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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第六章 黄金色の秋

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かがり火を囲んで

 朝から、空気がやけにそわそわしていた。

 歯をみがいて、散歩しているだけで、なんとなくうわついた感じが伝わってきた。


「康太さん! おはようございます!」


 朝もやをかきわけて、弾丸みたいにつっこんできたのは、捧芽ほうがくん。


「おはよう、捧芽くん」


 にっこり笑いかけると、なんだか捧芽くんは、もじもじして、そわそわして、どうしてだか、ちょっとこまったような笑みさえ浮かべている。


「どうしたの?」


 そう問うと、捧芽くんは、びっくりしたような表情を浮かべてから、照れくさそうな顔をした。


「だ、だって、お祭りだから」


 それきり、話すことなんて何もないのに気付いたのか、またもじもじしはじめる捧芽くん。


「そっか。そうだね、お祭りだね」

「うん!」

「捧芽やーい! おめえ、今日はおめえ、湖葉とおとなしくしてんだぞぉ!」


 川の方から、足高さんの声がした。

 捧芽くんは僕に背を向けると、もやの向こう側に走り去っていった。


「康太さんがいたよ!」

「そりゃおめえ、いるだろうがよおめえ」

「で、でも……お祭りだから」

「ああ? ああ、そりゃあおめえ……そうだなあ、今日はお祭りだからなあ」


 なんだかこっちにまで、お祭りの前の緊張と興奮がつたわってきた。

 どことなくうわついた気持ちで、榛美さん家にもどると。


「おはようございます、康太さん!」


 榛美さんが出むかえてくれた。


「うわ、びっくりした」

「ええー? なんでですか!」

「だって榛美さんが起きてるから」


 いつもは日が高くなるまで寝てるからなあ、榛美さん。


「ああー、ひどいですよ康太さん! 今日はお祭りなんだから、起きるにきまってるじゃないですか!」

「そういうものなんだ」

「そういうものです! まったく康太さんはもう」

「そっか。みんなお祭りを本当にだいじに思っているんだね」

「はい! ずっとたのしみにしてました!」


 この間、榛美さんは、ずっと板の間をうろうろしている。

 すごいなあ、こんなにそわそわしている人、今までに見たことない。


「それで、僕はなにをすればいいの?」

「お酒は昨日のうちに運んだし、かまどには火をいれてますし、服も用意できてますよ。燃えさしをわたして、夜になったら仮宿に行くだけです」

「えっ? えっ? ごめん、結局なにをすればいいの?」

「だから、燃えさしをわたして、夜になったら仮宿に行くんです」

「あれ? 服はどこに行ったの?」

「え? 服はもう用意できてますよ」


 だめだ、ぜんぜん分からない。

 そもそも、どんなお祭りなのか分からない。

 神社の境内に屋台が出るわけじゃないだろうし。


「その、燃えさしはだれに渡すの?」

「うーん、うちにはユウが来るのかなあ? そういうことは、讃歌さんたちが決めてますから」


 そういえば、服を燃やすとかなんとか、幅木さんが言ってたっけ。

 とにかく、燃えさしを悠太君にわたせば、それでいいんだろう。


「わああ、たのしみですね、康太さん!」


 足ぶみをしはじめた榛美さんが、軸足を中心にゆっくり回転しはじめている。

 なんだかよく分からないけれど、どうやら、お祭りはもうはじまっているみたいだ。



 簡単な朝ごはんをすませたら、かまどに柴木を追加して、火を絶やさないようにしばし待つ。

 くるくる回りつづける榛美さんをながめながら、お昼ごろ。


 格子戸が三度ノックされて、そのとたん、回っていた榛美さんがすごい速度で扉に駆けつけた。


「うわっはやっ」

「やっぱりユウだ!」


 格子戸の向こうでめんくらっているのは、悠太君。

 右手に持った稲穂が、ぷらぷらとゆれている。

 榛美さんは、もうともかく、なにがなんだかわからないぐらい楽しそう。


「ほら、ユウ、はやくっ! はやくしてくださいユウ! ほらっ!」

「いや、やりづれえんだけど」

「なにいってるんですか! お祭りなんですよ! おとなになるんですよユウがおとなに! ほらっ!」

「白神! ちょっと助けてくれ! 榛美がめちゃくちゃになってる!」

「任せといて悠太君。ほら榛美さん、水あめだよ」

「みずあめ……! いまみずあめって言いました康太さん!」

「よし悠太君、なんだか分からないけど今の内だ」


 榛美さんが、僕との距離を、じりじり詰めはじめる。

 だけどときどき振りかえって、悠太君の様子を気にかけている。


「早くするんだ悠太君、あんまり長くはもちそうにないよ」

「いや、ますますやりづれえんだけど、あー……ええと」


 せきばらい一つ、大きく息を吸いこんだ悠太君は。


「長き旅路のすえにあり、我が身と我がが、昼と夜とを繰り返し。

 風と光と水と土とが、我が身と我が家に五穀を与え。

 讃歌・踏鞴戸・悠太が、鷹嘴たかのはしの家の安きを、垂穂たるほを以て祝いせん」


 ぼそぼそと、気まずそうに、祝詞のりとらしきものを唱えた。

 榛美さんの反応といえば。


「はああああ……ユウ、ユウ、おっきくなりましたねえ……ユウ、おっきくなってもう……」


 ぎょっとするほど感きわまっている。

 なんだこれ。


「あー、つまりな。おとなになって、よその家を祝える立場になったってことなんだよ」

「そうなんだ」


 光景の全部が不思議すぎて、なんの解釈もできないでいると、悠太君が解説してくれた。


「それで、ほら、これ、稲穂な。これと、燃えさしを交換するんだ。つまり、稲をつくるのがオレたち男の仕事で、火を守るのが女子どもの仕事ってこと」

「男性が稲を持ちかえって、女性が火をわたす?」


 うーん。

 まだお祭りの全体像が見えてこないぞ。


「あんまり聞くなよな。みんな、よく分かんねえでやってんだから。榛美、はやくしてくんねえ?」

「ユウ、おっきくなりましたね、ほんとにおっきくなりましたねえ……」

「だめだな、これは」

「でも、僕から燃えさしを渡すってわけにもいかないっぽいしなあ」

「ああ。それぐらいのしきたりは、オレだって守るよ」


 そんなわけで、感きわまってしまった榛美さんが我にかえるまで、数十分ばかりだろうか。

 ようやく無事に燃えさしを受け取った悠太君は、稲穂を残し、足早に去っていった。


「はあああ……みちがえましたねえ。ユウ、みちがえたなあ。おとなになったんですねえ」

「あのさ榛美さん、おとなになるって、どういうことなの?」

「今年はユウの年の子が、おとなになるんです」


 元服みたいなものだろうか。

 収穫祭と成人式が、いっしょになっているんだと推測できる。

 踏鞴家給地には、あんまりお祭りがないからなあ。

 いろんな儀礼を、まとめて収穫祭にぶちこんでいるんだろう。

 たしか、かつぎ、つまり婚姻儀礼も、収穫祭のあいだに行われるはずだしね。


「とにかくこれで、あとは夜になったら仮宿に向かうんだね?」

「はい! もう服も用意できてますからね!」

「えっえっ? ごめん、あの、ばかみたいなことを聞くんだけど、服はどこから出てくるの?」

「もう用意できてるからだいじょうぶですよ。おまつりですからね!」


 だめだ、どうしようもないぐらい分からない。

 知っているようなお祭りではないと分かっていたけれど、ここまでこっちの知識が通用しないとは。

 こいつは、かなり手ごわいぞ。


 そわそわする榛美さんといっしょに、日が暮れるのを待っていると。


紺屋こうやさん、榛美さん、こんばんはっ!」

「こんばんは」


 湖葉さんと葛乃さんが、たいまつ片手にやってきた。


「わああ! きたきた!」


 湖葉さんにぎゅうっと抱きついて、ぴょんぴょん跳ねはじめる榛美さん。


「あはは、まったくはしゃいじゃってこの子は。ほらっ、あぶないよっ」

「おまつりですからね! おまつりですからね!」


 さっきから榛美さん、それしか言ってない。


「行きましょう。白神様も」


 葛乃さんが、榛美さんをひっぺがし、すたすたとあるきだした。


「あのねあのね、葛乃さん! 幅木さんの土は、今年もいい土だったんですよ!」


 三人の間をちょろちょろしながら、せわしなくしゃべりつづける榛美さん。


「当然です」


 口元をむずむずさせながら、あくまで冷静な葛乃さん。


「今日の榛美さんはすごいったらねえ。びっくりしちゃうよっ」

「おまつりですからね!」

「はいはい、おまつりだもんねっ」


 いろいろあきらめた表情で、湖葉さんは抱きついてきた榛美さんをなでた。


 しばし歩くと、棚田を見あげる平たい土地に、大きなあかりが見えた。


「かがり火です」


 目をほそめて眺めていれば、葛乃さんが説明をはじめてくれる。


「家々から持ちよった燃えさしと、稲の茎を集めて、火を焚きます。お祭りが終わったら、灰の中の炭を持ち帰って、かまどに入れます。

 そうすることで、かまどの火は絶えることなく、また、やけどを負わせたり、火事を出したりすることもなくなります」

「ああ、なるほど。だから悠太君たちが、燃えさしを集めていたんですね」

「はい。かまどの火は、少しずつ、つながりを喪っていきます。つながりを喪った火は、やけどや火事のもとです。

 家々の火と、稲の火をあわせれば、つながりを取りもどすことができます」


 そういえば給地には、藁でつくったものがあんまりない。

 榛美さんが着ていた蓑ぐらいしか、見たことがない。

 お祭りのときに燃やされることで、宗教的な役割を果たしていたのか。


「つながり、か」

「おかしな言葉ですか」


 問われて、首を横にふる。

 きっと、エルフの考え方からやってきたものなんだろう。

 分かち合うことが、なによりもエルフにとって大事だったのだから。


 近づいてみると、かがり火とは別に、仮宿の前で、小さな火がくすぶっている。

 男衆は、束にした藁をかつぎ、仮宿をせわしなく出入りしている。


「藁で、寝床をつくっています。人のねむった藁も、かがり火にくべます」

「それもまた、火につながりを与えるためのことなんですね」


 葛乃さんがうなずいた。

 異世界のお祭り、その全体像が、少しずつ見えてきたぞ。

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