白神として
まさか異世界で使うことになるとはおもわなかった、伝家の宝刀、クレーム処理の三カ条。
けれど、この局面を切り抜けるためには仕方ない。
「松切り番もしらねえで、よそものが、松林に入るのかよ! 気にくわねえ、そうよ、気にくわねえのよ!」
松切り番さんは、依然としてまくしたて続けている。
「申し訳ありません、世事に疎くて……外から来た商人として、松切り番さんのお仕事というものを理解したく思っています」
1)話を聞いている人間が権威者であることを示す
よく聞く『店長を呼べ』という言葉は、クレーマーのプライドが高いという事実を端的にあらわしている。
この場合、『外から来た商人』=『権威者』とかんがえてもらいたい。
「ああ? 聞いてどうする、商人が松切り番のことなんかを、聞いてどうするんだよ」
よし、ちょっと態度が軟化したぞ。
第一関門突破だ。
「こちらの松林、きっとご領主様がとくべつに目をかけられている場所なのでしょう?
そうしたところに携わるお仕事に、商人が興味を持つのも当然です」
2)相手の肯定できるところは肯定する
必殺技、『おっしゃるとおりでございます』をぶつけ続ける。
通用するまでぶつけ続ける。
ただし押し引きは必要だ。
あんまり肯定しすぎるとどんどん要求が大きくなっていき、こちらの心がみるみる内にきしんでいく。
とくに松切り番さんの場合、これまでの話(『俺は松切り番様だぞ!』と『みんな俺をばかにしやがって!』)を総合すると、
『プライドの高い被害妄想持ち』
という人格が浮かび上がってくる。
「ま、まあ、それなら、松切り番はやぶさかじゃねえ」
第二関門突破。
さあ、慎重にたぐりよせていこう。
「そうよ、松切り番は、松の形を見目良く保つのが仕事なのよ。第一に松ってのは、好きに茂って、冬でも枯れやがらねえ。
冬枯れと夏の栄えを、松の切り口で見せるのが松切り番よ」
「ああ、松を美しく保っているのですか。それはとても大変なお仕事ですね。なにしろ松の生命力は強いですから」
3)相手の言葉を適当に言い換えて繰り返し、理解していると示す
その効果はと言えば。
「そうよ、辛い仕事よ、松切り番は! それなのに、どいつもこいつも、松切り番をばかにするのよ!
かまどの煤にまみれて、松を盗みに来るのらくろどもを追い返して、松を見目良く保って、ばかにされる! ふざけやがって! 気にくわねえ!」
「わかります。辛いお仕事なのに、尊重されていないんですね。ひどい話です」
「分かるのかよ、お前には、松切り番の辛さがわかるのかよ!」
「はい、わかりますよ。お辛いでしょう。尊敬されるべき仕事です。こちらの松はすばらしいですよ。僕の郷にだって、こんなに立派な松はそうそうありません。
とても行き届いていると、一目で分かりました」
「おお……おお……! 分かるのかよ!」
松切り番さんのお話にひとつうなずいて、松の根元に転がるものをつまみあげてみせた。
七割がたくさってとろけた、一本のわらしべだ。
「虫よけのこも巻きでしょう? こういうものを一つ一つ巻いていくのがどれほど大変なのか、まったく想像もつかないほどです」
「そう! そうよ! それだって松切り番が一人でやったのよ! 爪も指も割れて、なのに踏鞴様は、松切り番を殴るのよ!
松切り番は冬枯れなんかさせない、させたこともないのに、踏鞴様が、遅いと言って殴るのよ!」
え、なんだそれ。
ひどすぎないかそれ。
何千本とある松のこも巻きを一人でやらせて、しかも作業が遅いと殴る?
その場にいたら領主様をぶっとばしてやりたいぞ。
「そうよ、踏鞴様は……鳥を狩ってきて、松切り番にいつも焼かせて、鏃が少しでも残っていると松切り番を殴りつけるのよ! だからって、切って鏃をのけても、形が悪いと怒るのよ! ばかにしてやがる! ふざけやがって!」
せきを切ったように、松切り番さんはわめきはじめた。
「松切り番は、自分が炙られるぐらいに炎をにらんで、鳥を焼いている! それだというのに、踏鞴様はいつだって言うのよ!
『焼きが足りない、塩が足りない、肉が硬い、いいかげんな仕事をするな』
そんなはずがない! 松切り番はいつだって、手を抜いたことなんかない! 鳥を焼けるのは松切り番だけだ! そうよ、松切り番だけなのよ!」
語るわ語るわ、領主がどれほど悪辣か、領主館の連中がどれほどいけすかないか。
村人たちがどれほどたちの悪い盗人で、どれほど聞く耳持たない連中か。
踏鞴家給地には、悪人と性悪とうすのろしかいないみたいな言いざまだ。
「松林で採っていいのはキノコだけだ! そうよ、キノコだけなのよ! それなのに、分かりやしねえ、のらくろどもが松ぼっくりだの枝だの拾い集めやがる! ふざけやがって! ふざけやがって!」
「え、ええと、その、キノコって?」
「キノコはキノコだ! キノコは松の髄を吸って弱らせるから、むしっていい! なのに、のらくろどもは、キノコのついでに枝まで拾いやがる!」
口をはさんでみたけれど、松切り番さんは、すぐにまた村人たちをののしりはじめた。
目をそむけたくなるぐらい、いたましかった。
ぼろぼろの小型犬が、折れた牙をむきだしにしている。
なにをどうすれば、自分が獰猛で危険な生物だと証明できるのか、必死になってあれこれ試して。
誰がどう見たって無残な失敗に終わっていることを、自分だけは認めようとしない。
そんな姿だった。
まずいな、やぶへびだった。
それも、自分のやぶをつついてへびを出してしまった。
どうやら僕は、松切り番さんに、むかしの自分を重ねつつあるみたいだ。
松切り番さんがどういう人生を送ってきたのか。
推測するのは、それほどむずかしいことじゃない。
貧しい孤児が、領主館に引き取られ。
誰もがばかにし、さげすむ仕事ばかり押し付けられ。
親がわりになってくれるはずの領主にすら、ひどい扱いを受けつづけ。
なにもかもをあきらめて、できることといえば、世界全部に対して悪態をつくだけ。
そういう事情を想像するのは、簡単だった。
僕も、似たようなものだから。
義理の父親に対して、再婚した母に対して、いつでもやり場のない怒りをかかえていた。
だれかに助けを求めることすら思いつけず、どこか隅っこで、ひとり吠えていた。
そんなささくれだった感情が、なるたけ厳重にしまいこんでいた気持ちが、心をちくちく、内側から刺している。
吠え、わめき、叫び、泥を蹴立てながらなおも怒鳴り。
けれどもやがて声は枯れ、とうとう、松切り番さんは膝をついた。
吠えるように、泣きだした。
「ああ、そうよ、なんだって……なんだって、松切り番ばかりがばかにされる!」
その叫びは、あんまりにも、悲痛だった。
しめころされる鳥の、最後の一鳴きみたいだった。
尊厳をひとかけらも残さずむしり取られて、それが二度と戻ってこないんだと、知っている。
叫びは、そういう音だった。
だいじょうぶだよ、だとか。
つらいことばかりじゃないよ、だとか。
そんな、心にもないし自分でも信じられないような、なぐさめの言葉をかけてあげたい。
そういう風に思わせるほど、弱弱しく、あわれで、ちっぽけな姿だった。
「あの、松切り番さん」
とんでもなくばかげたことをしでかしつつあるのは、自覚しているんだ。
「僕は、その、料理に関する商売をしていまして。松切り番さんも、お料理をされるんですよね?」
やめた方がいいことは分かっていた。
ものすごくろくでもないことが起こるって、理解していた。
この村は豊かで緻密で完成されていて、手を加えるべきところは一つもない。
白神の手で余計なひと筆をくわえて、めちゃくちゃにするつもりはない。
だけど、ここに、泣いている人がいる。
助けを求めることすら思いつけずに、吠えている人がいる。
そして僕は、僕になにができるのか、知っている。
「もしよかったら、すこし台所を見させてもらえませんか?」
松切り番さんが顔をあげる。
その真っ黒い瞳は、やっぱり、困惑と恐怖と猜疑心がごたまぜで。
「なにか、僕にも手伝えることがあるかもしれません」
だから、その言葉に、躊躇はなかった。




