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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第三章 郷に星

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郷に星

 さあさあはじまりました、妄想異世界料理。

 お馴染みの異世界料理を、地球の料理人が、ごくごくかんたんなヒントだけをたよりにつくるつくる。

 今回のお題は『黒くてくせェもんを揚げて汁にひたしたやつ』。

 誤解は発明の母、これは、故郷を思い出して鼻の奥がつんとする、異文化交流クッキングバラエティであーる。



 どげーなもんでしょなっ



 あたえられたヒントはごくごくかんたんなもの。


1 黒くてかたくて小さい粒が、もちみたいになる。

2 揚げたあと、しょっぱい汁につける。

3 畑がべらぼうにくさい。



 ごくごくかんたんとはいえ、鉄じいさんの出してくれたヒントはかなり的確。

 ピンと来た方もすくなからずいるはずだ。

 問題は踏鞴家たたらけ給地きゅうちで栽培していないことだけど、これもライ米の導入によってクリアできた。


 まずは、よりわけておいてライ米を脱穀して風選し、杵と臼で一気に搗き砕く。

 おもった通り、あっさり砕け散って粉になる。

 ライ米は、お米や麦とちがって、胚芽と胚乳が実の内部にあるのだろう。


 丹念に搗いて、しっかり粉にしておこう。


 次は、だしを引いて汁を作る。

 使うのはアミガサタケの戻し汁、どぶろく、みそのたまりだ。

 ご家庭でつくられる際には、白だしかだしの素、それから薄口しょうゆで汁を作るのがお手軽。

 本気でやろうとするなら、枯節の削り節と日本酒と梅干をご用意して、以下の手順をお読みください。


 さて、まずはアミガサタケの戻し汁にどぶろくの上澄みをくわえて、ゆっくり弱火で煮詰めていく。

 戻し汁に含まれるグアニル酸と、どぶろくのコハク酸、ふたつの旨味成分をしっかり引き出してやるのだ。


 これは、室町時代の一般的な調味料『煎酒いりざけ』の作り方をまねしている。

 煎酒というのは、日本酒、うめぼし、かつおの削り節を煮込み、塩で味をととのえたもの。

 醤油がわりに何にでもつかっていたらしい。


 かつお節のイノシン酸のかわりに、同じ核酸系旨味成分である、アミガサタケのグアニル酸を。

 日本酒のかわりにどぶろくを。

 どぶろくの中にたっぷりクエン酸が入っているので、うめぼしは代用できる。


 なるべく湯気を吸わないように、半量までしっかり煮詰めていく。

 お忘れかもしれませんので改めて警告いたしますけれども、アミガサタケは毒きのこなので食べるときは自己責任で。

 思い出そう、当たるも八卦、当たらぬも八卦。


 煮詰めた汁は、粗熱が取れたら、ここに味噌のたまりを入れる。

 たまりに含まれる、アミノ酸系旨味成分であるグルタミン酸がくわわることで、ぐっと味がよくなる。

 たまりのあたりがきついので、塩がわりにもなるという寸法だ。


 できあがったのは、だしのいい香りをただよわせる、黄金色の汁。


 ちょっと味見して……うわあ、これはすごい。

 なんかもう、ただ旨いとしかいえない。

 なにがなんだかよく分からないし、再現できる気がまったくしないけど、とにかく全てが調和している。


 ひきたてあう旨味と塩味は、きちんと引けた関西系のうどんだしみたい。

 そのふたつをなだめる、わずかな酸味がすばらしい。

 こりゃあ、室町時代のひとも醤油なんか使わないはずだよ。

 たしかその頃の醤油は大麦をつかってて、あんまり品質がよくなかったはずだし。


「榛美さん、おいで」

「はーい、なんですか?」


 うかつにもちかづいてきた榛美さんの口に、だましうちでさじを突っ込んでみる。


「うあああああ……!」


 また見目うるわしいエルフが生まれたての子じかみたいになった。


「うあ、あっ、あうっ、な、なに、なん、これ、え、なっ……」


 よろよろ立ち上がって、口をぱくぱくさせる榛美さん。


「もっとなめてみる?」


 聞いてみると、ものすごい勢いで首を上下に振った。

 いい反応だ。


「これ、あぶないです……なんていうかもう、味わった次の瞬間には、またほしくなっちゃいますね」

「旨味っていうのはおそろしいものだよね。はいどうぞ」

「うああああああ……!」


 浸し用の汁はこれでいいだろう。

 次は、ライ米粉の調理にとりかかる。



 ライ米粉を、その二倍強の水で溶いて、火にかける。

 あとはひたすら、木べらで練っていく。

 鍋の中の溶きライ米がだんだん粘ってくるので、ちからまかせに練り上げていく。


「あ、なんだかいいにおい……」


 榛美さんが鼻をすんすんならした。


「うん、そうだね。なつかしいにおいだな……」


 かすかで、すずやかで、とても心地いい香りがする。

 気づかなければ通り過ぎてしまうようなわずかな芳香だけど。

 たぶん日本人なら、まちがいようがない、この香り。


 じゅうぶんに粘りが出たら、鍋を火から上げて、しめらせた葛布の上でさらに練り、きめを細かくする。

 この練り作業が重要だ。

 粉の一粒一粒に、しっかりと水分を行き渡らせる意識を持とう。


 しっかり練り上げたら、ぬらした木べらで鍋からこそいで分割し、なんとなく木の葉っぽいかたちに整え、皿にのせる。


「おいしそう! 見た目もきれいですね! できあがりですか?」

「これで完成にしてもいいんだけどね、日本酒に合うし。今回はここから、さらにひと手間」

「それじゃあ、つかうんですね?」

「うん、つかっちゃうよ」


 というわけで、いよいよ登場、なたね油。

 鉄の鍋にだぼだぼと注いで、百八十度まであたためる。


 ライ米粉をうすくはたいた生地を、油の中にすべらせる。

 ものすごい勢いであぶくを吹きながら、生地が一気にふくらんでいく。


「わあ、すごいすごい! 油ですね、油ですねっ!」

「あんまり近づいたらだめだよ」

「え、なんでですかあっつい! あっついなんかがあっついなにこれ!」

「うわっだいじょうぶ? ごめん、ちょっと警告がおそかった」

「だ、だ、だいじょうぶです! だいじょうぶですから、ごめんなさい、康太さんは料理しててくださいあっつい!」

「井戸水でひやしておいで」

「はい……あうう、ごめんなさい……」


 エルフのやわはだにやけどを負わせてしまった。

 申し訳ない。


 さっと表面を揚げたら、あつい内に、さっき引いただしの中に投げ込む。

 じゅわっと音を立て、生地がだしを吸い込んでいく。

 揚げびたしの、この瞬間ってたまらねいよね。

 汁と油がゆっくり混ざっていって、タネがどんどん美味しくなっていって。

 そのはじまりの、この瞬間だ。


 あとはこれを涼しい場所においておけばできあがり。

 ライ米の仕分けと製粉はすごくたいへんだったけれど、それ以外はなにもむずかしくない。


 さあ、あとは鉄じいさんがやってくるのを待つだけだ。



 今日も今日とて、榛美さんちは大騒ぎ。

 酒を呑み、わらい、どなり、どなられ、怒られてしゅんとしてはまたわらう。

 静かな土間の中、僕の緊張はゆっくりと心地よく高まっていく。


 いずれ、その瞬間が来る。


 扉が開いてドアチャイムがなり、場がしずまりかえる、その瞬間。


「邪魔ァするぜ」


 鉄じいさんが、やってくる瞬間。


「あン? なンだてめェら、俺が来たのがそんなに珍しいッてのかよ?」


 さっそく周囲をにらみつけ、悪態をついている。


「いらっしゃいませ。お待ちいたしておりました」


 パーティションを抜けて鉄じいさんの前に立ち、フェルトハットをとってふかく頭をさげる。


「できてンだろォな?」

「用意いたしました。こちらへどうぞ」


 と、パーティションで区切られた半個室に案内しようとしたのだけど。


「へッ。俺ァ貴族かなンかか、えェ? どこだッてかまわねェよ」


 言うなり、てきとうな場所にどかっと座り込んでしまった。


 隣にすわられた人がものすごく気まずそうにしている。


 あらためてきづいたのだけど、半個室はどうやら隔離施設としても役に立っていたらしい。

 これまでのお客様について、村人の視点で考えてみれば。

 ヘカトンケイルから来た門閥市民、科挙に失敗して自暴自棄になったごくつぶし、沼の近くに一人で暮らすへんくつでへそ曲がりな老人。

 おまけに、相手をするのは、正体不明の異邦人。

 村の日常からは、かけはなれた人々だ。


「おィ、気にすンじゃねェぞ」


 鉄じいさん、隣の人にすごんでる。

 逆効果じゃないかそれ。

 場の空気が、一気にお葬式みたいになった。


 榛美さんや悠太君といった特殊な立場のひとびとではない、ごく一般的な村の農民たち。

 彼らは鉄じいさんを、僕と同じく『あの世枠』に入れているのだろう。

 この村での鉄じいさんの扱いというものが、なんとなく理解できた。


 いつの間にか村に住みつき、住民とは没交渉で、鍋だの釜だの家だのを直してくれる存在。

 要約してみると、たしかに何を考えているのかぜんぜんわからない。


 ひそひそ声でささやきあう村人たち。

 なにを言っているか、おおかた予想はつく。


 鉄じいさんと白神。

 この村でもっとも理解不能な二人が、どうやらしっかり仲良しらしい。

 なんかめずらしくておもしろいね、みたいな話をしているわけではないだろう。


「榛美、いつものもン持ってきてくれや。まずは腹をくちくしねェとな」

「はーい! ちょっと待っててくださいね!」


 榛美さんはごらんの通り、慣れたもの。


「ジジイ、邪魔だ。あっちの隅っこ行けよ」


 悠太君もこんな感じ。


「黙ッてろ、ごくつぶし」

「うるせえよこき使いやがってくそじじいが」

「ユウ! 悪態をついてはいけません!」

「いてえ! よせよ! その棒すげえしなるから痛いんだよ!」

「いたくするように叩きましたからね! はい、鉄じいさんどうぞ」


 人を叩くのにちょうどいい長さの棒をあごと肩ではさみ、汁と酒を鉄じいさんの前に置く榛美さん。


「ありがとよ」


 鉄じいさんはごぶりと酒を呑み、がぼりと汁を飲み干した。


「あ、おかわりですよね」

「おゥ」


 また汁と酒がやってきて、また無言で空にする。

 うまいもまずいもなし。

 表情もかわらない。

 地面に撒いてるみたいな感じだ。


 三度おかわりしたところで、不意に鉄じいさんは顔をこちらに向けた。

 もじゃもじゃまゆげの奥で、鉄色の瞳が、僕をとらえていた。



「持って来い」



 シンプルな一言。

 全てが決まる、その時がきた。


「ただいまお持ちいたします」




 台所に移る。

 揚げびたしは汁ごと椀に盛り、蒸留酒は素焼きのカップにそそぐ。



「お待たせいたしました。ライ米をつかいました『そばがきの揚げびたし』と『米焼酎』です」


 ちょっと引っ張りすぎはしましたが、正解発表。

 鉄じいさんの故郷で栽培していたのは、まず間違いなく、蕎麦だ。



 なんでその答えに至ったのか、少し解説しよう。


 鉄じいさんの故郷の土壌は、おそらく石灰質。

 痩せていて、用水路を引けないほど水はけがよく、かつ、あちこちに洞窟(水溶性の石灰が、雨や河川によって浸食をうけたってこと)があるという点から、これが分かる。

 そのような環境下では、主食となる穀類を育てるのはむずかしい。

 たぶん、土壌のPHを改善するような農業技術は、そこまで発達していないだろうし。


 そんな不良土壌でもまずまず育ち、黒い実をつけ、主食になる穀類。

 おまけに花がべらぼうにくさい。

 そんな作物、蕎麦以外にはまずないだろう。


 推理の補助線となるのは、地球における蕎麦の立ち位置だ。

 蕎麦は昔から食べられていたけど、栽培作物としては比較的あたらしく、たとえばヨーロッパに入ったのが十六世紀。

 異なる品種同士でもすごく簡単に交雑してしまうぐらい、利用が進んでいない。

 この世界でもそれは同じで、蕎麦はそこまでメジャーな作物ではないのだろう。

 だから、いろんなものごとに詳しい鉄じいさんでも、『黒くて花がくせェもの』としか表現できなかったのだ。


 以上、どうでもいい話でした。



 鉄じいさんは木匙を手にしてそばがきをすくい、まるごと口に放り込んだ。

 ざほっと音を立てて噛みくだき、咀嚼もそこそこに呑みこむ。

 それから蒸留酒をぐいっと一息に干して、鼻から長く息を吐いた。


「メシも酒も、まだあるンだろォな。持って来い」

「お持ちいたします」


 おかわりのお酒とそばがきを持っていく。


 無言で食べて、無言で呑む。

 どぶろくと鍋をかっくらっている時と、あまりにも変化がない。

 見た目も味も評価してくれない。

 料理人にとっては、けっこう応える展開だ。

 でも、ここで声をかけるほど、野暮ではない。

 評価が下されるのを、だまって待つだけだ。


 気づけば場はかんぺきに静まりかえり、誰もが鉄じいさんを見ていた。

 謎の料理を淡々と食べ続け、謎の酒を淡々と呑み続ける鉄じいさんの所作に、視線をそそいでいた。



 変化は、四回目のおかわりをやっつけたときに起きた。



 鉄じいさんは『持って来い』のかわりに、低くうなりはじめた。

 地面が震えるような、低い音のうなり。

 黙ってじっと耳をかたむけていると、そこにある、一種の抑揚と音階が聞き取れた。


 鉄じいさんは古い時代を思い出すみたいに目を閉じ、低く謡っていた。

 まるで聴いたことなんてないのになぜだか懐かしい、そんな響きの唄を。



「郷に星 土に鉄石てついし 河に鉄砂てつずな

 賽神さいのかみ様 くだりて語るは

 崩せや 山に隠れし 黒き鉄砂てつずな

 こがねにも似た 我らが宝よ」



 はっとした。

 これは、たたら唄だ。

 鉄じいさんが郷でたたらを踏みながら歌っていた、たたら唄だ。



「燃えし火よ ふいごに熱波 たたらにほむら

 あしたまだきに たたらを起こし

 踏めや 老いも若きも 男も女も

 木炭きずみあかを 鉄は宿さん」



 一節一節をいとおしむように、なつかしい思い出をひもとくように、鉄じいさんは謡いつづける。

 朝もやの湿ったにおいを、僕は嗅いだ。

 たたら場の熱を、僕は感じた。

 それほど、鉄じいさんの唄は、僕の心をゆさぶっていた。



「鉄よ鉄 冬に堅氷けんぴょう 夏に暖水ぬくみず

 夕べをすぎて たたらをしずめ

 帰ろや 夜風に熱を 遠く散らして

 あれぞ恋しき 我が家のあかり


 いざ 帰ろや われを待つの 唄が聴こえる


 吾を待つ汝の 唄が聴こえる」


 繰り返しは、静かな残響をともない、ゆっくりと、空気に溶けるみたいにして消えた。

 唄がおわると、耳が痛くなるぐらいの静寂だった。

 その場の誰もが、どうしてだか、同じような表情をしていた。


 どこかに置き忘れてしまって、二度と拾いもどせないなにかに対する、愛情と憧憬。

 それがなんだったのかうまく思い出せないけれど、とても大切だったなにかに対する、慕情と追想。

 あまい胸のいたみ。



「へッ。呑みすぎたかよ」



 誰もなにも言えずにいて、最初に、鉄じいさんが苦笑した。


「郷の唄なんざ思い出しちまッた。百年も謡ッてねェッてのによ」

「それじゃあ、鉄じいさん」


 鉄じいさんは、わらって頷いた。


「てめェのメシも酒も、たしかに郷のもンだッた。びッくりしちまッたぜ。まだ郷にいて、親父と肩並べて謡ッてンのかと勘違いしちまッた」


 ああ、よかった。

 鉄じいさんに、ちゃんと、届けられた。

 おいしいって、思ってもらえた。


「ありがとうございます」


 深く深く、頭をさげた。

 美味しく食べてもらったことに対して、ただ、頭を下げた。

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