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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第三章 郷に星

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問わず語りの昔話

 無限地獄みたいな夢から、ようやく解放された翌朝。


 朝っぱらから、ごはんも食べないでそそくさと榛美さんちを出た。

 なにしろ気まずいし、どうしたらいいのかぜんぜん分からないし、正直いって逃げ出すような恰好だったことは、否定できない。

 異世界に来てまでやることが現実逃避とは、ちょっとわらえないなあ。


 こそこそ逃げ出して、向かったのは、鉄じいさんの家。


「蒸留器だァ?」

「蒸留器です」

「俺に作れッて?」

「そうです。あと、できれば回転式の挽き臼もほしいんですけど」


 鉄じいさんはあごひげをひねりながら、しばし、だまりこんだ。


「……てめェ、さてはどっかいかれてンな?」

「かもしれません。それで、臼はどうでしょう」

「無理だな。石がねェし、切り出す道具もねェ」

「松じゃだめですか?」


 『天工開物』には、松でつくられた回転式挽き臼の作り方がかいてあった。

 米の脱穀につかわれ、だいたい二千石で歯が摩耗して使えなくなるという。


「松か……まァいくらでも生えてるもんだけどよ、厳しいな。諦めろ」

「うーん、それじゃあ、ケヤキを一本拝借するとか」

「バカ言え。切り出すンならともかく、あんな性悪な木、どう加工するッてんだ」

「え? そりゃ、でっかいのこぎりでぶったぎって、かんなで削るんじゃないんですか?」


 性悪ってなんだ。

 魔述をつかって、道行く人をねむらせたりしてくるのか。


「道具がねェ」


 とおもったら、現実的な理由だった。


「てめェの世界の常識で考えンじゃねェぞ、白神。

 よッく思い出せ、この村の家に、一本でもケヤキが使われてたか?」

「あっ」


 そういえばそうだ。

 家も竜骨車も床几も小箱も、杉かヒノキかアスナロか、木目がまっすぐな材をつかって作られていた。

 これが何を意味するのかといえば……


「打ち割り法ですか」

「そういうこッた」


 打ち割り法は、でっかいのこぎりやかんながなかった時代の、古い木材加工技術だ。

 切りたおした木にくさびをいくつも打ち込み、木目に沿って叩き割る。

 きれいな材を取り出せるし、作業の速度もはやいのだが、一つ難点がある。

 木目がまっすぐでないとへんなところで割れてしまうため、材を取り出せないのだ。


 踏鞴家給地周辺にいっぱい生えているのはケヤキで、木目はかなりぐにゃぐにゃ。


「おまけに、手斧ちょうな槍鉋やりがんなで表面加工しているわけですね」


 鉄じいさんはだまって頷いた。


 鉋をしゅるしゅるっとすべらせて、木材の表面をきれいにする。

 大昔からこんなことをしていたイメージがあるけど、実はちがう。

 鉋がつかわれはじめたのは、でっかいのこぎりがぼちぼち登場しはじめた室町時代のこと。

 それまでは手斧という、のみの持ち手をバナナみたいにカーブさせたものと、槍鉋という、見たまんま槍みたいなものが表面処理につかわれていた。


 記紀神話(日本書紀、古事記)に登場する、だれでも知ってるあのスサノヲミコトは、こんな風にいっている。


『宮殿はヒノキで、舟は杉か楠で、棺は槇でつくるのが具合いいよ』


 これはいわば『建材起源神話』であり、かつ、この指定はけっこう理にかなっている。

 まずはどれも加工しやすく、それぞれ防腐効果があったり、軽くて水によく浮かんだり、特有の香りで腐臭をごまかせたりするからだ。

 ひとくちに樹木といっても、技術が発達しなければ使えないものがある。


「ここいらの家はぜんぶ、ヒノキを運び込んでぶッ建てたもンよ」

「はぁー……さぞ羽振りがよかったんですねえ」

「そォともさ。この村にゃァ全てがあるからな」


 加工しやすく腐りづらく、精油をたっぷり含んでいていい香りがするヒノキを、惜しみなく投入。

 踏鞴家たたらけ給地きゅうちの特産品は、どうやらべらぼうな富を生むものだったみたい。


「で、だ。臼はどォするつもりだ? 脱穀だったら、土を固めて竹のゲタでも履かせりゃ作れねェこたァねェけどよ」

「うーん、製粉したいんですよね。土臼だとたぶん重量が足りないんじゃないかなあ。かといって、大きくしたら動かせないし」


 『天工開物』の土臼の解説には、『女子どもには無理。馬もってこい』と、みもふたもないことが書いてあるしね。


「そンなら諦めろ。搗き臼でやるしかねェな」


 アフリカの雑穀粉食文化圏では、ずーっとサドルカーンが使われてきた。

 できないことはない。


「ないものはない、あるものはある」


 つぶやいて、気持ちをきりかえる。


「それじゃあ、蒸留器はどうですか?」

「材料がありゃァ作ってみせるがよ。そンなもンどうしようってンだよ」

「お酒を蒸留します」

「はァ?」


 鉄じいさん、きょっとーんとしている

 まずい、この世界には蒸留酒の文化がぜんぜん根付いてないぞ。


「ええと、恐らく鉄じいさんが呑んでいたのは蒸留した酒なんです。

 だから蒸留器が必要なんです」

「なるほど、過不足ねェな。で、どうすりゃいィってンだ?」

「原理は単純なんですよね。液体を沸騰させて蒸気をあげる。蒸気を冷やして液体にする。これだけです。

 みんなで呑むわけじゃないから、そんなに大きいものは必要ないですし」


 琺瑯をひいた陶製の蒸留器は、江戸時代とかそのぐらいにはあったはず。


「それじゃつまんねェな。どうせ作るなら、でけェもんにしようぜ」

「え、それは構わないですけど……」

「うめェ酒ってんなら、いくら呑んでもかまわねェさ」


 鉄じいさんはドワーフっぽくガハハとわらった。



 というわけで、二人して作戦会議。


 以前、ものの本でみたことのある自家製蒸留器を、図にしてみる。



「まず一番下の鍋は、いま村にあるもので問題ないです。この鍋にお酒を注ぎます」

「ほォ」


 土間に棒で絵をかいていく。


「で、鍋の上に、フタと底を取っ払った樽を置きます。その樽の上に、こう、金属製の円錐をかぶせてフタにしましょう」


 よく時代劇で足軽がかぶっている陣笠をおもいだしてほしい。

 あれをひっくりかえしてトンガリを下にし、樽にぱこっとかぶせるのだ。


「なんで金属製なンだ? で、この、注ぎ口みてェなもんはなンだ?」


 さかさ陣笠のまんなかからは、蛇口みたいなものがつきだしている。


「金属の方が木材より熱伝導率が高いからです。なんで伝導率が高い方がいいかっていうと、このフタにひたすら冷水を注ぎ込むからです」

「なァるほど。湯気が冷えたフタにさわって、汁になるってェわけだな」

「その通りです。それでこの注ぎ口は、ぬるくなった水を排出するためのものですね。常に水をいれかえて、フタが冷えてる状態を保ちます」


 鉄じいさん、『円錐』とか『伝導率』とか言ってもピンときてくれるから、すごく話しやすい。


「円錐の頂点から液体がしたたってくるので、これを受けるじょうごが必要です。

 じょうごの終端は、樽の外に伸ばしておきたいです。そこから液体を受けるんで」

「ふゥむ」


 しきりにあごひげをしごく鉄じいさん。

 心なしか、目がきらきらしている。


「人足があれば大がかりなものもつくれますけど、個人製作ではこれぐらいが限度だとおもいます。

 鍋の大きさからいえば、だいたい五リットル……ええと、この世界の単位が」

「ヘカトンケイル標準単位なら知ッてるぜ」


 え、なにその度量衡どりょうこう

 まあ、話が通じるならいいや。


「五リットルのどぶろくから、多くて一リットルぐらいの蒸留酒が手に入るはずです」

「悪かねェ量だな」


 ご納得いただけた。


「加工はかなりむずかしいと思いますけど……」

「俺を誰だと思ってやがる。鉄を打たせりゃ目には見えねェ糸だって作ってみせらァ」


 そんな暗器みたいなものはいらないけど、非常にたのもしい。


「それでは、作業はおまかせします。ところで予算なんですけど」

「あァ? 金を出すッってのか? ごくつぶしのてめェのどこから金が出てくるッてンだ」

「ヘカトンケイルからいらっしゃったという方に、手付金としていただきました」


 ミリシアさんとのひともんちゃくについて、その後を説明する。


「ほォ、榛美の人生三回分かァ。白神の手付にするにゃァ安すぎるたァ思うがな。

 まァ、その金はてめェの為にとッとけ。良くも悪くも、この先てめェにゃァ面倒ごとが山ほど待ち受けてンだろォからな」

「え? でも……」

「金についての話は終わりだ。ちィと時間をもらうぜ。できあがったら呼ぶからよ、次はどぶろく持って来い。ンじゃァ、用が済んだら帰れ」



 ……あんまり帰りたくないんだよね。

 榛美さんとの気まずい時間か、アブラナ刈りが待ってるし。


「あの、鉄じいさんの故郷ってどんなところなんですか?」


 ためしに、話をふってみた。


「あン? そンなこと聞ィてどォしよォってンだ」

「料理づくりのヒントになるかと思って」

「たいしておもしれェ話にゃァならねェぞ。後にしたのが百年も昔だからよ」

「お願いします」


 鉄じいさんは目を閉じて、口の中でむにゃむにゃとうなった。

 とおい昔を思い出すように。


「まァ、山ン中の盆地でよ。かえすがえすもロクな土地じゃァなかッたな。

 土は水喰土みずくらいどで、水路なンざ引くたンびに涸れ谷になってよ、山のあっちこっちにゃだだっぴろいばかりの洞窟があってよ、冬は寒くて夏は暑くて……

 とにかく、ロクな土地じゃァなかった」

「でも、そこで鉄を打っていたんですよね」

「あァ。片っ端から山を崩して川から砂鉄を集めて、片っ端から木を伐り倒してたたらをあっためて、朝から晩までひたすら鉄打ちよ。

 なにしろ土がべらぼうに痩せてたからな、ろくなもンが育たねェってンで、鉄が金になンなきゃァ食うもンにも事欠く有様だったぜ」


 鉄じいさんは苦笑いを浮かべた。


「俺の家は代々の魔述師だったからよ、よそよりゃァマシなモンも食っちゃァいたさ。それでも、いつだって出てくるのは、例の黒い実だ。

 付け合せに、燻った漬け物だの、棒ダラをとんかちで砕いて水で煮たようなもンだの出て来ちゃァいたけどよ、それだって種類があったわけじゃァねェ。

 そンなもンしか育たねェ場所だったンだよなァ……」


 しみじみと目をほそめて、鉄じいさんは語る。


「なンだか、今でも思い出すンだよ。まだガキの頃の冬の話さ。


 炭が真っ赤に燃えるたたら小屋は熱くッて、男も女も関係ねェ、裸みてェな恰好でふいごを踏んだもンだ。

 火にあてられた体からは水ッ気がなくなって、頭もぼォっとしてきやがる。たたら場にだけ真夏をぎゅう詰めに押し込ンだみてェなもンさ。

 夜になりゃァたたらの火を落として、外に出るンだ。その時の、寒いことッたらなかッたぜ。冷たい風がびゅッと吹いて、鼻がツンとしたかと思えば、汗でぬれた服が一吹きに凍っちまってなァ。

 ガタガタ震えながら夜道を歩いて、何の気なしに空を見上げるとよ、青っぽい夜に星が散らばッて、なンだか、こごえて身を寄せ合ってるみてェに見えたンだ。

 俺はどういうわけか妙に哀しくなっちまってなァ……分かるだろ、白神。ガキの時分、てめェがいつか死ぬッてことに気付いた瞬間さ」

「分かります」


 なにをきっかけにか分からないけれど、なぜだかふと、死について考えはじめることがある。

 もしかしたら、それを自我の芽生えというのかもしれないけれど。

 死ぬ、消えてしまう、この世界と切り離されてしまう、そのえたいのしれない現象は、あまりにも怖くて、あまりにも理解が届かなくて、ただただ、震えることしかできない。


「ちかちか瞬いて、がたがた震えてる星を見たら、俺もあンな風にちっぽけでみじめで、朝になりゃァふっと消えてなくなるンだって、怖くなってなァ。

 走り出したらなにかにてめェが見つかッて、追いかけられちまいそうで、吹きおろしの空ッ風が吹きまくる夜道を、息を殺して静かに歩いたンだ。

 家の戸を開けた瞬間、人のにおいだの、悪くなった油のにおいだの、食いもンのにおいだの、あったけェ風に乗って、知ってるにおいがどっと鼻をって……

 俺ァ思わず泣き出しちまって、おふくろに抱きついたンだ。星のこと、朝のこと、死ぬこと、俺を探してつかまえようとするなにかのこと、とりとめもなく、泣いて喚きながらな」


 目を閉じて想像してみる。

 ひどく寒い風が吹きすさぶ夜闇と、あたたかく明るい家のことを。


「したらよォ、部屋の隅っこで黙ってメシを食ッてた親父が、だしぬけに俺のこと外に連れ出しやがってな。

 ひからびた冷てェ風の吹く中、空を見やがれって耳元で喚きやがる。まァ、べらぼうに酔ってやがったンだろォな。

 言われた通りに空を見上げりゃァ、やっぱりみじめな星の群れさ。そう言ったら、親父のやつ、俺のことをしこたまぶン殴りやがったぜ。

 親父は、俺をぶん殴ったその手で、星の一つ一つを指差した。線でつないでくみてェに、空をなぞりながらな。で、こう言ったのさ。


『ありゃあ賽神さいのかみ様だ、てめえがみじめだのちっぽけだのこきおろしてんのは、鉄の神様だぞ。賽神様は夜の空から俺たちを見守って、山の土に隠れた鉄が逃げ出さねえか、たたら場が燃えちまわないか、あくせく気を揉んでくれてんだ。ばか言ってねえで感謝の一つもしてみやがれ』


 言われてみりゃァ、たたら場の祭壇に祀られてる、錬鉄の神像みてェなかたちをした星の並びじゃねェかよ。

 あァ、そういうもンか、夜の空には神様がいて、俺たちを見てくれてンのか、なんて、そう思ったら、怖さがすゥっと溶けて消えていったっけなァ。

 朝になったら消えちまうはずだぜ、神様だってひと眠りしてェだろうからよ。


 その時になって、たたら唄の意味がようやく分かったンだ」

「たたら唄、ですか?」

「あァ。たたらを踏みながら、鉄を打ちながら、みんなでうたうンだよ。その頭が、『さとに星』ってなことばでな。

 なンだって星のことなンざ頭に持ってくるンだと思ってたけどよ、そういうことだったンだよなァ……」


 鉄じいさんは静かに語りを終えると、目をうすく閉じてだまりこんだ。

 熱いたたら場と冷たい夜風のこと、頭がくらくらするまで泣いたこと、星々のこと、それから多くのことを、思い出していたのだろう。


「村を出てから、帰ったことはないんですか?」

「そりゃァ、思ったことはねェこたねェさ。だが俺もべらぼうに忙しくッてよ。後に後にと回している内、でっかい凶作がきて、山向こうの村ともども、国の助けもなく全員飢え死にしちまッた。

 山もさんざん切り崩して、木も散々伐り倒して、まァ、もともと痩せた土地だ、寿命が来ちまったってことなんだろォな」

「それは……すみません、変なことを聞いてしまいましたね」

「かまわねェよ。それだってもう、人の一生ぐらいにゃァ昔の話さ。今はただ、なンだってなつかしいだけだなァ」


 さみしさとあたたかさが同居した、鉄じいさんは、そんな笑みを浮かべた。


 どんなことをきっかけに村を出て、なんだってこの沼のほとりに流れ着いたのかは、分からない。

 それでも、そういう笑い方ができるのならば、きっと幸せだったんだろう。


「やァれやれ、酒もねェのに問わず語りに長々としゃべッちまったな。郷の話なんざ何十年ぶりにしたモンか分かンねェぜ。

 てめェも、ジジイの戯言に相槌打ってるヒマがあったら、メシの一つも炊きやがれってンだ」

「とんでもないです、ありがとうございました。それじゃ、失礼します」


 立ち上がって、頭を下げると、すぐに鉄じいさんの家を飛び出して山道を駆けくだった。



 やっぱり僕は、どこかいかれているんだろう。

 ほのかに見捨てられたこと、ミリシアさんや鉄じいさんに笑われたこと、悠太君に呆れられたこと、榛美さんに泣かれたこと。

 はじけて飛び散ったアブラナ、星座の分からない孤独な夜空、あらゆるものを置き去りに異世界に投げ出された自分自身。

 そういういろいろが、ものすごいスピードでどこか遠くに消えていくのを感じる。

 体は冷えて、頭は冴えて、一つの思いだけが、やけに心をゆさぶり続ける。



 星のまたたく冬空にふさわしい料理を、この手で。

 追憶に見合うだけのお酒を、この手で。

 完璧な料理と完璧なお酒を、鉄じいさんに。



 ただそれだけで、ただそれ以外のことは、あっという間に見えなくなっていた。

 それが正しいことなのかどうかは、ともかくとして。

ウイルス性胃腸炎でもだえくるしんでいた。というか、いる。

風邪まで併発したらしく、職場を彷徨う姿はロイド・カウフマンが見たらいますぐトロマの新作の主役に抜擢しそうなほど。

章の最後まで予約投稿だけはしておきます。

返信などもう少々お待ち下さい。

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