榛美さん、だめだしする
さっきまでしていた星々の話から急転直下の話題転換に、悠太君は目をまるくした。
「オマエ、何言ってんだ? 焼畑? 雑穀? エルフ? はあ?」
「鉄じいさんも言っていたでしょ? 故郷にエルフが住んでいて、油が取れたって。
おそらくだけど、低緯度多雨地域の焼畑根菜栽培文化と、少雨地域の雑穀採集ないし栽培文化が流入し、ところがイモ栽培は温帯では根付くまでに時間がかかるから焼畑の部分だけが残り、結果この地域に焼畑雑穀農業として――」
「待て待て! わかんねえ! 落ち着けよ! 最初から説明しろ!」
悠太君がどなってくれたおかげで、われにかえった。
こんな瞬間湯沸かし器みたいな人間がよく客商売できてたなあと、自分でもおもいます。
「あ、ああ、ごめん。この、森の焼け跡に遺灰をまいたら、小さい粒のものが採れて、そこから火を得たっていう表現に注目してみて。
死んだ女神の体から農作物が採れるっていうのは、神話に登場する一種のパターンでね、『ハイヌウェレ型作物起源神話』っていう分類がされている。
僕の住んでいた国ではウケモチとかオオゲツヒメという神がそうだった」
「なんとなく分かる。なんで世界に畑があるんだって話だろ?」
「そういうこと。生きていく上で重要な農作物がどうして存在するのか、その起源を教えてくれる物語だね。
この『小さい粒のもの』は、エルフたちにとって、火を得るために重要なものだった。
火を得るための、小さい粒をつける作物といえば、ごま、えごま、なたね……しぼって油が採れる雑穀類だろうと推測できる。
森の焼け跡に畑ができたという部分が、焼畑農業を示しているというわけ」
「ああー、そっか。そういうことか。そう考えていくのか」
「ご納得いただけてなによりです」
悠太君は、うつむいて口の中でもごもごなにかを呟いていたが、やがて、がばっと顔をあげた。
「…………神話、おもしれえ」
僕はにっこりした。
「でしょう? この先、『王権神話』とか『死の起源』とか『神話と儀礼』とか『創世神話』とか、もっともっとわくわくする世界が広がってるよ」
「すげえ、はやく勉強したい。教えてくれ、白神」
「いいよ。でもその前に、ちょっとだけいいかな」
「ああ、かまわねえよ。教えてくれるんだったらなんでもする」
言ったね?
「よし。それじゃあ行こうか」
「は? 行くって」
ぽかんとする悠太君の腕をつかんで立ち上がらせる。
「おい、まさか」
「はっはっは、気づくのが少しおそいね。さあ、搾油できる作物を探しにいくよ」
「あああまたこの流れかよ畜生! は、榛美、たす、助けて……寝てる!」
「むにゃむにゃ……ふちゅふちゅ」
「自分の親指しゃぶってる! こんな露骨に寝てるやつ生まれてはじめて見た!」
「ああー、これです、これです……ふちゅふちゅ」
寝言で榛美さん、なんだか納得している。
こないだ僕の親指をくわえて「違う」っていったのはそういうことだったのか。
謎がとけたところで、さあ、いつもみたいに、あてもなくほっつきあるこうじゃないか。
「あのな、この辺にエルフが住んでたのはすっげえ昔なんだぞ。今でもその雑穀が残ってると思うか?」
「でも、少なくとも神話が語り継がれる程度には、ここの住民と交流があったはずだよ。それほど昔じゃないと思う。
ここって、踏鞴家が封じられる前にも人がいたの?」
「そりゃ、多分いなかったと思うけどよ。なにしろこんな、なんもねえ山の中だし」
「それに、エルフの述瑚が残っているからエルフが生まれやすいって榛美さんも言っていたしね。
述瑚って、そんなに長く残り続けるもの?」
「いや……どんなに強い述瑚でも、人の一生より長くは残らない。と、思う。よくわかんねえけど」
「そうであれば、放棄されて野生化したものが、残ってるかもしれない。どうかな、悠太君、想像つく?」
悠太君は立ち止まって考え込んだ。
「……あるとしたら、川向うだな。
目抜き通りがある平たい場所は、もともと川底だったらしいんだ。エルフが川の流れを変えたって、ジジイが言ってた」
「そんなことまでするんだ、エルフ」
エルフに対するイメージは、もうぐっちゃぐちゃだ。
森と共に生きるといって、やってることは焼畑農業だし。
川をつけかえたりするし。
もっとこう、食べたら三日ぐらい元気でいられる、はちみつ味のちょっとした焼き菓子とか食べていてほしい。
「川沿いにずっと歩いていくと、平たい場所があるんだ。春になると雪解け水で川のかさが増して、んで、なんていうかなあ……
変な溝みたいなのがあって、そこに川の水が流れ込むんだよ」
まちがいないな、灌漑工事のあとだ。
川をつけかえ用水路を引いて、畑に水を供給できるようにしていたってこと。
エルフたち、焼畑を捨てて農業革命を起こしたらしい。
「よし、そこに行ってみよう。運がよければなにかあるよ」
「つっても、望みは薄いぜ。あの辺、黄色い花の変な草がやたら生えてるだけだから」
「えっいま黄色い花って言った?」
「黄色い花っつったな」
「走ろう!」
「はあ? なんで」
「いいから走るよ!」
「はいはい。走りゃいいんだろ。いい加減慣れてきたわ、オマエのそういうとこ」
「それはありがとう!」
なんでいきなり走り出したのか、お分かりですよね?
灌漑農地、搾油可能な作物の栽培、黄色い花。
それはもうまちがいなく。
「あ、あ……アブラナだああああ!」
川沿いに広がる、一面のアブラナ畑がそこにあるわけで。
しかも季節は初夏、ちょうどまさにアブラナが実りまくっているわけで。
アブラナからはナタネ油がしぼれるわけで。
ナタネ油は、信頼と実績の食用油なわけで。
菜種となんちゃらは絞れば絞るほど油が出るって、江戸時代の悪代官も言っていたわけで。
「ゆ、悠太君、いそいで帰って鎌とかもってこよう! 走って帰って!」
「なに興奮してんだよ」
「興奮するよこんなの! これが全部、油になるんだから! ちゃんと食べられる油になるんだから!」
「えっそうなの?」
「そうだよ!」
「なにそれすげえ! これ食える油なのかよ! 油なんか食ったことねえよ! すげえ!」
ひょうたんからこまとは、まさにこのこと。
神話を読み解いたら油が手に入った。
この世界のあたらしい故事成語になってもおかしくない。
ざっくざっくと刈ったアブラナは、根元をしばって逆さに吊るして乾燥させる。
水分を抜いてからっからにしないと、油はとれない。
その間に、いろいろとやっておきたいことがある。
「榛美さん、ちょっとお米の袋みていい?」
「どうぞー」
晩餐の準備を進める榛美さんにひとこと断りをいれ、米の入った葛布袋からひとつかみ。
「うーん、もみがら付きじゃよくわかんないな」
何粒か、指でもみつぶして、玄米を取り出す。
「なにをさがしているんですか?」
かまどに火をいれた榛美さんが、ちょこちょこと寄ってくる。
「お米の中にさ、ちょっと感じのちがうものが混じってることってない?」
「あれ? よく気づきましたね」
「ああ、やっぱり」
最初におもちをいただいたとき、なんだか違和感をおぼえたのだ。
どことなく、すずしげな風味を感じた、というか。
米粉のフェイクパスタをつくったときにも、なんかおかしかった。
もち種の米を素人が胴搗粉砕した割には、いい具合の麺になったし。
そもそも、脱穀の段階であっさり砕け散って粉になる米が多かった。
「ええと、これですね」
てのひらの中からひとつぶ、選り分けてくれる。
言われてみるとだいぶちがう。
お米の方は、かわいらしい楕円形で、まんなかに盛り上がりの生じる、まさにお米って感じのもみがら。
米っぽい何かの方は、しゃきっとした紡錘形で、大麦みたく、まんなかに筋が通っている。
「ふうむ……えい」
「うわああ康太さん!?」
ひとつぶ口に放り込んだぐらいでおおげさな。
「はきだしてください! はきだしてください! はやく!」
「えっ、なんで?」
「それだけでたべると、死んでしまう子どもがいるんです!」
「ごめん、もう呑んじゃった」
「あ、あああ……」
榛美さんの両のまなじりにぷっくりなみだが盛り上がり。
「うええええええん!」
すごい泣かれた。
「死んじゃうっ……康太さんが、死んじゃう……!」
「あー、大丈夫だよ。アレルギーはないから」
ちょっとキウイアレルギーのきらいはあるけど、花粉症にすらなったことがない。
そもそもアレルゲンっていうなら、いつもばくばく食べている黒豆だって推奨二十品目だよね。
「あ、あれる、ぎー?」
鼻をすすりながら、榛美さんは口をはんびらきにする。
「うん。からだが腫れたり、息ができなくなったりするんでしょ?」
「そうですよ! そうなって、そうなると、し、し、死んじゃう、ことが……あるって、あるってお父さんが言っててぇ……うええええん!」
なるほど、榛美さんのお父さんも、これに目をつけていたわけか。
泣きながらすりよってきた榛美さんの頭をぽんぽんしながら、考える。
「榛美さん、このお米って、よくとれるの?」
「わ、わかんなっ、ひっく、ひっく」
ああ、しゃっくり出てきちゃった。
「ごめんね。ごはん作ってからにしよっか」
「ひっく」
しゃっくりしながら頷いて、榛美さんはごはん作りにもどっていった。
その間、榛美さんの目をぬすんでは米を選り分け、こっそり口にしてみる。
かみつぶすとあんがいもろくて、舌の上にさらっと粉がこぼれおち、すぐに溶けていく。
すずしげでかすかな香りがする。
使えるな、これ。
陽が落ちて、客間がにぎわってきて。
今日も晩餐がはじまり、榛美さんがくるくるといそがしく立ち回りはじめた。
オイルランプの光も届かないすみっこで、この先のことを組み立てていく。
走っている方向は、たぶん、まちがっていない。
この村はとてもゆたかで、そのゆたかさを、僕がどう汲み上げられるか。
これはいつもどおり、そういう話だ。
「あの、康太さん」
「うん?」
榛美さんに声をかけられて、振り返る。
「さっきのお話ですけど、わたしより、いま集まっている人たちのほうがくわしいと思います」
「ああ、それはそうだね」
榛美さんは職人階級だから、農作物のつっこんだ話をされても分からないだろう。
「讃歌さんもいらっしゃいますし、お話してきたらどうですか?」
「うーん……遠慮しておくよ」
「どうしてですか?」
「僕は領主林にあらわれる小さな妖精みたいなものだからね」
苦笑をうかべて、そう言った。
白神が『あの世枠』に入っているということは、こないだ十分に思い知った。
鉄じいさんの話を聞いてしまったら、なおさらだ。
のこのこ出ていっても、みんながいやな気分になるだけだろう。
「そんなことないです。康太さんとそんなものを一緒にしちゃだめです」
強い口調で、榛美さんがいった。
『小さな妖精』って、そんなもの呼ばわりされる感じなんだ。
「康太さんは立派な人ですけれど、ときどき、なんていうか……変です」
「そうかな」
「そうですよ。変です。たくさんのことを知っていて、たくさんのことができるのに、なるべく隅っこにひっこもうとしてるみたいで、自分の命も大事じゃないみたいで……変です」
「変かあ」
「変です」
だれの邪魔にならないように、どこかめだたない隅っこにいひっこんでいるつもりだったのだけど。
見上げる榛美さんは、ほっぺをふくらませて、なんだか泣きそうになっていた。
「知恵を出し惜しみしてるみたいに見える?」
「そういうことじゃないです! でも、その……ううー、言葉がでてこない……とにかく、変なんです!」
榛美さんはもどかしそうに何度もあしぶみした。
なにが言いたいのかわからない。
わからないのだけれど。
榛美さんの目をみているうち、なぜだか、昔のことを思い出していた。
――こうちゃんさ、三十ぐらいまでためしに生きてみて、駄目だったら死ねばいいって思ってるんでしょ?
こうちゃんの人生の中に、あたしってぜんぜん含まれてないみたい。
――そうやって、なに言ってるのかわかんないって顔する。いつもそうだよね。
君にとってあたしってなんなんだろう。なんかもう……あたしたち、どうすればいいんだろうね。
怒っているときのほのかは、僕のことを『君』って呼んだ。
心にひどくこたえる響きの『君』だった。
だいたい僕はうろたえて、ほのかはあきれて何もいわなくなって、そういうのを何度も繰り返しているうち、だんだん僕らの距離感はそっけないものになっていった。
やがて僕たちは赤の他人になり、お互いの存在はSNSのタイムラインの中にゆっくり埋没していった。
僕には、なにかしら欠けているところがあるんだ。




