ビーガンチーズの作りかた
して、翌朝。
笹編みの籠にのせておいた豆腐は、良い感じにかさが減っている。
包丁の背で味噌をそぎおとして、ひとっぺら、薄切りにしてみる。
表面に近い部分は味噌が浸透して黄色く、中心部はしろっぽい。
浸透圧で水気が逃げて、ぎゅっとしまった感じ。
おいしそうな気配をみなぎらせている。
「これは……お酒だよなあ」
自慢ではないけど、なにもない休日はだいたい飲酒している。
なにかあっても、たとえば釣りとか、アウトドア系かつあんまり動きがないあそびのときは飲酒している。
仕事中にだってお酒をのむぐらいだ。
いやいや、常連さんがおごってくれるんですよ。
しょうがないじゃないですか。
というわけで、一杯だけ、清酒を汲んじゃう。
薄切りにした味噌漬け豆腐を笹串でぷすり、ぱくり。
「んんん……」
これは、おいしいぞ。
味噌の、塩っ気と乳酸発酵がもたらす酸味。
黒豆の甘味。
甘くほのかな、味噌由来のアルコールの芳香。
ひかえめに主張する黒豆のさわやかな香。
そして、水気が抜けたことによって、食感はねっとりとして、噛みつぶせば舌にからみつく……
ああ、クリームチーズだ。
まちがいなく、クリームチーズだ。
黒豆の甘煮なんかを、つぶしながらざっくり和えると、最高においしいんだ。
大豆えらいぞ。
大豆どうやってもうまいぞ。
さあ、口の中にどっしり残った味噌漬け豆腐のうまみを、異世界の酒でおっかけよう。
「ああー……だめになるー……」
異世界の朝、異世界黒豆と異世界味噌でつくった異世界味噌漬け豆腐をあてに、異世界清酒をのむ。
異世界最高。
気分がのってきたので、もう一品、ビーガンチーズをつくろう。
用意するものは豆乳とレモン汁……はないので、お酢で代用もできるんだけど。
それじゃ芸がないよね。
豆をごりごり。
鍋をことこと。
酒をごくごく。
コロイド溶液という単語には、なんとなく聞き覚えがあると思う。
チンダル現象とか、散乱とかいう言葉も、同時に思い出せるかもしれない。
水の中に小さな粒が浮遊している状態、それがコロイドだ。
身近な例としては、牛乳とか泥水とか、手元の豆乳とか。
豆乳の中には、たんぱく質や脂肪の小さな粒がたくさん浮遊している。
にがり、つまりマグネシウムを加えてやると、たんぱく質同士がどんどん結びついていって、豆腐ができあがる。
豆乳の中のたんぱく質と結びつく性質をもつのは、マグネシウムだけではない。
たとえば、クエン酸だ。
というわけで、熱湯風呂ぐらいの温度に豆乳をあたためて、そこにお酒の澱を入れる。
温度があがりすぎないように気を付けながら、くるくるかきまわす。
だんだん、白くてもちゃもちゃした小さいかたまりと、黄色っぽい液体に分離していく。
澱に含まれるクエン酸がたんぱく質と結びついたのだ。
白いかたまりを濾して、水にさっとさらし、ぎゅっとしぼる。
豆乳カッテージチーズのできあがり。
ちなみに、家にある牛乳とレモン汁でつくれる。
このカッテージチーズ、とても簡単につくれるくせして、マヨネーズと和えてカルパッチョのソースなんかにすると劇的においしいので、ぜひお試しあれ。
かつおとか、まぐろとか、赤い魚がおすすめ。
居酒屋『ほのか』の限定メニュー、“初鰹と水菜のカルパッチョ 自家製カッテージチーズソース”、ご好評いただいておりました。
あまった黄色っぽい液体は乳清で、これまた栄養価たっぷり。
カレーなんかに使うのがメジャーだけど、今回はこいつをまだまだじっくり煮詰めていく。
こがさないよう熾火にかけ、低温でひたすら蒸発をうながし、つねにかきまぜる。
すると最後に、ちょっとした黄色っぽいかたまりが残る。
これで、豆乳リコッタチーズのできあがり。
「ふあぁああ……おはよーございまふ」
おおあくびしながら、榛美さんが起きてくる。
「おはよう、榛美さん」
「ふわい……なんかいいにおいですね」
ねぼけまなこで、ふらふらこっちによってくるのはかわいいけれど。
耳にねぐせついてるよ榛美さん。
帯がずれちゃって胸元がだらしないよ榛美さん。
「顔あらっといで」
「ふわああ」
あくびで返事をしながら裏庭のほうに出ていく榛美さんを見送って、まずはカッテージチーズをお味見。
うん、これまたおいしい。
豆乳カッテージチーズは味わいが淡白なのだけど、酒の澱を加えたことでどっしりした旨味が出ている。
豆くささは感じない。
クエン酸のほのかな酸味と豆の甘みが、遠くで香る吟醸香のおかげで素直に調和している。
塩を一つまみ足して練り直しておく。
ほんとはきめを細かくするために裏ごししたいのだけど、踏鞴家給地には裏ごし器がなさそう。
裏ごし器なりふるいなり、昔は馬の毛や絹を使ってたらしいけど。
馬も蚕もいないしねえ。
葛から長い繊維が取り出せれば別だろうけど。
さて、じっくり煮詰めたリコッタチーズは……なんか親指ぐらいのサイズになっちゃったな。
とはいえ、カッテージチーズを濃厚にしたような味だから、まちがいないはずだ。
これで準備は整った。
悠太君を迎えうってやろう。
昨日とおなじく、朝ごはんは具沢山の豆乳味噌汁。
昨日とおなじく、ほわほわ幸せ気分で食べていると。
引き戸が、ひかえめにノックされた。
さあ、決戦のはじまりだ。
「おはよう、悠太君」
引き戸をあけて出迎えると、悠太君は無言でそっぽを向いている。
「ユウ、おはようは?」
「……おはよう」
「ございますは?」
「……ごーざーいーまーすー」
榛美さん、人を叩くのにちょうどよさそうな長さの木の棒を後ろ手に持つのは、あんまりよくないと思うよ。
「それで、チーズは食わせてくれんのかよ」
「うん、もちろん。こちらにどうぞ」
パーティションで区切った半個室に、悠太君を案内する。
「ふうん……」
悠太君、椅子と机を物珍しそうに眺めたあと、
「く、くっだらねえ。単なる物まねじゃねえか」
慌てて悪口を言い添えた。
ふふん、言っとけ。
台所にひっこんで、長方形の平皿にチーズをもりつける。
薄切りにした味噌漬け豆腐は、皿の中央、おうむがいのような、らせん状に。
左にはカッテージチーズを高く盛り付け、右にリコッタチーズをころんと転がす。
「お待たせいたしました、“三種のチーズ盛り合わせ”でございます」
悠太君の前に、皿を置く。
「これが? チーズ?」
きょとんとした表情で、悠太君に見上げられる。
「はい。私の世界でチーズと呼ばれていたものを、黒豆で再現いたしました」
悠太君は、チーズを見て、こっちを見て、またチーズを見てから、鼻をならした。
「…………違ぇ」
「違う?」
「オレの食ったチーズは、こんなんじゃなかった」
なんだと。
まさかパルミジャーノとかチェダーとか、乾いた感じのやつ?
あるいは、ブルーチーズとか、なんていうかこう、あからさまにぶつぶつしたもの?
悠太君はためいきをつき、首を振った。
ものすごい失望が全身からにじみでている。
「まあ、こういうことだよな」
あきれたような、あきらめたような、そんな声でつぶやくと、悠太君は立ち上がった。
「悪かったよ、白神。手間かけさせた。じゃあなぐぇええ」
「待って」
「ぐぇええ」
「あ、ごめん」
しまった、けっこう力んで服の襟をひっぱってしまった。
「げっほ、げほ……な、何しやがる! ぶっ殺そうってのかよ!」
「待って、悠太君。もう少し詳しくきかせてほしいんだ」
「はぁ? 何をだよ。もうねえだろ、なんも」
「あるよ。これがチーズじゃないっていうんだったら、いったい君はなにを食べたんだ?」
「だからチーズだっつって……なんだこいつ、目がすげえ怖ぇ!」
こわくないよ、ぜんぜんこわくないよ。
だから急いで、つつみかくさず話すんだ、僕が笑っているうちに。
「教えてほしい。いや、教えてくれるまで君を帰すわけにはいかない。どんな手段も辞さない」
「うわああ! は、榛美、こいつヤバいぞ……おい、榛美、止めろよ! 隅っこで震えてんじゃねえよ!」
「こ、こ、康太さんは、時に怖いんです! ししし知らなかったんですかざまあないですね!」
「怯えながら自慢してんじゃねえよ! 何がしたいんだよ!」
ここで悠太君を逃がすわけにはいかない。
異世界のチーズ、その正体を知るまでは、この手を離さない。
「わ、分かった! 説明すっから! 説明すっから落ち着けよまず! 殺されたくねえよこんなことで!」
やっとわかってくれたんだね。
平和に納得してもらえてなによりだ。




