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本日のお題

「白神、てめェまた人助けしてやがッたのかよ。どうかしてるぜ」


 あらかた事情を聞いた鉄じいさんの感想が、これだった。


「おいしいごはんを作っておいしかったね、っていうだけの話ですよ」

「ハッ、それが白神のやることかよ。白神ッつッたら、金持ちの屋敷でやりたい放題ッてな話だぜ」

「そうなんですか?」

「白神を飼ッてるッてなりゃァ、箔がつくッてもんだ。どえれェ発見や発明の一つでも、してくれるかもしれねェからな」


 うさ耳お姉さんことミリシアさんは、僕のことを『はぐれ』の白神と呼んでいた。

 そのあたりから、白神はたいていお金持ちに囲われているんだろうなあとは思っていたけれど、やっぱりパトロンだったのか。


「そうか……白神というのは、この世界に文明をもたらす者だと聞きましたけど」

「あァ、この世界の連中の大半は、バカみてェに口をあけて待ッてるひなどりみてェなもんさ。

 待ッてりゃ白神が転がり込んで、べらぼうな知恵をもたらしてくれンだからな」

「わかります。康太さんはすごいですからね」

「ヘッ。見ろよ、ここにもひなどりが一羽いるぜ」


 鉄じいさんは皮肉っぽく鼻をならした。


「まァよ、考える頭のついた人間にゃァ生きづらい世界だとは思うが、てめェの抱え込むことでもねェさ、白神。

 迷い込んじまった世界だろォとよ、好きに生きて好きに死ぬのが人生だろ?」


 しんきくさい顔をしていたのだろう、鉄じいさんがなぐさめの言葉をかけてくれた。

 やっぱりこの人いい人だよなあ、へんくつでへそまがりなところがぜんぜんない。


「ありがとうございます」

「礼を言われることじゃねェ。とっとと本題に入りやがれ」


 こころもち早口で、鉄じいさんが悪態をついた。

 あれ、もしかして照れ隠しかなこれ。

 すごくいいひとじゃないか。

 なんかもう、自分の中で鉄じいさんに対する好感度があがりすぎている感じちょっとある。


「これだよ、これ。ジジイに昔もらったやつ」


 と、悠太君が“覚書”を床に放る。


「はァ、また懐かしいもん引っ張り出してきやがッたな。

 一冊残らずとッくに焚き付けにでも使われちまッたのかと思ッてたぜ」

「危ないところをオレが救ったんだよ。親父は酒呑むと身体が冷えるってうるせえからな」


 焚き付け寸前じゃないか。

 よくやった悠太君、君のおかげで文明の火はまもられたぞ。


「法律のところ、専門用語が多すぎてよくわかんねえ。ジジイなら分かるだろ」

「てめェらにゃ分かんねェだろォな、そりゃ。法律に関しちゃ、カイフェにゃ存在しねェ考え方が多すぎるからよ。

 中つ国連合やら魔王領やらヘカトンケイルやら、あっちゃこっちゃから単語をつまんでンだ。『契約』とか『所有権』とかな」

「ああ、なるほど。一神教がないと成立しにくい概念ですもんね」

「そォいうこった。まァ、この酒がなくなるまでなら付き合ってやってもいィぜ」


 甕から直に、ごぶりとお酒を呑む鉄じいさん。

 ……三十秒ぐらいしかないんじゃないかな。



 で、三分後。


「酒がねェな。今日は終わりだ」

「はあ? ふざけんなよ、単語二つじゃねえか。ジジイだったら若者を育てろよちゃんと」

「うるせェな、若者って歳かてめェ。農作業もせずにほっつき歩きやがってごくつぶしが」

「う、ぐ、ぐ……」


 日本基準では若者だけど、この村では働きざかりの悠太君。

 ひとことでだまらされ、ぐうの音もでなくなっている。


「あのなァ、鎌やら床几やら格子戸やらなんやら、誰が作ってると思ってンだ、てめェは。

 俺が鉄を打たなきゃ、釜一つ鍬一つてめェで作れもしねェでよ。そんなご身分でえらそうにすんじゃねェや」

「わ、わかった、わかったからそれ以上やめろ! ジジイに叱られるとなんか泣きそうになるんだよ!」


 悠太君は、どなりながら弱気なことを言うというあたらしいスキルで、ののしり言葉に対抗した。

 この子、『対・叱られる』っていうスキルツリーの伸び方がすごいよね。


 まあ、食い下がっても仕方なし、ここはすなおに帰ろうか。

 と、腰をあげたそのとき。


「それじゃあ鉄じいさん、もっとお酒があればもっと勉強させてくれるってことですか?」


 だしぬけに榛美さん。


「あン? あァ、まァ、そりゃァ、そォいう理屈だけどよ。なンだ急に。

 このふたりに勉強させて、榛美になンの得があるってンだ?」

「え? えっと……べつにない、ですね? うん、たしかにないです」


 なにがいいたかったんだい榛美さん。

 なにを考えていたんだい榛美さん。


「ふゥむ」


 鉄じいさんはもじゃもじゃのあごひげを指でつかんでひねりあげながら、うなった。


「榛美、炉に火ィ入れるの手伝え」

「え? 今からですか?」

「今からだ。そこのうらなりどもは外で待たせとけ」

「ジジイ、いきなりどういうつもりだよ」

「いいから出てけ」


 おいだされた。


 しかたないので沼をのぞきこみ、へちのところに酸化鉄の被膜がびっちりはっているのを見てよろこんでいると、


「……オマエ、どこでなにしてても楽しいんだな」


 と、悠太君に呆れられた。

 えー、たのしいじゃん鉄バクテリア。



 しばらくぼーっと沼を眺めていると、引き戸がからからあいて、


「あの、入っていいそうです」


 と、なぜか汗だくの榛美さん。


 うらなり二人がのこのこ家に入っていくと、


「あっつ……」


 おもわずうめくぐらい、家の温度があがっていた。

 台所にある炉床に火が入り、炭が赤熱を通り越して七色のプリズム光を放っている。


 鉄じいさんは平然と炎の前に立ち、やっとこでつかんだ素焼きのるつぼを火にかざしている。

 すごい、なんか……ドワーフだ。


「おい、白神」


 るつぼの中をにらみながら、鉄じいさん。


「俺のさとにゃァな、べらぼうに強い酒があった。透明で、香りもあんまりなくて、けどよ、ひとくち舐めただけでひっくり返っちまうような酒だ」

「えっ、郷ですか?」

「あァ、そうだ。てめェ、榛美も讃歌のガキも、メシ食わせて手懐けたンだろ。俺もそうしてみせろや。

 俺の郷のメシと酒を、用意しろ」


 それはやぶさかではないんだけど。

 郷ってなに?

 鉄じいさん、ここの生まれじゃなかったの?


「ええと、どんな料理だったんですか?」


 あつくて近寄れないので、どなりごえみたいになってる。


「黒くてばかみてェに硬ェ小さい粒が、灰色っぽい、なんて言うかよ、その……もちみてェになンだよ。

 そいつを揚げたのが、汁ン中に浮かんでた」

「揚げるって、油ですよね?」

「あァ、油でな。俺の故郷も、昔はエルフが住んでてよ」

「えっ」

「だから、エルフが住んでたんだよ」


 そのつながりが分からない。

 どうも想像するエルフとはだいぶ違う。

 油っ気のあるものを食べたりするような種族じゃないとおもうんだけど。


 しかし、油、油かあ……これはちょっと、むずかしそうだ。

 なにしろ踏鞴家給地、ほとんど油が存在しないし、食事に使う習慣がない。

 ケヤキの種子から脂が採れるらしいけれど、これはもっぱらオイルランプにつかわれていて、食用じゃないというし。


 まあ、おいおい考えていこう。

 歩留りは悪いながらも、米ぬかや大豆からだって油は搾れる。

 ツバキがみのる秋まで待ってもらって、そこから油を採ってもいいし。


「どんな味でした?」

「味っつっても……たいした味じゃねェよ。香りはあったな。

 畑がべらぼうにくせェからよ、なんだって採れたもんはこんなにいい香りがするんだって思ったなァ」

「ふむふむ。それで、食感はもちみたいなんですね」

「ああ。けどよ、あそこまでは粘らねェ。

 麦ッ食いの連中が作る、水と塩で粉を捏ねたもンみてェな感じだったな。

 それでよ、外側はしんなりして、よく汁を吸ってたな」


 しんなりしていたということは、あげびたしみたいな調理法なのかな。


「おい、白神、そろそろ出ようぜ。やべえぞ、この暑さ」

「うん、分かったよ悠太君。

 それで、汁って、どんな感じでした? 他に具は?」

「ダメだなこりゃ。外で待ってようぜ、榛美」

「はい」

「どンな感じってもなァ。黒っぽくて……しょっぱかったなァ。具材なんざ、余った野菜の切れっ端だよ」

「ふうむ」

「俺ァただの鉄打ちだ、メシなんざ興味ねェからよ、適当な答えになるぜ。おまけに最後に食ったのが百年前だからな」

「えっ百年?」

「ドワーフってのは、ヒトより長く生きちまうからな」

「なるほど……それと、強いお酒ですね」


 よし、ちょっとずつ見えてきた感じがあるぞ。


「故郷ってどんなところだったんですか?」

「山間の、なんもねェ盆地さ。ろくに草も生えねェような土でも、その黒くてくせェもんはよく育ってくれたんだ」

「ふむふむ。そこに、強いお酒をつくる文化があったんですね?」

「あァ。どう醸してるのかなんざ知りゃしねェけどな、米を使ってた筈だぜ。

 ちょろっとだけ米を作れる土があってよ、そこで採れた米が一向に食えねェってんで、親父に訊ねたことがある。

 したら、もう飲んじまったっつってたっけなァ……」

「なるほど、それでしょのおしゃ」


 あれ、なんか口がまわんなくなってきたぞ。

 あ、なんかすごい汗かいてる。

 なんだこれ、頭の中がちかちかしてきた。


 ……ああこれ、熱中症だ。


 きづいたときには、ひっくりかえっていた。



 目をあけると、榛美さんの家だった。

 なじんだにおいと、なじんだ風景。

 視界のはしっこには、あきれがおの悠太君と、泣きべその榛美さん。


「ばかじゃねえの」


 悠太君の声はあくまで冷たい。


「うん、ばかなんだろうね」

「あ、これ、お水です」

「ありがと、榛美さん……ああ、生き返る」


 水をがぶがぶのんで、熱っぽい身体をだましながら起き上がる。


「運んでくれてありがとうね。じゃあちょっと行ってくるよ」

「はあ? どこにだよ。起きたばっかりだろ。なに考えてんだよ」

「鉄じいさんのところ。まだ話がおわってないからね」

「……こいつどうやったら止まるんだ?」

「こうなったらむりかもしれません」

「榛美、ちょっと泣いてすがれよ。そしたらこのばかも止まるだろ」

「うーん、お酒が入ってたらわりあいすぐ泣けるんですけど」

「お酒……そう、お酒なんだよなあ」


 榛美さんの言葉が耳に入ってきて、ううむ、と、うなる。


「鉄じいさん、強いお酒っていってましたね。

 康太さん、心当たりはあるんですか?」

「そうなんだよねえ。あるといえば、あるんだ」

「お酒なら、わたしにもお手伝いできるかもしれませんよ。

 お話きかせてください。ほら、すわってすわって」

「うん」


 よいしょっと座り直して、榛美さんとむかいあう。


「榛美、すげえな。心得たもんじゃん」

「ふふん」


 なんか悠太君が目をまるくして、榛美さんがとくいげになってる。


「榛美さん、蒸留酒ってわかる?」

「……?」


 さっそくの口はんびらき。


「そもそも“蒸留”って概念がこの世界にはあるのかな」

「精油を採るんだろ? ヘカトンケイルの金持ちは使ってるらしいぜ」

「ああ、なるほど……」


 うさ耳お姉さんことミリシアさんは、かんきつ系の香りをただよわせていた。

 蒸留によって揮発性の成分、つまり、精油エッセンシャルオイルを得ているわけか。


「でも、酒ってのは聞いたことがねえよ。そんなもん蒸留してどうするんだ?」


 うわ、そうなのか。

 蒸留技術自体は紀元前の中東に存在したけど、蒸留酒は、たしか十字軍時代のヨーロッパで発明されたことによって世界にひろまっていった。

 シェリー酒とかポートワインとか、蒸留して得たアルコールにワインを足したものが、最初に世界にひろまった蒸留酒だったはず。

 こっちの異世界でも、その辺はそんなに変わらないらしい。


 けっこう絶望だ。

 異世界ぶどうでつくった異世界ブランデーとか呑んでみたかったのに。

 他の白神がんばってくださいよそこは。

 のんべが流れつくことをみこして、蒸留酒ぐらい広めといてくださいよそこは。


「精油といっしょだよ。蒸留すれば、沸点の低いものだけ分離できる。お酒の、その部分だけを集めたものが蒸留酒。

 酒精がきつくなっているから、ひとくち飲んだだけでかーっと体が熱くなるんだ」

「ふうん、なるほどな。ジジイにゃぴったりだ。水みたいに飲むからな、あいつ」

「……それって、おいしいんですか?」

「苦手な人はほんとに苦手だね、香りが独特のものもあるし。

 でも、おいしいんだよなあ……」


 芋焼酎とかウォッカとかウイスキーとかブランデーとかロキシーとか……ああー、蒸留酒のみたい。

 ウイスキーオークでさっと熱燻したキングサーモンに海塩を一振りして、その味をウイスキーでおいかけたい。


 バランタインのみたい。

 余市のみたい。

 ハーパーのみたい。

 山崎のみたい。


 ……ううう、だめだ、お酒のみたすぎて頭がおかしくなりそう。


「つくるしかないな」


 決然と、立ち上がる。


「つくるって、この村で? ムリだろ。どうやって蒸留するんだよ」

「だから、蒸留器をつくるしかない」


 悠太君はためいきをついた。


「分かったよ。酒はいいとして、メシはどうすんだ? 榛美、オマエさ、ジジイの言ってたこと一つでもわかったか?」

「ぜんぜんです。そもそもわたし、あの鍋しかつくれないですからね」

「料理に関しては、もうあたりがついてるよ。いくつか、のりこえなくちゃいけない壁があるけどね。

 そんなことより蒸留酒だ。やるしかない。僕はやるしかないんだ。たとえ無理だとしても」

「はい! 康太さんならだいじょうぶです!」

「無根拠に煽るなよ……」


 あれ、なんか僕ら、ボケとツッコミがとてもバランスいいかんじのトリオになったんじゃない?

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