ふわふわがんばれ、康太さん
「おう! おめえ明日はおめえ……かつぎじゃねえかおめえ!」
ふらふらしながらも、腹から力づよく声を出す足高さん。
これは相当よっぱらっているなあ。
「そうみたいですね」
ああ、かつぎが終わったら、お祭りもおひらきなのかな?
カップルの数次第で、時間が伸びちぢみするのかもしれない。
「おめえ、おれは、おめえよお! 明日はかつぎだってのによお!」
うわ、なんか泣きはじめちゃったぞ。
「あ、そっか、そうですよね。次の次の秋まで……」
いろいろあって、好きあった同士くっついた、足高さんと湖葉さん。
だけど、給地の婚姻儀礼であるかつぎは、定員いっぱい。
ブライダルは再来年の秋までおあずけだ。
気の毒には思うけど、風習は風習だからなあ。
「おれはおめえ、情けなくて情けなくておめえ……湖葉もおめえ、おれに気をつかっておめえ……」
ああもう、そんな風にへたりこんで泣かれると、なにかしてあげたくなってしまうじゃないか。
「こっそりお祝いしましょうか」
「へえ?」
足高さん、顔をあげて、きょとんとしている。
「僕のいた世界で、かつぎのときによく食べられているものを作りますよ。それでどうですか?」
提案してみるも、足高さんはおよび腰だ。
「あ、い、いやおめえ、でもよお、おめえ、康太おめえ、お祭りだってのにおめえ」
「お祭りだってのに浮かない顔をしているのは、足高さんじゃないですか。おいしいものをつくりますから、笑顔でいてください」
だめおしに、「ね?」とほほえんでみれば。
「こ、康太、康太おめえ、おめえってやつはおめえよお……!」
足高さんは、僕の両肩を力いっぱいつかんで、そのまま、生まれたばかりみたいな勢いで号泣した。
「んふふ! 康太さんはやっぱり、康太さんですね」
「榛美さん、てつだってくれる?」
「もちろんです!」
「よし、それじゃあさっそくはじめようか」
「はーい!」
「えっ? お、おめえ、今からおめえ……?」
号泣から、一直線にぎょっとする足高さん。
「足高さん。康太さんが好きなようにすると、どうなるか知ってますか?」
榛美さん、ひとさし指をぴんと立て、我がことのように自信たっぷりな口調。
「あ、いや、だからっておめえ、今からってのはおめえ」
とまあ、足高さんは力いっぱい動揺しているけれど、榛美さんはものともせずに、
「最後にはおいしいんですよ。ね、康太さん!」
むりやり最後まで言い切った。
「議論の余地なくその通りだよ、榛美さん。さあ、ついにあれとあれを使う時が来たぞ!」
いやあ、おまつりだなあって気持ちになってきたねえ!
さてさて、榛美さん家に戻りまして。
鍋に水を張ったら、そこに入れますは、黒いお豆。
といっても、いつもの黒豆よりも、だいぶ粒がちいさい。
「あ、それ、なんでしたっけ、や、や、やのつくお豆ですね!」
「ヤブツルアズキだね」
いわゆる小豆の原種とされる、ヤブツルアズキ。
葛乃さんと菜摘みに出たとき、見つけたもの。
いよいよこいつの出番だ。
まずはぐらぐらに沸騰させて、十分ほどしたら、湯を捨てる。
渋切りといって、小豆にふくまれるタンニンを減らす作業だ。
水を換えたら、小一時間ほど、豆がおどらないぐらいの火で、ことこと煮てあげる。
やわらかくなったらお湯を捨て、ここに、豆と同量の水あめを入れてやろう。
すると、どうなるか。
「うひゃあぜいたく!」
榛美さんがびっくりする。
ついでに、浸透圧で小豆から水分が出てくる。
身が締まるのを見こして、ちょっとやわらかめにゆでるのがこつだ。
そこまでやったら、水分が飛ぶまで火にかけて、これで煮小豆のできあがり。
「あ、あの、あじ、あじはっ! 味はどうなんですか!」
「はいどうぞ」
小鳥みたいにせっついてくる榛美さんの口に、煮小豆を一さじ流しこんでやれば。
「ふわああああ……!」
よしよし、腰がぬけたぞ。
これは相当おいしい仕上がりだね。
「うん、ああ、これはおいしいなあ」
小豆の中でも最高級の、丹波春日大納言みたいな、豆の強いこく。
そこに小麦水あめのキャラメルっぽい風味がたまらない。
バニラアイスにどっさりのっけたい味だなあ。
また一つ、世に解きはなってはいけない甘味を作りあげてしまった。
「あ、あの、これが、康太さんの世界のおいしいやつなんですか?」
「そうだね。これでも十分おいしいけど、今日はここからもう三手間ぐらいかけるよ」
「三手間も! そうなると、ええと、一度で五回ぶんぐらいおいしいのに、それが三回あると……これは大変ですよ康太さん!」
「うん、十五倍おいしくしてみせるね」
さあ、次は生地を用意しよう。
「鉄の蒸し器を、火にかけてくれる? それから、水あめと豆乳を湯煎しといてほしいんだ」
「はい!」
米粉と全卵、豆乳、小麦水あめ。
今日はここに、新兵器投入だ。
くしゃっとちぢれた、ぱさぱさの葉っぱを、ふたつまみほど。
「あ、それ、なんか目がさめるやつ! ケヤキ茶ですね!」
「樫葉さんに少し分けてもらったんだ」
このけやき茶を、すり鉢にあてて丹念につぶし、粉にする。
米粉とあわせ、目の粗い葛布でふるおう。
さあ、気合いの入れどきだ。
全卵に、熱した水あめを、少しずつ落としてかき混ぜる。
細かい気泡を、しっかり抱きこませるのがこつ。
よく混ざったら、豆乳を、何回かにわけて注ぎ、また混ぜる。
ここに、ふるった米粉を入れて、木さじでざくざくっとかきまぜれば。
「なんか緑色のものが!」
なんか緑色のものができる。
この、なんか緑色のものを、底が平たくなっている鉢に流したら、かんかんに熱した蒸し器の中にいれる。
焼き上げること、三十分。
ふたを持ち上げた瞬間、あまい香りの湯気がふわっとのぼってきて、台所に満ちた。
「おおー、こ、これは……? なんだろなんかこれ、なんかよくわかんないものが?」
取り出したものを見て、反応にこまっている榛美さん。
あざやかな緑色をした、ふかふかのなにものか。
榛美さんが知っているもので、これと一番よく似ているのは、岩に生えたコケだろう。
「米粉のスポンジケーキだよ」
「すぽ……?」
うんうん、目分量でつくった割には、よくできているじゃないか。
ちょっとてっぺんが割れちゃったけど、しっかりふくらんでいる。
包丁をつっこんで皿から外したら、蒸し台の上にのせて冷ましておこう。
その間に、いちばんしんどいところをやらなくちゃ。
冷蔵庫できりっと冷やした豆乳に、なたね油をたっぷり、水あめをどっさり。
さらに、煮詰めたどぶろくを、ひとたらし。
これを、笹のホイッパーで、うんざりするほど混ぜまくろう。
例によって、『ひとりかふたりの人間がくたびれるまで』だ。
「すごい! 康太さんすごいです! ふわふわしてきましたよ康太さん!」
「ほめてもらえると、力がわいてくるよ」
「康太さんすごいです! 豆乳もすごいですね! ふわふわがんばれ! ふわふわがんばれ!」
榛美さんの、手拍子をまじえた応援に、全身が脱力するのを感じる。
だけど、手を止めるわけにはいかない。
なめらかな口当たりが、労働力と引きかえの異世界だ。
なんとしても、ふわふわなものを足高さんと湖葉さんに届けなくちゃ。
ふわふわがんばれ、僕。
豆乳の中のたんぱく質が、どぶろくのクエン酸でくっついて。
なたね油が、空気を抱きこんで。
右腕がひきちぎれそうになる頃、豆乳ホイップクリームのできあがり。
「ふわふわですね! ちゃんとふわふわがんばれましたね!」
「うん、ふわふわがんばれたよ」
ものすごい充実感があるけれど、なんとまだまだ、ここで終わりではない。
さっきの煮小豆は、あら熱がとれて、味もしっかり染みたころ。
こいつをすり鉢にあてて、半ごろしのあんばいにする。
そこに豆乳ホイップをくわえ、さくっと練ろう。
あずき豆乳クリームのできあがり。
あられ糖なんか砕き入れて、どらやきに挟んでもおいしいよ。
米粉スポンジも、そろそろ、さわれるぐらいに冷めてきた。
これを、横一文字にぶったぎる。
卵の殻でうふブリュレをつくったときの、細かいぎざぎざがついたナイフをつかい、慎重に刃をすすめていこう。
「これを、ここからどうするんですか?」
「ここでさらに、新しい仲間がやってくるよ」
「わあ! 今日はなんだか、あたらしいものがたくさんですね!」
小さな瓶の中に入っているのは、蒸留酒漬けにしたマキベリー。
魔大陸原産のこのドライフルーツ、ミリシアさんは、同量の銀と同じ価値があるなんて言ってたっけ。
そいつを、今日はラムレーズンみたいに扱っちゃいますよ。
たぶんこの世界でも有数の高級スイーツになるだろう。
ドライフルーツをお酒に漬けておくと、いいつまみになる。
お手軽だし、なにより腐らないので、常備しておけばなにかと便利だ。
トリスや角なんかのお手頃なウイスキーと、レーズンでも無花果でもなんでも、好きなドライフルーツがあれば、それだけでつくれるよ。
さてさて、今回まずつかうのは、漬けたお酒のほう。
ドライマキベリーの糖分や香りがアルコールに溶けだして、とろっとした、いい具合のシロップになっている。
このシロップを、ぼさぼさにした笹で、軽く叩きつけるように、生地にぬっていく。
乾燥防止と風味付けだ。
生地のきれいな緑色をそこなわないよう、薄化粧で。
「はああ……すっごい、すっごい、すてきなかおりですねえ……」
鼻をならした榛美さんが、うっとりして、ほっぺに手を当てる。
ついでにくるくる回りだす。
米粉と卵と、小麦水あめ。
ケヤキ茶と、マキベリーシロップ。
なんともたまらない、洋菓子の香りだ。
シロップがしっかり染みたら、たっぷりのあずき豆乳クリームとマキベリーを、生地でサンドする。
回転台みたいな便利なものはないので、ナッペはあきらめよう。
豆乳クリームをどっさり包丁ですくい、ひだをつけるように盛りつけ、マキベリーシロップを散らす。
「わああ……きれいですね康太さん! なんだかきらきらしてますね!」
「うん。我ながら、けっこううまくできたんじゃないかな」
さあ、できあがり!
はー、たのしかった!
「よし、足高さんを呼んでこようか」
「はーい!」




