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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第六章 黄金色の秋

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仮宿のふたり

 後かたづけをしたら、仮宿にもどる。

 かがり火は燃えつづけ、宴もまだまだつづいている。


「はー、たのしくておいしかったですね、康太さん!」

「そうだね、たのしくておいしかった」


 敷きつめられた藁に、倒れこむ。

 火と水と、おひさまの香りだ。

 疲れが、体をじんわりとここちよくしびれさせている。


「康太さん」

「うん」


 僕の腕をひっぱりだして、枕にする榛美さん。

 話すこともなく、ふたりして、天井をみあげる。


 くらやみはどこまでも親しげで、ふたりきりの静かな時間。

 耳をすませば、榛美さんの、心臓の音まで聞こえてきそうだ。

 やがて、かがり火にくべられた薪の爆ぜる音がして。


「あのさ、榛美さん」


 僕は、口をひらいていた。


「ピスフィといっしょに、旅に出るつもりなんだ」


 劇的な瞬間なんてものは、なにもなかった。

 ただ、自然と、言葉がすべりでた。

 自然と出てくる言葉に、身をまかせようと思った。


「足高さんや湖葉さんに、よろこんでもらったみたいにさ。多くの人を、僕の料理で、幸せにしたいんだ。きっと僕には、それだけの力があるはずだから」


 榛美さんは、なにも言わない。

 だけど身体はこわばっていて、緊張がつたわってくる。


 体を横にたおして、榛美さんと向き合う。

 見つめあって、触れあうような距離で。


 森の中の、ひだまりの香りがした。

 榛美さんの香りが。


「榛美さんと、いっしょに行きたい」


 その瞬間に思ったこと、それだけが、口をついた。


 ひすい色の瞳が、僕のすぐ近くにある。

 榛美さんが、息を呑む音。

 口をひらきかけては、こまったように、あきらめる、その仕草。


「康太さんは……どうして、わたしといっしょにいたいんですか?」


 かすれてふるえた声。

 知りたいけれど、答えあわせがこわくて、ためらって、とまどって、それからようやく、出てきた声。


 声のない声が、音のない声が、僕に、祈っている。

 届く声で語るように、祈っている。


 これまで、多くをあやまった。

 戻ってこないものばっかりだ。

 だけどそれは、過去にすぎないから。

 灼かれるのは、僕の心だけだから。


 エルフたちの、果てしない旅。

 踏鞴家給地のひとびと。

 長い長い歴史があって、ここに、榛美さんがいること。

 なにかひどい手ちがいであっても、僕がここにいること。

 ふたりで、ここにいること。

 そんなちょっとした偶然が、永久につづいてほしいと思っている。


 わらった顔を思い出す。

 泣きべその顔を思い出す。

 おいしいときの顔を思い出す。

 それから、口を半びらきにした顔。

 それから、人をたたくのにちょうどいい長さの棒をふりまわすときの顔。

 それから、僕をはげましてくれる顔。

 それから、それから――


 その全てを、知りたい。

 その全てを、大事にしたい。

 その全てを、守りたい。

 その全てを、肯定して、祝福したい。


 本当はずっと、分かっていた。

 傷つけるのがこわかったし、傷つくのは、もっとこわかった。

 だけど僕は、この地で、触れあったみんなから、多くのものをもらえたから。

 後悔で灼かれながら、前に進もうと、思えるようになったから。


「愛してるよ、榛美さん」


 言葉にも思いにも、迷いはなかった。


 榛美さんは何もいわず、僕を抱きしめた。

 強く抱きしめた。

 僕も榛美さんを強く抱きしめた。

 あたたかいくらやみには、ふたりだけだった。

 腕にこめられた力が、声のない声だった。

 お互いの身体にふれる指先が、音のない声だった。

 僕たちは言葉なく、声を届けあっていた。


 時間がなくなって、いつまでも僕たちは、そうしていた。



 ふと気づけば、葛布の隙間から、朝の光がさしこんでいた。

 鳥たちが鳴き交わす声がして、僕たちは、ふたりで一つのような気持ちから、ゆっくりと覚めていった。


「なんか……朝ですね」


 榛美さんがもっともなことを言って、僕はわらった。


「いつの間にか朝になっちゃったね」


 体を起こそうとしたら、榛美さんにぐいっとひっぱられた。


「まだいっしょがいいです」

「実は、僕もそう思っていたところなんだ」


 ふたりしてまた、藁に体をあずける。


「あのね、康太さん。わたしも旅に出たいって、ほんとは思ってたんです。あの、それは、康太さんといっしょにいたいからじゃなくて、あ! ちがう! いっしょにいたいのはそうなんですよ! ほんとですよ、わたしだって康太さんをあいしてますからね! ぎろんのよちなくです! それで、ええと、あれ?」


 榛美さんが、びっくりするぐらい迷子になっている。


「それだけじゃなくて?」


 助け船を出してあげると、びっくりするぐらい顔がかがやいて、その表情の変化がおもしろかわいい。


「ああー、それです、そうです! それだけじゃなくてのやつです! それだけじゃなくて、あの……お父さんを、探したいなって」

「穀斗さんを?」

「はい」


 榛美さんは、真剣にうなずいた。


「わたしや樫葉さんの知っているお父さんは、やさしくて……でも、鉄じいさんの知っているお父さんは、こわい人でした。

 どっちが本当のお父さんなんだろうって、知りたいんです。それで、聞いてみたい。どうしてわたしを、捨てたのかって」


 榛美さんは、『捨てた』という言葉を、はっきりと容赦なく、つかってみせた。


「……もし穀斗さんと会えたとして。望む答えが、返ってこなかったとして。それでも榛美さんは、だいじょうぶ?」


 そう、問うてみる。

 榛美さんは、にっこりとわらった。


「はい。だって、康太さんがいっしょにいてくれますからね。わたしが泣いたら、あいしてるって言ってください」


 ちょっと、わらいそうになってしまった。

 なんか、『愛してる』が、軽い。

 僕がこの言葉を口にするまで、どれだけ無駄に、のたうちまわったことか。

 でもこれが、エルフの娘さんのすてきなところだ。


「約束するよ、榛美さん」


 榛美さんは、照れたようにわらった。


「それならだいじょうぶです! なにしろ康太さんは、わたしのことをあいしてますからね!」


 これはさすがに、誰でもわらうでしょ?


「あー! なんでわらってるんですか康太さん! おかしな話ですよ康太さん!」


 一世一代の告白をしてはみたけれど。

 どうやら、僕たちの関係性が変わるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 まあまあ、エルフの娘さんといっしょに歩くすべての時間を、のんびり楽しんでいこうか。



 その日の夕方までに、仮宿はきれいさっぱり片づけられて。

 たちまち、給地は日常を取りもどした。

 終わってみれば、なんだかなにもかも、うそみたいだ。

 榛美さん家には、いつもと同じく、みんな集まっている。


「それでね、康太さんがね、あいしてるって言ったんですよ!」

「やるじゃねえかおめえ! 康太おめえ! 言ってやったなおめえ!」

「ね! 康太さん言いましたもんね!」


 ああ、決してうそではなかった。

 まちがいのない事実として、エルフの娘さんが、『愛してる』という言葉をことのほか気に入っている。

 そんなにぽんぽん使うようなもんじゃないよ榛美さん。

 二週に一回ぐらいのペースが僕にはちょうどいいよ榛美さん。


「しかし、そうかあ。いよいよ白神様ともお別れかあ」


 讃歌さんが、しみじみとつぶやいた。


「たまには戻ってくると思いますよ。ピスフィは、この地の商業をしっかり育てたいみたいですから」


 踏鞴家給地は、産業化しそうなものを、いくつも抱えている。

 交易の歯車が回りはじめれば、莫大な富を生むだろう。


「それで、いつになるんだい?」

「ピスフィ次第ですね。戻ってきたら、話をしようと思います」

「では、明日にでも発とうかの」

「うわああああ!」


 みんなが一斉に悲鳴をあげてひっくりかえった。

 いつの間にかピスフィがいて、松葉サイダーをのんでいる。


「わあびっくりした! わああびっくりした! ピスフィちゃん、いつ来たんですか!」

「たった今じゃ。祭りも無事に終わったようで、なによりじゃの」


 けろっとこういうことを言うのが、ピスフィだ。

 いい性格してるよね。


「あー、ええと……なんか、順番が変になっちゃいましたけど、聞いての通りです。いっしょに連れていってくれませんか?」


 ああもう、ピスフィが一いたずら仕込んだせいで、すこぶる間の抜けた感じになっちゃったよ。


「刃の行く末、見さだめられたかの?」

「はい」


 鋭い瞳を受け止めて、うなずく。

 ピスフィはくちびるの端をわずかに持ち上げ、ほほえんだ。


「よろこばしいことじゃ。にしゃがおれば、アロイカでの戦い、必ずや勝利できよう。して、はしばみも共にゆくのであろ?」

「あれ? なんでわかるんですか?」

「分からぬ方が不思議じゃな」

「ええー? そうかなあ。でも康太さんは、わたしのことをあいしてるからなあ」


 さすがのピスフィも、松葉サイダーをふきだした。


「嬢」


 どこからともなく現れたミリシアさんが、激しくむせるピスフィを、マントで覆いかくす。

 ああ、いつものこの流れ、安心するなあ。


「ミリシア、佳い働きじゃ」

「光栄です。しかし、愛とは。白神の言葉でありますね」

「もっとも強い言葉じゃの。こうたが、愛していると言ったか。おどろきじゃ」


 恥ずかしすぎて、今すぐ埋まりたくなってきた。


「それにしても、明日っていうのは冗談ですよね?」


 むりに話題を変えると、ピスフィが、なんだかうすぐらい表情をうかべた。


「実はの、寒川家かんがわけ給地きゅうちにて、つまらぬ問題が持ち上がっておるのじゃ」

「つまらない問題、ですか?」

「ああ。まったく、つまらぬ問題じゃ」


 ピスフィは、感情をむきだしに、吐き捨てるような口調で言った。

 なんだか、めずらしいことだ。


「それゆえ、あまり間を空けたくない。明日の朝とまでは言わぬが、三日もあればよいかの?」

「ええ、それぐらいあれば……」


 榛美さんに目をやる。


「はい。だいじょうぶですよ」


 そっか。

 本当に、給地のみんなとは、お別れなのか。

 なんだかあんまり、現実感がないなあ。


「それじゃあ明日から、お世話になった人にあいさつしなくちゃですね」

「ああ、うん、そうだね」

「ここのごはんは、しばらく樫葉さんがつくってくれるみたいですよ」

「え? そうなの?」

「はい! お昼に話しておきました」


 うわ、なんだか急に手まわしがいいぞ。


「樫葉さんは、康太さんが旅に出ること、なんとなく分かってたみたいですよ」

「ああ、そうなんだ。そっか、だから料理を覚えようとしてくれていたんだね」

「そうみたいです。あんしんですね」

「旅装はみどもらが用意しよう。主ゃらは身一つでかまわんよ」

「ありがとうございます、ピスフィちゃん。康太さん、なにか持っていくものあります?」

「え? え? ええと……なんだろ」


 まずい。

 なんだか知らないけど、あっという間に置き去りだ。


「こういうときは、女の方がしっかりするものだな」


 ミリシアさんが、感心したようにうさ耳をひねった。


「あ! ねえねえ、あの、籐編みの長持はもっていきますよね! ほら、康太さんが水あめをつくってくれたやつ!」

「ええと? うん、そうだね、それはぜひとも持っていかなくちゃ」

「やっぱり! 康太さんならそう言ってくれるとおもいました!」


 なんだこれ、しみじみしているひまがない。

 どんどんものごとが進んでいく。

 ピスフィと榛美さんが話をして、口を挟むひまもなく、三日後の出発が決まってしまった。

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