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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第三章 郷に星

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花のように香る

 アブラナを搾油してから、一週間。

 ライ米相手に、あれこれ格闘をつづけていると。


「鉄じいさん、帰ってきたみたいですよ」


 いきなり榛美さんがいった。


「帰ってきた?」

「はい、ここ最近、どこかに行ってたみたいです。沼の方から煙があがってませんでしたから」

「煙?」

「え、見えません? 鉄じいさんが鉄を打ってるときって、煙があがってるんです。今もあがってますよ」


 そういって外に僕を連れ出し、ざっくりとどこかその辺を指差す榛美さん。


「ほら、あれです」


 ぜんぜん見えない。

 というか、距離とか森とか考えたら、見えそうにない。

 エルフの視力でないと、とらえられないんじゃないだろうか。


「でも、帰ってきたってことは」

「できたのかもしれないですね、蒸留器」


 ごくりと息を呑んでしまう。

 なんの覚悟もなかったから、ものすごいソワソワしてきた。


「しょ、焼酎のみたい……」


 なんかばかな言葉が口をついて出た。

 そんなに呑みたいのか、僕。


「あの、康太さん」

「うん、なに?」

「鉄じいさんのところ、行ってきたらどうですか?」

「あ、え? あ、うん、そうだよね? そうだ、行かないと。行かなきゃ!」

「えっあ、はやい! 康太さんはやいです! そんなはやく走れるんだ人って!」


 古い漫画だったら足がうずまきになってるぐらいの速度で、走り出していた。



「おせェじゃねェかよ、白神」


 鉄じいさんは、家の前で、背丈の半分ぐらいのなにかに手をのせていた。

 口元には、してやったりの笑みを浮かべている。


「そ、あの、それ、それは……」


 うわあうまく喋れない。

 舌がもつれるってこういうことなんだ。


すずを手に入れるのに手間取ッちまッてな。山向こうまで足を延ばしちまッたぜ」

「だ、あ、うわあ……」

「水を通すンならブリキだろ? ッたく、ジジィに金使わせやがッて、とンでもねェ白神様と巡り合ッちまッたもンだぜ」


 さかさ陣笠には、きらきらかがやくブリキのめっき。

 樽はしっかりと蔓でたがをしめられて。

 蛇口がにゅっと突き出していて。


 絵に描いた通りの蒸留器が、そこにあった。


「ほら、さッさと持ッて帰りやがれ。今日の晩飯には間に合わせろよ」


 ずいっと押し出される蒸留器。

 一歩後退する僕。

 あきれる鉄じいさん。


「なにしてやがンだ」

「そ、あの、お、おそれおおくて……」


 鉄じいさんはきょとんとした後、爆笑した。


「ガッハッハ! 天下の白神様が、やっつけ仕事を畏れ多いときたもンだ! この程度の仕事で恐縮されンなら、俺もまだまだ捨てたもンじゃねェなァ、えェ?」


 そんなこといわれても、恐縮するにきまってる。

 ちょっとどうしたらいいのかわからなくておろおろしていると、


「こ、康太さん、はやっ、はやいですっ……はやいですよ!」


 ぜえはあいいながら榛美さんがやってきた。


「鉄じいさんのところに行くんだったら、お酒もっていかなくちゃだめですよ!」


 榛美さんが、手にした甕をおしつけてくる。


「ごめん、どうしてもがまんできなくて」

「びっくりしました。あ、それが蒸留器ですか? おもしろいかたちですけど、どうやって使うんですか?」

「そんなにむずかしいものじゃないよ」


 榛美さんに蒸留器の使い方をレクチャーしていると、


「白神に榛美じゃねえか。なにしてんだ?」


 なんか悠太君までやってきた。


「蒸留器ができたんだ」

「お、それか? ばかみたいな形してんのな」

「無礼なことを!」

「え? は?」

「無礼だよ悠太君!」

「ご、ごめん」


 おもわずどなってしまった。

 ばかみたいとはなんだ。

 この発明の偉大さがわからないなんて。


「ユウはどうしたんですか?」

「鍋がこんなんなっちまってな。ジジイに直してもらえって、親父にもたされた」


 悠太君、手に鍋を持っているんだけど、ものすごい赤さびが浮いている。


「よこせ」

「はいよ、頼んだ」


 鉄じいさん、受け取った鍋をためつすがめつして、「ふゥむ」とひと唸り。


「水に漬けやがッたな、馬鹿野郎が。乾かして油塗るぐらいの手間も惜しむのかよ、てめェは」

「しらねえよ、親父に言えよ、いきなりメシ作るとか言い出しやがって。オマエのせいだからな、白神」

「え、僕?」

「美味いもん食わせたろ、親父に。真似ようとしたんだよ。上等な銀あまごが黒こげになっちまった」

「ああー、さんが焼きかあ。聞いてくれれば教えるのに」

「聞けるような雰囲気じゃねえんだよ、いつも台所にひっこんでんだろオマエ。その内かまどの神様みたいに思われて祀られるんじゃねえの」

「それは嫌だなあ……」


 ここ最近、だれかにダメ出ししかされていないような気がする。


「鉄よ、鉄。お前は乙女の柔肌にしてすなどる者の荒膚あらはだ。お前は冬の堅氷けんぴょうにして夏の暖水ぬくみず。鉄よ、鉄。我が語彙は“除く”。魔術に応え、鈍く輝け」」


 鉄じいさんはおざなりに呪文を唱えて鍋のさびを散らし、悠太君に投げ渡した。


「悪いな」

「礼はいらねェ。手伝ってけ」

「なにをだよ」

「酒も鍋も揃ったンだ。やるこたァ決まってンだろ」


 鉄じいさんは、蒸留器をぽんぽんと叩いた。


「……来るんじゃなかった」


 悠太君はためいきをついた。




「炎よ、炎。

 お前は勇敢なる防人さきもりにして、苛烈なる攻手せめて

 お前は優しい温度と、無慈悲な熱。

 炎よ、炎。

 我が語彙は“べる”、魔述に応え、燃えて盛れ」


 鉄じいさんがどこからか持ち出してきた、でっかい火鉢。

 その中で躍る炎を、榛美さんが魔述でとろ火に保つ。


 火鉢の上には、鍋と合体した蒸留器。


 樽とフタの間には葛布をみっしりつめこんで、すきまをふさぎ。

 ふたには沼から汲んできた水を繰り返しそそぐ。


「うっわあめんどくせえ! めんどくせえ! ふざけんな!」


 沼から水を汲むのは悠太君。


 僕はといえば、ほうろうのカップを手に、蛇口の前に座り込んでいる。


「悠太君、かわろうか?」

「バカ言ってンじゃねェぞ白神。ガキを甘やかすな」

「ガキっつったり大人っつったりきたねえジジイだよ! ちくしょうが!」


 ぬるくなった水が吐き出されて足元を流れていく。

 あたたまった土が濡れるときのにおいがする。

 緊張して、なんだか五感が鋭敏になっている。


 僕の目はただ一点にそそがれている。

 樽の中のじょうごから伸びてくる蛇口の、ただ一点。

 あまりにもにらめつけすぎて、集中線みたいな黒いつぶつぶが視界に出てきた。


 鉄じいさんの仕事はまったく疑っていないけれど、提供できたのはこちらのうすぼんやりした知識だ。

 うまくいくのかどうかなんて、まるでわからない。

 本当に蒸留できるのか、火加減はまちがいないのか、なにもかもが分からないづくし。

 だから、じっと待つ。


 わめく悠太君の声だとか、そばにいる榛美さんのにおいだとか、鉄じいさんがときどき身じろぎするその動きだとか。

 そういうものが遠ざかっていって、世界はほとんど白黒みたいになって、心臓の音はやけにうるさくて。



 息もできないぐらいに集中しているそのとき、ぽたりと音がした。


 ほうろうのカップの底に、ちいさく丸まった、最初の一滴。


 もうひとしずく。

 落ちてはじけて、カップに広がる。

 悠太君が立ち止まり、息を呑んだ。


「うっわすげえ。これ、酒なのか……」

「讃歌のガキは水汲んでこいッてンだよ」

「分かってるってうるせえなあ!」

「あ、あの、火はこれぐらいでだいじょうぶですか?」

「大丈夫だとおもう」


 ぽたり、ぽたり、雨のはじまりみたいな速度で、雫が落ちる。

 カップを持つ手がふるえはじめる。

 カップの中で、液体がさざ波立つ。


 白くにごったどぶろくから採れた、水のように澄み切った色のその液は、しずかに泡立っている。

 まちがいない、これはお酒だ。

 アルコールはおそらく二十パーセント前後。


 かんぺきな、蒸留酒だ。


「あ、あの、ちょっとかわりの容器を……」

「ほらよ」


 鉄じいさんがコップを差し出してくれたので、持っていたカップを手渡す。


「あン? 持ッてろッてのかよ」

「いえ、そうじゃなくて、初留しょりゅう……蒸留しはじめて最初の内に取れたお酒を、花酒はなざけといいます。いちばん美味しいところです。

 鉄じいさん、よかったら呑んでみてください」


 ブランデーだとか、果実をベースにした蒸留酒をつくるときは初留を捨てる。

 メチルアルコールがふくまれているからだ。

 でも、穀物でつくる蒸留酒の場合、沸点の低い成分がさまざまに含まれている初留は、その香り、味から花酒と呼ばれている。


 まぜてしまえば分からなくなる部分だから、ぜひとも、鉄じいさんに味わってほしい。

 故郷のお酒に勝てるかどうかは分からないけれど、きっと、おいしいはずだ。



「……どきゃァがれ、馬鹿野郎」


 鉄じいさんは僕の手からコップをうばい、ついでに場所もうばった。

 そのかわりに、花酒で満たされたカップを押し付けて。



「俺の気まぐれで始めたことだがよ、てめェのわがままでここまで来たンだ。

 責任ッてもンがあるだろォがよ、てめェには」

「え? え? いらないんですか? だってこれ花酒ですよ」

「しらねェよそんなもンは」

「でも花酒なのに。鉄じいさん、あの、花酒っていったら……花酒なんですよ」


 なんでこの人はこんなに花酒をこばむのだろう。

 未知のものだから警戒しているのかな。


「分かりました、それじゃ一口だけいただくんで、僕が死ぬかどうか様子を見てから――」

「い、いィから黙ッてその酒やッつけろッてンだよ!」


 鉄じいさんがどもって怒鳴った。


「……なあ白神。オマエさ、ほんとそういうとこ直した方がいいと思うぞ」

「ユウ、こういうのがめぐりめぐって康太さんのいいところなんです」


 榛美と悠太君が苦笑している。

 味方してくれないのか。


「え、ええと、それじゃあいただいちゃいますけど……」

「とッとと呑みやがれ」


 よし、言質はとったぞ。

 もう今からやっぱ呑みたいっていっても遅いからな。

 わだばゴッホになる! ってさけんだときの棟方志功か僕かってぐらいの勢いだからな。


 カップをもちあげ、香りをたのしむのももどかしく、口にふくんだ。


 そのとたん、ぶわっとひろがったのは、花酒の名にはじない香気。

 マスカットやメロンのように華やかで、どこか日本酒にも似ている。


 口当たりはすごくすっきりしていて、くせがなく、若い泡盛のよう。

 アルコールの甘い刺激が口の中をぴりぴりさせる。

 しばらく舌の上で転がしていると、あたためられて香りがぐっと強くなる。


 揮発したアルコールが喉を押して、少しむせそうになったところで、そっと飲み干す。

 酒精が喉を焼きながらゆっくりと体の中にすべりおちていって。

 かたちが分かるぐらい、胃が熱くなる。


「ああ……………」


 だめだ、ことばが出てこない。

 その場にうずくまってしまった。


「こ、康太さん? だいじょうぶですか?」

「うん、だいじょうぶ……うん……」


 うわあ、うそだろ、ちょっとなみだ出てきちゃった。


 焼酎も、日本酒やビールほどではないにしろ、いろいろ呑んできた。

 お金がないときは大五郎ばっかり呑んでたし。

 霧島、しろ、三岳、赤兎馬、百年の孤独……

 粕取り焼酎も、蔵人の置き土産だとか常陸山だとか、さんざん呑んだ。

 純とか鏡月とかだってなんだかんだおいしい。

 泡盛なんか、古酒クースやらミーリンチュやら呑むために石垣島まで行ったことがある。


 その舌が言っている。

 これはたしかに蒸留酒だって、はっきり言っている。


「おい、どうだったんだよ。それちゃんと酒になってんのか? で、いつまで水汲み続けりゃいいんだよ」


 うずくまっていると、悠太君が怒鳴ってきた。


「ああ、うん……お酒だ。焼酎だよ、これは」

「焼酎ってのか。で、俺はいつまで水汲んでりゃいいんだ?」

「そう、焼酎だ。芋だとかそばだとかあるけれど、これは米焼酎だね。

 すっきりしていて華やかで、とても呑みやすいのが特徴なんだ」

「ああそりゃよかったな! だから、いつまで俺は必死こいて駆けまわらなきゃなんねーんだよ!」

「うひゃあごめん! びっくりした! 急にどなるねえ悠太君」

「急じゃねえだろ! けっこう大人なところ見せたろ俺!」


 われに返って、蒸留器に駆け寄る。


「ちょっとすみません」


 鉄じいさんからカップを受け取り、ちょっとだけ味見してみる。

 うん、旨味と焙煎香が出ている。


「もう後留ですね。これ以上やるとお酒にえぐみが出るんで、ここで打ち止めにします。榛美さん、お願い」

「はい」


 榛美さんが火を消して、力尽きた悠太君がその場にぶっ倒れて、甕に三分の一ぐらいの焼酎を得て。


 はじめての蒸留体験は、こうして成功裏におわった。



 川で蒸留器をきれいに洗って、炭は炭壺にほうりこんで、冷めた炉をしまって、一通り後片付けを終えたら、鉄じいさんの家を後にする。



「今晩、邪魔するぜ。できてンだろォな」

「お任せください。お待ちいたしております」



 今夜は決戦だ。

 ここまでおおげさにしておいて、失敗はゆるされない。

 気合いを入れて、郷の星にふさわしい料理をつくろう。


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