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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第二部 中つ海編 第一章 時述べの巫女

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洞窟の手仕事

 川からあがったあたしたちは、隔離小屋に移った。

 たどたどしい自己紹介を終えると、あたしは何を言ったらいいのか分からなくて、だまってしまう。


「この洞窟、鵆川さんが自分で掘ったの?」


 紺屋さんがそう聞いて、あたしは首を横に振る。

 掘った?

 ここがつくられた洞窟なのか、それとも昔からあったのか、あたしには分からない。


「そっか。それじゃあ誰かと暮らしているのかな。その人たちは?」

「今は……会えないわ」


 縄文エルフたちは、生理中の女性を隔離する。

 詳しい理由は、知りたくもない。

 だけど、それを順序だてて説明することができなくて、あたしはうつむいた。


「ふうむ……」


 紺屋さんも、だまってしまう。

 『どうしよう』が、頭の中をぐるぐるまわっている。

 なにかしゃべらなくちゃいけないって、あたしは必死になっている。

 しゃべっていなくちゃ、この人はあたしの前からいなくなってしまう。

 だってあたしは世界の誰よりもたいくつで、世界の誰よりもなにもできなくて、だからあたしは、遠ざけられる前にさっさと他のみんなを遠ざけてきたんだ。


「ぜんぜん関係ないかもしれない話していい?」

「えっあっ? う、うん……」

「これ、食べ物?」


 紺屋さんが手に取ったのは、隔離小屋にいる間食べているものだ。

 木の器の中に入っている、変な粉。

 生理の間、食べ物はこれしか与えられない。


「ちょっと食べていい?」

「えっえっ?」


 紺屋さんの顔を見る。

 カブトムシを見つけた少年みたいな表情だった。

 それも、ものすごくでっかいやつ。


「ど、どうぞ?」

「ありがとう! ふはっ、げほっけほっ気管っなんか気管に……!」


 粉を吸って、むせている。

 大人の男の人も粉を吸ってむせることがあるのだと、あたしははじめて知った。


「ええと……なんだろこれ。ヒエのはったいかなあ? 塩? でもちょっと酸っぱいぞ。ああ、ヌルデかな?」


 あらためて粉を吸い直した紺屋さんが、あごに手を当て、ぶつぶつと呟きはじめる。


「うん、ヒエだ。このそっけなさは間違いなくヒエだぞ。すごく消化に悪そうだ」


 なにか納得いったように、自分の膝をたたいて、紺屋さんは顔をあげた。


「鵆川さんは、いつもこれを食べているの?」


 あたしは首を横に振った。


「いつもじゃない、けど……」


 どこからはじめて、どんな風に説明すればいいのか、分からない。

 紺屋さんが辛抱強く無言でいてくれて、その沈黙が耐えられなくなりそうだった。


 どれぐらい、長い時間があったのか、本当は一分もしなかったんだろうけど、あたしには千年ぐらいに感じるほど時が経ってから、シェアンが隔離小屋に入ってきた。


 エルフの少女は、目を大きく見開いて、洞窟の入り口で身を竦ませた。


「こんにちは。紺屋康太です」


 紺屋さんが、先手を打って挨拶する。

 信じられないほど優しそうな笑顔で。


 シェアンは、木の枝を編んでつくったカゴを両手に抱えたまま、立ち尽くしている。

 木の葉色の瞳が、紺屋さんをじっと見つめている。


 立ち上がった紺屋さんが、腰を落として、シェアンと目を合わせる。

 シェアンは、おおきな目で、じっと紺屋さんを見る。


「旅人なんだけど、実はこちらの鵆川さんと故郷が同じでね。ちょっとお話をしていたところなんだ」


 シェアンはうなずいた。


「ついでにどうやら、途方もなく迷子みたいでさ。少しだけ、ここにいてもいいかな? おとなの人を呼んでくる?」


 首を横に振って、シェアンは紺屋さんの言葉を否定した。


「おとなの人は、ここに来れないのよ」


 あたしが言うと、紺屋さんは振り向いた。


「そっか、そういう文化か……なんとなく分かってきたぞ」


 それだけで、なにかを察してくれたみたいだった。

 言葉を出す必要がなくなって、あたしは、心からほっとする。


 カゴと紺屋さんとあたしの間で、シェアンの視線が行き来する。

 やがてシェアンは、カゴを紺屋さんに押し付けた。


「ん? なんだろこれ。なんかの幼虫?」

「てしごと」


 シェアンが、短く言う。

 この子はあまり、言葉を口にしない。


「お手伝いしろってこと?」


 シェアンは、何度もこくこくとうなずいた。


「なるほど、安いものだね。僕にできることだったら任せておいてよ」


 シェアンは返事をせず振り返ると、洞窟を出ていった。


「あ、あの、手仕事だけど、あたしの仕事だから。紺屋さんは、しなくていいから」


 紺屋さんの手から、カゴを奪い取る。

 恥ずかしくてみじめで情けなくて、見てもらいたくない。

 日本人に、あたしが、縄文エルフがなにをしているのか、知ってほしくない。


 カゴの中には蛾の幼虫が山盛りで、糸を吐いたり、糞をしたりしながら、うごめいている。

 あたしは紺屋さんに背を向けて、カゴを隠そうとする。


「カイコっぽく見えるけど、育てて絹でも織っているの?」

「ちがうわ。これを使うの」


 最低だ、なんでこんなときにこんなものを持ってくるんだろう。

 知られたら、きっと紺屋さんは気持ち悪がってしまう。

 やっと日本人に会えたのに。

 この縄文時代みたいな異世界で、たったひとり、日本人で、おとなの男の人なのに。


「……テグスだ!」

「いひゃっ!?」


 いきなり紺屋さんが絶叫して、誇張抜きにあたしの身体は数センチ浮いた。

 心臓が破裂するかと思った。


「おおお……こんなところで出会うことになるとは。ねえねえ鵆川さん、テグスをつくるんだよね?」

「て、て、てぐす?」

「うん、なんか糸みたいなやつ」

「なんっ、なんで分かるのよ?」


 おそるおそる、振り返る。

 紺屋さんの顔を見る。

 カブトムシを見つけた少年みたいな表情だった。

 たぶん外国にしかいない角が六本ぐらいあるやつ。


「やり方教えてくれる?」


 あたしが出会った日本人は、ふつうじゃなさそうだった。



 平底の木の器を用意して、幼虫の頭とおしりを、つまようじみたいなもので留める。

 水を張る。

 水中でもがく幼虫の身体を石のナイフで裂いて開き、つまようじで固定する。


「この、白っぽいのが……」

「絹糸腺だ! へえー! へえー! すごいなあ、こういう風になってるんだ!」


 身を乗り出して、あたしの作業をじっと見つめる。

 やりづらい。

 人に見られていると手が震えて、頭がまっしろになってくる。


「それで、これを、取ったら」

「知ってる! 酢に漬けるんだね!」

「そ、そう」


 うるさいし、先回りしてくる。


「はあー……すごいなあ。テグスづくりなんて、本朝食鑑ぐらいでしか見たことなかったなあ」


 白いものを水と酢を混ぜたものに漬けて、やわらかくなったら、手で伸ばす。


「ほぉー! へぇー!」


 うるさい。


「それで、伸ばしたのを水に漬けて、乾かして、おしまい」

「うん、だいたい分かったぞ。ちょっとやらせて」

「えっえっ?」


 生理の度にこんなことをやらされていて、それでも未だに、嫌悪感はぬぐえない。

 だというのに紺屋さんは、いきいきと、幼虫を開きにしはじめた。


「これが絹糸腺かあ。うはっ思ったより伸びる。すごいなあ、一匹で二メートルぐらい取れるんだ」


 すごく、楽しんでいる。

 この人は何者なんだろう。

 いきなり現れ、あたしを救ってくれて、今、幼虫をどんどん裂いている。

 もしかしておとなの男の人は、みんなこうなのだろうか。

 あの子と付き合っていた大学生も、幼虫を裂いて糸をつくれと言われたら、よろこぶのだろうか。


 裂いて、取り出して、漬けて、伸ばす。

 紺屋さんの手つきは、あたしよりもはるかに軽やかだった。


「紺屋さんは……こういう仕事、していたの?」

「慣れているように見える?」


 あたしがうなずくと、紺屋さんは苦笑した。


「日本じゃ居酒屋の店主をやってたんだ。だからまあ、なにかを切ったりするのは他の人より得意だと思うよ」

「居酒屋……?」

「うん。こっちでうまいこと、たいそうえらい商人のお抱え料理番になれたんだけどさ」

「商人? そんなのいるの?」


 紺屋さんは目を丸くしたあと、隔離小屋の全部をざっと見回した。


「そっか。鵆川さんはずっとこの森にいるんだね」

「……あたしのまわりは、縄文時代みたいだわ」

「分かるよ。せめて中世ヨーロッパみたいなところだったらね」

「うん。ほんとに」


 あたしは力強く同意した。

 心から、本当に、その通りだ。

 縄文時代の森の中で、日本人になにができるっていうんだろう。


「でも、それじゃあ、なんでこんなところに」

「そう、それなんだよねえ……」


 紺屋さんはため息をつきながら糸を伸ばした。


「まあなんていうか、とにかく色んなことがあってさ」



 それではそろそろ、僕のお話。


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