『縄文人の寿命』事件ふたたび
「やァれやれ。榛美のたわ言に耳を貸したばッかりに、ろくでもねェ唄なんぞ披露しちまッた」
鉄じいさんはあごひげを指でしごきながら、照れ臭そうに苦笑した。
「そんな。とても胸を打つ唄でしたよ。でも、榛美さんがなにか言ったんですか?」
「わーわーわーわーわーあー!」
いきなり榛美さんが絶叫して、その場でぴょんぴょんとびはねた。
どうした、いきなりかわいいな。
「鉄じいさん、それは言っちゃだめなやつですよ! だめなやつですよ言っちゃ!」
「あァ? そうだッたかァ? もうろくジジイに強ェ酒なんざ呑ましてみろや、口に羽根が生えて飛ンでいッちまうぜ」
「うあーあーあーあー! 康太さん聞いちゃだめですからね! 駄目ですからね聞いちゃ!」
ぴょんぴょん跳ねながら左足を軸にゆっくり回転しはじめる榛美さん。
なにそのおもしろいやつ。
「覚えてッか? ほれ、てめェと讃歌のガキが、ばかづら下げて単語を教えろッて来た日のこッたよ」
「ああ、そんなこともありましたね」
そもそもの目的だったはずなのに、すっかり忘れてた。
毎回こんな感じで、手段と目的が逆転してる気がする。
「榛美、言ッたろ。もッと酒がありゃァ、もッと教えてくれンのかッて」
「言ってましたね榛美さん。なんかちょっと、よくわかんなかったですけど」
――あン? あァ、まァ、そりゃァ、そォいう理屈だけどよ。なンだ急に。
このふたりに勉強させて、榛美になンの得があるってンだ?
――え? えっと……べつにない、ですね? うん、たしかにないです。
こんな意味不明のやり取りがあった。
榛美さんがなにを思ってこんな発言をしたのか謎だったのだけど。
「そういえばその後、二人でお話してましたよね」
鉄じいさんがやにわに製鉄をはじめると言って、僕と悠太君を家の外に放り出したのだ。
「あーうーあー……ひどいです。鉄じいさんひどいです」
榛美さんはその場にしゃがみこみ、両手で顔をおおっている。
「おいおい、この先のあまッたりィたわ言まで、俺の口から喋らせるつもりかよ、えェ?」
「で、でもお……」
顔をあげ、涙目でよわよわしくくちごたえする榛美さん。
「言ッてやれよ。このうすのろ白神には、はッきり言わにゃァ通じねェ」
「ああ、それは分かるな」
「え、悠太君ひどくないそれ」
「ひどくねえよ。事実だろ」
悠太君はけらけら笑った。
だまっていたかと思えばいきなり鉄じいさんの援護射撃ときた。
「なあ榛美、オマエだってそろそろ分かってるだろ。こいつ、頭いいけどバカなんだ。
思ってることがあるんだったらはっきり言えよ」
そこまで言いますか悠太君。
「あうう……でも……ばかみたいなんですもん……」
悠太君はためいきをついた。
「あのな榛美。なんか知らねえけど、黙ってるだけじゃ伝わらねえことって、あるだろ。
察しが悪いのも、察してくれって思うのも、どっちも同じぐらいタチ悪いんじゃねえの?」
「うう……わ、分かってはいるんです。分かってるから、言わないでおいたのに……」
「でもオマエ、結局は白神に八つ当たりしてんだろ。どっちなんだよオマエ。分かってもらいたいのか? 分かってもらいたくないのか?」
「そ、そんな簡単なことじゃないですよ。ユウにはわからないんです」
榛美さんは口をとがらせた。
「わかんねえよ。ガキだしなオレ。じゃあ、ジジイに種明かししてもらうか? オレはそれでもいいぜ、たぶん笑えるからな」
「俺ァかまわねェぜ。笑えるぞォ、ドワーフにゃァ思いもつかねェ、胸やけするほどあまったりィ言葉を吐いてやる」
鉄じいさんはガハハと笑い、悠太君はけらけら笑った。
なんだこの師弟コンビ、息が合うとものすごくたちが悪いぞ。
「わ、わかりました! わかりました! 言います、言いますから! 言いますよ康太さん! 言いますからね!」
「え、あ、は、はい」
榛美さんは猛禽類みたいな目をして立ち上がり、僕の目の前までずかずか歩いてきた。
「あ、あのね、康太さんっ!」
「う、うん」
気圧されて一歩さがる。
榛美さんは一歩前に出る。
「こっ、康太さんがねっ! す、す、すごくたのしそうだったんです!」
「そ、そうなの? え、いつのこと?」
「ユウとはなしてるとき、ふたりで“覚書”を読んでるとき、とってもたのしそうでっ……
だから、その、こ、康太さんは、誰かのために、わ、わたしとか、ユウのために、いつも走り回ってくれて……わたしもユウも、それで、すく、ひ、ひっく、すくわれて」
榛美さんの瞳から、なみだがぽろぽろこぼれはじめた。
「で、でもね、康太さんは、だれかのためにって、自分のためじゃなくて……白神様で、この世界のことだってよく知らないのに、みんなをたすけてあげるために」
あふれる涙を、にぎりこぶしで乱暴にこすって、榛美さんは言葉をつづける。
「でも、こ、康太さんがね? すごく、すごく、そのとき、自分のために、たのしそうだったんです。
わ、わたし、それを見てたら、うれしくて、だ、だからね、康太さんのこと、康太さんがたのしいって思うこと、たすけてあげたいって……
今度は、わたしがたすけてあげたいって、思ったんです」
そっか。
そうだったんだ。
それが、榛美さんの、気遣いだったんだ。
だから鉄じいさんに、ああ言ってくれたんだ。
「でも、それは、わたしが勝手にやってることだから……康太さんだって、見返りなんてもとめなかったのに。
だからわたしも、康太さんに気付かれたくなくて……でも、ちがったんです。ほんとは、きづいてほしかったみたいで……ありがとうって、言ってほしかったみたいで……
わたし、いやなひとです。康太さんに、うれしいよって、ありがとうって、言われたかった……ほ、ほめてっ、もらいたくて、ごめんなさい……ごめんなさい!」
……ああ。
これはやっぱり、あのときと同じだったんだ。
縄文人の寿命について話したら、いきなり泣かれたときのこと。
ほのかはきっと、言いたいことを抱え込みながら、笑顔で接してくれていたんだろう。
それが、僕のくだらない一言で、どうしても我慢ならなくなったんだ。
榛美さんもおなじだ。
褒めてもらいたい、気づかれたくない、二つの矛盾する気持ちをかかえながら、そばにいて。
僕のばかみたいな行動のせいで、我慢できなくなって。
ライ米を食べたときに泣いてくれたのは、だからだったんだ。
そのあと、ライ米の話をしてもけろっとしていたのは、そういう理由があったからなんだ。
きっかけはなんでもよくて、爆弾は、導火線に火がつく瞬間を待っていたんだ。
「榛美さん」
「うう、ぐすっ、はい、ご、ごめんなさい……」
「ありがとう、榛美さん。きづけなくて、ごめんね」
榛美さんの頭に、手をふれる。
榛美さんが、僕に、身を寄せる。
ゆっくり撫でてあげると、榛美さんは泣きながらほほえんでくれた。
「ゆるして、くれますか?」
「僕の方こそ、ゆるしてくれる?」
「うん。ゆるします」
「ありがとう」
だれかのために料理をつくれれば、それでよかった。
だれも僕のことを心配なんてしなかったし、それでいいとおもっていた。
だけどここに一人、僕のことを心から思ってくれる人がいた。
だとすれば、僕は、もう少しだけ、自分を大切にしよう。
言葉にだして、伝えよう。
「榛美さん。大切にするね」
言ってから数秒して、なんかちょっとおかしいってことに気付いた。
というのも場の空気が変な感じだったからだ。
村の住民はもとより、悠太君も、鉄じいさんも、目をまんまるにしている。
榛美さんは僕をみあげて、感極まったような表情をしている。
「…………はい!」
いきなりぎゅーって抱きつかれた。
その『はい』は、何にたいする『はい』なんだろう。
「ええと、その、いやあ、ちょっと大事な部分が抜けてたみたいだね」
ためしに言ってみたが、場の空気はなにも変わらなかった。
「つまりね、その、『自分が』というか、榛美さんの想いに応えるというか……」
あ、まずい、またへんなこと言った。
「ガッハッハ! こいつァ驚いたぜ! 白神のやつ、榛美をかつぐ気でいやがンのかよ!」
「え、ちょっと、鉄じいさん! そういうことじゃなくて」
あわてて訂正しようとしたそのとき。
「かつぐなら、炭焼き小屋を綺麗にしとかねえとな」
真顔でぽつりと言ったのは、なんとまあ、讃歌さんだ。
「いやちょっと待ておめえ、榛美ちゃんをおめえ、素性のしれねえ白神におめえ!」
「素性がしれねえ? ヘカトンケイルの賓客をもてなして、ウチのドラ息子に道を示した男だぞ、白神様は」
「う、で、でもよおめえ……」
「お、おれだって反対だぞぉ! こんなうらなりにぃ、何ができるってんだぁ! おれ、おれはなぁ、おれだって榛美ちゃんをなぁ!」
「待てよ、相手は白神様だぞ! 榛美ちゃんをかつぐんだったら、そりゃあうってつけってもんよ!」
なんかこちらを置き去りに議論が白熱。
「ガッハッハ! おもしれェじゃねェか! 白神と榛美、おおいにおもしれェ!」
「んだとぉくそじじい! ぷらっと来たかと思ったらぁ、差し出口ききやがってぇ! ぶっとばしてやるからなぁ!」
「やるッてのかよ、えェ!? いィぜ、山向こうまで蹴り飛ばしてやらァ! “ドワーフの終の撃”といやァ、南の竜人から魔王領の魔人から震えあがッて命乞いするッてもンだ!」
おまけに乱闘がはじまった。
「あの、ちょっと、話を聞いてください! ごめん、榛美さん、すこし離れてくれるかな」
「い、いやですっ! はなれないです!」
「ゆ、悠太君……」
たのみの綱の悠太君は。
「ジジィ、そこだ、いけっ! 辰は長年の除草作業がたたって右膝と腰に懸念があるぞ!」
すごく盛り上がっている。
あーもうどうするんだよこれ。
「待て待て、お前ら、待て。暴れるな。榛美ちゃんの家だぞ」
讃歌さんが低い声で興奮する村人たちを制止して、
「待てってんだウスノロどもが!」
通用しないとなると、一発ずつ殴りつけてだまらせていった。
……讃歌さん、すごい強い。
「異論があるって連中は、白神様がどんなもんか分かったもんじゃねえって言いたいんだな」
それぞれ殴られた箇所をおさえながらうめく村人たちを相手に、讃歌さんがまとめにかかる。
「たしかに白神様は、台所にひっこんで、何をしてるのか分かりやしねえ。不安はもっともだ。
そうだろう、白神様」
「まあ、はい、そうですね……なるべく邪魔にならないようにって思っていたんですけど」
「そいつが裏目だな。この村に、お互い顔を知らねえやつなんていねえんだ。相手が白神様だろうとなんだろうと、顔が見えなければ、俺たちは警戒する。
俺がそうだったろう?」
「たしかに」
我が子をさらう天狗かなにかみたいに思われてたからなあ、讃歌さんには。
「だから、分からせてくれよ。あんたがどういう人間で、なにをして生きてきたのかって。
その上で納得しねえ奴もそりゃあいるだろうけど、少なくとも、あんたの顔は見えるようになる。ちがうか?」
村人たちは、讃歌さんの言葉にうなずいた。
やれやれ、またしてもだな。
こちらがかってに壁を作って、相手のことを分かろうともせず、みがってに振る舞っていた。
ほのかに叱られて、悠太君に呆れられて、榛美さんに泣かれるわけだ。
「分かりました。それでは一品、作らせてもらいます。
というわけで、榛美さん、ちょっと離れてくれない?」
「はなれませんからね!」
……まいったなこれは。




