男型と女型
「あ、康太さんお帰りなさうわあああ!」
榛美さんのあいさつは、ごく自然に悲鳴へと移行した。
帰ってきた僕が、しょいかご一杯、さらに両腕に、アブラナを抱えていたからだ。
正面からは、草のかたまりが家に入ったきたみたいに見えるだろう。
こういう怪獣がウルトラセブンに出てきた気がする。
「こ、こ、康太さん……ですよね……? 大きな妖精じゃありませんよね?」
なんだ大きな妖精。
そういうのもいるのか。
「ごめん榛美さん、ちょっと夏の宮を借りるよ」
「え、あ、はい、その……?」
のっしのっしと夏の宮に向かうワイアール星人。
まずは夏の宮を利用して、アブラナを一気に乾燥させるのだ。
笹かごにどさっとアブラナを放り込み、むしろをかぶせてはじけ飛び対策とする。
「じゃあちょっと行ってくるね」
「え? あの、どこに……?」
「いってきます」
榛美さんちを飛び出して、川向うの廃墟群に。
「悠太君! 悠太君!」
格子戸を拳で叩きながら叫ぶ。
うんざりした表情の悠太君が、引き戸を開けるなり、
「なんだよいきなり……ああ、その目か。その目をしてるときのオマエはダメなんだよなあ」
と、ためいきをついた。
「で、なんだよ。今度はオレに何をさせるつもりなんだ?」
「搾油器かして!」
「は?」
「搾油器!」
「ええと、つまり、アブラナの乾燥が終わったから油を搾るんだな」
「うん!」
「……使ってないやつがそこらへんの家にあるはずだから、探すの手伝え」
「うん!」
廃屋を家探しすること一時間。
「あー、これだこれ。たしかこんなんだったわ」
雑草の隙間から悠太君が引っ張り出してきたのは、なんか、どう見ても、腕の長さほどの角材だった。
そうとう年季が入っているらしく、表面は黒ずんでてかてかしている。
「こっちが女型だ」
悠太君は、角材の真ん中にある四角いくぼみをゆびさした。
くぼみの脇には溝が切ってある。
「めがた?」
「男型と女型があるらしい。しらねえけど」
「ふだん使ってるんじゃないの?」
「前にも言ったろ。ケヤキ油は、種をゆがいて上がってきた油を掬うんだよ。この手の搾油器は“覚書”に書いてあっただけで、見たことも使ったこともねえ」
なるほど、そう遠くない昔、この搾油器をつかって菜種油を得ていたのかもしれない、というわけか。
悠太君にならって雑草をかきわけると、もう一本、角材が出てきた。
「ああ、男型ってこういうことなんだね」
見て納得。
男型の角材には、四角い突起があった。
木材のほぞ継ぎみたいに、男型と女型で、穴と突起がぱこっとはまるようになっている。
「で、たがだ。ここに男型と女型を通すんだろ、たぶん」
と、悠太君、木でできた『ロ』の字型の四角い枠を二枚、角材の横にならべた。
『ロ』の字は、左右の辺が下ににゅっと突き出していて自立できるから、どうやら台座にもなっているみたい。
材料はそろったんだけど。
「どう使うんだろうね、これ」
「さあな。そこまで詳しくは書いてねえよ。“覚書”は手引書じゃねえからな」
二つの角材をほぞではめて、両端をたがに差し込んでみる。
それっぽくなったけど、なんか、たがと型の間にすきまがある。
「女型のくぼみに材料をおいて、男型をはめて、圧力をかけて油を搾り出すんだろうけど……」
「で、この溝から油を流すわけだな。でも、体重だけじゃしぼりきれねえよな」
「どうやって圧力をかけるかって話だよねえ」
横棒がとびだした『H』のかたちになった搾油器を前に、とほうにくれる。
「持ち帰って検討しますか」
「だな」
というわけで、榛美さんちにもどると。
「わあ、それなつかしいですね。お父さんがつかってたなあ」
搾油器を見るなり榛美さんがいった。
「えっ」
「えっ」
僕と悠太君は同時に声をあげた。
「榛美んちで油っこいものなんか食った記憶ねえぞ、オレ」
「それはそうですよ。だってお父さん、人前には出しませんでしたもん」
「はあ?」
「わたしのために、いつもとくべつな料理をつくってくれていたんです。だからユウが食べたことはないと思いますよ」
「ああ、いや、それはもう分かったけど、なんだそりゃ? なんで出し惜しみされてんだよオレたち」
「それは、わかんないですけど……」
榛美さんがかなしそうな顔になり、悠太君はばつがわるそうにためいきをついた。
榛美さんのお父さんが、亡くなったのか、それともどこか別の場所でくらしているのか、それさえ知らない。
聞こうともしなかった。
聞くべきなんだろうか、それとも、だまっている方がいいんだろうか。
よくかんがえてみれば、その程度の判断さえ僕はつけられない。
「で、榛美の親父さんは、これをどう使ってたんだ」
「んーと、薪ざっぽうをさしこんで、横からとんかちでたたいてました」
「あー……なるほど、クサビか。盲点だったぜ」
このすきまは、くさびを打ち込むためのものだったんだ。
よく考えたものだ。
「お父さん、いろいろなものをつくってくれたなあ。
康太さん、てんぷらって知ってますか?」
「うん、わかるよ。お父さんが作ってくれたんだね」
「はい。旬の野菜だとか、どじょうだとか、川えびだとか、たくさんです。
あったかくて、さくさくしてて、お塩をつけてたべたらすごく美味しかったなあ」
さみしそうな、だけどなつかしむような声で、榛美さんはつぶやいた。
郷のことを語るときの、鉄じいさんみたいな顔をして。
「油が搾れたら、つくってみるよ」
小麦粉はないけど、米粉でなんとかなるはずだ。
川エビもどじょうも、ざるかなんかで川岸をさらったら採れるだろう。
でも、榛美さんは、首を横に振った。
「ううん、いいんです。鉄じいさんのために使うんでしょう?」
「それは、まあ、そうだけど……」
やんわりとした、それが、拒絶の言葉に聞こえて。
なんだか何も言えなくなって、そそくさと撤退してしまった。
これは、なんていうかその、本格的にきらわれたのかもしれない。
どうすればいいんだろう。
なにが正しいんだろう。
ただひたすら、誰かのために料理をつくっているんじゃ、たぶんだめなんだ。
僕は、僕がまだ知らないやり方で、榛美さんと接しなくてはいけないんだ。
「とりあえず油搾ってみようぜ。やり方しらねえけど」
悠太君がことさら明るい声をあげ、手をぱんと鳴らした。
ごめんね悠太君、ありがとう。
夏の宮から引きあげたアブラナは、からっからにひからびて、カゴの中に種がとびちっている。
茎とはっぱとサヤを手でよけ、最終的には箕で風選する。
これをとろ火で炒って、磨り潰して、葛布に包んで蒸しあげる。
「なんでこんな手間をかけんだ? 普通に潰せばいいんじゃねえの?」
悠太君は、木製の大ハンマー、つまり掛矢の柄に顎をのっけて、いぶかしそうな表情。
「種の中の油を、熱と蒸気で水と分離させるんだよ」
鍋のふたを取って蒸気の中に手をつっこみ、あちあちいいながら、女型の中に投げ込む。
すぐさま男型をはめて、すきまにてごろな薪ざっぽうをつっこみ、クサビをねじこむ。
粗熱をとるとかとらないとか、ネットを見るとどっちの意見も書いてあるけれど。
『天工開物』の『搾油』の章には、蒸しあげてすぐやらないとぜんぜん油が搾れないというようなことを書いてあるので、今回はそれにならってみる。
「行くよ」
掛矢を拾って、振り上げる。
「あいよ」
悠太君も、それにならう。
「がんばってください!」
ぐっと拳をにぎった榛美さんが応援。
みんなの力を結集だ。
「せーのっ!」
ふたり同時に、ハンマーをくさびに叩きつける。
くさびがめりこみ、男型が沈み込む。
すると、女型のほぞから黄金色の液体がとろりとあふれだし、溝に沿って流れ落ちていく。
溝の下にあてがった素焼きの土器にぽたりと垂れる、なたね油。
「おお! これいけんじゃね!?」
「うん、いいかんじ! さあ、もう一発!」
「せーの!」
ハンマーをもう一発。
男型がぐっと押し下げられ、油がこんこんとわきだす。
「あははは! すげー! 油採れちゃったよ! この村で油! ウソみてえ!」
「採れたね! 採れるもんだね! すごいすごい!」
ハイになった悠太君が爆笑して、思わずつられてしまう。
「まだまだ搾るよ! もっぱつ!」
「せーの!」
この工程を何度も繰り返し、日が暮れるころには一リットルほどの油を獲得できた。
ほうろうびきの甕に移し替えて、蓋をする。
生の油なので、しっかり遮光・密閉してあげなければ酸化はあっという間だ。
「あー、だりィ……このままメシ食って帰るわ」
客間の隅っこ、壁にもたれかかって肩で息をする悠太君。
その横で僕は、うちあげられた魚みたいにころがっている。
「じ、ジムとか、通っとけばよかった……」
調子にのってばこばこ叩いていたせいで、酸欠だ。
頭が割れるようにいたい。
榛美さんは夕餐の準備で忙しそうだけど、手伝う気力もない。
格子戸から吹き込む、川の香りをのせた夕方の涼しい風が、あつい頬に心地いい。
「白神、オマエさ、榛美の親父の話は聞いたか?」
ハードな運動と、暮れかけた一日の感傷がそうさせたんだろう、悠太君の声は、ちょっとだけやさしい。
「ううん、聞いてないよ」
「オレに聞こうとかおもわねえの?」
「聞いたら答えてくれる?」
「まさか。ぶっとばすに決まってんだろ」
「だよねえ」
ちょっとわらったら腹筋が痛くなった。
「榛美さんとどう付き合うべきなのか、どれぐらいの距離を取るべきなのか、ほんと言うとまだよくわからないんだ。
これまで、料理を通してしか人と接したことがなかったから。
でも、まがりなりにも一つ屋根の下で一緒にいるんだったら、それだけじゃ通用しないんだね。そのことだけは分かったよ」
「おせーよバカ。いま何歳だよバカ」
悠太君は苦笑した。
「まあでも、この村で油が採れるってのは収穫だろ? アブラナも、水を引き直して本格的に栽培できたら、売り物になるし。
オマエがなんも考えず突っ走ったから、できたことだ。それはちゃんと、誇れよな」
「うん……ありがとう。菜種畑をつくるときは手伝うよ」
「期待してねー。ほっそい腕しやがって。知恵だけは借りとくわ」
僕らはわらった。
もう悠太君のこと好きになりそう。
なんていうか、おっさんになってくると、お気に入りの男前の一人や二人できてくるよね。
そろそろ、村のみんながあつまる時間だ。
重たい体をむりやりうごかして、土間に移る。
「ひゃっ!」
なんかかわいい悲鳴がきこえた。
「どうしたの?」
「な、なんでもないです」
なぜかそっぽをむく榛美さん。
「んんー?」
がんばって回り込もうとしたら、くるっと背を向ける榛美さん。
もっかい回り込もうとしたら、もっかいくるっと背を向ける榛美さん。
なんだこれ。
惑星と衛星みたいになってる。
よし、右に行くとみせかけて左に行くとみせかけてやっぱり左にいかない!
「わああ機敏!」
榛美さんの姿を真正面にとらえる。
「あれ? 榛美さん、なんか……くちびるうるおってない?」
「そそそそそうですか?」
グロスをたっぷりのっけたみたいになってるよ榛美さん。
キスしたくなるくちびるになってるよ榛美さん。
「……油、なめたね?」
「うひゃあごめんなさい!」
そういう妖怪いるよね。
猫のやつ。
「どうしても気になったんです! あぶらがどうしても気になったんです! ごめんなさい!」
「どうだった?」
「味はなかったけど、炒った香りがすごくよかったですごめんなさい!」
「そっか、それならよかったよ。素人仕事でもうまく搾れるものだね」
そういえば、搾油できたことに浮かれすぎていて、味見もしなかった。
とりあえず、味は保証されたようで一安心。
「あ、あの、ご、ごめんなさい……おこって、ますよね?」
「飲み干されたらさすがにがっくりきてたと思うけど、味見ぐらいならどんどんしてほしいぐらいだよ。
なにしろ僕が作るものって、だいたいこの村にとってはえたいが知れないからね。榛美さんがぱくぱく食べてくれると、うれしいんだ」
「そんな! だって康太さんがつくったものですよ! 康太さんがつくったものなのに、おいしくないわけがないじゃないですか!」
かたく握ったこぶしをぶんぶん振り回しながら、榛美さん。
いくらなんでもおもはゆい。
「それで、このなたね油でなにをつくるんですか?」
「ライ米……えーと、例のにせもののお米を使って、揚げ物をつくるつもりだよ」
なにしろ榛美さんに泣かれた原因なので、ちょっと持ち出すのは気まずかったけど。
うそをついてやりすごすわけにもいかないだろう。
「ああ、そうなんですね。それはきっとおいしいんでしょうねえ……油を使うんですもんねえ……」
あれ?
なんか反応があっさりしてる上に、なにを想像したのかうっとりしてる?
わからない。
榛美さんのことがまったくわからない。
「あ、あの、その……変なこと聞いてもいいですか?」
ひどく神妙な顔で、榛美さんが話をきりだした。
「どうぞ」
なんだろうと身構えながら、短く返事をして、息をととのえる。
なにを言われるんだろう。
あっさりとうっとりは実はフェイントで、また何か言われるのだろうか。
「あ、あまりますか?」
「えっ?」
「て、鉄じいさんにつくったあと、その、あの、揚げ物、あまりますか?」
予想外だよ榛美さん。
それは思ったもみなかったよ榛美さん。
おもわず声をあげて笑った。
「あ、ああっ、ひどい! ひどいじゃないですか! なんでわらうんですか! わらうことないじゃないですか!」
「ご、ごめん、そう来るとは思わなくて……うん、大丈夫だよ、油も材料もたっぷりあるから、揚げたてを余らせとく」
「ううう……まだわらってる……恥ずかしかったのに」
むくれる榛美さんは、やっぱりすごくかわいくて。
「で、でも、食べられるんですね? わたしも食べていいんですよね?」
「もちろん。榛美さんにも、たべてもらいたいんだ」
「わああ、やった! 食べられる! 康太さんのごはんが食べられる! ありがとうございます!」
笑顔の榛美さんも、やっぱりすごくかわいくて。
まもるというのはおこがましい話だから。
せめて、曇らせないようにしなくちゃならない。
欠けているままではいられないんだ。




