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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第六章 黄金色の秋

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豆しとぎ

「まずは仮宿で、少しお待ちください。今年はご領主様の言葉をいただけるそうです」

「ほんとに、おどろきだねえ。前のお祭りじゃ、讃歌さんがやっていたことだからさっ。ほら、おふたりの仮宿はここだよ。いいとこ選んどいたからねっ!」


 と、案内されたのは、かがり火の真正面、どう見ても一等地だ。

 面映ゆくて、申し訳ないぐらいの気持ちになってしまう。


「さあ、どうぞ」


 ゆるいアーチをえがいた、れんが作りの、小さな家。

 大きく取られた入口には、葛の一枚布が垂れている。


「お、おじゃまします」


 ちょっと緊張しながら、布をくぐる。

 炎の熱と光をさえぎって、なんだか、やさしいくらやみだった。

 地面には、腰の高さまで、たっぷり藁が積まれている。


「わあああ!」


 興奮した榛美さんが、頭から藁に飛びこんでいく。


「わああああ!」


 おまけに、藁の中でころがりまわっている。


「いたっ! 口のなかにわらが入ってすごくいたい!」


 口あけてころがるからだよ榛美さん。

 とにかく僕も、藁の上に腰をおろした。


 干しれんがは、受け取った炎の熱を、仮宿の中にゆっくりと放っている。

 春のようにあたたかくて、ふしぎと、居心地がいい。


「ぷはっ!」


 榛美さんが、藁の中から頭をつきだした。

 頭をぷるぷる振って、髪にからんだ藁をはじきとばす。


「はああ……おまつりですねえ」

「お祭りだねえ」

「ね! 仮宿に入ると、おまつりだなあって気持ちになってきますよね!」


 ここまでの時間、そこまでおまつりだなあって気持ちになっていなかったのか。

 エルフの娘さん、あまりにも青天井。


「それに今日は、ひとりじゃないですからね! 康太さんといっしょですから、これはもう、おまつりだなあって気持ちにもなりますよ!」

「それならよかったよ」

「はい!」


 そっか。

 家族のいない榛美さんは、これまでのお祭りを、ひとりで迎えていたんだ。

 どんな思いで、仮宿の一夜を過ごしてきたんだろう。

 想像することもできなくて、身を寄せてきた榛美さんの頭を、なでてみる。


「えへへ……」


 わらった榛美さんが、僕の肩に、ほっぺをのせてきた。

 言葉もなく、しばらく、そうしていた。

 土の香りと、藁の香りと、榛美さんの香り。

 炎の熱と、榛美さんの熱。

 くらやみはどこまでもやさしく、炎になめられた薪の爆ぜる音が、ときどき聞こえてくるばかり。

 世界中に、ふたりしかいないような気分だった。


「ご領主様がいらっしゃったぞ。白神様、榛美ちゃん、出てこい」


 やがて、葛布の向こうから、讃歌さんの声がした。


「いこっか、榛美さん」

「はい!」


 二人して、仮宿の外に出る。

 炎の前に立つ月句が、みんなにかこまれていた。

 堂々とした立ち姿は、威厳や経験や才能の持ち合わせに事かかない、りっぱな領主のもの。

 ゆるくウェーブする髪を後ろになでつけて、きりっとした眉の下、鉄じいさんそっくりの、燃えるような瞳が、みんなの視線をまっこう受け止めていた。


「今年こうして、みなの前に立てたことを、私はとても嬉しく思う。

 多くのあやまちがあり、それを過ぎたこととは言えぬ身だが、今はただ、よき収穫を祝いたい」


 平易な言葉で、月句は、語りはじめた。

 誰もが声もなく、月句の言葉に集中していた。


「そうだ、あやまちがあった。私はここにいる誰よりも多く、あやまった。

 エルフを追い散らし、父を斬り、母を殺し、妻を縛り、息子に逃げられた。

 この手に残った一人の大事な者を、気の向くままに、しいたげた。

 慈しむべき我が土地にすら、背を向けつづけた。

 お前たち、我がよき民のはたらきに、これまで一つとして報いてこなかった。

 だから私は、誰よりも多く、あやまった」


 言葉のないままに、ひとびとは、視線をかわしあった。

 動揺や苛立ちがひろがっている。

 お祭りが、個人的な懺悔の場として使われるのだとすれば、あまりにも礼を失した行為だろう。


 そんな空気を察してか、月句は、いちど言葉を切った。


「だが、あやまったからこそ、私は、このように言おう。そのあやまちは、すでに、過去のことなのだと。

 返ってこないものはある。謝罪の言葉すら届かない人がいる。その悔恨は、我が心を生涯、きつづける。

 それでも、灼かれるのは、我が心だけ。

 これからの我が行いが、これからの我が土地が、これからの我がよき民たちが、私のあやまちのため、灼かれるのでは、決してない。

 そうであるから、今はただ、よき収穫を祝おう。

 今はただ、先の収穫を願おう。

 なにもかも失い、疲れ果て、倒れたときにこそ、見えるものがある。見つかるものがある。手にすることのできるものがある。

 それを、私に、ちっぽけなきのこ一つで教えてくれた者がいる」


 うわ、なんか視線がこっちにあつまってきた。

 みなさん、思い思いの『あー、あいつね』みたいな表情。

 苦笑が多いのは……まあ、なんていうかその、『あ、今ちょっと、この人をひきずりまわしちゃってるかな?』っていう自覚はあるんですよ本当に。

 自覚に行動が追いついてないだけなんですよ本当に。


「私に数多くの不満はあろう。これまでのことを問い詰めたい者もあろう。ゆえに私は、ここに立っている。我がよき民よ、みなから、過去を問われる覚悟で、私はここに来たのだから。そうだろう? こういう祭りの場であれば、言えぬようなことも、言えるだろうから」


 あれ、ますます視線があつまってきたぞ。

 今度はちょっと、ほほえましかったり、じれったそうだったりする視線だ。

 うそだろ、月句にまでだれか根回ししたの?

 領主ってそんな、たのしそうに外堀を埋めていい立場の人なの?


「あやまちは、過去のこと。さあ、先のために、我がよき民よ、今日は呑み、火を焚こう。祝い、願おう。この先がよきものであるよう、乞おうではないか」


 月句が、ぱんと手を鳴らす。

 すると、がらすの水差しを持った河笊が、どこからともなく現れた。

 水差しの中には、琥珀色の液体。

 花もとからつくった段仕込みのどぶろくを、布でしっかり濾したものなのだろう。

 つまり、製法としては、ほとんど日本酒だ。


 河笊が、ひとびとの持つ杯に、お酒をそそいで回る。

 熟練の、きびきびした動作は、見ていてほれぼれするぐらい。


「杯を出せ」

「えっ?」


 やって来るなり、高圧的かつ無感情な口ぶりで、河笊がいった。

 そんなこと言われても、こっちはなんの準備もしていない。

 横の榛美さんを見ると、


「わすれてました……」


 この世の終わりみたいな顔をしている。

 そう来たかあ。


「そんなことだろうと思っていた」


 と、懐から杯を取り出す河笊。

 すごく準備がいい。


「ありがとうございます」


 お礼を言うと、河笊は、あきれたようにため息をついた。


「貴様が、私に礼を言うのか」

「え? でも、ほんとに助かりましたし」


 河笊は杯に酒を注ぎ、僕と榛美さんに手わたすと、


「一つだけ、身勝手な物言いを許してくれるか」


 そう、問うた。


「はい? ええ、まあ、どうぞ」


 意図をはかりかねて、きょとんとしながら、応じる。

 河笊はしばし、水差しを指でこつこつと叩いていたけれど。


「……踏鞴様のことを許していただき、感謝する」


 ぶっきらぼうにそう言って、僕たちに背を向け、きびきびと歩いていった。


 思わず、榛美さんと、目を見合わせてしまう。


「ありがとうって、いわれました?」

「そうみたいだね」

「あの人って、その、康太さんの……」

「うん、僕の皮をはごうとしていた人だよ」


 まさか河笊から、感謝する、なんて言われる日が来るなんてなあ。

 あやまちは、過去のこと、か。

 身勝手な物言いだと思いながらも、僕に、感謝の言葉をつげてくれる。

 河笊も、先のために生きようとしているんだ。

 給地と月句の、未来のために。


 みんなにお酒がわたって、めいめい、勝手に呑みはじめる。


「榛美さん、かんぱい」

「かんぱい」


 杯をぶつけあって、お酒をひとくち。


「はあ……」


 ためいきが出るほど、おいしい。

 澄んだ、甘口の日本酒だ。

 ものすごく華やかで、マスカットやメロンを思わせる香り。

 段仕込みの、強い甘味。

 それに負けない、どっしりとした深い味。


「おいしいですねえ」


 榛美さんが目をほそめて、喉をならす。


 闇を焦がす炎をみつめながら呑む、花冷えのお酒。

 すごく、ぜいたくな時間だ。


「あ! みんなもう食べはじめてる! 康太さん!」


 榛美さんが、僕に杯を押し付け、立ちあがった。

 仮宿に飛び込むと、人をたたくのにちょうどいい長さの棒を手に飛び出してくる。

 なんだなんだ。


 仮宿の前でくすぶっていた、小さな焚火。

 人をたたくのにちょうどいい長さの棒でくすぶりをかきわけはじめる榛美さん。

 なんだなんだ。


「よいしょー!」


 ぐっと棒を地面に突きさし、てこの原理で力をこめる。

 すると、なにかのかたまりが、ぴょーんと景気よく飛び上がって、目の前に落ちてきた。


「……え?」


 なんだろう、これ。

 やけに巨大な、ぎざぎざした葉っぱにくるまれた、なにものかだ。


「康太さん、たべましょ! あつ、あっつ、うあーあっつい!」


 ハトがわけもなく地面をついばむみたいな動きで、葉っぱにくるまれたなにものかをつっつく榛美さん。

 ここにきて、またも、なにがなんだか分からない。


「なにやってんだよ、オマエら」


 ハトっぽいうごきの榛美さんを眺めていると、完璧なタイミングで、助け舟が来た。

 炎をさえぎり、影を落とすのは、悠太君。

 なんだけど。


「あれ?」


 なんかちょっと、感じがちがう。


「その服どうしたの?」


 服が、あったかそうなのだ。

 綿をつめて、縦一直線にキルティングした、葛布の羽織ものを、肩にひっかけている。


「だから、冬服だろ。今年はピスフィに綿をもらったから、すげえあったけえわ。ていうか、榛美になんも聞いてねえの?」

「あっつ! あっつ! はやく食べたいのにあつい!」

「まあ、さっきからずっとこんな調子だからね」

「……なるほどな」


 悠太君は、すっかりハトっぽい榛美さんにちらりと目をやり、たちまち全てをあきらめたような顔をした。


「おとなになる子どもが、夏服を燃やして、冬服に着替えるんだよ。それで、火のつながりが強くなるんだとさ。

 それでおとなになったって言われても、意味わかんねえけどな」

「なるほどなあ。火をすごく大事にしているんだね」

「エルフの名残ってやつなんだろ? ティエルタルとエールロンの神話でも、火が重要だったからな」


 悠太君が腰をおろした。


「で、夏服は燃やしたから、オレのやることはおしまい。どうせオレは酒も呑めねえし、ヒマでしょうがねえ」


 悠太君が目をやった先、讃歌さんたちは、すでに大騒ぎをはじめている。


「それで、これはなんなの?」


 榛美さんがハトっぽくなってしまった原因であるところの物体を、指でつつく。


「メシだよ。ほんとになんにも聞いてねえんだな」

「ごはん?」


 ちょっと触ってみて、だいぶぬるくなっていたので、葉っぱをはがしてみる。


「ううん……なんだろこれ?」


 見た感じ、触った感じでは、堅めの豆餅みたい。

 白くてつやっとした生地に、つぶした黒豆が練り込んである。


「砕いた米と、砕いた黒豆を混ぜたもんだよ」

「しとぎだ!」

「うひゃあ!」

「うわあ!」


 榛美さんと悠太君が、同時にひっくりかえった。


「あ、ご、ごめん。ええと」

「いい、分かってる。驚いたオレが悪かったんだ。まずは好きにしゃべれよ」

「え? いいの?」

「早くしろよ」


 悠太君、ものわかりがべらぼうにいい。

 根気づよく、ばかをさらしてきたおかげだね。


 さてさて。

 しとぎとは、吸水させた米をつぶし、蒸しあげたものだ。

 日本でも古くから、神さまにささげる料理として扱われてきた。


「神に捧げる……ってことは、またあれか? エルフやらヒトやらの昔と関係あんのか?」

「さすが悠太君、その通りだよ」


 稲作をはじめる前の日本人が、なにを主食にしていたか、というところから考えてみよう。

 たとえば、拾ってきたどんぐりをつぶして水にさらし、アクを抜いたでんぷん。

 あるいは、その辺でとれる野生のイモをつぶして蒸したでんぷん。


 食生活が変わっても、昔からの風習は残りがちだ。

 たとえば十五夜におだんごを用意するのが、もともと、豊作を祈ってのことだったりね。

 日本では、どんぐりやイモをささげていたのが、お米に変わったということ。


「ああ、待てよ、言うなよ、考えるから。つまりエルフが昔、わらびの根っこをつぶして、水にさらして……土に埋めて焼いてたってことか?」

「土に埋めて蒸し焼きにするのは、アースオーブンっていって、いろいろなところで見られる文化だからね。エルフたちも、そうしていた可能性は高いよ」

「その、エルフにとってのわらびの根っこが、今のオレたちには、米と黒豆ってことなんだな?」


 僕はうなずいた。

 少なくとも、その点ではまちがっていないだろう。


「すげえな、祭りって」

「ほんとだね。分からなかったことが、たくさん分かる」

「……なあ、白神」

「うん」

「ここにいても、世界は見られるんだな。ちゃんと見ようとすれば、それだけで」


 悠太君は、炎のあかりを浴びて、よりいっそう深く暗く沈んだ夜に目をやった。


「給地ひとつのことだって、とてもじゃないけど、全部は分からないね」

「そうだな」


 悠太君は、地面に横たわるしとぎを、しばらく、物もいわず見つめた。

 いつもの目だ。

 そこにかくされた、どんなちっぽけな秘密だろうと、あばいて、ものにして、自分の力にしようとするような。

 夢にかれた、美しい目だ。


 悠太君は立ち上がり、僕たちに背を向けた。

 炎に向き合い、両手を大きくひろげた。


「オレはここから、世界を見るよ」


 誰にともなく告げてみせる声の、力づよさ。

 まっすぐのびた指先の、迷いなさ。


「さっさと食えよ。ぬるいとすっげえまずいぜ、それ。あったかくてもクソまずいけど」


 最後にひとつ皮肉をとばして、悠太君は、歩き出した。

 その背中が、なんだかすごく、たのもしく見える。


「ユウも、おとなになったんですね」

「そうだね。ほんとうにそうだ」


 まだまだ、自分では気づけないかもしれないけどさ。

 もう悠太君は、だれかに引っ張られなくても、だいじょうぶだ。

 自分ひとりで、歩いていける。


「さあ、それじゃあいよいよ、いただきましょうか」

「はい!」


 まずは一口。


「んー……これは、なんていうか」

「あんまりおいしいものじゃないですよね」


 榛美さんが苦笑した。

 つけいる隙のない感想だと思う。


 おもちとういろうの中間みたいな、ねちっとした歯切れのわるい食感。

 ぼそぼそした豆。

 味付けは、ぼんやりとしょっぱい。

 のみこみづらい。


「エルフのひとたちは、こういうものを食べていたんですね」

「これよりは、ろくでもない味だったと思うけどね」


 森に棲んでいる以上、味付けに塩なんか、そうそう使えなかっただろうしね。

 運よく蜂の巣を見つけられれば、はちみつを練りこんだりはしていたと思うけど。


 しとぎをもそもそと食べながら、舞い散る火の粉の動きにつられて、あたりを見まわす。

 一面にたちこめた煙が、かがり火の光を乱反射している。

 煙の向こう、人影が、立ち上がったり、うごいたり、すわったり。

 笑い声や歌声が聞こえてくる。

 熱があるときに見る夢みたいな、とりとめのなさだ。

 異世界のお祭り、すごいなあ。

 こちらの想定が、もうかれこれ十回ぐらい、足ばらいをかけられている。


「お祭りって、いつまで続くの?」

「うーん、明日のお昼ぐらいまでかなあ?」


 なんか、ふわっとしている。

 流れ解散みたいな感じなのだろうか。


「そのあいだ、ごはんってずっとしとぎ?」

「ずっとしとぎです」


 思っていたより厳格なお祭りだ。


「そっか。あとはもう、お酒をのんで寝るぐらいなんだね」

「はい! かつぎは明日のお昼ですからね、今日はもう寝るだけです」

「そうだぞおめえ! 明日はかつぎなんだぞおめえ!」

「うわあ!」

「ひゃあああ!」


 いきなり会話にわりこまれ、二人して悲鳴をあげた。

 しこたまよっぱらった足高さんが、ふらふらしながら、僕たちを見下ろしていた。

本編ではなんだか、足高さんがのさばりつつありますが。


ヒーロー文庫様より、『康太の異世界ごはん』本日発売です。

お買いもとめいただけましたら、これ以上のよろこびはありません。

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