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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第二章 本物の料理

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領主林と川向う

 川にかかった丸木橋をこえて歩を進めた村の南側は、北側とずいぶん趣を異にしていた。

 北には、村人の集落やちょっとした畑が広がっている。

 ここ南にあるのは、ひたすら照葉樹の雑木林だ。


「この辺りはご領主様のお住まいが近いですから」


 きょろきょろしていると、榛美さんが解説してくれた。


 雑木林はしっかり手入れされているようで、下草は刈られているし、道もつけられている。

 ところどころ木の皮がはげているのは、なわばりを主張するタイプの野生動物がいそうで割といやな感じだけど。


 ふと気づいたのだけど、この雑木林、ゆるやかな斜面になってる。

 道は斜面を迂回するようにつけられていて、僕たちは、斜めに張り出した木を左手にしながら歩いている。


「この丘の上が領主館マナーハウスになっていて、村人は立ち入り禁止なんです」


 なるほど、武家屋敷みたいなものか。

 それにしてもいい森だなあ。

 歳をとったらこういうところに住んで、ニジマス釣りでもしながらのんびり暮らしたいなんて、いつも考えていたっけ。


 土を踏みながら歩いていると、目の前にいきなり、小さな生き物がまろび出てきた。

 小さな生き物は、こっちをじろりと一にらみして、翼をひろげた。

 そう、つまりそいつは、鳥だった。


 にわとり……にしては小さいな、セキショクヤケイみたいな、キジ科っぽい鳥か。

 “冬の宮”の片隅で凍り付いていたのも、いま考えればキジ科のなにがしだったのかもしれない。

 おいしそう。


「だ、だめですよ! 領主林りょうしゅりんの中で狩りができるのは領主様だけです!」


 なにかを察したのか、榛美さんが僕の手をぐいっとひっぱった。

 いやいや、異世界二日目の人間が、野鳥を狩ろうとはしませんって。

 狩猟免許の取得は考えたことあるけど。

 オスは狩っていいけどメスは狩っちゃ駄目な鳥とかがいて、覚えるのがおっくうだったからあきらめた。

 やっぱり真剣に好きなことじゃないと、人間、たやすく挫折するものだよね。


 にわとりっぽい鳥は、僕たちを威嚇するのに飽きると、羽根をばたつかせながら斜面をかけのぼっていった。


 そうか、にわとりがいるのか。

 こいつは夢がひろがるな。


「康太さん……なんかわるい顔になってますよ」


 おっと失礼。



 丘を廻り込むように、雑木林を十分ほども歩いただろうか。


 木立が切れてそこに現れたのは、廃村だった。


 つたに絡め取られた建物。

 朽ちた木材。

 隙間なく茂ったイネ科っぽい草。

 井戸の口からふきだして、はねつるべまでもむしばむ葛。

 

「おお……すごいね」


 なんだこれ。

 自宅から徒歩二十分で、地図に載ってないタイプの村落跡地に来ちゃったぞ。

 男の子ごころをくすぐってくるじゃないか。


「先代のころ、川向こう――こちらは、とても栄えていたみたいです。今はこの通りですけど」

「ふうん」


 廃村をじっくり眺めながら、往時の姿を、思い浮かべてみる。


 廃墟の並びを見るに、どうやら大通りの脇に建造物がならぶつくりの村だったみたい。

 北側の散居村とはだいぶおもむきが違う。

 大通りも、横幅がかなり広いし、しっかり平坦だ。

 人間の通行だけを想定しているのならば、こうはならないだろう。


「この道って、どこかに続いているの?」

「踏鞴家給地からよその村に行くためには、この道を通らなくちゃいけないんです」


 もしかして、交易路の名残じゃないだろうか。


「今は、よそから誰かが来ることはありませんけど……わたしも、この道を通って買い付けに出るんです」


 ああ、なんか妄想がスパークしてきたぞ。

 かつて栄えていた村の南側には、職工階級が住んでいたとか。

 生産階級が、ろくに地ならしもされない村の北側に押し込められていたとか。

 やっぱりこの村にはなにかがあるんだ。

 冒険小説みたいになってきた。


「ユウは、この辺りの家に勝手に住みついているはずです……こっちかな?」


 なんとなく草が踏まれた跡っぽいものをたどって、榛美さんが歩き出し、一軒の家の前でたちどまった。


 葛まみれでぼろぼろだけど、家のまわりの草はひっこぬかれているし、柴も無造作に積んである。


「ユウ、いますか?」


 格子戸をノックする。


「榛美!?」


 悠太君がばねじかけみたいにとびだしてきた。


「と、白神!?」

「こんにちわ」

「帰れ!」


 格子戸がぴしゃんと閉じた。

 あまりにもすごい勢いだったので、また開いた。

 全開だった。


 みんなの気持ちが、


『すごい気まずい』


 というところで一つになった。


「かっ、帰れじゃありません! わざわざ康太さんが訪ねてくれたというのに、その態度はなんですか!」


 まっさきに気を取り直した榛美さんが、しきりなおしてわめきはじめる。


「う、うるせえ! 魔述師なんかと話すことなんかねえよ!」

「あのさ、僕は魔述なんかつかえないよ」

「嘘つけ! 白神が魔述師じゃないわけあるか!」


 そうだったらいいんだけど、現実はなかなかうまくいかないものだ。


「さっきから魔述師魔述師って、魔述になにか恨みでもあるの?」

「うるせえな! 魔述師なんかみんなくたばっちまえばいいんだ!」

「えっ」


 榛美さんが口をはんびらきにした。


「く、く、くたばればいい……です、か?」


 今度は悠太君、顔をまっさおにしなかった。


「そうだよ。あいつらは金持ちで、ちゃんと勉強を教えてもらって……クソ田舎から出てきた連中をばかにしてるんだからな! 一人のこらず死んじまえばいい!」


 榛美さんは、口をはんびらきにしたまま、ぽろぽろとなみだをこぼしはじめた。

 無言でぽろぽろなみだをながして、


「ひくっ……ひくっ……」


 しゃっくりしはじめた。


 こういう泣き方する子いるよね。


 あれ? このくだり、さっきもやった?


「え、あ、え……は? な、なんで榛美が泣くんだよ? 意味わかんねえ」

「ひっく」

「もしかして、知らなかったの?」

「なにがだよ」


 悠太君は、ばつがわるそうな表情をうかべて、ぼそぼそとつぶやいた。

 なんだか分からないが地雷を踏み抜いてしまったことに気付いたらしい。


「榛美さんも、魔述師だよ」

「……………………はあ?」

「待っててね榛美さん、ちょっと使える井戸を探してくるよ」

「ひっく」



 と、いうわけで、悠太君の家の中。

 もろもろの状況説明を終えて、悠太君の最初の一言は、


「い、いや、俺のせいじゃねえし……榛美が魔述師だなんて知らなかったし……言えよそういうこと。言わないからこんなんなるんじゃねえか……」


 という、とても思春期らしいものだった。


「ごめんなさい。だまっていたわけではないんですけど」

「な、なんだよ、あやまんなよ、やめろよ! ああー、なんかもう……なんなんだよこれ! 白神、全部てめえのせいだからな!」


 頭をかきむしった悠太君は、敵意のおとしどころを僕に決めたらしい。


「ごめんね。ところで、この本ちょっと借りてもいい?」

「ふざけてんのか!」


 ふざけているわけではないよ。

 敵意をむけられると、たいていは皮肉でかえしてしまう悪いくせがあるだけだよ。


 悠太君の家の居室には、大量の本がうずたかく積まれていた。


 皮張り表紙に絹張り表紙、糊で留めただけのもの、貴石を埋め込んだもの、獣皮紙、葦紙、竹紙、竹簡、木簡、その他もろもろ……

 夢のような空間だ。


「さわんな!」


 どなられて、伸ばした手をひっこめた。

 悠太君は、不意に、けだるいような、あきらめたような表情を浮かべて、大きなためいきをついた。


「……どうせ、白神にとっちゃ大したもんでもねえよ。でも、勝手にさわんな。これはオレの本だ。ぜんぶ、オレの本なんだ」


 悠太君は、手に触れた本を拾い上げて、抱え込んだ。

 まるで、自分の心臓を守るみたいに、本を抱きしめた。


「ユウ……ヘカトンケイルで、なにがあったんですか?」


 ふん、と鼻を鳴らし、悠太君はそっぽを向いた。


「別に何もねえよ。普通に受けて、普通に落ちて、普通に帰ってきた。それだけだろ」

「でも、だったらどうして、こんなところに一人でいるんですか? みんなと一緒に野良仕事して、お酒をのんで、それでいいじゃないですか」

「気が乗らねえ。榛美だって外の村を見てんだろ、だったら分かるだろ?」

「それは……」


 榛美さんにとって、ここは『なにもない村』だった。

 悠太君の言いたいことが、理解できるのだろう。


「でも、この村は、本当はとても豊かな場所なんです。康太さんが、それを教えてくれました」

「結局、白神かよ」


 悠太君は吐き捨てるように言った。


「お前はさ、榛美。なんて言おうと、外の世界に憧れてんだろ? だから、白神に惚れたんだ」

「なっ! ななななななっなにっなにをっ! ほれ、ほ、ほ、惚れるとかじゃないです! ね、康太さん、惚れるとかじゃないですよね!」

「え、あ、そうなんだね。悠太君、なんか惚れるとかじゃないみたいだよ」

「別にどんな言葉だっていいけどよ。惚れるでも尊敬するでも」

「あ、それ、それです! 尊敬です! 康太さんを尊敬してるんです! ね、康太さん!」

「そうなの? それはありがとう」

「えへへ、尊敬してますからね!」


 ためいきをついた悠太君は、抱きしめていた本をほっぽりだすと、床に横になった。


「ああ、なんか……もうどうだっていいや。オレ、榛美がいないんだったらこの村に帰ってくるつもりもなかった。でも、こんなんじゃな。なんも意味なかったな。

 くだらねえ村で、くだらねえ本読んで、調子こいてバカさらして、それで……なにもかもくだらねえ。ばかばかしい」

「そんなにくだらないの?」

「くだらねえよ。何の意味もなかった。どの道、オレは門前払いだったんだ。魔述師じゃねえからさ」

「どういうこと、ですか?」

「どうもこうもねえだろ。受付で魔術の系を聞かれて、ありませんって答えて、それで終了、回れ右だよ。メシ食って帰れってさ」


 悠太君は乾いた笑い声をあげた。

 あんまりにも痛々しいひびきの、笑い声だった。


「本物の料理、か」

「そうだよ、本物の料理さ。本物の都で、本物の料理食って、くだらねえ村のくだらねえ鍋を食う生活に逆戻り。笑えるだろ。何の役にもたたねえでやんの」



 教育の機会は、均等ではない。

 ましてこんな世界では、なおさらだろう。


 くりかえしになるけれど、榛美さんが、


『ごはんを粗末にしない』


 レベルの倫理観さえそなえていないのは、教育の機会にめぐまれなかったからだ。

 古代中国でも、ヘカトンケイルでも、僕が生きていた現代日本でも、それはおなじこと。

 投資額の多寡は、残酷なぐらい結果に出る。



「そっか。悠太君は僕と似てるんだな」

「は? 冗談じゃねえよ。てめえは白神だろ? 白神の世界っつったら……白神の世界なんだろ?」

「少なくとも、一食分ぐらいのお金で本が買えて、おまけにその種類もちょっと信じられないほどだよ。

 そういう意味では、君よりもはるかにめぐまれてる」

「だろうな。オマエとオレとじゃ、似ても似つかねえ。くだらねえこと言いやがって」

「それでも、僕と君は似ているよ」


 さて、『中卒』というかがやかしい最終学歴を、どう説明してみたものか。

 よくある家庭の事情なので、あんまり込み入った話をするつもりはない。

 母親の再婚相手がぼんくらで、とにかく早く家庭にお金を入れる必要があって、そのために色んなアルバイトをした、なんてのは、ありふれた悲劇だ。


「大学に……ええと、榛美さん、この世界に『学校』ってある?」

「……?」


 榛美さんがいつもの口はんびらき。


「ヘカトンケイルにはあるぜ。

 オレは科挙に受かったら、そっちの道に進むつもりだったんだ。ヘカトンケイルの金で、色んなことを勉強できるんだからな」


 給費留学生みたいな制度があるのか、なるほど。

 一般的にイメージする『科挙』よりは、もうちょっとざっくりした感じのものみたいだ。


「そっか、それじゃ話が早いね。僕は学校に行きたかった。どういうわけか、昔から人一倍、好奇心が旺盛だったんだ。

 でも、無理だった。君と同じだよ。経済的な事情もあるし、スタートラインに立てなかったっていう理由もある」

「……それで? なんなんだよ? オマエ、何が言いたいんだよ? 同情のつもりかよ」

「別にどうというつもりもないよ。ただ、君の気持ちが分かるって言いたかっただけだ」


 その時の経験は一つもむだになっていない、みたいなことを言えるほど、まっとうな人生を歩んできたわけではない。

 いろんなものをぽろぽろ取り落してきたし、そのことに対する恨みだって消えてはいない。

 だから、悠太君に対して、説教したり同情したりするつもりはない。


 自分は村一番の知識階級で、ほかのばかな連中とは違う。

 自分は田舎の生まれで、魔述ひとつ使えない落ちこぼれ。


 そういう気持ちは分かるなあって、思っただけだ。


「どこにも居場所を感じられずに、宙ぶらりんになってしまう、その気持ちはとても分かるよ。

 僕もそうだった。今も、そうかもしれない。その手の感情はいつまで経っても消えるものじゃないからね。困ったことに」


 悠太君は返事をせず、寝返りを打った。

 格子戸から差し込む光の中でおよぐ埃を、指で追いかけはじめた。


「お邪魔したね。そろそろおいとまするよ。

 榛美さんは?」

「あ……わたしも、帰ります」


 立ち上がって、格子戸に手をかけた。


「おい、白神」


 悠太君が、そっぽを向いたまま声をかけてきた。


「オマエの言いたいことは、よく分かんねえ。

 結局のとこオマエは白神で、オマエにとっちゃこんな村、珍しくて面白いぐらいの話なんだろ。

 でもな、オレはここで生きていくしかないんだよ。どこにでも行けるオマエと違って」


 捨て台詞みたいに聞こえるけど、そうじゃないことはすぐに分かった。

 その声には、すがるようなひびきがあった。


 悠太君は、たぶん、助けを求めているんだ。

 めんどくさいことを考え込んで息が苦しくなって、でも、周りにそれを分かってくれる人はだれもいなくて。

 ばかばかしいって分かってるのに、考えることをやめられなくて。

 達観したいのに、プライドが邪魔をして。

 だからいつもイライラしている。

 イライラするのをやめたくて、余計にイライラしてしまう。


 そんな悠太君に、なにかできるとは、思えない。

 発達心理学を学んだスクールカウンセラーではなくて、元居酒屋経営者、現ごくつぶしの身の上だ。



 ろくな大人とはいえないけどさ。



 けどさ、すがられたからには手を差し伸べなければ、大人がすたるってもんだ。



 もちろん、僕にできるのはただ一つ。

 美味しいごはんをつくることだけ。

 ここに一人、少しは話のわかる大人がいるんだよって、美味しいごはんでしめすことだけだ。


「悠太君、『本物の料理』を食べたことがあるって言ってたね」

「ああ、食ってやったさ、受験料がまるまる浮いたからな、全部ぶっこんでな。それがどうしたんだよ?」

「なにを食べたの?」

「さあな。いっぺんしか食ったことねえもん説明しろったって無理だろ。ただ……なんか、チーズっていってたな」

「また食べてみたい?」

「…………どうだかな。どの道、この村じゃ手に入らないもんなんだろうよ」

「都合をつけてみせるっていったら?」


 悠太君はだまっていた。

 だけど、寝転がったその肩が、緊張でもちあがるのが、わかった。


「夜は気まずいだろうから、明日のお昼、榛美さんの家でっていうのは、どうかな。

 そこでチーズを出すよ。それじゃあ、また」


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