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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第二部 中つ海編 第一章 時述べの巫女

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狼とカピバラ

 草がぼうぼうにしげる、切り通しの坂道。

 二頭のカピバラは、崖に生えた葛なんかをむしりながら、のそのそと歩いている。


 踏鞴家給地から離れること、一日。

 僕たちを乗せたカピバラ車は、のんびりとした足取りで、寒川家かんがわけ給地きゅうちの領主直轄地に向かっていた。


 ミリシアさんは、ピスフィの髪を、めのうの櫛でいている。

 榛美さんは、窓におでこをくっつけて、周囲の光景に興味しんしん。


「うひゃ!」


 張り出した枝が窓をぴしゃっと叩いて、榛美さんが首をひっこめた。


「やけに細い道を通るんですね」

「荷役カピバラ用の道じゃの。踏鞴たたら寒川かんがわに、交流があった頃のものじゃろう。この雑な作りじゃ、村人が勝手に敷いた道のようじゃがの」


 ピスフィがこっちに、宇宙から見た海みたいな色の瞳を向けてきた。


「動かないでください、嬢。髪を梳いているのでありますよ」


 と思ったら、ミリシアさんに顎をくいっとされて、横を向いた。

 それでも僕に、いたずらっぽい流し目を送ってくる。


 たのしそうな目だ。

 ときどきピスフィは、こんな目をして、僕を試す。

 おもしろい、受けて立とうじゃないか。


「運んでいたのは、塩ですか?」

「ほう。なぜそう思うのじゃ」

「あらゆる道路を国が作ってくれるわけじゃありませんからね。そこら辺の人たちが、自助努力だけでほそぼそとした道を引くっていうのは、僕の世界でもよくある話です。

 それと、カピバラっていうのは、こういう悪路でも歩いてくれるみたいだし、その辺の草を勝手に食べてくれる。細い道にはうってつけです。

 こんな道を勝手に通して、海と山の間で、カピバラを引いて運ぶものといえば、塩じゃないですか?」

「難しい問いではなかったようじゃの」


 満足したピスフィが、ミリシアさんに体重をあずけた。


「ところで、カピバラ車には御者をつけないんですか?」


 二頭のカピバラは、草を食べたりしながら、好きに歩いている。

 おいしい草があると、しばらく立ち止まってしまうほどだ。

 かじ取りを任せてしまって、大丈夫なのだろうか。


咲太郎さくたろう梅子うめこは、ネイデル家が血統を選りすぐった、実以じつもって佳良な二頭だ」


 ミリシアさんが胸を張った。


「ネイデルの当代は、品種改良に夢中なのじゃ。本土テッラ・フェルマの土地を、九割がたカピバラの放牧にあてておる」

「酔狂と笑ってもらってかまわんよ。しかしながら、ネイデル印のこの二頭、決して笑えたものではないぞ。

 咲太郎と梅子はとても賢く、我らの意に応えてくれる。そればかりか、危殆に瀕すれば、自らの判断で行動もできよう」


 ミリシアさんが胸を張った。

 異世界カピバラ、非常に頭がいいらしい。

 たしかにこれまで、道を間違えたことはないなあ。

 人の服を食べたりはするけど。


 そんな賢いカピバラに、歩みをまかせること、数時間。

 陽が落ちるころ、僕たちは、少しばかり開けた土地を今日の宿と定めた。

 ぼろぼろに朽ちた家屋と、枯れた井戸があるだけの、さみしい場所だ。

 この道が交易路だったころ、寺とか神社みたいな宗教施設があったのだろうと、ピスフィは語った。


 火を熾したら、焼き干しにした川魚とうち豆、焼き米を、米醤油でごった煮にする。

 足高さんが持たせてくれた、オイカワとアブラハヤが初登板だ。

 コイ科のわりには、案外いいおだしが出てくれてうれしい。


「あっ!」


 いきなり、榛美さんが声をあげ、立ち上がった。


「どうしたの?」

「え? あ、その、ええと」


 三人分の視線を受けて、気まずそうに、背中を丸める榛美さん。

 なんだろ。


「その、ええと……あ、あの、さっき、食べられる木の実を見つけたから、とってきます!」

「それはいいね。僕もついていくよ」

「いいですそれは!」


 にべもない拒絶だった。

 浮かしかけた腰を下ろせず、ぽかんと、榛美さんを見上げてしまう。


「だからその、食べられる木の実ですから! わたしが取ってきますから、だいじょうぶです!」


 顔をまっかにして、ものすごい早口。

 断固とした意思を感じる。


 ピスフィとミリシアさんを、順ぐりに見て。

 ふたりとも、ぴんと来ていることに、安心する。


「そっか。それじゃあ、行ってらっしゃい。なるべくはやく戻ってくるんだよ」

「はい! なにしろ食べられますからね!」


 榛美さんは、なんだか内またで、もぞもぞしながら去っていった。


「ずっと我慢しておったのじゃな。悪いことをしたの」


 なにをと言えば、お手洗いだ。

 たしかに、切り出すタイミングが難しいよなあ。

 この世界の街道には、サービスエリアなんてないし。


 ミリシアさんが、決まりわるそうな表情で、うさみみをもぞもぞと触りながら、ピスフィを見た。


「その、嬢よ。榛美はこの先の旅に……」


 口ごもったミリシアさんに対して、ピスフィは、試すような視線を向けた。


「ミリシアよ、なにを問いたい。『耐えられるのか』か、それとも『必要なのか』か?」


 とまどい、傷ついたような表情さえ浮かべたミリシアさんだけど、すぐさま、自分を取りもどし、


「我々は商人でありますよ、嬢。無論、『必要なのか』でありましょう?」


 きっぱりと断言するどころか、挑みかかるような口調でそう言った。

 ピスフィは、満足したようにほほえんだ。


つるぎには鞘が、船には錨が要りようじゃ。それは分かっていような、ミリシア」

「理解しています」


 ふたり分の視線が、こっちにあつまる。


「榛美さんがいないのは嫌ですよ」

「なにしろこうたは、はしばみを愛しておるからの」

「ええ、愛してますから」


 いじわるな笑みを浮かべたピスフィに、真顔でかえす。

 視界のすみっこで、ミリシアさんが照れくさそう。


「とはいえ、じゃ。はしばみとて、主ゃの首にぶらさがり、きらきらするだけの装飾品として、旅路を共にするわけではあるまい」

「榛美さんには、榛美さんの目的があります。一緒の旅を望んだのは僕ですけど、決めたのは榛美さんですよ」

「そうであるならば、この旅路が、はしばみにとって益のあるものであれば佳いの。旅の果て、なにが待っていようと、折れぬつよさを得るための道のりであれば。

 さすればみどもらも、はしばみに助けられよう」

「嬢がおっしゃるのでしたら、異論はありません」


 うん、そうだな、ピスフィの言うとおりだろう。

 僕も榛美さんも、親しみのある場所を飛び出して、この世界に立ち向かわなくちゃならないんだ。

 同じ方向を見つめながら、進んでいけたらなあ、なんて。

 夜闇を払う焚火がゆらゆらするのを見ながら、なんだか素直に、そんなことを思えたよ。


「はー、なんとかなりました」


 ひと仕事終えたときの顔で、榛美さんがもどってきた。


「おいしい木の実は見つかったかの、はしばみ」

「え?」


 ピスフィの皮肉を受けた榛美さんは、迷わず首をかしげ、口を半びらきにした。

 すごい、たった一つの母音でも、語るに落ちることってできるんだ。


「忘れてくれ。母国の冗談じゃ」

「そうなんですね! ごめんなさい、知ってたら笑えたんですけど」


 ミリシアさんが、右うさ耳をぎゅうっと握りしめ、力づくで笑いをかみ殺している。

 嬢のふところの深さも、なかなか青天井だよね。


 さてさて。

 それで、笑い話になればよかったんだけど。

 ものの十分もしない内、僕たちは、なにかの気配に取り囲まれていた。


 最初に気付いたのは、ミリシアさんだった。

 木に立てかけていた愛刀を手にすると、瞳を閉じて、体をこわばらせる。


「大きな音を立てるでないぞ」


 ピスフィが、僕たちに警告する。

 神経を集中させると、それが、分かった。

 葉ずれ、息づかい、うなり声、風にただよう、なまぐささ。


 なにかの生き物が闇の中にいて、どうやら僕たちを、獲物扱いすることに決めたらしい。


「狼の類じゃろうな。この辺りに棲んでいるとは、初耳じゃの」


 ささやき声で、ピスフィがつぶやく。

 榛美さんが、僕の腕にすがりついてきた。


「嬢よ、榛美を連れてカピバラ車にお移り下さい。私と康太は、火の始末をしてから参ります」

「うむ。はしばみ、行くぞ」

「は、はいっ……」


 恐怖のにじんだ瞳で僕を見つめながら、榛美さんが、そろそろと立ち上がる。

 僕は、安心させるように、榛美さんの手の甲を軽くたたいてほほえんだ。

 榛美さんも、なんとか笑顔をつくってから、先に歩き出したピスフィを追う。


「……榛美か」


 ミリシアさんが、ため息をついた。


「そうでしょうね」

「責めるつもりはない。旅慣れた身である我々が、警告しておくべきだった」

「おしっこは遠いところでしておけ、ってことですね」


 荷物をまとめて肩かけかばんにつっこみながら、僕は言った。


 狼を引き寄せたのは、榛美さんのおしっこと考えて、まず間違いない。

 尿に含まれる塩分は、狼の大好物だ。

 実際、ニホンオオカミがまだまだ元気だった頃、夜営地近くでのおしっこは、たやすく死を招いたという。

 食前酒としておしっこをたっぷり舐めてから、メインディッシュの人間を平らげるのだ。


「これまでの旅路では、賽殿に助けられていたのであろうな」

「鉄じいさんのやりそうなことですね。黙って狼をぶちのめして、すずしい顔をしていたんでしょう」


 あの人は、自分を誇ったりするのが大嫌いだからなあ。

 榛美さんに対して、


『あなたの不用意なおしっこが招いた不慮の狼を、夜の内に五六匹ごろっぴきやつざきにしておきました』


 みたいな恩着せがましいことは、決して言わなかっただろう。


 ピスフィと榛美さんが、カピバラ車に乗ったのを確認して、僕たちも、立ち上がる。

 なまぐささと、うなり声が、じわじわと近づいている。


「康太よ、片目を閉じていろ。火が消えれば、夜闇は畜生どもにしか見通せぬ」


 うなずいて、暗順応のため、片目を閉じる。

 ミリシアさんもピスフィも、手慣れた様子だ。

 これまでの旅で、何度もこういった経験をしてきたのだろう。


 二人で、手分けして、ブリキの火消し壺に炭を放り込んでいく。

 水をぶっかけたり、その場に放置したりは、火事のもと。

 狼から逃げのびたと思ったら、今度は山火事に追われるなんて、考えたくもない。


 細かな灰には、食べ残しと水をぶっかける。

 これで、あらかた鎮火できた。

 周囲は、敵意に満ちた、分厚い闇。

 ともかく、あとはカピバラ車に乗り込むだけだ。


「きゅるるるるるる!」


 だしぬけに、咲太郎だか梅子だかが、悲鳴をあげた。

 そして、犬が吠える声。

 榛美さんの叫び声。

 がたっと、車輪が動き出す音。


 僕の目はまだまだ闇に馴染んでなくて、何が起こっているのか、さっぱり分からない。


「嬢!」


 ミリシアさんが叫ぶ。


「ミリシア、こうた!」

「康太さん! 康太さん、なんか、なんかうごいてます! なんかカピバラ車がうごいてふぎゅっ」

「だまっておれ、はしばみ! よいか、二人でともにおるのじゃぞ! みどもが必ずや、にしゃらを見つけだす!」

「康太さんなんかうごいてふぎゅっ」

「だまっておれ! 三度は言わぬぞ!」

「むうう! むうう!」

「きゅるるるるる!」


 榛美さんとピスフィとカピバラの声が、どんどん遠ざかっていく。

 石を噛んだ車輪が立てるけたたましい音も、やがて聞こえなくなる。


 火消し壺を持ったミリシアさんと、手ぶらの僕が、取り残された。


「……私の言っていたことは、正しかっただろう」


 ミリシアさんが、力なく言った。


「咲太郎と梅子はとても賢い。危殆に瀕すれば、自らの判断で行動するのだ」


 僕は、かわいた笑い声をあげた。


「そういう皮肉、好きですよ」


 旅をはじめて、二日足らず。

 さっそく僕たちは、最大級のトラブルにみまわれてしまった。

 原因は、エルフの娘さんのおしっこだ。

 なかなか、気が利いていると思う。

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