かがり火を囲んで
朝から、空気がやけにそわそわしていた。
歯をみがいて、散歩しているだけで、なんとなくうわついた感じが伝わってきた。
「康太さん! おはようございます!」
朝もやをかきわけて、弾丸みたいにつっこんできたのは、捧芽くん。
「おはよう、捧芽くん」
にっこり笑いかけると、なんだか捧芽くんは、もじもじして、そわそわして、どうしてだか、ちょっとこまったような笑みさえ浮かべている。
「どうしたの?」
そう問うと、捧芽くんは、びっくりしたような表情を浮かべてから、照れくさそうな顔をした。
「だ、だって、お祭りだから」
それきり、話すことなんて何もないのに気付いたのか、またもじもじしはじめる捧芽くん。
「そっか。そうだね、お祭りだね」
「うん!」
「捧芽やーい! おめえ、今日はおめえ、湖葉とおとなしくしてんだぞぉ!」
川の方から、足高さんの声がした。
捧芽くんは僕に背を向けると、もやの向こう側に走り去っていった。
「康太さんがいたよ!」
「そりゃおめえ、いるだろうがよおめえ」
「で、でも……お祭りだから」
「ああ? ああ、そりゃあおめえ……そうだなあ、今日はお祭りだからなあ」
なんだかこっちにまで、お祭りの前の緊張と興奮がつたわってきた。
どことなくうわついた気持ちで、榛美さん家にもどると。
「おはようございます、康太さん!」
榛美さんが出むかえてくれた。
「うわ、びっくりした」
「ええー? なんでですか!」
「だって榛美さんが起きてるから」
いつもは日が高くなるまで寝てるからなあ、榛美さん。
「ああー、ひどいですよ康太さん! 今日はお祭りなんだから、起きるにきまってるじゃないですか!」
「そういうものなんだ」
「そういうものです! まったく康太さんはもう」
「そっか。みんなお祭りを本当にだいじに思っているんだね」
「はい! ずっとたのしみにしてました!」
この間、榛美さんは、ずっと板の間をうろうろしている。
すごいなあ、こんなにそわそわしている人、今までに見たことない。
「それで、僕はなにをすればいいの?」
「お酒は昨日のうちに運んだし、かまどには火をいれてますし、服も用意できてますよ。燃えさしをわたして、夜になったら仮宿に行くだけです」
「えっ? えっ? ごめん、結局なにをすればいいの?」
「だから、燃えさしをわたして、夜になったら仮宿に行くんです」
「あれ? 服はどこに行ったの?」
「え? 服はもう用意できてますよ」
だめだ、ぜんぜん分からない。
そもそも、どんなお祭りなのか分からない。
神社の境内に屋台が出るわけじゃないだろうし。
「その、燃えさしはだれに渡すの?」
「うーん、うちにはユウが来るのかなあ? そういうことは、讃歌さんたちが決めてますから」
そういえば、服を燃やすとかなんとか、幅木さんが言ってたっけ。
とにかく、燃えさしを悠太君にわたせば、それでいいんだろう。
「わああ、たのしみですね、康太さん!」
足ぶみをしはじめた榛美さんが、軸足を中心にゆっくり回転しはじめている。
なんだかよく分からないけれど、どうやら、お祭りはもうはじまっているみたいだ。
簡単な朝ごはんをすませたら、かまどに柴木を追加して、火を絶やさないようにしばし待つ。
くるくる回りつづける榛美さんをながめながら、お昼ごろ。
格子戸が三度ノックされて、そのとたん、回っていた榛美さんがすごい速度で扉に駆けつけた。
「うわっはやっ」
「やっぱりユウだ!」
格子戸の向こうでめんくらっているのは、悠太君。
右手に持った稲穂が、ぷらぷらとゆれている。
榛美さんは、もうともかく、なにがなんだかわからないぐらい楽しそう。
「ほら、ユウ、はやくっ! はやくしてくださいユウ! ほらっ!」
「いや、やりづれえんだけど」
「なにいってるんですか! お祭りなんですよ! おとなになるんですよユウがおとなに! ほらっ!」
「白神! ちょっと助けてくれ! 榛美がめちゃくちゃになってる!」
「任せといて悠太君。ほら榛美さん、水あめだよ」
「みずあめ……! いまみずあめって言いました康太さん!」
「よし悠太君、なんだか分からないけど今の内だ」
榛美さんが、僕との距離を、じりじり詰めはじめる。
だけどときどき振りかえって、悠太君の様子を気にかけている。
「早くするんだ悠太君、あんまり長くはもちそうにないよ」
「いや、ますますやりづれえんだけど、あー……ええと」
せきばらい一つ、大きく息を吸いこんだ悠太君は。
「長き旅路の裔にあり、我が身と我が家が、昼と夜とを繰り返し。
風と光と水と土とが、我が身と我が家に五穀を与え。
讃歌・踏鞴戸・悠太が、鷹嘴の家の安きを、垂穂を以て祝いせん」
ぼそぼそと、気まずそうに、祝詞らしきものを唱えた。
榛美さんの反応といえば。
「はああああ……ユウ、ユウ、おっきくなりましたねえ……ユウ、おっきくなってもう……」
ぎょっとするほど感きわまっている。
なんだこれ。
「あー、つまりな。おとなになって、よその家を祝える立場になったってことなんだよ」
「そうなんだ」
光景の全部が不思議すぎて、なんの解釈もできないでいると、悠太君が解説してくれた。
「それで、ほら、これ、稲穂な。これと、燃えさしを交換するんだ。つまり、稲をつくるのがオレたち男の仕事で、火を守るのが女子どもの仕事ってこと」
「男性が稲を持ちかえって、女性が火をわたす?」
うーん。
まだお祭りの全体像が見えてこないぞ。
「あんまり聞くなよな。みんな、よく分かんねえでやってんだから。榛美、はやくしてくんねえ?」
「ユウ、おっきくなりましたね、ほんとにおっきくなりましたねえ……」
「だめだな、これは」
「でも、僕から燃えさしを渡すってわけにもいかないっぽいしなあ」
「ああ。それぐらいのしきたりは、オレだって守るよ」
そんなわけで、感きわまってしまった榛美さんが我にかえるまで、数十分ばかりだろうか。
ようやく無事に燃えさしを受け取った悠太君は、稲穂を残し、足早に去っていった。
「はあああ……みちがえましたねえ。ユウ、みちがえたなあ。おとなになったんですねえ」
「あのさ榛美さん、おとなになるって、どういうことなの?」
「今年はユウの年の子が、おとなになるんです」
元服みたいなものだろうか。
収穫祭と成人式が、いっしょになっているんだと推測できる。
踏鞴家給地には、あんまりお祭りがないからなあ。
いろんな儀礼を、まとめて収穫祭にぶちこんでいるんだろう。
たしか、かつぎ、つまり婚姻儀礼も、収穫祭のあいだに行われるはずだしね。
「とにかくこれで、あとは夜になったら仮宿に向かうんだね?」
「はい! もう服も用意できてますからね!」
「えっえっ? ごめん、あの、ばかみたいなことを聞くんだけど、服はどこから出てくるの?」
「もう用意できてるからだいじょうぶですよ。おまつりですからね!」
だめだ、どうしようもないぐらい分からない。
知っているようなお祭りではないと分かっていたけれど、ここまでこっちの知識が通用しないとは。
こいつは、かなり手ごわいぞ。
そわそわする榛美さんといっしょに、日が暮れるのを待っていると。
「紺屋さん、榛美さん、こんばんはっ!」
「こんばんは」
湖葉さんと葛乃さんが、たいまつ片手にやってきた。
「わああ! きたきた!」
湖葉さんにぎゅうっと抱きついて、ぴょんぴょん跳ねはじめる榛美さん。
「あはは、まったくはしゃいじゃってこの子は。ほらっ、あぶないよっ」
「おまつりですからね! おまつりですからね!」
さっきから榛美さん、それしか言ってない。
「行きましょう。白神様も」
葛乃さんが、榛美さんをひっぺがし、すたすたとあるきだした。
「あのねあのね、葛乃さん! 幅木さんの土は、今年もいい土だったんですよ!」
三人の間をちょろちょろしながら、せわしなくしゃべりつづける榛美さん。
「当然です」
口元をむずむずさせながら、あくまで冷静な葛乃さん。
「今日の榛美さんはすごいったらねえ。びっくりしちゃうよっ」
「おまつりですからね!」
「はいはい、おまつりだもんねっ」
いろいろあきらめた表情で、湖葉さんは抱きついてきた榛美さんをなでた。
しばし歩くと、棚田を見あげる平たい土地に、大きなあかりが見えた。
「かがり火です」
目をほそめて眺めていれば、葛乃さんが説明をはじめてくれる。
「家々から持ちよった燃えさしと、稲の茎を集めて、火を焚きます。お祭りが終わったら、灰の中の炭を持ち帰って、かまどに入れます。
そうすることで、かまどの火は絶えることなく、また、やけどを負わせたり、火事を出したりすることもなくなります」
「ああ、なるほど。だから悠太君たちが、燃えさしを集めていたんですね」
「はい。かまどの火は、少しずつ、つながりを喪っていきます。つながりを喪った火は、やけどや火事のもとです。
家々の火と、稲の火をあわせれば、つながりを取りもどすことができます」
そういえば給地には、藁でつくったものがあんまりない。
榛美さんが着ていた蓑ぐらいしか、見たことがない。
お祭りのときに燃やされることで、宗教的な役割を果たしていたのか。
「つながり、か」
「おかしな言葉ですか」
問われて、首を横にふる。
きっと、エルフの考え方からやってきたものなんだろう。
分かち合うことが、なによりもエルフにとって大事だったのだから。
近づいてみると、かがり火とは別に、仮宿の前で、小さな火がくすぶっている。
男衆は、束にした藁をかつぎ、仮宿をせわしなく出入りしている。
「藁で、寝床をつくっています。人のねむった藁も、かがり火にくべます」
「それもまた、火につながりを与えるためのことなんですね」
葛乃さんがうなずいた。
異世界のお祭り、その全体像が、少しずつ見えてきたぞ。




