康太さん」


 おおにぎわいの夕食を終え、だらだら居残っていた人たちも帰途につき。

 夜もとっぷり更けて、あとかたづけが終わったところ。

 客間にすわりこんだ榛美さんは、両足をのばして天をあおぎ、大きいためいきをついた。


「おつかれさま、榛美さん」


 手に取ったカップを、榛美さんのほっぺにあてる。


「わひゃっ、つめたい! あはは、思ったよりつめたかった! なにするんですか、もう!」


 榛美さんは、わらいながらカップを受け取り、中を覗いて。


「わあ、氷だ! 氷ですねこれ! どこからもってたんですか?」

「冬の宮だよ」

「あ、あー……そっか! そういう使い方ができるんですね! そっかそっか!」


 思いついてなかったのか。

 ほんとに寒いのがきらいなんだなあ。


「今日は蒸留酒のケヤキ茶割りだよ」

「ケヤキ茶って、あのおいしいやつをつくってくれた人がつくったやつですよね?」

「うん、おいしいやつをつくってくれた人がつくったやつ。じゃあ、今日も一日、おつかれさまでした」


 かんぱい!


「つめたっ! おもったよりつめたい!」

「ゆっくり飲もうね」

「ご、ごめんなさい……うん、ちょっとしぶくて、すっぱくて、なんだか、元気が出そうな味です。おいしいです」


 ああ、これはおいしい。

 緑茶割りほどしみじみ来るわけじゃないけど、ちびちびだらだらと、いつまでも飲んでいたい味だ。

 冬場はホットにしてもいいなあ。


「そういえば、今日はなにもつくりませんでしたね」

「あ、ごめん。そうだったね。今からでも余り物でなにかつくろっか」

「あわわわ! ち、ちがいます! ごめんなさい、そういうつもりじゃなくて……」


 立ち上がりかけた僕の服のすそをつまんで、榛美さん、わたわたしてる。


「ううー、いつも言い方をまちがえます……あ、あの、そうじゃなくて、なんだか康太さん、いつもと感じがちがうなあって」


 あれ、一瞬でばれてる。

 一通り落ち着いてからプレゼントしようと思ったんだけどな。

 そわそわしてるのを見抜かれてたか。


「あー、まあ、そうだね。ちょっと感じはちがうかも」


 しまった。

 ことここに至って、スマートな切り出し方が、ぜんぜん思いつかない。

 よく考えてみたら、男が女性に化粧品を贈るのって、ものすごく薄気味悪いことなんじゃないだろうか。

 おまけに手作りコスメ。

 うわ、どうしよう、ぜんぜん考えがおよんでなかった。

 気持ち悪いと思われるのは、非常につらい。


 榛美さんが、口をはんびらきにして、心配そうにこっちを見ている。

 視線がいたいよ榛美さん。

 今すぐ逃げ出したいよ榛美さん。


「あ、あの……わたし、また、なにかしちゃいましたか?」

「え? いや、どうしてそう思うの?」

「だ、だってわたし、いつも康太さんに迷惑ばっかりかけてて……言いたいこともうまく言葉にできないし、ユウにいつもそれで怒られて……鉄じいさんも、わたしのせいで、早く帰ることになっちゃって、あ、でも、それは康太さんのためにはよかったんですけど、やっぱりよくなくて……ううー! わたし、なに言ってるんだろ……」


 頭からゆげを出しそうになりながら、榛美さん、ものすごい早口になってる。

 ああ、もう、ばかだな僕は。

 いつになったら成長するんだ。

 今年で二十七なんだぞ。

 数少ない友人はだいたい結婚して、僕とぜんぜん遊んでくれなくなったんだぞ。

 

「あのね、榛美さん。小麦を買ってきてくれたこと、僕はすごくうれしかったんだよ。本当にうれしかったんだ。

 だから、その、お返し……ってわけじゃないんだけど、ええと、つまり、なんていうか、僕も榛美さんに喜んでもらいたくて。ほら、ごはんとかお酒はその、僕が楽しくて作ってるし、まあ得意分野だから。そういうのじゃなくてさ、なんていうかこう、その……どうしたら喜んでくれるだろうって、考え、たんだ、けど、まあ、その」


 あれ、なんだこれ、なにが言いたいのか本当にぜんぜんわからない。

 榛美さん、口を全びらきにしちゃってるぞ。

 いつもみたいにへらへらしろよ、僕。

 

「そのつまりほら、あらたまってお返しってわけじゃないんだけど、榛美さんにはお世話になってるし――いやいや、そうじゃないな。そういうやつじゃなくて、お世話になってるとかお返しとかじゃないんだけど」

「あははっ!」


 わちゃわちゃしていると、榛美さんが、ふいに、わらった。


「康太さん、どうしたんですか? わたしみたいになっちゃってますよ」


 一方が取り乱すと、もう一方がすごく冷静になるパターンだこれ。

 映画とか見ていても、同行者に先に泣かれるとこっちもうぜんぜん泣けないよね。

 いやそれはどうでもよくて、とりあえず深呼吸だ。


「うん、つまりその、榛美さんのために、お化粧品をつくってきたんだ」


 そういって、エプロンのポケットから、三つの小びんを取り出す。

 この、ばかみたいな直球に対して、榛美さんはといえば。


「わ、え、あ……? わ、わたし、え、お、お、お化粧……?」


 口を全びらきにしたまま、いきなり硬直してから。


「ぶぇっ……」


 下くちびるをぷるぷるさせて。


「うぇえええええ……」


 ものすごい勢いで泣き出した。


「ええっ!? ご、ごめん! そんなに気持ち悪かった!? ごめん、すぐ燃やすから!」

「ち、ちがっ、まってください!」

「ぐぇあ!」


 この「ぐぇあ!」が、なんの「ぐぇあ!」かと言えば。

 小瓶をかまどにくべようと走り出した僕に、榛美さんがキレのいい胴タックルをしかけてきて。

 ぶっ倒れた僕のみぞおちに、小瓶の先端が突き刺さったときの「ぐぇあ!」だ。


 あいかわらず腰の入ったいいタックルだよ榛美さん。

 カレリンかと思ったよ榛美さん。

 一緒にオリンピック目指そうか榛美さん。


「ごめんなさい、なんかびっくりしちゃって! いま泣きやみました! すぐ泣きやみましたから!」

「そ、そっか。ごめん、僕こそ取り乱しちゃって」

「ほんとですよ! いつも落ち着いてるのに、どうしてわたわたするんですか! ひどくなじられるのかと思いました!」

「え、そんなに榛美さんをなじったことあったっけ」

「ないですよ! ないからこわかったんです!」


 ひっついたまま、わーわーとわめきあうこと、ひとしきり。

 ようやく二人とも落ち着きをとりもどし、あらためて向かい合う。


「ええと、ごめん、気持ち悪かったら捨ててくれていいんだけど、まずこの小瓶が口紅だよ」

「くち……べに……?」

「それからこっちが、頬紅」

「ほお……べに……?」

「最後にこれが香水」

「こう……すい……?」


 まったく理解が追いついていないのか、口はんびらきっぱなしの榛美さんに向かって、ひとつひとつ中身を説明する。


「あの、その、ごめんなさい、わたし、よく分からないんですけど、つまりその……康太さんが、わたしのために、お化粧品をつくってくれたんですか?」


 榛美さんの、あまりにも不思議そうな視線で、胃がいたい。

 シンプルに生きるって、すごく難易度が高いな。

 喜んでもらえるかどうか分からないっていうのが、こんなに不安だなんて。


「あの、ほんと、嫌だったら、すぐに捨てるから」


 なんていうか。

 三年目の誕生日、みたいなたとえだったら、わかりやすいだろうか。

 お互いの存在にすっかり慣れっこになっていて、


『誕生日プレゼントどうする? なにほしい?』

『あれほしい。PS4で録画できるやつ』

『わかった。楽しみにしててね』


 みたいなやりとりを交わす、あの時。

 押しつけがましくないのは、いいことだと思う。

 だけど、どきどきはしない。


 僕はいつ、誰に対しても、三年目の誕生日みたいな気持ちでいたんだと思う。

 それはすごく楽なことだし、けっして否定はできないけれどーー


「いやなわけないじゃないですか!」


 榛美さんが、僕にぐいっと迫ってきて。


「わ、わたし、わたし……ああ、もう、また泣いちゃいます! また泣きます! はやく頭なでてくださいああもう間に合わなぅううううう……!」


 僕の胸に額をあてて、大きな声で泣いて。


「うれしいよぉ……康太さん、うれしくて、わたし、もう、わけわかんないです……」


 なにを贈ったらよろこんでくれるのか、真剣に考えて。

 それを、こんな風によろこんでもらえて。

 いま、胸を満たすこのあたたかさを、かけがえのないものだと思う。


「あ、あの、つけてみてもいいですか?」

「うん。僕も見てみたいな、お化粧した榛美さん」

「はい! あ……」


 元気よく返事した榛美さんは、小瓶を前に硬直した。


「どうしたの?」

「つ、つけかた、わかんないです」


 ……僕は、救いようのない、うすのろだ。

 鏡すら、うすめのお皿に水を張っただけ、みたいな給地に、コスメの概念なんてあるわけがない。


「あ、こ、康太さん! そんなに落ち込まないでください! あのそのほら! 康太さんがつけてくれたらいいんですよ!」

「え、ぼ、僕が?」


 なんだその提案。

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