物語のおわり、物語のはじまり
それからはもう、あっという間に時間が過ぎていった。
まずは、領主館に。
「ピスフィ嬢に、伝えておいてくれ。私の生涯において、あなたほどよき商人に出会ったことはない、とな。是非また、舌戦を交わしたいものだ」
「伝えておきます」
「ああ、そうだ。たいしたものではないが、親愛の証に、これを受け取ってほしい」
「ナイフ、ですか?」
「その……私が打ったものだ。鞘も、カピバラの皮を買い付けて、私がなめした。父さまのものとは、比ぶるべくもない出来ではあるがな。できることなら、使ってもらえると嬉しい」
「ありがとうございます。大事にします」
それから、お世話になった、みんなのところに。
「白神さまとは、もう少しお話したかったですなあ」
「僕もですよ、幅木さん。エルフのひいおばあ様のお話、とても魅力的でした」
「いやはや。あれが本当のことだったと分かったのは、おおきな収穫でしたなあ」
「葛乃さんにも、お世話になりました。灰をいただいたときのこと、忘れません」
「当然のことをしただけです」
「あっ! 康太さん、いま葛乃さんがむずむずしましたよ! これですね、いつもみんなが言ってるのは!」
「していませんが?」
「ええー? してましたよ、ぜったいです! むずむずしてましたよ葛乃さん!」
「していませんが」
「あの、榛美さん、そろそろ行こうか。お世話になりました」
「どうぞ、よき道ばかりが、続きますように。私たちふたりで、この地から、祈っておりますよ」
「おめえ康太おめえ、さみしくなるじゃねえかよおめえ!」
「足高さん、また会いに来ますからね。湖葉さんも」
「うん、うんっ……! 絶対だよ!」
「捧芽くんもね」
「またお魚いっぱい採るからね!」
「ああおめえ、本当におめえ……いっちまうんだなあ! さみしいけどおめえ、でも、康太にとっちゃあいいことだもんなあ! おめえ、康太おめえ、おれはおめえ……湖葉と捧芽のこと、幸せにするからなおめえ! 安心してくれよおめえ!」
「もちろん信じてますよ、足高さん」
「讃歌さんには、本当にお世話になりました」
「いやいや、なんにもしてねえよ。それどころか、こっちは迷惑のかけどおしだ。祭りの酒、うまかったぜ。ありゃあ榛美ちゃんには出せねえ味だな」
「あー! 讃歌さんひどいですよ! わたしだっていっしょにつくったのに!」
「はっはっは、冗談だよ、分かるだろ?」
「むうう、わかってはいますけど!」
「いや、しかし、まったく。さみしくなっちまうなあ。なんだか白神様ってのは、もう、ずっと昔っからここにいたみてえな気がするよ」
「ありがとうございます。ああ、ごめんなさい……うまく言葉が出てこないな」
「おいおい、泣くこたあねえだろうがよ、白神様。ま、気が向いたら戻ってきて、またわけのわかんねえ料理を食わせてくれよ」
「はい……はい!」
「この松林とも、お別れですね」
「ああ、そうよ。ほんとうに、辛くて、かなしいことなのよ。でも樫葉は、康太のことをうらんだりはしねえ。康太に教えてもらったことを、わすれねえ。
そうよ、だから樫葉は、心の内では、ずっと康太と一緒にいるのよ」
「僕も、樫葉さんのこと、絶対に忘れません」
「そうだと、うれしいのよ。樫葉が康太をわすれねえように、康太が樫葉をわすれねえのは、すごく、うれしいことなのよ。
だから、康太、がんばれよ。どこに行っても、樫葉は、康太のことを忘れていねえから。だから、がんばれよ」
「樫葉さんは……どうして、僕のいちばんほしい言葉が分かるんですか?」
「それは、決まっているのよ。樫葉と康太が、友達だからよ。どれだけ離れても、時間がたっても、それだけは変わらねえからよ」
「持ッてけ」
「えっ?」
「いいから持ッていきやがれ」
「ええと……うわあ! すごい、なんだこれ、出刃に柳刃、牛刀に、これハモ切包丁ですか? え、これ、もらっちゃっていいんですか?」
「月句が、あれもみせろこれもみせろッて、うるさくてかなわねェからよォ、一通り打ッてみせたンだ。俺にゃァ使い道のねェもンだ。手前ェが持ってけ」
「鉄じいさん、こういうときは、すなおになるものですよ。ね、康太さん」
「議論の余地なくね」
「う、うるせェな! 表にも餞別を用意してあるから、勝手に持ッて、どこへでも失せやがれ!」
「また会いにきますからね! ちゃんと、おじいちゃんとお父さんをやらなきゃだめですよ、鉄じいさん!」
「うるせェってンだろォがよ! 持つもン持ッてさッさと行ッちまえ!」
「はいはい、それじゃあ、またね、鉄じいさん! あれ? 康太さん、まってください、康太さんがもう外に!」
「は、榛美さん! これロケットストーブだよこれ! すごい! ロケットストーブだこれ! ああ、これはもしかしてダッチオーブン! たいへんだ榛美さん、ダッチオーブンだこれ!」
「わあ、すごいですね! それで、ろけっとなんとかってなんなんですか?」
「あのね、ロケットストーブっていうのはね――」
「……………………あァ、ここもさみしくなるなァ」
そして、旅立つその日の、朝はやく。
「ユウ? ユウ、おーい、ユウ、きましたよ!」
「悠太君、いないの?」
川向うの廃屋、悠太君が一人で住んでいる家まで、やってきたのだけど。
「うーん、やっぱりとびらが開かないですよ。つっかえ棒をしてるみたいです」
「どうしたんだろうね。悠太君、いる? ちょっと渡したいものがあってさ」
ごらんの通り、なしのつぶてだ。
榛美さんと顔を見あわせ、首をかしげる。
「どうしちゃったんでしょうねえ。こないだから、うちにも顔を出さないし。おなかでもいたいのかな」
「そういうことじゃないと思うよ」
会いたくない気持ちっていうのは、なんとなく分かる。
どんな顔をしていいのか分からないし、お別れに直面するのも、辛い。
だったら閉じこもっている内、気が付けばいなくなっていた方が、気楽なのかもしれない。
「でも、それはちょっと、さみしいかな」
「そうですよ! まったくもう、昔のユウみたいです!」
ふたりしてぎゃあぎゃあ騒いでみるけど、やっぱり、なんの反応もない。
「ねえ、悠太君。もうすぐ、旅立ちの時間なんだ。その前に、一度でいいから会いたいよ」
「一度といわず、三回ぐらいは会っておきたいですね!」
「そうだね、最低三回だ」
「はい! 三回です!」
「うるせえ!」
扉がひらいて、悠太君が飛び出してきた。
「家の前でくだらねえことわめいてんじゃねえよ。ばかになるかと思ったわ」
「ごめんね、ばかをさらしている自覚はあったんだけど、つい楽しくなっちゃって」
「ユウ、どうして出てこなかったんですか? つっかえ棒までして」
悠太君は、仏頂面をして、そっぽを向いた。
「邪魔されたくなかったんだよ」
「じゃまって、なにかしてたんですか?」
「……別に」
思春期っぽいやりかたで鼻を鳴らす悠太君。
後ろ手に手を組んで、ものすごく、そっぽを向いている。
これは、なにか隠しているときの悠太君だな。
つっつけばつっつくほど、貝みたいに殻にこもる悠太君だな。
それじゃあ、先にこっちの要件をすませちゃおうか。
「あのさ、悠太君に、受け取ってほしいものがあるんだ。ちょっとしたものなんだけどさ」
「はあ? オレに? なんでオマエがオレに?」
「給地でいちばんお世話になったのって、やっぱり、悠太君だと思うから。あとはなんていうか……これから、がんばってほしいから、だったり、なんか、まあ、いろいろ」
「なんだよそれ。まとめろよ」
「とにかく悠太君に、贈り物をしたいって思ったんだ。それじゃだめかな?」
悠太君は、照れたときのやりかたで鼻をならした。
「それで? なにをくれるつもりなんだよ」
「これなんだけど」
取り出したのは、葛糸でくくった紙束と、笹を削り出してつくったつけペン、そして、墨の入った壺。
悠太君は、目をまんまるにした。
「まあ、本当にちょっとしたものだけど、あって困らないでしょ? だからさ」
「…………いらねえよ」
にべもない拒絶の言葉を口にして、だまってしまう悠太君。
「オマエが持ってろよ、それ。笹から紙つくんの、すっげえめんどくせえだろ?」
「まあ、二度とやりたいとは思わないね」
「じゃあ、オレが持ってるより、オマエが持ってた方がいいだろ。オマエはあっちこっち行くんだから」
「いや、これは悠太君にあげたくてつくったんだよ。だから、悠太君に受け取ってもらいたいんだ」
「いらねえっつったろ?」
なんで押し問答になってるんだろう。
「いいから受け取ってよ」
「いらねえよ」
ものすごく哀しいし、ものすごくむきになっている。
これを悠太君にあげたくて、それなりに苦労したのだ。
素人が紙を作るというのは、それはそれは、つらいものだよ。
「あの……ユウ、さっきからなにをかくしてるんですか?」
「はあ? かくしてねえし」
榛美さんが、悠太君のうしろに回りこんだ。
「うわっばかやめろって!」
意外にもすばやいエルフっぽいうごきで、悠太君は、対応できない。
「あー! あーあーあーあー! そっかそっか、んふふ! そっかあ、そういうことですね、ユウ!」
悠太君は、顔をまっかにして、目をきつく閉じた。
そして榛美さんが、なぜか、おねえさんの顔になっている。
「んふふふふ! ユウ、そっかあ。でもそれは、ちゃんと自分で言わなきゃですよ!」
「分かってるよ!」
どなった悠太君が、するどい拳を繰り出した。
あまりにもするどすぎて、僕などおもわずガードをあげてしまったほどだ。
「あれえ?」
悠太君がこっちに向かってつきだしたもの。
それは、葛糸でくくった紙束と、笹を削り出したつけペンと、墨の壺。
「あれえ? つまり、その、あれえ?」
しきりに、首をひねってしまう。
僕がつくってきたものは、まだ渡していない。
するとつまり、これはいったい?
「だっ、だから! オレも、その、オマエに、これ、役に立つと思って……! でも、オマエが作ったもののほうが、ちゃんとしてるから、だから! だからオマエが持ってろよ、それ! オレのつくったのは、オレが使うから!」
あらぬ方向を向いて、目をきつく閉じたまま、悠太君が怒鳴る。
「ねえ、悠太君」
「なんだよ!」
「なみだ出てきちゃった」
「はあ? うわっ、すっげえ泣いてる」
あんまりにもうれしすぎて、かまえる暇もなく、泣いてしまったよ。
悠太君はしばらく、めんくらったり、呆れたりするのに忙しい様子だったけど。
「分かったよ。オマエが作ったのは、オレがもらう。オレが作ったのは、オマエがもらう。それでいいな?」
あまりにも僕が泣いているので、とうとう根負けしてくれた。
「うん……うん……よかった……」
「泣くなって! 年上だろオマエ!」
「年上だからだよ」
おっさんの涙腺のもろさを、なめてはいけないよ、少年。
夜中にごはんがおいしいだけで泣けたりするんだよ、少年。
「オマエさ、こんな調子で大丈夫なのかよ? なんか心配になってきたわ」
「まわりがしっかりしてるからね」
悠太君はためいきをついた。
「まあいいや。じゃあな、元気でやれよ」
そう言って、家の中にひっこもうとする悠太君。
最後まできっちり照れかくしを欠かさない、りっぱな思春期だ。
やっぱりちょっと、いたずら心が沸いちゃうねえ。
「そうだ、そういえば悠太君さ、僕のこと、一度も名前で呼んでないよね」
「はあ? なんだよそれ。白神は白神だろ」
「ためしに一回、名前で呼んでみない?」
悠太君は、あまりにも冷たい表情で、僕の頭からつまさきまでをじっくりと睨んだ。
「いやいやいや。一回だけだからさ」
「一回だけだな」
「そうそう。最後に一回だけ」
鼻をならしたり、髪をいじったり、あらぬところを見つめたり、そわそわしたり、した挙句。
「………………康太」
ものすごい小声で、悠太君が、言った。
それから、はっと、なにかに気付いたような表情をした。
僕を見る悠太君の、その瞳に、涙がにじむ。
「いなく、なるんだよな?」
すがるような、弱りきった声だった。
「うん。旅に出るよ」
「行くなよ、康太」
言ってから、悠太君は、動転したように口をぱくぱくさせた。
「ああ、ちがっ……なに言ってんだ? ばかだな、オレ、そうじゃなくてさ、そうじゃないから、気にすんなよ。オマエは、世界を見に行くんだもんな、分かってる。わかって、る、から」
言葉もなく、悠太君は、声をあげて泣いた。
「ユウ、おいで」
榛美さんが、そっと、悠太君を抱きよせる。
「言わないつもりだったんだ、ほんとに、そんなこと言うつもりじゃ……!」
「わたしたちのために、さみしいところを見せないでいてくれたんですもんね。わかってますよ。
ありがとう。ユウのそういうところ、わたし、だいすきです」
悠太君は、立っている力をなくしたみたいに、榛美さんにすがりついた。
榛美さんが、そんな悠太君を、強く抱きしめてあげる。
「いやだよ、行くなよ! なんでだよ、いいだろ、ここにいてくれよ! さみしいよ、康太も榛美もいなくなったら、オレ、さみしくて……」
心からの言葉を、悠太君は、僕たちにぶつけた。
「ごめんね、ユウ。でも、決めたんです」
榛美さんが、あやすように、悠太君の背中をなでる。
悠太君は、弱さをむきだしにして、泣きつづけた。
「オレ、おとなになるよ。ちゃんとおとなになるから、だから……もうこんなこと言わないから、最後にするから……康太も、榛美も、オレのこと、心配しなくていいように、おとなになるから……」
悠太君が泣きやむまでには、ほんのわずかの時間しか、かからなかった。
それから僕たちは、お別れの言葉をみじかく告げあった。
川向うから続く、忘れられた交易路。
二頭立てのカピバラ車のかたわら、ピスフィとミリシアさんが、僕たちを待っていた。
「別れは済ませたかの?」
僕と榛美さんがうなずいて、それで、みんなして、カピバラ車に乗りこんだ。
荷物でいっぱいのカピバラ車はせまくて、僕と榛美さんは、肩をくっつけあって座った。
「この地には、ピーダー家のものを向かわせるつもりじゃ。みどもらが戻ったとき、すぐさま商いをはじめられるようにな」
「その際には、ネイデル家も力となりましょう」
声もなく涙する榛美さんの肩を、抱きよせる。
寄りそった榛美さんが、僕の顔を見上げた。
指先で涙をぬぐってやると、榛美さんは、くすぐったそうにして、少しだけわらった。
言葉はなかった。
どんな言葉も、足りなかった。
胸がつぶれるような、さみしさがあった。
後悔だって、もちろん、あった。
それでも僕たちは、旅を選んだ。
ふたりでいっしょにいることを選んだ。
いっしょに、先へ行くことを選んだ。
その決断が正しかったのかどうか、今はまだ、分からない。
悠太君がつくってくれたノートに、手をふれる。
これから先、僕はここに、どんなことを書くんだろう?
そこにはどんな物語があるんだろう?
いつか悠太君に、見せてあげたいな。
僕の旅を、僕の物語を、一つたりともあまさず、書きとめて。
きっと悠太君は、だめな時の顔をするだろうなあ。
「さあ、出発じゃ」
カピバラ車が、ゆっくりと動き出す。
車輪はがたごとと音を立て、僕たちは、踏鞴家給地から、遠ざかっていく。
たくさんの記憶がつまった土地から、はなれていく。
ひとつの物語がおわって。
また一つの物語がはじまる。
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少女の最初の質問は、こうだった。
「ねえ、最新のドラクエっていくつ?」
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『康太の異世界ごはん』
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それに対する僕の回答は、以下のとおりだ。
「うわ、それクロックスだよね、なつかしいなあ。ええと、ドラゴンクエストヒーローズ」
まったくの異世界に放りだされた日本人がふたり、初対面でかわす会話としては、とても適切なものだと思う。
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第二部 中つ海編
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ねこみみパーカー、プリーツがよれよれになったスカート、素足にクロックスの白神。
楽土を捨てたエルフたち。
鉄と生きるひとびと。
大商人と、エルフの娘さん。
うさ耳騎士と、僕。
なんやかんやで、色々あって。
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第一章 時述べの巫女
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「だいじょうぶですよ! なにしろ康太さんは――」
最後にはおいしい物語が、幕をあける。
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第六章おしまい。
第二部中つ海編 第一章『時述べの巫女』でお会いしましょう。




