ピェンロー
日が暮れて、野良仕事帰りのみんなが客間にあつまっている。
ごった煮とどぶろくが行きわたれば、あとはもう好き勝手にやるのが踏鞴家給地流。
ところで、最近は晩ごはんを別につくることにしている。
給地のごった煮は、野良仕事に精を出し、たっぷり汗を流した人向けの塩分濃度。
ごろごろしたりふらふらしたりするのに精を出し、さして汗をかかない僕たちには、ちょっとあたりがきつすぎる。
というか、食べ続けていたら、その内に腎臓をこわすと思う。
そんなわけで、ひさびさに登場、乾燥アミガサタケ。
今日はこいつを使って、冷え込む夜にぴったりの料理をつくろうじゃないか。
アミガサタケは一時間ほど水戻ししておいて、戻し汁を葛布でこす。
こした戻し汁にアミガサタケを入れ、弱火にかける。
アミガサタケに含まれる、揮発性の毒を抜いてやるためだ。
十分ほど火にかけたら、塩で味をつける。
ここに、かっこよく切った異世界白菜を山ほどぶちこむ。
ついでに、冬の宮の片隅で凍りついていた鳥肉も入れちゃおう。
これは、松切り番さんを榛美さん家に招いたときの残りだ。
半身がたっぷり残っていたので、腿も胸も、皮ごと放り込んでやった。
ここで一つ、新食材の登場。
ほうろう引きのちいさなつぼの中には、琥珀色の液体。
「なんか……なんだろ、ふしぎな香りですね。あぶらなのに、焼いたみたいなにおいです」
つぼの前ですんすんして、口を半びらきにする榛美さん。
いつものなたね油だけど、普段づかいのものとは、ちょっと違う。
なたねを強く炒りつけ、香りを出してから搾油したのだ。
こういう製法でつくられたなたね油は、赤水と呼ばれる。
澄んだ琥珀色が美しく、焙煎の香りがすばらしい。
山盛りの白菜の上に、この赤水をたっぷり垂らしてやる。
あとはふたを閉じて、白菜がくたくたになるのを待つだけだ。
土鍋の蓋にあけられた蒸気穴から、夜の冷え込みに敢然と立ち向かうみたいに、湯気がふきだす。
お肉と白菜とおだしが、いっしょくたに煮えるやわらかい香り。
そこに赤水の、中華料理っぽい焙煎のにおい。
おいしそうなあたたかさが、台所を満たしていく。
「空気がぽかぽかして、なんだかもうおいしいですねえ」
榛美さんは目を細め、長く息を吐いた。
「調理の場と食事の場が同じというのは良いものじゃの、ミリシア。くだけた場であれば、饗宴にも使えよう」
ピスフィは商人目線だ。
「この香りと調理風景だけで、おなかが空きます。そして、おなかが空けば空くほどごはんはおいしくなります。実に合理的でありますね、嬢」
ミリシアさんは、おおまじめな顔でおもしろいことを言った。
「さてさて、そろそろ仕上げかな」
ここで、さっきの葛きりが登場する。
水戻ししたら、まないたの上で『井』の字に切って、鍋に滑り込ませる。
たちまち火が入るので、その間にいただきますの準備をしよう。
床机を一脚持ってきて、砂の上にござを引く。
取り分け用の小鉢を人数分。
鍋を、床机のまんなかにのっける。
客間から響く喧噪に負けじと、鍋の中身がぐらぐらぼこぼこ、音を立てている。
分厚い土鍋の保温性と来たら、火から外してもしばらくは沸騰をつづけるほどだ。
「康太さん! ふた! ふた! ふた取りましょうふた!」
榛美さんが、座ったまんまぴょんぴょん跳ねた。
「まあまあ、急ぎなさるなだよ、榛美さん。今日はこんなものもあるからね」
蒸留酒を水と六対四で割って、三日ほどおいた前割りのお酒。
氷をぎっちぎちに詰めてやった杯へと注ぐ。
お鍋って、なんでか冷えたお酒がほしくなるよね。
ピスフィには、申し訳ないけどきりっと冷えた豆乳を。
「さあ、お酒も並んだところで、お待たせしました」
鍋のふたを開く。
湯気がたちこめる。
「扁炉鍋です」
みんながいっせいに顔を突き出して、鍋の中身をのぞき込んだ。
金色のスープの中に浮かぶのは、くたくたになった白菜と、やわらかく煮えた鳥肉、すきとおった葛きり。
汁の表面で、鳥となたねの油分が、きらきらかがやいている。
「はあああ……きれいですねえ。こんなにきれいなのに、おいしくていいんですか?」
「きれいな上においしいんだから、文句のつけようがないよね」
この料理、本当ならしいたけでだしを引き、豚ばらと白菜と春雨を炊くものだ。
豚ばらと白菜を入れたら、たっぷりのごま油を回しかけることで、他の鍋と一線を画す味になる。
残念ながら給地では、豚ばらも白菜もごま油も春雨も手に入らない。
とはいえ、鶏肉と異世界白菜と赤水と葛きりなら用意できる。
ないものはない、あるものはある。
いつものやつだ。
木じゃくしで取り分けたら、さっそく、ごはんにしよう。
「いただきます!」
声をそろえたら、木さじでまずは、スープを一口。
「おおおお……あはははっ! これだなあ!」
しいたけだしを澄ませたような、アミガサタケのスープ。
塩を利かせてうまみを引き立てたのだから、まちがいない。
そこに、白菜と鳥の味が染み出してしまえば、完璧だ。
だというのに、なたね油の焙煎香とコクまで加わってしまっている。
だれだって笑うよこんなの。
「あふっあふっ! あふっ!」
口から湯気をふきだして、もがき苦しむ榛美さん。
なんでも一口でがばーっといくからだ。
「あふっお肉……! お肉っ野菜っあふっあふっ!」
なんか単語を並べてるだけになっちゃってるよ榛美さん。
熱さとおいしさの間で気持ちが揺れているのが、手に取るように分かるような表情だよ榛美さん。
「主ゃらはいつも騒々しく食べるの」
あきれたように笑いながら、ちゅるりと葛きりをすするピスフィ。
「嬢」
汁をすすりながら、ピスフィにマントをかぶせるミリシアさん。
ぺこぺこするマント。
これは、味に対する最大級の賛辞だ。
つつしんで受け取ろう。
「佳いはたらきじゃ、ミリシア」
「嬢のためであれば、焔の中であれ素足で分け入りましょう」
「煮えた菜のおかげか、スープがとろけるようじゃ。つるつるの麺に、鶏となたねの油まで絡んでおる。それが、噛んだ瞬間にぷりっと切れるのじゃから、致し方なかろうな」
マントをかぶされた言い訳を料理への賞賛につなげるピスフィの器用さは、さすが商人といったところ。
「口の中でほろほろとほぐれる鶏の、この、汁気が素晴らしくあるな。実に酒に合いそうだ」
ミリシアさんは、手にした杯をついっとかたむけ、水割りを口にして。
一秒か二秒、杯を口に当てたまま、硬直した。
「おお……おおお」
なんか、震えはじめた。
「こ、これは……これは、ああ、康太! 今こそ私は、我が不明を恥じる! まったく破廉恥なことであった!」
杯を床机に叩きつけ、おもしろいことを言いはじめたので、ちょっと泳がせてみようか。
「私はとうとう理解したぞ。これこそお前が口走る、『だめになる』とか『よくない』ということなのだな」
およそだめになったりよくなかったりしなさそうな真顔で、ミリシアさんが言った。
「許してくれ、康太。お前と榛美が口にする度、なにをばかなと思っていたのだ」
え、そうなの。
いっしょになって楽しんでくれてると思ってたのに。
なんか恥ずかしくなってきた。
「よきごはんとよきお酒。この二つがあると、人はだいたいだめになりますからね」
「ああ、その通りだ。これはよくない。もっと呑むぞ、私は」
誰にともなく宣言し、ぐいっとお酒を呑むミリシアさん。
心なしか、ベージュのうさ耳がいつにも増してへにゃへにゃだ。
どれほどだめになるのか、僕もミリシアさんのまねをしてみようか。
まずは鶏肉を食べて、スープをすする。
この時点でもう既にちょっとよくない。
鳥肉が、くずれながら旨味をふりまいて、それが完璧におだしを引けたスープとまざるのだ。
これはなにかの法律に抵触していると思われる。
さっそく氷ぎちぎちの水割りを送り込んで、犯人の説得に当たらせよう。
「うわあだめだこれは。よくないぞこれは」
無意識に、言葉がほとばしった。
いや、これはよくない。
事実ただしく、本当によくない。
蒸留酒は、ほんのり甘みを感じられるようで、喉を押すようなアルコールのきつさも和らいでいる。
前割りにしたので、水割りによくある、お酒の味と水の味がばらばらに感じられるようなことがない。
口の中がたちまちこざっぱりして、お酒の余韻が舌に心地いい。
となれば、お鍋をもう一回。
そうすると、お酒をもう一口。
ああもう永久に止まらないぞこれは。
「だめだこんなの。だめだよこれはほんとに。まじめな話よくないよ」
陶然とへらへらして、この世でいちばん無意味なことを口走ってしまう。
いやあ、よくないなあ。
もっと呑んじゃえ。
「ねえねえ康太さん康太さん! 見てくださいこれ!」
榛美さんが、僕に向かって木さじを突き出した。
「ほら! ちっちゃいお鍋ができましたよ!」
木さじの中には、汁、鳥肉、白菜、アミガサタケ、葛きりが、ちまちまっと器用に詰め込まれている。
さっきから黙っていたかと思えば、木さじの中に小宇宙をつくっていたのか。
なんてかわいいことするんだね君は。
ちょっと今、酔っぱらって抑制きかなくなっちゃってるから、そんなことされたらなでるに決まってるでしょ。
「は! なでられてしまった!」
榛美さんは口を半びらきにしたあと、うれしそうにした。
「んんん! ちっちゃいお鍋おいしい! ぜんぶの味がしておいしいですよ!」
榛美さん提案のソリューションにみんな乗っかって、木さじの上に小さい鍋をつくろうと、みんな奮戦しはじめた。
あっという間に食べ尽くして、残ったスープでのお楽しみ。
強火で蒸したもち米を放り込んで、溶き卵を回し入れ、あたためなおす。
お鍋のしめといえば、それはもう雑炊でしょう。
もち米は火を通しすぎると粘るので、卵が煮えたらすぐにかまどから下ろそう。
木さじでさらさらっとかっこむ。
ごはんと卵が甘くて、スープが強烈においしくて、すべてが完璧だ。
「ヘカトンケイルの基準から言えば、沙汰の外とでも言うべき料理じゃが……」
なんて、すこしばかりためらいつつも、ピスフィが雑炊をすすってみれば。
「嬢」
「もふぉーふぉご」
たちまちミリシアさんのマントが飛んでくる。
文化的差異をたやすく埋めるのが、お鍋のしめというやつだ。
「はあー……たくさん食べてたくさん呑んで、なんだかもう、なんか、なんかもうですねえ……」
榛美さんがふわふわしたことを言って、ころんと横たわり、僕のももに頭を乗せた。
酔っぱらって抑制のなさに磨きのかかってきた僕は、なんの迷いもなくその頭をなでる。
榛美さんも、なんの迷いもなく目をほそめて、うれしそうにする。
「正直に言えば、一つの鍋をつつきまわすのに、抵抗を感じないでもなかったのだがな。食べ、呑んでみれば、実に佳良な経験であったよ」
うとうとするピスフィを後ろからすっぽり抱きしめて、ミリシアさんも満足そうだ。
「これから寒くなってきますからねえ。ますますお鍋のおいしい季節です」
「それは楽しみだ」
ほほえんだミリシアさんが、お酒を一口。
けだるくも心安らぐ、おだやかな食後の時間だった。
「おおい、白神様よ。俺たちゃそろそろ帰るぜ」
讃歌さんが、パーティションから顔を突き出した。
空っぽの鍋やら、口半びらきでねむる榛美さんやら、きりっとした顔のまま目を閉じたピスフィに目をやって、苦笑した。
「今日ぐらい、片付けはやっとくよ。子どもは眠らせといてやんな」
「お言葉に甘えるよ、讃歌殿。嬢も榛美も、よい夢を見ていることだろうから」
讃歌さんは、僕たちに軽く手を振ると、客間に戻って男たちをどやしはじめた。
これはもう、明日さっそく、讃歌さんのために葛きりをつくらなくっちゃ。
オイルランプの火を、一つずつ消して回る。
深い夜が、家の中にやってくる。
とらつぐみが、ぎーっとかきーっみたいな、およそ鳥っぽくない声で鳴いている。
格子戸から、夜の冷気が、そっと忍び寄ってくる。
目を細め、大きく息を吸う。
空気は、すこし冷たくて、すこし乾いていて、すこし濡れている。
秋のはじまりの、とある一日。
気がつけば僕たちは、みんなでよりそって、ひとかたまりになっている。
右を見る。
エルフの娘さんの、半びらきの口と毛糸の耳当て。
左を見る。
ノーブルのお嬢さんの、宇宙から見た海みたいな色の髪。
その向こうには、膨張色のうさみみ。
僕は満ち足りた気持ちで、なんだかむやみにあたたかい夢の中に落ちていく。
番外編おしまい。
今度こそ、第二部中つ海編 第一章『時述べの巫女』でお会いしましょう。




