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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第六章 黄金色の秋

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愛の言葉

「お待たせいたしました。米粉スポンジのショートケーキでございます」


 足高さんと湖葉さんと捧芽くんは、夜分(やぶん)いきなりあらわれた洋菓子を前に、呆然と硬直していた。

 のみならず、なぜか幅木さんと葛乃さんもいて、呆然と硬直している。

 親族だけであげる結婚式みたいになってきた。


「え、ええと、おめえ、こりゃ、おめえ……?」

「はい、米粉スポンジのショートケーキでございます」

「あ、いや、おめえ、そうじゃなくておめえ」

「これ、ずっと作ってたのかい?」


 ああ、湖葉さんのその目、久しぶりだなあ。

 葛根湯を持って行ったとき以来の、疑わしげなまなざしだ。


「おいしいですよ!」


 と、榛美さんが太鼓判を押してくれる。


「ええ、おいしいですよ」


 僕も、機を見るに敏なところを見せていく。


「いやはや……これが、康太さんなんですなあ」

「普段通りの紺屋さんです」

「ほらほら! はやく食べましょ!」


 ケーキの前の榛美さんが、じれったそうに、座ったままとびはねた。

 あまりにもはやく食べたそうな榛美さんを見て、みんな、あきらめたようにわらった。


「まったく、この二人ったら、ほんとにねえ。なにも言えないよっ」

「はやく食べたい! たべよ!」


 捧芽くんが、湖葉さんの服の帯を、ぐいぐいとひっぱる。

 それでみんな、とりあえず、床几をかこんで座ってみる。


「それでこれはそのおめえ……これが、めおとの食う、めでたいもんなのかよおめえ」

「ウェディングケーキといって、僕らの世界のかつぎには、欠かせないものですよ」


 8切の星口金なんかあれば、薔薇をたっぷりあしらったんだけどね。

 ああもう、新郎新婦をかたどったマジパン細工とかのっけたくなってきた。

 こんなことなら、前もって鉄じいさんに相談しておくんだったなあ。

 

「そ、それで、どう食うもんなんだおめえ?」

「それはもちろん」


 足高さんと湖葉さんに、包丁をにぎらせる。

 まさか、このせりふを口にする日が来るとはなあ。

 にやにやが止まらない。


「さあ、おふたりのはじめての共同作業です」


 まあ、案の定みんな、『またこいつばかをさらしたな』の顔をしたけどね。


 足高さんと湖葉さんは、とまどったように顔をみあわせ、おたがい、そっくりの笑いかたでわらった。

 それから、ケーキに包丁をいれた。


「ほお……これはこれは、たいしたもんですなあ」


 まっぷたつに切り分ければ、断面は豆乳クリームの白、ケヤキ茶のみどり、あずき豆乳クリームの淡紫。

 こまかな気泡たっぷりのスポンジが、シロップとクリームでしっとりと、わずかにぬれている。

 

「これはもう、ぜったいにおいしいやつですよ! ぜったいです!」


 榛美さんが、にぎりこぶしを振りまわし、座ったままでぴょんぴょん跳ねる。


「がまんできないみたいだし、さっさと切り分けちゃうねっ」


 顔をまっかにした湖葉さんが、言い訳がましい早口で、ぱぱっとケーキを八等分にする。


「ああ、まってまって、まだもう一仕事残ってますよ」

「ええっ? も、もういいでしょ? あたし、こういうのはどうも苦手だよっ」

「まあまあまあまあ」


 ここまで来たら、いくところまでいくしかないでしょ?


 というわけで、足高さんに木さじを、湖葉さんに、木べらをわたす。


「へら?」

「へらです」


 ファーストバイトといえば、新婦側の、いやにおおきなスプーンがなくちゃね。


「さあ、それじゃあまずは足高さん、湖葉さんに、食べさせてあげてください」

「なっ!? おめっおれっおめっおめっ! おめっ! おめえ!」


 照れてる照れてる。

 これはまずい、すごくたのしいぞ。

 あまりにも、しまりのない顔になっているのが分かる。

 こんなにへらへらしたの、生まれてはじめてなんじゃないかな。


「足高さん、どうも、やらなきゃ進まないようですなあ」


 と、幅木さんも、のっかってきてくれた。


「あきらめてください」


 葛乃さんまで、口元をむずむずさせている。

 なんて楽しいんだろう。

 幸せなふたりをもみくちゃにするのって、なんて楽しいんだろう。


「お、おめえ……」


 泣きそうな顔で湖葉さんを見る足高さん。


「もうあきらめたよ。はい、どうぞっ!」


 ぱんっと正座のふとももを叩き、両手を広げる湖葉さん。

 さすがのきっぷのよさだ。


「う、あ、う、や、やるぞおめえ! 捧芽、見てろよおめえ! これが男の意地ってもんだおめえ!」


 ケーキをすくって、ふるえる手で、湖葉さんの口もとに持っていく。

 その速度が、べらぼうに遅い。

 時速五センチぐらいしかない。

 ふるえすぎて、ケーキが飛びちりそう。

 なんだっけ、工事現場でよく見る、アスファルトを固めるためのやつ。

 あれみたいなことになってる。


「ああもうほんとに……お父ちゃんそっくりなんだからっ」


 わらった湖葉さんが、足高さんの手首をつかみ。

 ぐいっとひっぱって、ぱくっと一口。


「はああああ……」


 そのとたん、前に倒れて足高さんの膝におでこをぶつける湖葉さん。


「ど、どうしたおめえ! 湖葉おめえどうした! おめえ! おめえ!」

「な、なんだい、これ? あまくって、ふわふわで、もちもちしてて、ちょっともう、あたし、よくわかんなくなってきちゃった」

「ふわふわがんばりましたもんね、康太さん!」

「ふわふわがんばったからね。さあ、次は湖葉さんの番ですよ」

「へらで?」

「へらで」


 湖葉さん、全力でとまどっている。


「あ、あのさ紺屋さんっ、これって実のところ、どういう理屈でやることなんだい?」

「うーん、色々ありますけど……一つの食べ物を分かち合うことで、永遠の愛を誓う、みたいな意味があるらしいですよ」

「アイ?」


 湖葉さんがきょとんとした。


「アイってなに?」


 と、捧芽くん。


「白神さまの世界の言葉ですかなあ」


 幅木さんまできょとんとしている。


 これは、なんだろう。

 もしかして、翻訳不可能な概念ってことなのかな。

 僕の魔述は、ピスフィによれば、聞き言葉としゃべり言葉に適用されているみたいだけど。

 こういうケースははじめてだ。


「康太さん、アイってなんですか?」

「うーん……あんがい、説明にこまるなあ」


 もしかしたら、多義的すぎるのかもしれない。

 たった二文字の単語に、どれだけの意味がこもっているか。


「ええとですね。まずは、お互いのことが好きで、そばにいたいって思うことでしょうか」


 そう切り出してみたら、足高さんと湖葉さんの顔が、同時にまっかになった。

 うわ、こっちまで照れてきたぞ。


「いつくしむこと、はなれがたいこと、相手のことを、なによりも大事に思うこと。相手のためなら、自分を犠牲にしてもかまわないと思うこと……」


 まずい、なんだかどんどん、照れてきた。

 みんなも照れてる。

 しかし、くさっても居酒屋店主。

 真顔の作りかたなら、お手のものだ。

 押しとおしてみせようじゃないか。


「この先、どんなことがあっても、あなたと一緒にいる。それが、愛するってことですよ」


 力ずくで、まとめてみせた。

 しばし、静寂。

 僕にとってはものすごく、いたたまれない静寂。

 くずさないと決めた真顔が音もなく崩れ落ち、半べそになりかけるぐらいの時間が経ってから。


「湖葉。愛してる」


 いきなり足高さんが言った。

 まったくもって、文法もなにもない、乱暴さで。

 だけど、すごく芯の通った表情かおで。

 雨の中、湖葉さんの家まで走り出したあの時と、そっくりの顔で。


 湖葉さんは、くすっと小さくわらった。

 泣きながらわらった。


「あたしも、愛してるよ」


 ふたりして、見つめあう。

 長いこと、見つめあう。

 なんだかなにかがすごく高まってきたところで。


 榛美さんのおなかが鳴った。


「あっ……あの、ちがくて、ケーキが、ずっとケーキが、めのまえで……」


 わざとでしょ?


「ああーっ、そうだねっ! ケーキを食べなくちゃいけないんだもんねっ! はいはいっ、ほらっ、はやく食べてっ!」

「おめえもがっ」


 へらですくったケーキを、足高さんの口にねじこむ湖葉さん。

 耳まで真っ赤になって、うつむいて、口をもにょもにょさせる湖葉さん。

 正座したふとももの間に、合わせた両手をつっこむ湖葉さん。

 そのかっこうで、前後に体をゆらしはじめる湖葉さん。

 もだえ苦しむ足高さん。


「うめえっもがっうめえっ」


 もがきながらも、ちゃんとケーキを味わってくれる、そんな足高さんが大好きだ。


「ん? 葛乃、どうしました?」


 みると、幅木さんの服のはしっこを、葛乃さんが控えめにひっぱっている。

 幅木さんはにっこりした。


「愛しているよ、葛乃」

「……当たり前です」


 一瞬だけ、びっくりするほどまぶしい笑顔を浮かべてから、すぐさま口元をむずむずさせる葛乃さん。

 なんだかもう、みんな幸せだなあ。

 にやにやしすぎて、ほっぺが痛くなってきた。


「さあ、おいしい内に食べましょうか」

「いただきまっあっ」


 言い終わらぬうち、ケーキをほおばった榛美さんが、そのまま後ろにたおれた。

 一本の棒かと思うぐらい、まっすぐにたおれた。


「ええー……?」


 どうなるのか、かたずを呑んで見まもっていると。

 座椅子みたいにかくかくっと起き上がり、またケーキを食べて。


「あっ」


 また一本の棒みたいにたおれた。

 毎日があたらしいなあ、榛美さん。


 さてさて、僕もいただいちゃいましょうかね。


「あっこれっ……あはははは!」


 爆笑してしまった。

 なんだこれ、おいしすぎる。


 あっさりして軽い豆乳クリームが、舌にふれて、じゅわっと溶ける。

 米粉の生地はふんわりもちもちで、卵とシロップの香りが、口の中にぶわっと広がる。

 あずき豆乳クリームは、豆のしっとりめな甘さと、しゃりっとした食感の楽しさ。

 ケヤキ茶の苦味、渋みが、甘さに向こうを張って、いい仕事。

 マキベリーソースの酸味で、後味はさっぱり。


「ふわあああ……これ、この、これ……この……」


 榛美さん、なんにも言えてない。


「これはこれは、なんとも、いやまったく。これぞ、白神さまのわざですなあ。なあ、葛乃」

「はい」


 当惑する幅木さんと、耳をつねって痛みで無表情をたもつ葛乃さん。


「おいし……おいしい! おいしいよこれお姉ちゃん! おいしいね!」


 感情があふれたのか、湖葉さんをはげしくゆさぶる捧芽くん。


 そこにいる誰もが、幸せそうだった。


 この人たちのために、つくることができて、よかった。

 そんな風に、心から思えた。

 つくること、食べてもらうこと。

 その力が、僕にあって、よかった。

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