領主館のかまど事情
松切り番さんの反応はといえば、僕の言葉をあらゆる角度からこまかく検討したあげくの、
『おまえなに言ってんの? 頭いかれてんの?』
という表情だった。
「商人が……かまどに入るのかよ?」
「僕の国では、台所に入ることは、さげすまれるような職じゃありませんでした。
すくなくとも僕は、自分が料理に関わっていることに、誇りを持ちたいと思っています」
「あんなところに、誇りが? あるわけねえ! そうよ、あるわけねえのよ! 燃える炎はむきだしで、いつだって炎が松切り番を炙りやがるのよ! 誇りなんてあるわけねえ!」
いまの一言で、領主館のかまど事情が確信できた。
改善案も、いくつか。
「とりあえず、台所を見せていただけませんか?」
「あ、ああ……で、でも、踏鞴様には話さねえでいいんだよな?」
「僕がご領主様の元に参りましょうか? それから、かまどを見せていただくという形にしたらどうでしょう」
そういうと、松切り番さんは首を横に振った。
「駄目だ! 踏鞴様は、松切り番のことが嫌いなのよ! 松切り番の手引きで入ってきたなんて言ったら、また松切り番はぶちのめされる!
そうよ、だから、その……何をするんでも、そうっと、そうっとやるのよ」
領主にうそをついて変なぼろが出るより、こっそり入ってこっそりやった方がましというわけか。
どちらが正しいのかは分からないけれど、ミリシアさんの言葉はわすれていない。
『領主の人間性に絶望した』
というやつだ。
めったに来ないだろうヘカトンケイルからの賓客を、数時間ほどで絶望させる。
よっぽどの人にちがいない。
現場を見てからでないと、なんともいえないけれど。
とりあえず、まずはこっそり現状視察といこうか。
イギリスのごはんはまずい、というのは有名なエスニックジョークだ。
文豪サマセット・モームもとある短編で自虐的に語っているし、フランスには、『ロスビフ』というイギリス人の蔑称がある。
ローストビーフばっかり食べている、というのがその由。
フランス人は、イギリス料理をぼろくそにけなすのが大好きらしい。
たとえば野菜をさっと塩ゆがきするような調理法を、『英国流』の『知的貧困』呼ばわりしたりする。
それはちょっと、いくらなんでもひどすぎるんじゃないかな。
さて、この説、
『産業革命のせいで労働時間がべらぼうに増え、食生活がべらぼうに貧しくなった』
ということでだいたい意見の一致をみているのだけど。
ものの本によれば、もう一つ、もっと素朴で、根本的な要因があるという。
それが、かまどだ。
「あっつ……なんだこれあっつ……」
領主林の坂を、こっそりのぼり。
寝殿造りの御先祖さまみたいな、渡り廊下で棟をつないだ領主館を横目に、こそこそ歩き。
ここは領主館の横に作られている、板塀の平屋。
館とは完全に独立し、日影にぼさっと建っている、そのうらぶれた建物の扉をあけてみれば。
そこはまさに、地獄のような空間だった。
石をうめこんで漆喰で隙間を埋めた床は、とにかくでこぼこしている。
部屋のまんなかには木製のテーブルが置いてあり、ボウルやら皿やらが、無造作につみかさねられている。
ほうろうびきのボウルの中には、首を落とされた鶏が三羽、ぐったりと折り重なっている。
平皿や深皿は、食べかすでうす汚れている。
なによりも、横幅三メートルほどある暖炉の存在が、とにかく強烈だった。
ぶあつい鋳鉄の暖炉の中では、熾火が、どろっとくすぶっている。
薪が転がり落ちないようにしているのだろう、鉄製の支えはあるけれど、格子も蓋もなし。
熱エネルギーを、空中に意味もなく垂れ流している。
おかげで、とにかくめちゃくちゃ熱い。
外の湿気とあいまって、サウナみたいだ。
「あれがかまどですね」
暖炉を指差すと、松切り番さんはうなずいた。
なんで分かったかといえば、いわゆる自在鉤が吊り下げられていたからだ。
自在鉤っていうのは、長い鉄の棒のさきっぽに、鍋やなんかをひっかけられるフックがついたもの。
さてさて、榛美さんちにあるかまどとは、かなりおもむきがちがうな。
あちらのかまどにはちゃんとふたがあり、鍋をのせる台がある。
「今からこの鶏を炙るのよ。陽が落ちるまでに作らないと、踏鞴様が松切り番を殴りつける」
「炙るって、その……」
周囲をみまわす。
なにもかもが煤でまっくろけになった壁には、いくつか、調理器具らしきものがかけられている。
らしきもの、と言ったのは、ふつうの台所には置いていないようなものばかりだったからだ。
異様に大きい丸底の鉄鍋は、まあいいとして。
先端がハンドルみたいな形状になった、細長い鉄の棒。
Y字になった鉄の棒が二本。
先端が杓子になっている、長い鉄の棒。
鉄の棒シリーズが多すぎる。
そしてここから、領主館での調理法が推理できる。
まずは、暖炉の前に、間隔をあけてY字棒を二つ立てる。
ハンドル棒に鶏を突き刺し、Y字棒のあいだに渡す。
あとは鶏が焼けるまで、ハンドルをぐるぐる回しつづける。
そうやってこんがりした肉を得るゲームってなかったっけ?
やたら長い杓子棒は、火に近寄らず鍋の中身をかきまわしたり、調味料を入れたりするのに使うのだとおもわれる。
「やっぱりだ」
聞いて確信、見て納得。
なにを確信し、なにを納得したのかというと。
ここで一度、イギリスごはんまずい説の話に戻ろう。
ちょっと信じられない話だけど、二十世紀初頭ぐらいまで、イギリスの台所はだいたいこんな感じだった。
暖炉、つまり火をむきだしにする開放式のかまどが、どかんと据えてあったということ。
よって、イギリスでは調理法がぜんぜん進化せず、ずーっとローストビーフばっかり食べていた。
それゆえ、『ロスビフ』だの『知的貧困』だのと、ののしられ続けることになったわけだ。
開放式かまどがなぜ使われ続けたかといえば、これはひとえに、イギリスが木材にめぐまれていたから。
熱をあたりに垂れ流す開放式かまどは、当たり前だけど、大量の木材を必要とする。
これが中国なんかだと、国内の木材が歴史上の早い時期に足りなくなったので、
『閉鎖式のかまどと中華鍋をつかい、強火で短時間調理』
というエコなスタイルに移行していった。
この話をおぼえていたから、松切り番さんが、
『かまどはろくな場所じゃない』
みたいなことを言ったとき、ぴんと来たのだ。
エルフが焼畑をし、人が住んで里山を築き上げながらも、なお原生林に取り囲まれた、踏鞴家給地。
木材にめぐまれているどころの話ではない。
だとすれば、こういうかまどが使用されていてもおかしくはない。
「うーん、これは……きついよなあ」
直火焼きというのはとにかく重労働だ。
色が変わったタイミングでボタンを押せば、きれいに焼けた肉を数秒で得られる、みたいな話ではない。
丸鳥をかんぺきにローストするには、数時間ぐらいかかるはずだ。
イギリスでは、貧しく身よりのない子どもがやる仕事とされていた。
やがて、焼き串に回し車みたいなものをくっつけて、犬やがちょうを走らせるようになったという。
さあて、実況見分はおしまい。
次は聞き取り調査といきましょう。
「ご領主様は、なにかこういった調理法にこだわりがあるんですか?」
「こだわり? どういうことよ?」
「つまり、領主林で狩ってきた鳥を、直火で炙ったものしか食べないぞ! みたいな」
「まさか! 踏鞴様に限って好みなんかありえねえ! そうよ、美味いもまずいも言わないで、やじりのことばっかり、焼け方のことばっかり気にしやがるのよ!
なんのこだわりもあるもんかよ!」
またすごい剣幕でどなってくる松切り番さん。
でも、気持ちはよくわかる。
死ぬほど熱い思いをしながら長時間かけて焼き上げた肉に、やじりがどうの、骨まわりの生焼けがどうのといちゃもんを付けられる。
さすがに怒りたくもなるよね、それは。
「それじゃあ、ご領主様に、ちょっと特別な一品をお出ししても、問題はないってことでしょうか」
「特別? どういうことよ?」
「それほど暑い思いをせずとも作れる料理です。調理時間も短縮できて、品物の数も増やせます。どうでしょうか」
「そりゃあ……その……つまり、楽になるってことかよ?」
「そういうことです」
松切り番さんは、こまったような、すがるような目でこっちを見た。
とはいえ、領主館には領主館のルールがあるはず。
こちらからこれ以上、強引にプレゼンするわけにもいかないだろう。
「……おいしいのかよ?」
「それはもちろん」
訊ねられたら、きっぱりと言いきる。
居酒屋経営者たるもの、常に根拠のない自信にあふれていなくちゃね。
「ど、どのぐらい、おいしい?」
ものすごく気持ちがゆれているのが、手に取るようにわかる。
「びっくりするぐらいおいしいですよ」
なにしろ作るつもりなのは、居酒屋の定番メニューだからね。
締めたての鶏がいれば、それはもう、決まりでしょう。
「そりゃあ、まず、そうだ……そうよ、どんな風にするのか、見せてもらう必要があるのよ。
松切り番には、その料理を食べてみる必要がある」
自分に言い聞かせるかのように、大きいみぶりで何度もうなずく松切り番さん。
「商人、作ってくれるか?」
「もちろん、よろこんで。ああ、でも、場所が問題だな……ここじゃ無理だし」
「鷹嘴の家を借りればいいのよ」
「えっ?」
思わぬところから思わぬ名前がでてきて、びっくりした。
松切り番さん、榛美さんと知り合いだったの?
「鷹嘴の穀斗は、松切り番によくしてくれた……そうよ、一人だけ、よくしてくれたのよ。
だから、鷹嘴の家に行けば台所を借りられる」
「穀斗?」
誰だ。
「ああ、そうよ、穀斗、懐かしい名前よ。もう十年は会っちゃいない。そうよ、のらくろどもに棒で突きまわされて、松切り番は村におりれなくなったのよ」
「え、給地の皆さんがですか?」
「のらくろども! 松切り番はのらくろどもをゆるしゃしねえ! てめえの背中をおがませてやる!」
どちらに非があるともいえない問題なんだろうなあ。
松林があれば、効率のいい燃料を求めたくなるものだし。
松切り番さんは、禁足地に入りこんできた村人を、追っ払うのが仕事だし。
「そうよ、のらくろども……ああ、穀斗、だけど、穀斗の作るものはとても美味しかった。
魔述のように、見たこともない料理を作ってくれた」
「あの、穀斗さんに、娘さんっていらっしゃいました?」
たずねると、松切り番さんの目が、かがやいた。
心の底まで根を張った困惑や猜疑心が、いち時にふきはらわれたみたいに。
「ああ、そう、そうよ、小さな女の子よ! 小さい、小さい、とてもちいさな、エルフの女の子! 鈴みたいな声でわらって、とてもちいさくて、松切り番さんは、その子を抱かせてもらったことがある!
とてもやわらかくて、つぶれてしまいそうで、だから松切り番は怖くなって、すぐに穀斗に渡したのよ!
そうよ、穀斗のそばには、小さなエルフの女の子……」
今までどこに隠していたんだろうというぐらい、やさしさに満ちた声で。
松切り番さんは目をほそめ、つぶやいた。
そっか、穀斗さんというのは、十年前に村から消えたという、榛美さんのお父さんなんだ。
「決まりよ! そうよ、穀斗に台所を借りるのよ! 商人、行こう! ああ、〆たての鶏だ、穀斗がよろこんでくれる!」
鶏を一羽ひっつかむなり、松切り番さんは雨の中にとびだしていった。
「あ、松切り番さん、ちょっと待ってください! 穀斗さんはもう――
って、はやいなー! 足すごくはやいなー!」
松切り番さんは、ちょっと信じられないぐらいの速度で、坂道を駆けくだっていた。
あまりにも足が速すぎて、首のところを握りしめた鶏が、風になびいている。
ああ、この後のリアクションがあまりにも簡単に想像できて、胸がいたい。




