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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第四章 踏鞴の一統

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踏鞴家給地の生態系

 顔まっかなままの悠太君にひきずられて、台所にもどる。


「おかえりなさい、康太さん。なにかひどいことされませんでした?」

「まさか。とてもおもしろいお話を、たくさんおうかがいしてきたよ」

「よかった……村のみんなもすぐにわかっちゃいますからね! 康太さんがたいしたものだって、もう一瞬ですからね!」

「ありがとう。榛美さんにそういってもらえてうれしいよ」

「おい、白神、ビッグマンってなんだ」


 待ちきれないという表情で、悠太君が話に割ってはいってくる。


「おおざっぱに言うと、集落の中で話のまとめ役と目されている人のことだよ」

「は? それだけかよ? 別に、うちの親父のことじゃねえか」


 そんなにあからさまにがっかりしないでほしい。


「あのね、ここで重要なのは、まとめられた話が、村で実行されるっていうことなんだよ。分かるかな」

「あー? あー……うーん……」


 腕ぐみして考え込み、


「ああ! そういうことか! 上から『なにかしろ』じゃなくて、下から『みんなでやろう』なのか!」


 はっとひらめいた表情で的を射る悠太君に、うなずきを返す。


「ふつうに考えたら、領主の仕事というのは、自分の領地から収入をあげることだよ。それが自分と村人の生活をよりよいものにしていくんだから。

 森をつぶして畑にする。人口をふやす。産業をおこして隣近所の領地と交易する。治安をまもる。

 それなのに踏鞴家給地では、人口を増やすどころか産児制限をかけている。休耕地も勝手に決めている。ご領主様のお膝下である、直営地でね。

 えらい人が決めるべきことを、村人が話し合って決めているんだ」


 ビッグマン社会というのは、おもに狩猟採集定住民の間にあらわれる社会形態だ。


 人類は、農業をはじめて余剰作物を得ることによって、社会を階級化してきた。

 農民が作物を栽培し、あまった分の食料で、職人や政治家を食わせるってこと。

 みんなで暮らしている以上、なんらかのかたちで誰かがリーダーシップをとることになるからね。


 でも、あまる食糧があんまりないと、社会の階級化もあんまり進まない。

 そこで誕生するのが、『なんかぼんやり話をまとめてくれる人』ことビッグマンだ。


 『ぼんやり話をまとめてくれる』以上のことは別にないので、とびぬけてえらいわけではない。

 きれいな服を着ていたり、ちょっと大きい家に住んでいたりということもべつにない。


 この村では、その役割を讃歌さんが負っているらしい。


『どのみち領主様が最終的な権力を持っている』


 みたいなあきらめと、


『だが、自分たちのことは自分たちでやるしかない』


 みたいな自立心がないまぜになった結果、生み出された状況なのだろう。


「それでね、悠太君。いろいろ話をうかがって、決めたよ。

 やっぱり僕は、いつもの鍋だけ作っていようと思う」

「……ちゃんと、説明してくれるんだろうな」


 ひとつうなずいて、僕は長い話をはじめる。


「ちょっとばかり過ごしてみて、この世界における白神っていうのがなんなのか、分かりかけてきた気がするんだよ。

 たぶん、白神っていうのは、侵略的外来種みたいなものなんだ」

「しん、がい? なんだそれ?」

「よその土地から持ち込まれて、べらぼうに繁殖して、生態系をめちゃくちゃに破壊してしまう生き物のことだよ。

 この土地でいえば、葛みたいなものかな」

「あー……葛はえげつねえよな、たしかに。でも、オマエが葛だってのか? 大袈裟な話だと思うけどな」


 うーん、どう説明したら分かってもらえるかなあ。


「たとえばの話だけどね。僕がこの村で、居酒屋を経営したとするよ。

 旬の食材をたっぷり使って、飽きさせない品ぞろえで、村のみんなにおいしいごはんとお酒の味をおぼえてもらう」

「わあ、なんですかそれ! すごいすてきですね!」

「面白そうだな、それ」

「そんなことをするつもりは、一切ないんだ」

「えっ」

「えっ」


 ふたりともびっくりして目をまるくしている。

 よしよし、いいツカミになったぞ。


「今の状況では、どんな畑で採れたどんな野菜も、平等におおざっぱに煮込まれているよね」

「はい。わたし、それしかできないですから」

「それが、居酒屋をはじめて、いろんな品物をならべたとしようか。そのうちひとつに人気が集中したと想像してみて。みんなそれを食べなきゃ一日だってやっていられなくなるぐらいだ。

 そうなると、その品物につかわれる野菜を栽培している人がいろんな面で得をするはずだよ」

「得、ですか」

「うん。その人がつくる野菜でしか、その品物はつくれないんだよ。尊敬されるし、発言権も大きくなる。

 なにしろその人がへそを曲げたら、食べなくちゃ一日だってやっていられなくなるようなものを得られないんだからね」

「ああ、なんとなく分かるぞ。オマエの力を、そいつが借りるようなもんだな」


 こういうことが、実際にオーストラリアで起きていたとものの本で読んだことがある。

 土が全体的にやせているオーストラリアでは、小麦生産農家の政治的な発言力がとにかくおおきいのだという。

 しかし、オーストラリアのたいていの場所では、小麦を育てれば育てるだけ赤字になる。

 おまけに、大量の肥料で川や土が汚れ、人間にとって有用な生き物や植物がばたばた死ぬ。

 長い目で見れば明らかに損なのに、いろんなしがらみで状況を改善できなくなる、というような事態はどこでも起こるってことだ。


「その通りだよ。村人の間に格差が生じるんだ。それで、あいつにばかり大きい顔をさせられないとばかり、みんながその野菜を栽培するようになれば、どうなると思う?」

「天災だの病害虫だの一発で畑が全滅して、あとにはだだっぴろい荒地が残る。そういうことだろ、オマエが言いたいの」

「それだけじゃない。いまは讃歌さんがビッグマンとして話をまとめているけれど」

「みんながわがまま言い出せば、それもうまく回らなくなる、ってことか……」


 僕はうなずいた。


 従来のやり方を革新すれば、従来のやり方なりの生き方で生きてきた人間が損をする。

 革新を起こすのは、『現代日本で生きてきた』というアドバンテージを持つ人間にとってみれば、たやすいこと。


 すぐに思いつくものだって、いくらでもある。

 どぶろくを二回ほど蒸留すれば、高アルコールの消毒液になる。

 これだけのことで、この村の死亡率はものすごく下がるはずだ。

 だけど、死亡率が下がれば、すでに産児制限までかけている現状、人口爆発が起こるのはまちがいない。

 その先に待っているのは、もっと極端な人口制限策か、片っ端からの農地開拓による自然破壊かもしれない。


 土壌がやせて不作が続き。

 木々がうしなわれ地すべりや洪水が増え。

 人々はばたばた死んでいき。

 あとに残されたのは不毛の土地にしがみつく少数の村人だけ、ということになりかねない。


 そんな状況下では、嬰児殺、妊婦への暴行による中絶、病人や老人を遺棄する『姥捨て』、果てには人肉食みたいな、今より極端な人口制限策が採用されるかもしれない。


 なにをおおげさな、と思うかもしれないけれど。

 こういうできごとは、地球の過去に何十回も何百回も何千回も起きている。

 北米のアナサジ族、グリーンランドのヴァイキング、イースター島のポリネシア人。

 多くの民族は、増えるだけ増えたあと、住んでいる環境からうばえるだけのものをうばいつくし、ぱたっと全滅した。


「産児制限をしているのは、そういう悲劇を避けるための工夫なんだよ」

「そうか……」


 悠太君は神妙な表情でつぶやいた。


 この踏鞴家給地では、知恵をしぼったありとあらゆる手段が、生き延びるため、もちいられている。

 鷹嘴家の鍋、村人主導の輪作、産児制限、すべては、生存圏を少しでも長く保つための、生態系みたいに精妙な工夫だ。


「だから白神は、きっとこの世界にとって、侵略的外来種なんだ」


 ブルーギルやブラックバスのように。

 カミツキガメやカダヤシのように。

 セイヨウタンポポやセイタカアワダチソウのように。

 環境を激変させ、生態系をめちゃくちゃにぶち壊すだけの力をもっている。


 いつだって、料理をつくってよろこんでもらうたび、どこかで違和感をおぼえていた。

 この世界の歴史にどれほど多くの白神がかかわり、どれだけ好き勝手に捻じ曲げ、畏敬や崇拝をあつめてきたか。

 きっと、それがあからさまになる瞬間だから、すわりの悪さをおぼえていたんだろう。

 僕はどんなときでも、『白神』という下駄をはかされているんだ。


「だから僕は、僕の力を揮わない。僕の領分は、どれだけ広くても、パーティションに囲われた半個室と台所だけ。

 そういうことに、決めたんだ」


 きっぱりと、そう宣言する。


 思うところがあるだろうに、悠太君は、なにも言わないでいてくれた。

 思慮深くて頭の良い子だ、理解してくれたのだろう。

 ほっとひといきついたその時。


「でも、それで、康太さんは幸せですか?」


 榛美さんが、声をあげた。

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