コールアンドレスポンス
「あ、あの、もうちょっと、お味噌はばーっていれた方が……」
「そっか、あたりをきつくするんだったね」
「それで、そ、その、おもちが……おもちがなんか、そろそろ、その、蒸し上がって、たぶん、わかんないですけど……」
「おっと、わすれてた。これ結構いそがしいんだな」
「あ、そっか、う、臼、臼用意しとかないといけないんだった! ぬらしてきます!」
「ごめん、ありがとう。いつもやってることって、身構えると急にできなくなるね」
いつものてきぱきした調理風景はどこへやら。
テンパった榛美さんと、何も知らないぼんくらが、台所を右往左往。
「あっ、火、火がつよい! 火がつよいです康太さん! 魔述がないと!」
「それは榛美さんしかできないなあ」
「うあああ! ええとええと、炎よ炎……なんだっけわかんない! わかんないです!」
そこまで狼狽しなくても。
そんなこんなで、もちを搗いたり、魚をさばいたり、野菜をぶったぎったり。
どうにかこうにか、いつもの鍋が完成した。
「お待たせしました、持ってってください」
今日は、みんなに呼びかけるのも僕の仕事だ。
村人たちは、一瞬ぎょっとしたように見えたけど、文句ひとつ言わずに僕の存在を受け入れてくれた。
あとはいつもの通り、村人たちがお酒を片手にいつもの大騒ぎ。
さて、ここにまじって情報収集といこうか。
そのための秘密兵器は、仕込んでおいた。
「どうも、こんばんわ」
「お、おう、なんだおめえ、今日はおめえ、出てくるじゃねえかおめえ」
まっさきに話しかけたのは、『おめえの人』こと足高さん。
この人はこちらに対する敵意が高いので、両端の一つとして意見を知りたい。
「榛美さんが買い出しに行くということで、今日からしばらく、僕が台所をあずかります。
それで、お味の方がいかがでしょうか」
「味がうすいじゃねえかこんなのおめえ!」
たずねた途端、うれしそうに声をはりあげる足高さん。
文句をつける機会にとびついてきたというところか。
「もう少し塩気のある方がいいですか?」
「そりゃあおめえ、こっちは汗流して頑張ってんだからおめえ、いくらでも塩っ気はありがたいって話だろうがおめえ」
「なるほど、ありがとうございます。ところで、以前にも呑んでいただいた蒸留酒があるんですけれど、一杯いかがですか?」
「ほわっ!? そ、あ、お、おめえ、あの、透明で、かーっとして、あの、うめえやつかよおめえ!」
「その通りです。さ、どうぞどうぞ」
蒸留酒をコップになみなみ注ぐ。
これぞ、試食会のあと、鉄じいさんの家でつくった秘密兵器。
「あああっ! こ、この、喉を焼いて、甘くて、香りがあって、すっぱくなくて、うめえのなんのって……」
「ありがとうございます。おじゃましてすみません、失礼します」
「おうよ! こういう酒ならよおめえ、いくらでも呑めるからなおめえ!」
お酒の力ってすばらしい。
さて、蒸留酒を片手に、次なるターゲットは讃歌さんだ。
客間のまんなかで、腐乳を笹楊枝ですくってちびりちびりとなめながら、どぶろくをがばがば呑んでいる。
ああ、のんべの呑み方だなあ、すごく好感が持てる。
酒盗ちまちま、冷酒ごくごく、なんて最高ですよね。
讃歌さんは僕に対してそれなりに好印象を抱いてくれているみたいなので、こちらも、両端の一つとして意見をうかがいたい。
「こんばんわ、おじゃまします」
「白神様か。珍しいな、客間に降りてくるなんて」
「なにしろはじめて作る料理ですからね、ちょっと気になっちゃって」
「ああ、まあ座れよ。ほら、まずは一杯のんでくれ」
「ありがとうございます」
逆にお酌してもらってしまった。
「おめえら、挨拶しろ。白神様だ」
讃歌さんが周りの人たちに声をかけると、みんないっせいに立ち上がろうとした。
「ああ、いえいえ、座ったままでおねがいします。料理の感想を聞きたいだけですから」
慌ててうごきを制し、みなさんを座らせる。
「足高の奴も言ってたが、たしかに塩気が足りねえな。もっと、鼻の奥がツンと痛くなるような味が俺らにゃあ良い」
「オレはちょうどいいけどな、これぐらいで」
「てめえは働いてねえからだろ、ドラ息子が」
「いてえなクソ親父!」
悠太君がよけいな口をきいて讃歌さんになぐられ、みんなが笑う。
これがいつもの流れらしい。
「ありがとうございます、明日からはもう少しあたりをきつくしてみます」
意見をいただいたところで、蒸留酒をふるまう。
「おお? 悪いな。これ、手間かかる酒なんだろう?」
「僕が呑みたくてつくってるだけですよ」
「それはありがてえ話だ。ほら、白神様も呑め」
酌を返されてしまったので、しぶしぶ、仕方なく、心から本当に仕方なく一杯だけいただく。
あー、おいしい!
「あのな、そこで俺は言ってやったわけよ。てめえの言ってるタニシってのは、死んだ女房のことなんじゃねえかってな!」
「あっはっはっは!」
そして二十分後、きづけば、讃歌さんの繰り出す、まったく意味の分からない『踏鞴家給地アネクドート』でげらげら笑っていた。
あてもないのに蒸留酒をぐいぐいいったら、それはもう高速で回りますよね。
「いやあまったく……そりゃあ、た、タニシが、死んだ女房って……あはははは!」
意味はぜんぜんわからない。
もう雰囲気だけで笑ってる。
「白神様、まだ呑めるだろ?」
「のめますとも!」
「よおし呑め!」
うあー蒸留酒おいしい! なにこれすごいおいしい!
「ところでよ白神様」
「はいはいー!」
うっわ自分の声おっきい! おもしろい!
「榛美ちゃんをかつぐのは、少し待ってくれねえか」
「ぶー!」
おもいきりふきだした。
「げっほ、げほ、な、なん、なんで急にそんな話をけほっげほっ!」
しかもめちゃくちゃ気管にはいった。
一気に酔いがさめちゃったよもう。
「いやな、この村、なるべく人を増やしたくねえんだよ」
「あ、ああ、そうなんですか?」
「それはそうだろう? 一人増えれば一人分のメシが減る。だけどよ、畑を一枚起こすってのは、そりゃあ大変なことだ。
今ある畑を休ませねえってわけにもいかねえからな。そういう理屈だよ」
「ああ、はあ、そりゃあもちろん……そんなに急いで子どもをつくるつもりもないですけど……」
「おお、そうか! そいつは助かる! よし、呑め!」
讃歌さんは笑顔になって、コップに蒸留酒をたっぷり注いでくれた。
いや、こんなどぶろく感覚で呑んだらあっという間にひっくりかえっちゃうんですけど。
でものんじゃう。
おいしー!
「よおし、いい呑みっぷりじゃねえか! まあ呑めよ、畑の話はそれからだ!」
「はたけのはなし?」
「ああ、そうともよ。今な、来年の作付の話をしてたからな。あー、どうなったんだっけ?」
「足高んところの畑を休ませてぇ、あとはお日様の回る順番でいくってぇ、そういう話になってます」
「おう、そうか。足高! こっち来い!」
「な、なんだよおめえ、いきなりおめえ……」
足高さんがびくびくしながらこちらの卓にやってくる。
「おう、てめえ、来年は畑を休ませろ! いいな!」
「い、いいなっておめえ、それはおめえ、勝手にそんなおめえ……」
「いいじゃねえか。それでてめえの取り分が減るわけじゃねえだろ。どの道、どこでなに作ったってここでこの鍋になるんだからよ」
「う、うう……そりゃ、おめえ、そうだけどよおめえ……」
讃歌さんにがしっと肩をくまれて、足高さんはなんだか小さくなっている。
新事実。
どうやら踏鞴家給地では、村全体の菜園をつかった輪作が採用されているらしい。
米に豆に野菜に、いつ寝てるんだろうこの人たち。
「そういうの、村の方々できめるんですか?」
「あん? 他に誰が決めるってんだ。白神様かあ? そ、そ、それとも、はっははは!」
いきなり爆笑する讃歌さん。
「はっはっは! ご領主様かってんだ! 踏鞴の月句様が決めてくれんのかってんだ! なあ、そうだろ!」
「おう!」「そうだそうだ!」「領主が何してくれるってんだ!」「ばかやろう!」「ばか領主!」
讃歌さんが呼びかけると、大盛り上がりする村人たち。
「あのなあ白神様。よそは知らねえけど、この村じゃあ領主の仕事ってのは、俺らから税金を取り立てることだけなのよ。
わかるか? 税、金、だ」
「税として現金を徴収されているってことですか?」
「そうさ! 採れたもんをわざわざよそで売って、その金がぜんぶ巻き上げられちまう! こんなばかげた話があるかよ!」
「そうだぁ! 俺らはなぁ、自分で採ったもん食ってけばなぁ、十分になぁ、生きていけるんだぁ!」
「なにか理由でもあるんですか? 国に支払う税が、現金でないといけないとか」
「カイフェがそんなできあがった国なわけねえだろ。よその村じゃ、国に布きれ収めてるって話だぜ」
と、悠太君。
なるほど、それはたしかに、ちょっといびつな構造だ。
「だからよ、村のことはなんでも、ここで話し合って決めんのさ。納得いかなきゃあとことんまでやるぜ、俺らは。
それが踏鞴家給地に生まれた男の心意気ってもんだ! そうだろ!」
讃歌さんが酔ったいきおいで胸を張る。
「そぉだそぉだ!」「言ってやれ、言えっ、言えー!」「心意気! 心意気!」
酔ったいきおいでのコールアンドレスポンス。
ああ、これで急にいろんな疑問が氷解したぞ。
ミリシアさんが『領主の人間性に絶望した』と言った理由の源泉は、ここだろう。
あまりにも自分の領地にたいして放任主義すぎる。
なんらかの警察権がまるで存在しないのも、平和だからじゃなくて、ほったらかしているからだ。
讃歌さんが『税金』と最初に言ったのは、たしか悠太君に関していろいろ言いに来たときだけど、そのとき、引っ掛かりをおぼえたんだよな。
それも、なんとまあ、こんな貨幣経済がまるで存在しない農村から、現金を徴税していたというおどろきの事実。
「なるほど……」
「お、なんだ? なんか面白いこと思いついたのか?」
むずかしい顔をしていると、悠太君が寄ってきた。
「いや、讃歌さんって、ビッグマンみたいだなっておもって」
「びっぐ……わかんねえ。詳しく聞かせろ。おい、親父、白神借りてくからな」
「うおー! 踏鞴ものの、踏鞴ものの、それが誇りだああ!」
興奮しすぎて上着をびりびりやぶきながら、讃歌さんが絶叫している。
ライブはまさに最高潮。
「聞いちゃねえし。白神、台所行くぞ」
「うん。あの、なんていうか、すごいお父さんだね」
「うるせえ黙れ見るんじゃねえ」
わあ、すっごい早口。




