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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第四章 踏鞴の一統

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雨冷えの日に

「康太さんのお話はむずかしくって、わたしにはほとんどわかりませんでした。

 だけど、康太さんがもう二度と料理をつくらないっていったのは、分かります」

「そんなことはないよ。ときどき変わったものをつくって、こっそり食べてもらうからね。これまでみたいに」

「ここで何年も、何十年も……死ぬまで、そうやって生きていくんですか?」


 死ぬまで、の、痛烈なひびき。

 頭がゆさぶられるみたいだった。


 もとの世界に戻れるわけではないし、この村を出てどうというあてがあるわけでもない。

 ここで、この村で、死ぬまで生きる。

 それは、かなり確度の高い将来予想図だ。


「それとも、ここじゃなくて、別のどこかに行っちゃうんですか?」


 流れの料理人として西へ東へ、その土地土地で変わった料理をつくる。

 そんな生き方もあるんだな。


 ふいに現実味をおびる、これからの生き方。


「康太さんは、どうすれば幸せですか?」


 どう生きるのか。

 なにをしないか、ではなくて、なにをしたいか。

 榛美さんに突きつけられているのは、そういうことだ。


「あの、康太さん、やっぱり……」


 だまっていると、榛美さんはなにか言いかけてから。


「ううん。なんでもないです」


 あいまいな笑みを浮かべて、首を横にふった。


「でも、考えてみてください。わたし、康太さんに幸せになってもらいたいんです」

「うん……そうだね。ゆっくり考えるよ。僕が、なにをしたいのか。ありがとう、榛美さん」


 口にしたのは、先延ばしの言葉。

 そのことが、事態をもう少しばかりこみいったものにしてしまうのだけど。

 とにかく、ろくな答えを出せないまま、榛美さんの旅立つ日になった。



 なんだか朝からぼんやりくもって、ぱっとしない空の下。

 川向うへと続く丸木橋の脇に、僕たちは立っていた。


「それじゃあ、いってきますね」

「うん、気を付けてね」

「なるべくはやく帰ってきますからね」

「せっかくだし、ゆっくりしていったら? こっちは僕に任せて、向こうでたくさんおいしいものを食べてくるといいよ」

「ううー……」


 なんか涙目でにらんでくる榛美さん。


「榛美、白神に寂しいって言わせたいんだろ」

「なっばっばばっばかなことを! ユウ、ばかなことを言ってはいけません! 言ってはいけませんよばかなことを!」

「それは、榛美さんがどこかに行くのはさみしいけどさ。そんなことを言い出したらきりがないからね」

「……素直だけどバカなんだよなあ」


 なんか盛大にためいきをつく悠太君。

 でも榛美さんがすごい笑顔になってくれたので、いってこいだ。


 これでも26のおっさんなのに、ライトノベルのうすのろ主人公みたいな扱いをうけている。

 わるくない。

 もし高校に通っていたら、こんな具合でおもしろおかしい毎日を過ごせていたのだろうか。


「いィ加減にしやがれ。待ちくたびれて死ンじまうぞ」


 身長よりでっかい猫車をななめに背負った鉄じいさんが、いらいらしたような声をあげる。

 猫車の荷台はどう見ても鉄製で、どう考えても百キロ以上あるように見えるのだけど、平気な顔をしている。

 ドワーフすごい。


「そ、それじゃあ、いってきますからね! まっててくださいね!」

「うん、待ってるよ。えーと……はやめに帰ってきてくれるとうれしいな」

「はい……はい!」


 びっくりするぐらいうれしそうに何度もうなずいてから、榛美さんはあるきだした。

 やがて、鉄じいさんと榛美さんの姿が川向うに消えると、なんだか、さみしい風が吹き始めた気がした。


「風が冷たいな。雨冷あまびえの時期か」


 悠太君が空をみあげた。

 気のせいじゃなくて気候的問題だったみたい。


「あまびえ?」

「ああ。春の終わりの雨季のころ、気温がぐっと低くなるんだ」


 へえ、箱根以東の梅雨時みたいだ。

 冷たい空気がこの辺にたまるのかな。

 というか。


「雨季あるんだ」


 歩きだした悠太君が、あきれたような顔で振り返る。


「あるだろ、そりゃ。この時期はとにかく雨ばっかりだ」


 なるほど、やっぱりこのあたりは、夏に雨が集中して降る温帯モンスーン気候なんだ。


「年中、雨ばっかりだ。ヘカトンケイルの空はもっと青くて、風もからっとしてたけどな」

「西の方にある、半島の付け根だっけ。乾燥気候なのかもね」

「白神の世界の言葉だろ、それ」


 おっと、悠太君が食いついてしまった。


「じゃあ今日は、ケッペンの気候区分についてじっくり話そうか」

「死ぬほど質問してやるよ。今日は邪魔者もいないしな」


 くもった空を見上げると、雨の最初のひとつぶが、鼻にぽつんと当たった。



「温度計があるなら話は早いんだけど、そうじゃなくても植生に注目すれば分類は可能だからね」

「それだと、この辺はどうなるんだ?」

「CかDのfaからfcってところかなあ。冬をむかえればはっきりするとは思うけど」

「でもさ、気候区分ってなんか役に立つのか、それ」

「この世界の文明度はまだ分からないけど、もう少し未来にならないと役立たないかもね」

「ふうん」


 悠太君が鼻を鳴らして。

 ちょっとした沈黙の時間に、格子戸をがたがた揺らす風の音が割り込んでくる。


「適した農作物だとか産業だとか、これで分かるからね」

「なるほどな。そりゃ今んところ意味ねえわ」

「まあね」


 格子戸の隙間から吹き込む風は、甲高い唸り。

 うすい鎧戸を打つ雨は、偏執的に小刻みなノック。


 さっきから、話題がぶつ切りになっている。

 どうも乗り切らなくて、なんだか気まずい。


「……つまんねえの?」


 悠太君が、聞いてきた。


「え? 僕が? 悠太君がじゃなくて?」

「なんでオレがつまんねえんだよ。ありえねえだろ」

「そうなの? だってさっきから、話題がとぎれとぎれだし」

「いつもオマエがわーってしゃべって、オレが相槌打ってんだろ」

「ああ、そういえば……そっか。そうなのかもね」

「気付いてなかったのかよ」

「どうもそうみたいだ」

「オマエさ、ほんと無頓着だよな、人間関係」


 悠太君は僕より僕のことが分かっているかのように言うし、事実そうなんだろう。

 なかなか直るものじゃない。


「またしょうもないこと考えてんだろ」

「そうかも」

「さっさと言えよ。ほっとくとまためんどくせえことになるだろ、オマエの場合」

「過日は申し訳ございませんでした」


 榛美さんと僕の間で気まずい思いをした悠太君の言葉は、重い。

 はじめて顔を合わせてからこの方、悠太君には迷惑をかけっぱなしだ。


「多分……そうだなあ。どうしたらいいのか、迷ってるんだろうね」

「は? 人生に?」

「まあ、人生に」

「どうもこうも、白神だったらなんだってできんだろ。なんか悩むことあんのか?」


 たとえば踏鞴家給地の人たちが、極端に飢えていて極端にみじめで極端に困っていたとすれば。

 僕は迷うことなく、白神としての力を揮っていたことだろう。

 ミリシアさんだろうが、領主様だろうが、利用できるものは片っ端から利用して、村を救っていただろう。

 土壌の改良から農業をはじめ、適した産業を興し、ついでにおいしいごはんも作り。


 でも実際に僕が迷い込んだこの土地は、豊かで、緻密で、完成されている。

 まよいこんだ白神が余計なひと筆をくわえて、めちゃくちゃにする必要はない。


「僕のもっている力は、ケッペンの気候区分といっしょだよ。いつかどこかですごく役に立つかもしれないけれど、すくなくともそれは、今ここじゃないんだ」


 悠太君は、ちょっと考え込んでから。


「誰かのために、なんだよな。オマエは結局」


 あきれたようにため息をついた。


「単純に考えらんねえのかよ。榛美をかついで、やりたいことやって、そんで死ぬ、とかさ。

 なんでいちいち他の連中に気ぃ遣ってんだよ」

「えー、なに急に。こないだは僕のこと、好き放題やってるって言ってたくせに」

「は? 言ってねえし」


 うわ、悠太君、水かけ論に持ち込む戦法をおぼえちゃったぞ。

 日々成長するね君も。


 返す言葉もないままでいると、悠太君は頭をかいて立ち上がった。


「帰るわ」

「あ、うん……ごめんね、悠太君」

「やっぱ榛美がいないとだめだな。あいつがぶちこわしてくれねえから、変な感じになっちまう。オレもお前も頑固だからさ」


 格子戸に手をかけて振り返った悠太君は、にがわらいをうかべていた。


「あれ? ばれてた? そんなに頑固なところ見せたかなあ」

「顔合わせて最初の日に、オマエが分からせたんだろ」


 それで僕たちはようやく笑い合えた。


「でもな」


 笑顔をひきしめた悠太君は、苛立ちと同情が半分半分になったような表情をうかべていた。


「なんだかんだ言っても、オマエは白神だろ? 誰かのためにだけで生きてたら、ろくなことにはなんねえと思う。

 榛美のためにも、ちゃんと考えろよ。それだけ。じゃあな」


 こっちがお礼の言葉を口にしようとする前に。

 早口で別れを告げると、悠太君は雨の中、泥をけたてながら走っていった。


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