ダンピン
いいだけ異世界白菜を摘んで、上機嫌の帰り道。
「アブラナを育てていたのなら、おかしな話ではないんですよ。白菜もアブラナ属ですからね。品種改良している内に、白菜っぽいものになっていったんでしょう」
僕は興奮して早口になっていた。
「その通りでしょうね」
葛乃さんがものすごくいい加減なあいづちを打って、話を早めに切り上げようとするが、めげない。
「エルフの品種改良っていうのは、本当にたいしたものですねえ。お米も豆もおいしくて、おまけにこんな白菜みたいなものまでつくっちゃうなんて! いやあ、これはことだぞ。これはことだなあ」
この異世界白菜、見た目はまったく、白菜らしくない。
しいて言えば、軸の白っぽい部分に共通点を感じる、というだけ。
とはいえ、白菜の中でも、葉っぱがぎゅっとまとまる品種はそれほど多くない。
それこそ、アブラナと白菜をぱっと見比べて、同科同属と判断するのはむずかしいだろう。
どれもこれも虫食いだらけで、饗宴に持ち出すというのはむずかしそうだけど、晩ごはんには使えそうだ。
「あれとあれをああすればあれができちゃうなあ。いやあ、これはことですよ、鉄じいさん! 葛乃さん!」
「その通りでしょうね」
あしらうねえ。
「まァ、俺にしてみりゃ懐かしィもンが食えて良かッたがな。あァ、この味だぜ。こンな鳥がついばむようなもンを食ッてまで生きなきゃなンねえのかと、泣きながらほおばッたもンさ」
鉄じいさんは、歩きながら異世界白菜をばりばりかじっている。
悪態をつきながらもうれしそうで、こっちまで楽しくなってしまう。
「そォだ、白神よ。例のもン、つくッてみたぜ。讃歌に持たせておいた。今日はてめェを家で待つとさ」
「わあ、ありがとうございます! 助かるなあ」
「あンなもン、なにに使うのか知らねェがな。具合の悪いところがあッたら言え」
「はい!」
よしよし、これで午後の予定は決まったな。
太陽が空のてっぺんまでやってくると、山間にぐったりと横たわっていた霧が吹き払われる。
川のほとりでは、一羽のごいさぎが、ぴくりとも動かず水面を見つめている。
鉄じいさんと別れた僕は、その足で讃歌さん家に向かった。
饗宴に関する打ち合わせのためだ。
「おう、白神様。待ってたぜ」
「おせえよ」
出迎えてくれたのは、讃歌さんと悠太君。
これにはちょっと、びっくりした。
「悠太君も来たんだ」
「あー、なんか、ヒマだったしな」
そっぽを向く悠太君。
出会い頭に思春期っぽい。
鉄じいさんのつくったものが気になって仕方ないんだろう。
「さっそくだけど、打ち合わせ始めましょうか」
「ああ。鉄じいさんにこいつを受け取ったよ」
板の間で男三人、鉄じいさん謹製の調理器具を囲む。
木材をほぞ継ぎで継いだ、ところてん突きみたいなもの。
筒と突き出し棒のセットだ。
突き出し口には、鍛造してめっきをした鋼線が、網目模様に張ってある。
「受け取ったはいいけどよ、俺には使い方なんざさっぱり分からねえぜ。こんなもんでなにをどうするってんだい?」
「饗宴に、ビーフンを出したいんですよね」
「ビーフン……ってえのは、知らねえなあ」
讃歌さんは首をひねった。
「米粉をつかった麺ですよ」
「ああ、それなら前に白神様がつくってくれたようなもんか」
そういえば、給地でいろいろと麺料理をつくったなあ。
パスタとか、ラーメンとか。
「あんな感じですけど、太さを揃えたいのと、食感を変えたいんです。そこでこいつの出番ですよ」
筒に突き出し棒を差し込み、ぐっと押してみる。
わずかな隙間もなくぴったりとはまり、滑るようななめらかさで押し出せる。
さすが鉄じいさんのつくったものだなあ。
「ちょうど悠太君もいることだし、今日はいろいろと実験してみようか」
悠太君は複雑な表情をした。
好奇心二割、また引きずりまわされるのか二割、なんで引きずりまわされることを想像できなかったんだ六割の表情だった。
加水量を少なくして、そのかわりに力づくで練り上げた米粉を、ビーフン突きで突き出し、強火で蒸してみる。
「うーん……」
できあがったものは、ひとかたまりのおもちだった。
表面には麺だったころのなごりで、ひっかき傷みたいなものがついている。
「蒸してる間にくっついちまうんだな、こりゃあ。ふほっ、熱くてうめえや」
讃歌さんは、もちに味噌をなすってむしゃむしゃ食べはじめた。
「次はゆがいてみましょうか」
「おっ、まだ食えるのか?」
讃歌さんがうれしそうでよかった。
ぐらぐらに沸騰させたお湯の中に、米粉をそのまま突き出してみる。
ビーフンになるはずのものは、お湯の中であっという間に膨張し、どんどん合体しはじめた。
「だめかあ」
「そりゃあ、くっついちまうよなあ。だって米だろ? ああ、やわらかくってうめえや」
讃歌さんは、とろとろのおもちに味噌をなすってほおばった。
「やっぱりもち米だと、アミロースがないからなあ」
「アミロース?」
耳慣れぬ単語に、悠太君が反応した。
「でんぷんにも種類があってね。アミロースとアミロペクチンのうち、もち米にはアミロペクチンしか含まれていないんだ」
「でんぷん、って、あれだろ。米とか葛粉とかだろ」
片栗粉やコーンスターチ、わらび粉なんかも、身近なでんぷんだ。
「そうそう。で、アミロペクチンっていうのは、すごくよく粘るんだ」
「あ、あみ、ろーす、っていうのは、あんまり粘らねえんだな。だから、そのアミロースがあった方が、麺にしやすいのか」
いつもながら、打てばひびく悠太君。
分子構造とかの話はさておいて、踏鞴家給地で栽培されているのはもち米だ。
これで麺をつくろうとすれば、いろいろと工夫しなければならない。
「卵じゃダメなのか? パスタのときはそうだったろ」
「うーん、それだと食感が変わっちゃうんだよね。色も出ちゃうし」
饗宴の料理に必要なのは、白い米粉麺だ。
卵を加えるわけにはいかないだろう。
「で、白神様よ。どうするってんだい? 俺はもう、だいぶ腹がくちくなってきちまったよ」
讃歌さんが、なんだか満ち足りた表情でうとうとしはじめた。
これはまずい、満腹だぞ。
米粉を練るのも、ビーフン突きで突き出すのも、讃歌さんの腕力だのみ。
僕と悠太君は日かげで育った文化系男子なので、こういう際には無用の長物だ。
「白いのがいいなら、葛でいいんじゃねえの? あれもでんぷんだろ?」
「ああ、そっか。混ぜちゃえばいいのか」
葛粉にはアミロースが含まれているから、使えるかもしれない。
「米要るか? できるんだったら葛だけでいいと思うけどな」
「それはビーフンじゃなくて葛きりだね。別の料理になっちゃうんだ」
悠太君は、いまいち納得のいかなそうな表情を浮かべた。
これは、つくって説得するかないな。
「まずは葛きりからはじめよっか」
「話はまとまったかい?」
そう問う讃歌さんの、目が閉じている。
お昼寝めがけて、一直線に転がり落ちている。
「こりゃダメだな。一度寝た親父は何しても起きねえよ」
「起きてるよお」
声が細い。
「ひとりだけたらふく食いやがって。寝顔見たら腹立ってきたわ」
「まあまあ、讃歌さんにはがんばってもらったし。葛きりなら、そこまで力も要らないしね」
水で溶いた葛を、素焼きの平たい鉢に流す。
お湯を沸かして、この葛を湯煎にかける。
葛がかたまったところでお湯に沈め、透明になったら引き上げ、氷水にさらす。
熱が取れたら麺っぽく切って、葛きりのできあがり。
酢醤油たっぷりでいただこう。
「うわっなんだこれっうわっ」
口に入れるなり、悠太君はめんくらったような表情を浮かべた。
「なんだこれ……つるつるで、しゃきしゃきで、うわ、なんだこれ……」
「うん、酢醤油って葛きりにもあうなあ」
つくりたての葛きりって、なかなか得がたい食感をしている。
なめらかで、しゃきしゃきしていて、前歯でぷつっと切るのも、奥歯でくりっとつぶすのも、たのしい。
酢醤油のさわやかさも、過ぎた夏を思わせていいね。
いいだけ切りごまを振って食べたいところだ。
「いや、もうこれでいいだろ。これにしろよ」
「これはこれで、おいしいんだけどねえ……」
僕がイメージしているのは、揚げビーフンだ。
初夏に咲くという、淡雪の花をモチーフとしたい。
そのために、ビーフン突きをつくってもらったり、讃歌さんを巻き込んだりしているのだ。
妥協はしたくない。
「残りは干しておくよ。食べくらべにつかっていこう」
乾燥葛きりをつくったことはないけれど、夏の宮に吊るしておけばきっと乾いてくれるだろう。
そんなわけで、笹編みのざるに葛きりを盛って、悠太君といっしょに、榛美さん家へと向かう。
「中途半端に食ったら腹減ったわ。白神、メシにしようぜ」
「いいね。実は、米粉と葛粉の話をしていたら、食べたくなったものがあってさ」
「ああ、なんか知らんがどうせうまいんだろ。親父は起きねえし、置いてくぞ」
ただごとではないほど安らいだ表情でねむっていた讃歌さんを思いだし、ちょっと、気がとがめないでもないけどさ。
饗宴に関する各種打ち合わせは、はじまったばかり。
そしてビーフンは讃歌さんマターだ。
そのうち機会があるだろう。
さて、葛きりを夏の宮に吊るしおえたら、お昼ごはんの準備だ。
米粉と葛粉を水で溶く。
お好み焼きのタネぐらいの粘度で、具合よくつくれるはずだ。
鉄の平鍋をあたため、なたね油を落とす。
タネを中火で焼いていく。
このとき、杓子にすくって、なるべく高いところから鍋めがけて落とすのがこつだ。
こうすると、タネがきれいな円形に広がってくれる。
あんまり焦げ目がつかないように、かといって、表面がかわかないように。
クレープみたいに、薄く焼き上げていこう。
だいたい中まで焼けたら、鍋からこいつを取り出し、片面にごくごくうすくマヨネーズを塗ってやる。
ぬらした葛布に鍋底を当てて温度を下げ、あらためて火にかける。
溶いた卵に少々の葛粉をなじませ、弱火できれいな薄焼きに焼きあげたら、マヨネーズを塗った面と、重ね合わせる。
マヨネーズのおかげで、乾燥が防がれる上、卵とぴったりくっついてくれるわけだ。
あとはこいつをくるっと巻いて、巻き終わりを下にし、ひとくち大に切る。
「はい、お待たせしました。蚤餅です」
床机を囲んで待っているのは、榛美さん、ピスフィ、ミリシアさん、悠太君。
蚤餅をどかんと盛った大鉢と、醤油の小鉢を配膳したら、僕も榛美さんの隣にすわる。
「これはまた、おもしろいものじゃの。クレープやガレットのように見える」
「似たようなものですよ」
なんだか朝から台湾づいたところで、今回も台湾のファストフード、蚤餅で攻めてみた。
クレープが小麦粉を、ガレットがそば粉をつかうように、蚤餅は、米粉をつかった薄焼きだ。
チーズとかハムとかベーコンとか、好きなものを巻いて食べるのがたのしい。
「いただきますんんん!」
さっそく一切れほおばった榛美さんが、いい反応をしてくれた。
むしゃむしゃして、のみこんで、味を分析するみたいに、神妙な表情をしばし浮かべる。
「これはその、これは……なんていうか、おいしいやつですね!」
「そう言ってもらえるのがいちばんうれしいよ」
僕はにっこりした。
「食感がすばらしいの。たしかにクレープともガレットとも、まるでちがう」
「もちもちとしていて、それに、油をよく吸っているのがうれしくありますね。この、焼けた油の香ばしさ……」
米粉を使っているだけあって、ずっしり重たく、おなかにたまってくれる。
「卵の甘いのもいいよな。マヨネーズがちょっと酸っぱくて、醤油に合うんだな」
「あ、これ! 悠太君、これ酢醤油でもおいしいよ」
なんだか朝から酢醤油づいていたので、ためしてみたのだけれど、正解だった。
油をたっぷり吸ったしっとりめの生地に、よく熟れたお酢のまろやかな酸味が、ぴったりはまっている。
「うむ、佳良である」
「佳良でありますね、嬢」
「かりょうですよ、康太さん!」
榛美さんからも、たどたどしい発音で佳良をいただいた。
いいだけつくって、いいだけ食べてもらって、ありがたいことだなあ。




