知って、ためして、うまくいって
アミガサタケは一時間ほどで目的の量があつまったので、いったん鷹嘴家にもどる。
「ただいまー。あのさ榛美さん」
「なんですかぁ?」
顔まっかの榛美さんがでむかえてくれた。
「榛美さん、おさけのんだ?」
「のみましたけどぉ?」
声がおおきい。
「あのねえ、チーズがね、すごく美味しかったんですよぉ。それでね、やっぱり康太さんすごいなっておもってねえ、だから、お酒のもっかなって。そしたらねえ……あはは! の、のみすぎちゃって、あはははは!」
なにが面白いのか、爆笑してる。
昼間からお酒のんでへらへらする。
すばらしいことだ。
森のエルフといえば大酒呑み、というのは、『ホビットの冒険』からの伝統だしね。
「いくつか借りたいものがあるんだけど」
「はいはいー!」
声がおおきい。
「お米を少しと、あと、石臼ってある?」
ハンドルをぐるぐる回すジェスチャーをしながらたずねた。
「……?」
あ、口はんびらきだ。
だめそう。
「悠太君、この村に、こう、なんていうんだろう……
円柱形の石を二つ重ねた、手回しできる臼ってある?」
「ああ、回転式の挽き臼か? ねえよそんなもん」
「ないんだ……」
「ああいうの、麦ッ食いの連中が使うもんだろ? 本で読んだことはあるけど、実物は見たことねえよ」
いわゆる石臼は、こまかく分類すれば『ロータリーカーン』、つまり回転式挽き臼に分類される。
台座に穀物をのせて、石とか杵とか重たいもので叩き潰す臼は、『サドルカーン』と呼ばれる。
臼にもいろいろあるのだ。
で、サドルカーンは、平たい石と丸い石があればつくれるから、わりと誰でもおもいつく。
が、ロータリーカーンは構造がややこしいので、なかなか発明されない。
たしか、文字とまでは言わないけど、羅針盤とかそれぐらいにはレア度の高い発明だったと思う。
「うーん、上新粉みたいに胴搗粉砕か……手間がかかりそうだなあ。じゃあそれはいいとして、榛美さん」
「ふにゅう……」
寝てるよ。
「悠太君、ちょっと探し物を手伝ってくれる?」
「あ、ああ……オマエ、すごいな。なんていうか、切り替えの早さが」
「あのね悠太君。大人になるっていうのは、『変えることのできないものごとを受け入れる落ち着き』を得るってことなんだよ」
「は? いきなりなんだよ」
「ただの冗談。さあて、目当てのものはあるかなあ」
台所をひっくり返して探すのは、刃が直線になっている包丁だ。
菜っ切り包丁とか、中華包丁とか、蕎麦切り包丁みたいなやつ。
「包丁なんて、切れれば一緒じゃねえのかよ」
「切れればね。今回は麺を打つから、出刃包丁みたいに、反りの入った刃じゃだめなんだ」
「ああ、なるほど。そういうことか。刃が斜めだと、生地の端っこが切れねえんだな」
「そのとおり」
お、悠太君、いいね。
呑み込みが早くて、理解力が高い。
うちのバイトにぜひともほしい人材だぞ。
ゆくゆくは店長になってくれ。
「わるいけど、ちょっと探しといてくれる? 下ごしらえがあるから」
「ああ」
わりあい素直にうなずいてくれて、悠太君はあっちこっち探索しはじめた。
さあ、アミガサタケのしたごしらえだ。
まずは根元をきりおとし、半割にする。
というのも、アミガサタケは内部が中空になっていて、
「おっと」
ハサミムシっぽい生き物がぴょこんととびだしてきた。
ごらんのとおり。中にたいてい、虫が住んでいるからだ。
彼らにとっては食べられる家みたいなもんだからね。
ぱぱっと二十本やっつける。
うーむ、生のキノコ特有の、苦いような不思議なかおり。
これを、笹ザルにならべる。
ついでに、味噌漬け豆腐も置いておこう。
悠太君が淡々と家探ししている間に、客間にもどる。
「榛美さん、榛美さん」
胎児のポーズで口はんびらきのままねむる榛美さんに、声をかける。
反応なし。
「榛美さん」
しょうがないので、ほっぺをぽんぽんたたく。
「にゅ……?」
にゅじゃないよ。
「ちょっと起きてくれないかな」
ぽんぽんぽん。
かぷっ。
「うひゃあ」
親指をくわえられた。
なまぬるい。
「んちゅ……んちゅ……」
親指を吸われている。
なまぬるい。
「んちゅ……ちがうっ」
くちびるの圧力で、ぷりっと親指を吐き出す榛美さん。
まゆねを寄せて、なんか怒ってるみたいな表情。
なにを想定していて、どうちがうんだろう。
「ちがうのは謝るけど、ちょっと起きてくれないかな」
辛抱づよく声をかけつづけていると、
「んー……あれ? 康太さん?」
ようやく榛美さん、目をあけてくれた。
「おはよう、榛美さん」
「おはようございます……ふわああ。わたし、ねてました?」
「寝てたねえ。あの、ちょっとたのみごとがあるんだけど。“夏の宮”を借りてもいいかな?」
「かまいませんけど……ふわああ……もうちょっとねてていいですか?」
「どうぞ、ごゆっくり」
領主と鷹嘴家しか知らない秘密の場所を、寝ぼけ眼でかしてくれる榛美さん。
感謝しかない。
「あっつ……」
“夏の宮”は、予想以上に夏だった。
あとで聞いたところ、ずっと西の方にある砂漠の夏を、魔述師『灰色港のキアダン』が“留めた”ものらしい。
多分この魔述師も『白神』なんだろうな。
わざわざ『指輪物語』の、それもどマイナーキャラを選んで名乗ってるんだから、ひねくれものだろう。
いいなあ、白神で魔述師、しかもどうやらチート級、おまけにひねくれもの。
うらやましい。
さてこの夏の宮、部屋のつくりは、冬の宮と同じで完全な矩形。
だけど、太陽光みたいなものが天井からものすごい照りつけてくる。
熱いと言うか、いたい。
からっからに乾いた、砂漠の空気だ。
これを求めていたんだ。
笹編みのかごにのせたキノコと豆腐を無造作に放置して、さっさと立ち去る。
これ以上いたら日干しになってしまう。
「どこ行ってたんだよ、白神」
「ああ、ごめん、ちょっとね」
「あったぜ、包丁。これだろ」
悠太君は、包丁を探し当ててくれていた。
「ありがとう、助かったよ」
「別に」
受け取った包丁は、やっぱり鍛造が行き届いた、黒錆をふく美しい刃。
握りは木の削り出しで、手に吸い付くよう。
菜っ切り包丁みたいな長方形で、刃はどこまでも真っ直ぐ。
感動的にすばらしいできばえだ。
「鉄じいさんの仕事かな」
「だろうな。ジジイは本物だ」
おや珍しい。
悠太君が、まっすぐ人をほめている。
「そういえば、鉄じいさんに色々教わったって聞いたけど」
「文字もそうだし、科挙のこともジジイに教わったんだ。今となっちゃバカみたいな話だけどな」
何者なんだ鉄じいさん。
沼のほとりに住んでいて、へんくつでへそ曲がりで、製鉄の技術を持っていて、おまけに教養が高いって。
ちょっと盛りすぎじゃないかそれ。
「で? 次は何するつもりだよ」
「精米だね」
葛布の袋から、一握りの米をつかみだす。
踏鞴家給地ではもみがらがついたまま米を保存しているので、正確に工程を記せば脱皮、風選、精白だ。
もちろん、やったことはない。
ゆえにやり方もよく分からない。
とりあえず杵にあけて、おっかなびっくりついてみる。
なんか、もみがらがしっかり取れてるのか取れてないのか、ぜんぜん分からない。
「……急におぼつかねえな」
分からないながらもやみくもにやっていると、悠太君の呆れ声。
「本で読んだだけだからね」
加減が分からないまましばらくついて、脱皮がけっこう進んできた。
なんかもうすでに粒が砕けて臼の中が粉だらけになっているけど、素人仕事だからしかたない。
次は風選だ。
風選とは、風の力を頼りに、もみがらと玄米を仕分ける工程だ。
風車という、木製の扇風機みたいな機械を使うと『天工開物』には記してあった。
まあ、詳しくは実物を見ていただこう。
「は? ねえよ?」
「え? ないの?」
「ねえよ風車なんて。あんな、壊れたらジジイしか直せないようなもん、ふつうに家にあるかよ。
だいたい榛美ん家、農家ですらねえし。いらねえだろ」
詰んだ。
「はあ? おいおい、なんだよその顔? そんなめんどくせえことでもないだろ」
「だって他にやり方知らないし」
「いやいやいや……知らないってことはないだろ。オレだってやったことなんかないけど、なんとなく分かるだろそんなん」
「あー、なんていうか、僕は体系的な学習っていうのをしてきてないからさ。
行き当たりばったりに本を読んでただけなんで、ちょっと信じられないようなことを知らなかったりするんだよ」
「……そりゃ、あれか? 学校に行けなかったとか、そういう話か?」
「そんなところだね」
悠太君はきむずかしそうな顔でしばらくだまっていたが、やがてためいきをつくと、台所のすみに転がっているものを拾い上げた。
「これ使うんだよ。オレもよくしらねえけど」
それは、ずいぶんぼろぼろになった、笹編みの、ちょっとかわったザル。
というのも、楕円形のザルをまんなかでぶったぎったみたいなかたちをしているのだ。
持ち手なのか、後ろの方に穴があいている。
そのザルに米を移した悠太君は、裏庭にでていった。
なんかよくわかんないながら、その後ろをのこのこついていく。
「多分、こうして……」
手首のスナップをきかせて、ザルをあおる。
チャーハンを炒めてるときみたいに、米がふわっと浮き上がる。
「おお……!」
おもわず、声をあげた。
風が、軽いもみがらを吹き飛ばす。
重たい米は、そのままザルの中に戻っていく。
それはもう、読んで字のごとく、風選だった。
「……な、なんか今、できてたよな?」
半信半疑の表情で、悠太君が僕を見る。
「できてたっぽい!」
「だ、だよな! いや、本に書いてあって、その通りにやっただけなんだけど……できてたよな!」
「できてたできてた! すごいすごい! そんなんなるんだ!」
ふたりしておもわず興奮してしまった。
「ちょっと貸して、僕もやりたい」
「やってみろよ、いや、思ったより簡単にできるぜ」
「うわーほんとだ! なんだこれすごい! すごい簡単だ!」
「なー! 言ったろ、簡単だろ!」
おっさんと少年、もみがらを風に舞わせてきゃっきゃとはしゃぐ。
ひとしきり風選を終えて、なんだかんだ体力を使ってしまった。
「そっか……ほんとのことだったんだな」
顔を真っ赤にして肩で息をする悠太君が、ぽつり、つぶやく。
「書いてあって、やってみて……ちゃんと、できるんだな」
ああ、その気持ち、すごくよく分かるよ。
本を頼りに、なにかに初めて挑戦して。
半信半疑のまま、やってみて。
それがうまくいった瞬間の、快感。
知識と自分の行動がつながったときの、心地よさ。
でも、ここで共感を示したら、きっと悠太君はへそを曲げちゃうだろう。
だから、にやにやするだけにとどめて、台所にひきかえした。
「何がおもしろいんだよオマエ」
すぐばれた。
えー、にやにやぐらいはいいじゃないですか。




