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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第六章 黄金色の秋

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つながりと、いとなみ

 さあ、お祭りに使われるお酒づくりだ。


 ホップを使うけれど、今回つくるのは、残念ながらビールではない。

 酒母しゅぼに『花もと』をつかったどぶろくだ。


 ホップをことこと煮立てて、人肌に冷ます。

 そこに、蒸した米と麹を加え、水を足す。

 そうしたら、秋の宮で保温すること三日間。

 お酒のもと、酒母ができあがり。


 この酒母の中には、酵母がたくさん住んでいる。

 マキベリーワイン作りのときにつかった、松葉サイダーみたいなものだ。


「どれどれ」


 甕の蓋をあけて、ちょっとすくって、呑んでみる。


「康太さん、どうですか?」

「うん、ホップの苦味と香りがはなやかで、麹の酸味がいい感じだよ。はい、榛美さんもどうぞ」


 木さじですくった酒母を、榛美さんの口にもっていく。

 小鳥みたいにくちびるをとんがらせて、しゅるっとすすれば。


「んんー! いいですね! このちょっと苦いのがいいです! わあ、わああ! わたしがつくるより全然いいですよ、康太さん!」

「え、そうなの?」

「はい! だって、一年に一度しかつくらないですからね。なんか、おいしいときと、あんまりおいしくないときがあるんです」


 まあ、重要なのは味じゃなくて、とくべつなお酒が出てくるってことだからなあ。

 なにより、エルフの娘さんがつくっているっていうことが、いちばん大事だったんだろう。

 僕の場合は、『あんまりおいしくないけど、まあ、かわいいからいってこいだな』では、すまされないぞ。


「じゃあ、ここに蒸し米と麹をいれて、しばらく放っておけばできあがりだね」

「はい、それを何回かやればできあがりです」

「何回か? お米と麹を?」

「ちょっとずつお米と麹をふやしていくんですよ」


 これはおどろいた、日本酒の、段仕込みだ。


 段仕込みというのは、榛美さんが過不足なく説明してくれた通り、お米と麹を何回かに分け酒母にくわえていく作り方。

 日本酒では、三段仕込みが一般的。


 お米と麹をいっぺんにぶちこむと、酵母にとって、あんまりよろしくないらしい。

 何回かに分けて仕込むことで、酵母をゆっくりと環境にならし、のびのび発酵してもらうわけだ。


「とくべつなお酒ですから、とくべつな作りかたをするんですよ。ずっと前から、そうやってきたって聞きます」

「ふうむ、なるほどなるほど。ホップの花もとに、段仕込み……昔は、そんな風にお酒をつくっていたのかもしれないね」


 給地のお酒づくりでは、白麹がつかわれる。

 白麹は雑菌に強いため、わりといい加減に仕込んでも、お酒になってくれる。


 もしかしたら、お酒づくりを合理化するため、穀斗さんが白麹を給地に持ち込んだのかもしれない。

 糖化の際にクエン酸を発生させる麹は、多くの場合、亜熱帯で見つかるからね。

 このあたりで原産するとは、どうも思えないのだ。


 ホップで雑菌を抑え、段仕込みで確実に度数を高めていく。

 それが、給地本来のお酒づくりだった可能性はあるだろう。

 やっぱりお祭りには、その土地の歴史がこめられているんだな。


「康太さん?」


 ひとりで納得していると、榛美さんが口を半びらきにした。


「ああ、ごめんごめん。実はさ――」


 それで僕は、ホップづくりや、れんがづくりについてのことを、かいつまんで語ることにした。


 はるか遠くから旅をしてきたエルフたちが、森を焼き、谷を拓いたこと。

 鉄じいさんに連れられて、多くの人々が、やってきたこと。

 エルフとヒトが出会って、つかの間、よい関係を築けたこと。

 その全てが、一度、こわれてしまったこと。

 だけど今こうして、お祭りのために、お酒をつくれていること。


「おまつりと、昔のこと、ですか」

「うん。だから、ずっとつながっているんだよ。どこか遠くにいた、とても昔の人たちから、このお酒までね」


 榛美さんは、まだまだ口を半びらきで、酒母のつまった甕をぽかんとながめている。


「古いエルフのひとたちがいて、わたしが、いるんですね」


 この地には、エルフの述瑚じゅつごが残っている。

 そのはたらきがあるから、榛美さんは、エルフとして生まれてきた。


「うん。エルフがいて、榛美さんがいる」


 自分の長い耳に触れてみて、高い鼻に触れてみて、しゅっとした顎に触れてみて。

 榛美さんは、なんだかうれしそう。


「わたしも、ここに、ちゃんとつながっていたんですね」


 僕をみあげて、榛美さんの笑顔が咲いた。


「そうだよ、榛美さん。ちゃんと、つながってるんだ」


 きっと榛美さんは、たくさんの悩みをかかえていた。

 穀斗さんの言葉を、鉄じいさんから聞いた、あの日。

 自分が給地をかたちづくるための歯車だったと、知らされた日。

 それからずっと、考えていたんだろう。


 なんのために生まれてきたのか、だとか。

 どうしてここで生きているんだろう、だとか。

 世界の営みから切りはなされて、一つの部品になってしまったような気持ちで、いたんだろう。

 世界の営みをかたちづくるための、外側にある部品みたいな気持ちで。


「つながってるんだよ、榛美さん」


 ばかみたいに、榛美さんの言葉を、やけに熱っぽく、くりかえしている。

 

 なんだろうな、この気持ちは。

 榛美さんの言葉を、声を、これまで生きてきたことを、これから生きていくことを、だからつまり、榛美さんの全部を、肯定して、祝福してあげたいんだ。

 力が及ぼうと、及ぶまいと、そんなことは関係なく。

 ただとにかく、もどかしいぐらいに、僕は、榛美さんを、祝福したい。


「だからね、榛美さん。その、つまり……つながっているんだよ。昔から、今まで」

「あはははっ!」


 同じことを六回ぐらい繰り返していたら、ついに榛美さんがわらった。


「康太さん、なんだか酔ったときの康太さんみたいになってますよ」

「ええー? そうかなあ。でもほら、その、なんていうかなあ……つながってるっていうのが」

「あはははは! も、もうやめてください! それなんか、すごくおもしろくなってきちゃった!」

「いやいや、すごく重要なことなんだよ榛美さん。だからね、ほら、変な話、つながってるっていうか」

「変な話でちゃった! あはははは! もうだめだ、康太さんがもうだめです!」


 笑いすぎて、その場にくずれおちる榛美さん。

 いやあ、届かないねえ、思い。


 口をひらくたびに爆笑されるので、あきらめてだまっていたら。

 ようやく、わらうのを止めた榛美さんが、よろよろと立ち上がって。


「ねえねえ、康太さん」


 照れくさそうに、僕の服のすそをひっぱると。


「あのね、やっぱりわたし、康太さんのことがすごく好きだなあって、今また思いました」

「うえっ!?」

「うひゃあ康太さんがいきなり大声で!」


 ふたりして同時に飛びのいてしまったよ榛美さん。

 その言葉、いまの僕にはちょっとセンシティブすぎるよ榛美さん。


「あ、いや、ごめん、いきなり大声を出すつもりはなかったんだけど」

「びっくりしましたよ! まったく康太さんはときどきへんになるからなあ」

「ぐうの音も出ないよ」



 そんなぼんくらな一幕もありながら、お酒づくりが進んでいく。

 ひと肌にさました蒸し米に麹を混ぜ、酒母と合わせる。

 麹の糖化と、酵母の発酵が、酒母をゆっくりとお酒に変えていく。

 こうなったら、ときどきかきまぜたり、見まもったり、やることは案外すくない。

 もっとも難しい温度管理だって、四季の宮さえあればどうにでもなるからね。


「それじゃあ今日は、おてつだいにいきましょうか? みんな、おうちをつくってるはずですよ」

「仮宿だね」

「はい! その、エルフのむかしとつながっているやつです!」


 榛美さん、『つながっている』というワードがいたく気に入ったらしく、わりと濫用するようになってしまった。

 自分のぼんくらと直面しているようで、すごく恥ずかしい。


 棚田を見上げられる場所では、急ピッチで設営が進められていた。


「おォ、白神じゃねェか。何しにきやがッた?」


 作業を監督しているのは、さもありなん、鉄じいさんだ。


「ええ、ちょっと手伝いに」

「てめェ足高! れんがに泥も塗れねェのか!」

「ひえええ! かんべんしてくれえ!」


 いきなり怒鳴って、足高さんのところまでのしのし歩いていく鉄じいさん。

 いつも通りだ。


「そンなンじゃァ、祭りまでにぶっ壊れちまうだろォが! 貸せ!」


 おそろしい速度でれんがを積んでいく鉄じいさんの後ろすがた、異様にたのもしい。


「鉄じいさん、左官もできるんですね」


 声をかけると、鉄じいさんは振り返りもせず首をたてに振った。


「郷ではよ、土壁だッたのさ。竹を格子に編んで、三和土たたきを塗ッたくッてよ。親父にどやされながら、必死でやッたもンさ」

「三和土ですか。ああ、だから石灰を……」

「よく覚えてるじゃねェか。どォしても石灰が手に入らなきャあ、卵の殻だッてなンだッて焼いたもンよ」


 あれは、石鹸づくりの時だったなあ。

 足高さんからゆずりうけた卵の殻を、鉄じいさんが焼いてくれたんだ。

 三和土は、和製コンクリートと呼ばれる素材で、土、石灰、にがりを混ぜたもの。

 れんがを積むにはぴったりだろう。


「まァ、カイフェの様式じゃァ土壁なンざ好まれねェ。給地の家がヒノキなのも、あの頃にゃァ必要な見栄だッたのさ」

「資産があることを、分かりやすく主張してみせる必要があったんですね」

「あァ、足元見られねェためにな。しかしまァ、やくたいもねェ土壁づくりの技がよ、こンな祭りで役に立つンだ。なンだッて、やッておくもンだなァ。足高! ぼおッとしてンじゃねェ! よく見たな? 後はやッとけ! 嫁とガキに恥をさらしたくはねェだろ!」

「あ、お、おう! そりゃおめえ、当たり前だろおめえ! 見てろよ湖葉、捧芽! いっとう立派な仮宿にしてやるぞおめえ!」

「その意気だぜ、足高。しッかりやれよ!」


 足高さんの背中をばんばん叩いて、次の標的をさがしにうろうろしはじめる鉄じいさん。

 どこか手伝える場所がないか、ちょろちょろしていると。


「仮宿づくりなんざァ、白神の仕事じゃねェ。榛美と大人しくしてやがれ。しなきゃならねェ話だッて、いくらでもあるだろォが」


 鉄じいさんにくぎをさされた。

 なんてこった、ここまで根回しが済んでいるぞ。

 幸い、となりの榛美さんは口を半びらきにしていて、なんのことか分かっていなさそう。


「酒ができりゃァ祭りだ。手前ェは女子どもといっしょに動け。手順は榛美が知ッてるだろ」

「はい! まかせてください!」

「手順?」

「いィから戻りやがれ。こッちはこの連中に、ものの道理ッてもンを分からせなくちゃァ……讃歌ァ! 手前ェ! 積み方がなッてねェぞ!」

「うわ、勘弁してくださいよ踏鞴様! なんだって今年はそんなに張り切ってるんですか!」

「うるせェ! いつも通りだろォが!」

「いや、前の祭りのときは手出しなんて……うわあああ!」


 讃歌さんの悲鳴を聞きながら、僕たちは結局、すごすごと榛美さん家にもどることになった。


「鉄じいさん、たのしそうでしたねえ」

「そうだね。あんなに楽しそうな鉄じいさん、久しぶりに見たなあ」

「やっぱり、今年はご領主さまも樫葉さまももいますからね」

「そっか、踏鞴様も参加されるんだ」

「はい! おじいちゃんと、おとうさんと、息子さんで、三人のお祭りです」


 たしかに、その通りだ。

 その通りなんだけど、ほほえましくて、わらってしまう。


「もうすぐお祭りですね! わあ、なんだかすごくたのしみになってきた! ねえねえ康太さん、たのしみですよね!」


 僕の前に立って、笑顔をふりまきながら、うしろむきに歩く榛美さん。

 後ろ手に手を組んだり、両腕をひろげたり、せわしなくたのしそう。


「お祭りがおわったら冬が来て、だけど、すぐ春ですよ! 春はあったかくて、やわらかくて、好きだなあ。春がいちばん好きです」

「僕もいちばん好きだよ」

「でも、夏もいいですよね! あつくていやだけど、川がきもちいいです!」

「エビやカニを採ったりするのも楽しいからなあ、夏は。うん、夏もいいね」

「あ! でも、秋はどうですか? わたしは秋も好きですよ! だってお米ができますからね! できたてのお米ってすごくおいしいの、康太さんは知ってます?」

「新米の季節はわくわくするよね。そう言われると、秋も好きだなあ」

「あれ? そうなると、もしかして冬もたのしいんじゃないですか? ほら、朝起きてね、空がきりっとしてて、朝焼けがとってもきれいなんです。夜はね、帆柱座がすごくよく見えるんです! わああ、もう、いつがいちばん好きなのか分かんなくなってきた!」

「とても難しい問題だなあ。それは考える価値があると思うよ」


 ふたりして、それぞれの季節のいいところについて話しながら、帰り道を歩く。

 そんな時間を、僕は、どんな言葉で語るべきなんだろうか。


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