白神
なんか、ものものしい単語が出てきたぞ。
召ばれたって、なんだ。
「なにしろ、ここに来たのは今日はじめてですので」
そう言うと、うさ耳騎士は、鉄じいさんとまったく同じリアクションをした。
つまり、いろんな表情をしたあと、爆笑したのだ。
「はじめてだと? はははっ、とんでもない男だな、お前は! たいていの白神は、自分の境遇を受け入れるまでにひどく時間がかかるものだというのに……この村に迷い込んで数刻の後には、もう料理をつくる算段を始めていたというわけか!」
「まあ、そうなりますね」
「そうか、そうか……くくくっ、おもしろい。はぐれの白神……拾い物だな」
なんか一人で納得してる。
こっちはぜんぜん納得いかない。
「あの、ですから、白神ってなんなんですか?」
「ああ、すまなかったな、少し興奮した。異世界より召ばれし者を、白神と呼びあらわすならいなのだ。
古い言い伝えに曰く、
『白い神が、我々に豊かな積荷を運んでくる』
とな。
お前はどうやら、迷い込んだものらしいが」
ほう。
そのまんま、カーゴ・カルトだ。
ニューギニアあたりで発祥した宗教の一種。
それまでヤシの木から得たでんぷんとかを食べて生きていた民族の前に、いきなり飛行機に乗った白人がやってくる。
なんか見たこともないようなものを次々に取り出してみせびらかす。
さあ、どうなるだろう。
テレビもねえ、ラジオもねえ、車どころか車輪がねえ。
そんな世界に、テレビと、ラジオと、車どころか飛行機がやってくるのだ。
それはもう、ぜんぜんわけがわからない。
テンパった民族は、とりあえず白人を神ということにして、こころの落としどころをつくる。
『なんや知らん神様が、なんや知らんごっついもんぶら下げてきよったわ。
ほんで、バナナもろたらそのごっついもんなんぼでもくれる言うねんからたいそうな話やで。
くれる言うならもろとけもろとけ』
みたいな神話ができあがる。
神話というとわかりづらいかもしれないから、もう少し簡単に説明しよう。
たとえば山に入った子どもが帰ってこないなんて時に、
『お種はのぉ、天狗にさらわれたんじゃあ』
と、妖怪のせいにするのによく似ている。
原因が分からないもの、想像すらできないものを、神とか妖怪なんかの『あの世枠』に押し込めることで理解しようとする。
カーゴ・カルトは、そういった心のはたらきだ。
たぶん、白神というのも、この世界にやってきた地球人たちがでっちあげた言い伝えなのだろう。
白神や積荷という単語にそれがよくあらわれている。
『白神』は白人を想起させるし、『カーゴ・カルト』、訳せば『積荷信仰』だ。
異世界人が自分たちを崇拝するよう、しむけたのだと想像できる。
「はぐれの白神も、いないではない。
お前のようにわずか一日で順応するのは、非常に稀なことだと思えるがな」
「順応してはいないですよ。きょう一日で、途方にくれるのがすごく上手くなりましたから」
うさ耳騎士はまた笑った。
「私の名は、ミリシア・聴述・ネイデル。ヘカトンケイルよりピスフィ・ピーダー嬢の名代として参った」
ん?
なんか日系人みたいな名前になってる。
名前の一部だけが漢字で認識できた。
これ、どうなってるんだろう。
「娘、お前の名は」
「え、あ、あう……鷹嘴・火述・踏鞴戸・ばしばふにゃっ!」
舌かんだ。
「は、はしばみです……」
口元を抑え、目をうるうるさせながら、榛美さんが言う。
うさ耳騎士、もといミリシアさんは苦笑した。
「火述の系か。どこで習った」
「おとうさ、あ、いえ、父に」
「この僻地に、魔述の心得のある者がいたというわけか。なるほど。噂通りではあるな」
あ、これ。
このQ&Aお姉さんにいろいろ聞くチャンスなんじゃないか。
「あのー、魔述ってなんですかね?」
強引にくちばしを挟んでみた。
「ああ、白神の世界には存在しないのだったな。
魔述とは、すなわち、カリアに触れ、言葉によって書き換える力だ」
「カリア?」
「物事の本質だ。白神の世界の言葉だと聞いているが」
うーん……クオリアのことかな。
有名すぎて説明不要かと思うけど、念のため。
クオリアというのは、刺激に対する主観的な感覚のことだ。
たとえば。
『痛み』というのは電気信号で、『痛い』というのは感覚。
『赤』というのは光の波長で、『赤い』というのは感覚。
『そういう感じ』としか言いようのないもの、それがクオリアだ。
詠唱によって色んなプロセスをすっ飛ばし、即座に物理、化学、生物学、工学的な現象を引き起こすという点で、魔述は、よく知る魔法そのものだ。
それにクオリアが関わってくるというのは、どういうことなんだろう。
「大きくは『系』と『語彙』によって分類されるが、まあこれは恣意的なものだ、体系化が行き届いているわけではない」
榛美さんの場合、“火述”が『系』で、“焚べる”が『語彙』というわけか。
「だが、カリアに触れるには、適したかたちというものがある。
たとえばエルフのかたちは、自然界のカリアに触れるのに適している。
地水火風の系に属する魔述師は、たいていの場合エルフだな。
私のような兎人は、音に長けている。
聴述の系も音にまつわるものだ」
「なるほど……勉強になります」
嫌な顔ひとつせず、すごく親切に説明してくれた。
やっぱりミリシアさん、本質的にはとても面倒見の良い人なんじゃないか。
でも、音って『風』に含まれてもいいような気がするなあ。
おおざっぱに括っちゃえば、どっちも大気が動いているわけだし。
「ただし、カリアに触れるには、それ相応の教育というものが必要だ。
幼き頃より、適した系の、適した述に関する知識を高めることで、カリアに手を伸ばすことができる。
それ故、市井の者が魔述を使えるというのは、驚くべきことなのだ」
あ、なるほどなるほど。
なんかわかったぞ、今ので。
おそらくこの世界の魔述というのは、主観的な感覚、つまりクオリアを現実化する力だ。
教育によって、適した現実認識を子どもに植え込むことで、魔述の行使を可能とする。
だから、『音』に関する教育を受けた人と、『風』に関する教育を受けた人では、魔述による干渉の領域がちがうのだ。
おもしろくなってきた。
「あの、それで、白神でも魔述って使えるんですか?」
どきどきしながら聞いてみた。
ほら、こういうとき、召喚された人はなんかすごい力をけっこう持っているみたいな局面がままあるし。
「白神には、強大な述瑚……つまり、魔述を引き起こすための力を持つ者が多いと聞くな」
そら来た!
そしてようやく述瑚の謎もとけた。
ステータス的にいえば『まりょく』のことだったのか。
「ただし、先も言ったが、魔述とは幼き頃からの教育によって身に着くもの。
子どもであればともかく、成人が今から魔述を身に付けることは難しいだろうな」
ああー。
アインシュタインは言いました。
『常識とは、十八歳までに身に付けた偏見のコレクションである』
ミリシアさんの言葉は、教育によって現実の認識能力を歪めることで魔述が行使可能になる、という紺屋仮説を裏付けるものだけど。
ものすごいがっかり感がある。
まあ、いいとしこいたおっさんが手から火を出すのに憧れるっていうのも、あれだしね……
「こんなところでよいか?」
「はい……ありがとうございました……」
げっそりしながら頷く。
「店主、ところでお前の名は?」
「紺屋康太です」
「ふむ。この店、屋号はなんという?」
「『ほのか』です」
「『ほのか』……よい響きの名前だな」
げっそりしていたので、条件反射で答えてしまった。
一瞬の後、とんでもない失敗をしたことに気付いた。
『ほのか』は僕が経営していた居酒屋の名前だ。
言うまでもないけど、このお店とはまったく関係ない。
というか多分ここに屋号なんてない。
「康太、これを受け取れ」
否定する暇もなく、ミリシアさんが掴みだしたのは、
「……札束?」
長方形の紙片が百枚ぐらい、革ひもでくくってある。
あれ、アラビア数字が書いてあるみたいにみえるんだけど。
紙片の右肩にある模様、『100』に見えるんだけど。
いや、というかそれはいい。
棒と丸の模様ないし記号なんて、世界中どこでも発生するだろう。
もっと注目すべき点がある。
紙片には非常に精巧な絵が刷られているのだけど。
ええと、お手元のスマートフォンかPCで、
『ららぽーと横浜』
か、
『ラゾーナ川崎』
を、画像検索してもらいたい。
ちゃんと別のタブでひらくんだよ。
検索した?
したね、えらいぞ。
さあ、心して聞いてほしい。
お札に刷られていた絵は、どうみても、何度見ても、どの角度から見ても、一切の予断を捨て去って空っぽの心で見ても――
ショッピングモールを正面からとらえたものだった。
「……三層ガレリア式だ」
吹き抜けがドカーンってあって、回廊沿いにテナントがボボーンって並んでるやつ。
「ショッピングモールというのだろう、お前たちの世界では」
ああー、言っちゃったよ。
ショッピングモールって言っちゃったよ。
これも白神のもたらした知識か。
やりたい放題だなもう。
白神という存在が定着するぐらいには、異世界召喚がメジャーな世界。
おまけに魔法あり異種族ありのファンタジーワールド。
そりゃあ、チート全開で好きほうだいしたくもなるのが人の常。
でも、ショッピングモールをおっ建てるっていうのは、ちょっとどうなんだ。
もっとこう、ごくふつうに魔王を倒したりできないもんですかね。
最近の異世界被召喚者には情緒ってもんが足りませんよ。
「我らがヘカトンケイルの偉容を、当代一の魔述師が刷り込んだ、これこそヘカトンケイル札だ」
胸を張られたけど、相場がぜんぜん分かんない。
となりの榛美さんに目をやると、はんびらきになった口から、でろっと泡がでてきた。
なるほど、どうやらたいそうな金額らしい。
「お代にしては高額ですね」
慎重に言葉をえらんでそういうと、ミリシアさんはわるそうな笑顔をうかべた。
「察しが早くて助かるよ。これは手付金だ。お前の身、我が主、ピスフィ嬢が買い受けた」
「えっ」
「えっ」
僕と榛美さんがはもった。
「お前は、この村の料理人で終わっていい人間ではない。この世界に新たなる価値を生み出し、文明を前進させる車輪となれる器量の持ち主だ。
お前を、私が牽き、ピスフィ嬢が乗りこなす。さすればこの世界は、一つ先に進む。
世界の為に、お前は生きろ」
まいった。
いきなり話がすごくおおきくなった。
おいしいごはんを作ってだまらせただけなのに、白神という要素がのっかったせいで、へんなことになってしまった。
一介の居酒屋店主をつかまえて世界全体の問題をもちだされてたって、あたふたする以外になにもできない。
「きゅ、急にそんなこと言われても……」
「そうか。ならいい」
「えっ」
「えっ」
ふたたび僕と榛美さんがはもった。
「散策の折、この村で興味深いものを見つけたのでな。ピスフィ嬢をこちらにお呼びするつもりだ。
嬢の御到着までには三か月ほどあろう。それまでに考えておいてくれ。
否というのならば、それで構わん。その金は、私を満足させてくれた手間賃だと思い、好きに使え」
なんて話が分かる人なんだ。
って、いやいや、そうじゃないだろ。
聞かなきゃならないことは、他にもあるはずだ。
「あの、元の世界にもどる方法なんてないんですか?」
ミリシアさんは、とっておきの、
『お前何いってんの? いかれてんの?』
の顔をした。
「もしあるのなら、交渉材料に使うに決まっているだろう」
「あー……なるほど」
元の世界に戻る方法をちらつかせて、いいようにこき使うのか。
想像しただけでぞっとする。
「今日はなにかと騒がせて済まなかったな。今後、もし路頭に迷うようなことがあれば、遠慮なくヘカトンケイルのネイデル家を頼ってくれ」
そういってミリシアさんは、左手の中指にしていた指輪をぬきとると、ほうりなげてきた。
あわててとらえると、なんだか図柄がほりこまれている。
「ネイデル家の印章だ。見事なものだろう」
「はあ……」
なま返事になっているのは、印章の図柄のせいだ。
ふとい線でえがかれているのは、ぎざぎざ笑いで不敵な表情をうかべる、ポップなうさぎ。
サンリオとかサンエックスとかの、膨大なキャラクター群にこそっとまじっていてもあんまりおかしくない。
小学生の女の子とかが好きそう。
「ネイデル家と言えばヘカトンケイルに知らぬ者なき門閥の一員。どこであれ、その印章はお前の力になることだろう。
では……ごちそうさまでした」
最後に深く頭を下げると、ミリシアさんは疾風のように台所から出て行った。
あとには、途方に暮れた僕と榛美さんと、どうやらものすごい大金らしい札束がのこされた。




