豆乳味噌ラーメンを打つ理由
大鍋には、白くにごった湯が、ぐらぐら煮立つ。
木の持ち手を付けた底の深い笹ざるが四つ、鍋の中でゆれている。
「榛美さん、あと一分で麺四発あがります」
「はい、スープを用意するんですよね!」
榛美さんは、素焼きの鉢に、あたためたスープを手際よく注いでいく。
笊を二つずつ両手にとって、素早く、かつ、やさしく振り下ろす。
「わあ、すごい!」
「湯切り、さまになってるでしょ? むかしラーメン屋でバイトしてたんだ」
スープに麺をすべりこませる。
「ラーメン屋?」
「うん。こんなかんじの料理を出すところだよ。いまそこの店主は、トルコで醤油ラーメンを売っているけどね」
麺を箸ですくいあげてほぐし、おりかさねるようにして沈める。
さっとゆがいた葉野菜と、だしを引くのにつかったアミガサタケをそえたら、できあがり。
「おまたせしました。『豆乳味噌ラーメン』です」
客間で待つのは、讃歌さん、悠太君、鉄じいさん。
「またなんだか、変わったものを作ったな」
讃歌さんは反応にこまり。
「麺かよ。よくやるわ、ほんと」
悠太君は引きずり回された過去を思い出して苦笑いし。
「酒にゃァ合いそうもねェな」
鉄じいさんはどぶろくをごぶり。
「はやくたべたいです!」
榛美さんはまあ、こんな感じで。
「箸で麺をつまんで、すすりあげてください。
どうぞ、麺がのびない内に」
「いただきます! んー! おいしい!」
まっさきに麺をすすった榛美さんが、じたばたした。
「おいしい! おいしいです! おだしですねこれ!」
「榛美さんもわかるようになってきたね」
「それで、この、麺……麺すごいです! しっかりおだしがからんで、もちもちして、卵の香りと甘さがふんわり……すごいです! 今までみたいちばんいい夢ぐらいすごい!」
「アミガサタケだろ、この汁。腐乳も使ってんのか。麺も、つるっとして歯切れがいいくせに噛み応えよくて……やっぱ美味いわ。間違いない美味さだよな」
悠太君も満足してくれた。
踏鞴家給地の代表的農民である讃歌さんは、生まれてはじめて見る麺に困惑気味だったが、
「なんだよ親父。白神の料理が怖いのか?」
と、悠太君にあおられ、
「うるせえぞドラ息子。怖いんじゃねえ。食い方に戸惑ってただけだ」
麺をわしっと持ち上げ、ずるっとすすりこみ、
「……なっ、あっ、ああ? なん、あ、うまっ、なっ?」
だしの旨味におどろいたのか、うしろから蹴飛ばされたような顔でこっちを見てきた。
「なんっ、なんだこれは……なにがどうなって、こんなに美味くなってるんだ?」
すばらしいリアクション、ありがとうございます。
踏鞴家給地の地産地消新メニュー、『豆乳味噌ラーメン』。
アミガサタケをぜいたくに使っただしに腐乳を落とし、味噌と豆乳をあわせ丁寧に炊き上げた無化調スープは、濃厚ながらも優しい味。
ライ米ともち米と卵でじっくり練ったつるつるの手打ち麺を、しっかり揉んでちぢれさせれば、スープとの絡みは抜群。
しゃくしゃくした食感のアミガサタケは肉厚のきくらげのようで、葉野菜のさわやかさもうれしい。
自慢の一品です。
いやこれ、冗談抜きに八五〇円とれる味なんじゃないかな。
ビーガンカフェの方、商品化しません?
それからみなさん、無言で麺をすすりつづけ。
スープまでしっかり飲み干していただいたところで、「ううむ」と讃歌さんがひとうなり。
「たしかに美味い。だがよ白神様、こういうの、手間がかかるんだな?」
「かかりますね。材料の問題もあります。アミガサタケはもう採れませんから。
限られたかまどで、おまけに一人で作業するなら、結局のところはあの鍋がいちばんいいってことですよ」
「そうだよなあ。白神様の料理ってのを楽しめると思ったんだが……」
「厨房があと三つあって、ついでに人足もあと三人いて、おまけにみなさんが少しがまんできるんだったら別ですけどね」
「そりゃ、無理な話だな。とくに我慢ができねえ」
讃歌さんは苦笑した。
さてさて、なんでまたラーメンなんかつくったのかというと。
話は二日前にさかのぼる。
「康太さん、なにかほしいものありますか?」
いきなりな榛美さんの一言。
「ほしいもの?」
「はい。ちょっとでかけるので、なにかあれば買ってきますよ」
「そういえば、たまに山向こうまで買い出しに行っているんだっけ」
榛美さんはうなずいた。
「いつも鉄じいさんと一緒なんです。お塩もほしいし、暑くなるから棒だらなんかも買っておきたいんですよねえ。あれはしょっぱくてべんりですから」
「棒だら? かなづちで叩いてあてにでもするの?」
「いえいえ。お鍋に入れちゃいますよ。夏場はしょっぱいからべんりなんです」
あの鍋、暑くなってくるとさらに塩分濃度があがるのか。
自分のたべるごはんは自分でつくらないと、寿命がちぢみそう。
「どれぐらいかかるの?」
「十日ぐらいです」
「それはたいへんだね。一緒に行こうか?」
「いえいえいえいえいえ! それはだめです! 康太さんはだめですからね!」
両手をぶんぶんふりまわして、断固拒否のかまえをとる榛美さん。
「でもけっこう大変なんでしょ? 男手はあった方がたすかると思うんだけど」
「鉄じいさんも一緒ですし、大丈夫です! 康太さんはごくをつぶしていて下さい!」
あれ、いまなんか悪口言われた?
「そっか。でも、そうだね。常識知らずがついてくると、そっちの世話も焼かなくちゃならなくなるもんね。
お言葉にあまえて、ごくをつぶすことにするよ」
「はい、たくさんつぶしてください! ここも閉めちゃうから、つぶしほうだいですよ!」
「それはうれしいなあ」
「は? 閉めんの? なんで?」
とは、悠太君。
というのも、僕たちはいつものように“覚書”を読んでいたからだ。
「なんでって、いつもそうじゃないですか」
「いつもはそうだけど、今は白神がいるだろ。
買い出し行かれるたびにメシが恐ろしく貧相になるの、けっこう辛いんだぞ」
「でも……」
榛美さんはこまったような顔をこっちに向けた。
「やっていいんだったら、僕がやるよ」
「いやいやいや! そんな! 康太さんにそんなことをしてもらうわけにはいかないです!」
「白神がやるって言ってんだろ。オマエがどうこういうことじゃねえよ」
「うううー……」
榛美さん、半べそでこっちにすりよってきた。
こういうとこずるいよねこの子。
かわいいけど。
「あのね榛美さん、僕は、誰かのために嫌々なにかをやるつもりなんてないよ。
僕がいちばん楽しいのは、ごはんを作って、食べてもらって、おいしいって思ってもらえることなんだから」
頭をぽんぽんなでてやりながら、言い聞かせる。
目をはなしたら、すぐ誰かのために死ぬほどがんばるとでも思われているみたいだ。
すこし考えれば、僕がけっこう好き放題やっていることには気づきそうなものなんだけど。
「白神の言う通りだ。こいつ、好き放題やってんだから」
好き放題の被害をもっともうけている悠太君の言葉には、うむを言わせない説得力があった。
「よし、決まりだな。榛美が山向こうに行ってる間は、白神がメシを作る。
もちろん、あれこれ作るつもりなんだろ? うまいメシのためだったら多少は手伝うぜ」
「うーん、いつもの鍋とどぶろくでいいんじゃないかなあと思ってるんだけど」
「はあ? なんでだよ。急に手ぇ抜くつもりかよ」
「そういうつもりはないよ。厨房を任された以上、全力で作るのは当たり前だからね」
「だったら、少しぐらいわけのわかんねえもん作ったっていいだろ別に」
今度が悠太君がやいのやいの言い出した。
「考えるところがあるんだ。この世界で、白神として生きていくっていうことも含めてね。
納得がいかないっていうんだったら、悠太君相手にはちょっと変わったものをつくらせてもらうけど」
「村の連中が食わなきゃ意味ねえだろ」
悠太君がふてくされたように言った。
「意味?」
「……なんでもねえ」
いきなり本格的にそっぽを向く悠太君。
なんだろ、照れ隠ししてるっぽいことは分かるんだけど、なにを照れ隠そうとしているのか見えない。
「ユウは、康太さんが村のみんなに認めてもらえればいいって思ってるんですよね」
榛美さんがいじわるそうな笑みを浮かべた。
「は? しらねえよ」
悠太君は、耳までまっかになって悪態をついた。
「自分の尊敬するひとがどれだけすごいのか、だれかに分かってもらえないのはちょっと悔しいですもんね。
それはわかりますよ。わたしだって、ユウに康太さんのすごさを伝えるためにがんばりましたから」
その『がんばった』には、もしかして、
『煮溶けたもちを背中に流し込む』
とか、
『人を叩くのにちょうどいい長さの棒でぶちのめす』
とかがふくまれているんだろうか。
「すごいかどうかはともかく、まあへんてこなものばっかり作ってるからね、僕は。
ありがと、悠太君。その気持ちはうれしいよ」
「だからしらねえって言ってるだろ」
ますますそっぽを向いちゃった。
一回転してこっちに向き直りそうだ。
榛美さんの言葉がなければ、またも他人の気遣いに気付かず通りすぎてしまうところだった。
少しずつでもなおしていかないとなあ。
「様子を見させてくれないかな。思い過ごしでなければ、僕のやり方がまちがってないことを説明できるはずなんだ」
「ちゃんとしたメシを作らないってことが?」
あくまでそっぽは向いたまま。
すねるなよ少年、心が揺れちゃうじゃないか。
「ユウ、あんまりだだをこねると、いつものやつが出てきますよ」
榛美さんが人を叩くのにちょうどいい長さの棒を取り出すも、悠太君は依然としてふてくされる。
まいったな、今日の悠太君はがんこだぞ。
でも、こちらとしても、しっかり事情を理解した上で決めたいんだ。
「うーん……わかったよ。讃歌さんと鉄じいさんを呼んで、新料理の試食会をやろうか。
とりあえず、それで手を打ってくれないかな」
「だから、手を打つも何もねえだろ別に。どうでもいいし。オレ別にどうでもいいし。
まあ、でも……試食会はやるからな」
なんとかゆるしてもらえました。
「まったく、ユウは昔から言い出したらきかないんですから。
それで康太さん、話をもどしますけど、なにかほしいものはありますか?」
ああ、そういえばそんな話だったっけ。
「ほしいもの、かあ。今のところ、不便を感じるようなことはないなあ。
ああそうだ、お金ならあるんだし、榛美さんがほしいものを買ってきたら?」
「お金って」
榛美さんは、なんだかうしろめたそうに土間のとある一点をみた。
そこに埋まっているのは、ミリシアさんからいただいた、『榛美さんの人生三回分』ぐらいあるヘカトンケイル札。
いえいえ、仕事に対する正当な報酬としていただいたものですから、なんら後ろ暗い点はございませんよ。
「住み込んでおいて何もしないっていうのはこちらが心苦しいからさ。少しはつかってもらえると、僕の気が楽になるんだ。
そもそも、榛美さんはそう思ってないかもしれないけれど、あれは僕たち二人でかせいだお金だからね」
榛美さんはしばらくなんだか考え込んでいたけれど、
「はい、わかりました! つかわせてもらいますね!」
笑顔でそういってくれた。
よかった、これでもうごくつぶしとは言われないぞ。
といった事情で、ラーメンをつくることになったわけだ。
「明日の夜は、僕がみなさんのごはんをつくります。榛美さんや皆さんとお話して、味を調整しようかと」
「ああ、そうしてもらえると助かる。榛美ちゃん、白神様に、この村の味ってやつをしっかり教えてやるんだぞ」
讃歌さん、ちょっといじわるな口調でそう言う。
「うええ!? お、お、おそれおおいですよそんなの! だって康太さんなのに!」
「白神様だって最初からなんでもできたわけじゃねえだろ」
「で、でも……」
「よろしくお願いします」
「ううう……自信ないです」
「大丈夫だよ榛美さん。教えることではじめて分かるものっていうのがあるからね」
自信のないパートリーダーに対する空虚なはげましみたいなやつを、榛美さんにつかってみる。
すると榛美さんは、空虚なはげましをうけた自信のないパートリーダーみたいな目をした。
つまり、ものすごくうらみがましい瞳だった。




