つながりと、いとなみ
さあ、お祭りに使われるお酒づくりだ。
ホップを使うけれど、今回つくるのは、残念ながらビールではない。
酒母に『花もと』をつかったどぶろくだ。
ホップをことこと煮立てて、人肌に冷ます。
そこに、蒸した米と麹を加え、水を足す。
そうしたら、秋の宮で保温すること三日間。
お酒のもと、酒母ができあがり。
この酒母の中には、酵母がたくさん住んでいる。
マキベリーワイン作りのときにつかった、松葉サイダーみたいなものだ。
「どれどれ」
甕の蓋をあけて、ちょっとすくって、呑んでみる。
「康太さん、どうですか?」
「うん、ホップの苦味と香りがはなやかで、麹の酸味がいい感じだよ。はい、榛美さんもどうぞ」
木さじですくった酒母を、榛美さんの口にもっていく。
小鳥みたいにくちびるをとんがらせて、しゅるっとすすれば。
「んんー! いいですね! このちょっと苦いのがいいです! わあ、わああ! わたしがつくるより全然いいですよ、康太さん!」
「え、そうなの?」
「はい! だって、一年に一度しかつくらないですからね。なんか、おいしいときと、あんまりおいしくないときがあるんです」
まあ、重要なのは味じゃなくて、とくべつなお酒が出てくるってことだからなあ。
なにより、エルフの娘さんがつくっているっていうことが、いちばん大事だったんだろう。
僕の場合は、『あんまりおいしくないけど、まあ、かわいいからいってこいだな』では、すまされないぞ。
「じゃあ、ここに蒸し米と麹をいれて、しばらく放っておけばできあがりだね」
「はい、それを何回かやればできあがりです」
「何回か? お米と麹を?」
「ちょっとずつお米と麹をふやしていくんですよ」
これはおどろいた、日本酒の、段仕込みだ。
段仕込みというのは、榛美さんが過不足なく説明してくれた通り、お米と麹を何回かに分け酒母にくわえていく作り方。
日本酒では、三段仕込みが一般的。
お米と麹をいっぺんにぶちこむと、酵母にとって、あんまりよろしくないらしい。
何回かに分けて仕込むことで、酵母をゆっくりと環境にならし、のびのび発酵してもらうわけだ。
「とくべつなお酒ですから、とくべつな作りかたをするんですよ。ずっと前から、そうやってきたって聞きます」
「ふうむ、なるほどなるほど。ホップの花もとに、段仕込み……昔は、そんな風にお酒をつくっていたのかもしれないね」
給地のお酒づくりでは、白麹がつかわれる。
白麹は雑菌に強いため、わりといい加減に仕込んでも、お酒になってくれる。
もしかしたら、お酒づくりを合理化するため、穀斗さんが白麹を給地に持ち込んだのかもしれない。
糖化の際にクエン酸を発生させる麹は、多くの場合、亜熱帯で見つかるからね。
このあたりで原産するとは、どうも思えないのだ。
ホップで雑菌を抑え、段仕込みで確実に度数を高めていく。
それが、給地本来のお酒づくりだった可能性はあるだろう。
やっぱりお祭りには、その土地の歴史がこめられているんだな。
「康太さん?」
ひとりで納得していると、榛美さんが口を半びらきにした。
「ああ、ごめんごめん。実はさ――」
それで僕は、ホップづくりや、れんがづくりについてのことを、かいつまんで語ることにした。
はるか遠くから旅をしてきたエルフたちが、森を焼き、谷を拓いたこと。
鉄じいさんに連れられて、多くの人々が、やってきたこと。
エルフとヒトが出会って、つかの間、よい関係を築けたこと。
その全てが、一度、こわれてしまったこと。
だけど今こうして、お祭りのために、お酒をつくれていること。
「おまつりと、昔のこと、ですか」
「うん。だから、ずっとつながっているんだよ。どこか遠くにいた、とても昔の人たちから、このお酒までね」
榛美さんは、まだまだ口を半びらきで、酒母のつまった甕をぽかんとながめている。
「古いエルフのひとたちがいて、わたしが、いるんですね」
この地には、エルフの述瑚が残っている。
そのはたらきがあるから、榛美さんは、エルフとして生まれてきた。
「うん。エルフがいて、榛美さんがいる」
自分の長い耳に触れてみて、高い鼻に触れてみて、しゅっとした顎に触れてみて。
榛美さんは、なんだかうれしそう。
「わたしも、ここに、ちゃんとつながっていたんですね」
僕をみあげて、榛美さんの笑顔が咲いた。
「そうだよ、榛美さん。ちゃんと、つながってるんだ」
きっと榛美さんは、たくさんの悩みをかかえていた。
穀斗さんの言葉を、鉄じいさんから聞いた、あの日。
自分が給地をかたちづくるための歯車だったと、知らされた日。
それからずっと、考えていたんだろう。
なんのために生まれてきたのか、だとか。
どうしてここで生きているんだろう、だとか。
世界の営みから切りはなされて、一つの部品になってしまったような気持ちで、いたんだろう。
世界の営みをかたちづくるための、外側にある部品みたいな気持ちで。
「つながってるんだよ、榛美さん」
ばかみたいに、榛美さんの言葉を、やけに熱っぽく、くりかえしている。
なんだろうな、この気持ちは。
榛美さんの言葉を、声を、これまで生きてきたことを、これから生きていくことを、だからつまり、榛美さんの全部を、肯定して、祝福してあげたいんだ。
力が及ぼうと、及ぶまいと、そんなことは関係なく。
ただとにかく、もどかしいぐらいに、僕は、榛美さんを、祝福したい。
「だからね、榛美さん。その、つまり……つながっているんだよ。昔から、今まで」
「あはははっ!」
同じことを六回ぐらい繰り返していたら、ついに榛美さんがわらった。
「康太さん、なんだか酔ったときの康太さんみたいになってますよ」
「ええー? そうかなあ。でもほら、その、なんていうかなあ……つながってるっていうのが」
「あはははは! も、もうやめてください! それなんか、すごくおもしろくなってきちゃった!」
「いやいや、すごく重要なことなんだよ榛美さん。だからね、ほら、変な話、つながってるっていうか」
「変な話でちゃった! あはははは! もうだめだ、康太さんがもうだめです!」
笑いすぎて、その場にくずれおちる榛美さん。
いやあ、届かないねえ、思い。
口をひらくたびに爆笑されるので、あきらめてだまっていたら。
ようやく、わらうのを止めた榛美さんが、よろよろと立ち上がって。
「ねえねえ、康太さん」
照れくさそうに、僕の服のすそをひっぱると。
「あのね、やっぱりわたし、康太さんのことがすごく好きだなあって、今また思いました」
「うえっ!?」
「うひゃあ康太さんがいきなり大声で!」
ふたりして同時に飛びのいてしまったよ榛美さん。
その言葉、いまの僕にはちょっとセンシティブすぎるよ榛美さん。
「あ、いや、ごめん、いきなり大声を出すつもりはなかったんだけど」
「びっくりしましたよ! まったく康太さんはときどきへんになるからなあ」
「ぐうの音も出ないよ」
そんなぼんくらな一幕もありながら、お酒づくりが進んでいく。
ひと肌にさました蒸し米に麹を混ぜ、酒母と合わせる。
麹の糖化と、酵母の発酵が、酒母をゆっくりとお酒に変えていく。
こうなったら、ときどきかきまぜたり、見まもったり、やることは案外すくない。
もっとも難しい温度管理だって、四季の宮さえあればどうにでもなるからね。
「それじゃあ今日は、おてつだいにいきましょうか? みんな、おうちをつくってるはずですよ」
「仮宿だね」
「はい! その、エルフのむかしとつながっているやつです!」
榛美さん、『つながっている』というワードがいたく気に入ったらしく、わりと濫用するようになってしまった。
自分のぼんくらと直面しているようで、すごく恥ずかしい。
棚田を見上げられる場所では、急ピッチで設営が進められていた。
「おォ、白神じゃねェか。何しにきやがッた?」
作業を監督しているのは、さもありなん、鉄じいさんだ。
「ええ、ちょっと手伝いに」
「てめェ足高! れんがに泥も塗れねェのか!」
「ひえええ! かんべんしてくれえ!」
いきなり怒鳴って、足高さんのところまでのしのし歩いていく鉄じいさん。
いつも通りだ。
「そンなンじゃァ、祭りまでにぶっ壊れちまうだろォが! 貸せ!」
おそろしい速度でれんがを積んでいく鉄じいさんの後ろすがた、異様にたのもしい。
「鉄じいさん、左官もできるんですね」
声をかけると、鉄じいさんは振り返りもせず首をたてに振った。
「郷ではよ、土壁だッたのさ。竹を格子に編んで、三和土を塗ッたくッてよ。親父にどやされながら、必死でやッたもンさ」
「三和土ですか。ああ、だから石灰を……」
「よく覚えてるじゃねェか。どォしても石灰が手に入らなきャあ、卵の殻だッてなンだッて焼いたもンよ」
あれは、石鹸づくりの時だったなあ。
足高さんからゆずりうけた卵の殻を、鉄じいさんが焼いてくれたんだ。
三和土は、和製コンクリートと呼ばれる素材で、土、石灰、にがりを混ぜたもの。
れんがを積むにはぴったりだろう。
「まァ、カイフェの様式じゃァ土壁なンざ好まれねェ。給地の家がヒノキなのも、あの頃にゃァ必要な見栄だッたのさ」
「資産があることを、分かりやすく主張してみせる必要があったんですね」
「あァ、足元見られねェためにな。しかしまァ、やくたいもねェ土壁づくりの技がよ、こンな祭りで役に立つンだ。なンだッて、やッておくもンだなァ。足高! ぼおッとしてンじゃねェ! よく見たな? 後はやッとけ! 嫁とガキに恥をさらしたくはねェだろ!」
「あ、お、おう! そりゃおめえ、当たり前だろおめえ! 見てろよ湖葉、捧芽! いっとう立派な仮宿にしてやるぞおめえ!」
「その意気だぜ、足高。しッかりやれよ!」
足高さんの背中をばんばん叩いて、次の標的をさがしにうろうろしはじめる鉄じいさん。
どこか手伝える場所がないか、ちょろちょろしていると。
「仮宿づくりなんざァ、白神の仕事じゃねェ。榛美と大人しくしてやがれ。しなきゃならねェ話だッて、いくらでもあるだろォが」
鉄じいさんにくぎをさされた。
なんてこった、ここまで根回しが済んでいるぞ。
幸い、となりの榛美さんは口を半びらきにしていて、なんのことか分かっていなさそう。
「酒ができりゃァ祭りだ。手前ェは女子どもといっしょに動け。手順は榛美が知ッてるだろ」
「はい! まかせてください!」
「手順?」
「いィから戻りやがれ。こッちはこの連中に、ものの道理ッてもンを分からせなくちゃァ……讃歌ァ! 手前ェ! 積み方がなッてねェぞ!」
「うわ、勘弁してくださいよ踏鞴様! なんだって今年はそんなに張り切ってるんですか!」
「うるせェ! いつも通りだろォが!」
「いや、前の祭りのときは手出しなんて……うわあああ!」
讃歌さんの悲鳴を聞きながら、僕たちは結局、すごすごと榛美さん家にもどることになった。
「鉄じいさん、たのしそうでしたねえ」
「そうだね。あんなに楽しそうな鉄じいさん、久しぶりに見たなあ」
「やっぱり、今年はご領主さまも樫葉さまももいますからね」
「そっか、踏鞴様も参加されるんだ」
「はい! おじいちゃんと、おとうさんと、息子さんで、三人のお祭りです」
たしかに、その通りだ。
その通りなんだけど、ほほえましくて、わらってしまう。
「もうすぐお祭りですね! わあ、なんだかすごくたのしみになってきた! ねえねえ康太さん、たのしみですよね!」
僕の前に立って、笑顔をふりまきながら、うしろむきに歩く榛美さん。
後ろ手に手を組んだり、両腕をひろげたり、せわしなくたのしそう。
「お祭りがおわったら冬が来て、だけど、すぐ春ですよ! 春はあったかくて、やわらかくて、好きだなあ。春がいちばん好きです」
「僕もいちばん好きだよ」
「でも、夏もいいですよね! あつくていやだけど、川がきもちいいです!」
「エビやカニを採ったりするのも楽しいからなあ、夏は。うん、夏もいいね」
「あ! でも、秋はどうですか? わたしは秋も好きですよ! だってお米ができますからね! できたてのお米ってすごくおいしいの、康太さんは知ってます?」
「新米の季節はわくわくするよね。そう言われると、秋も好きだなあ」
「あれ? そうなると、もしかして冬もたのしいんじゃないですか? ほら、朝起きてね、空がきりっとしてて、朝焼けがとってもきれいなんです。夜はね、帆柱座がすごくよく見えるんです! わああ、もう、いつがいちばん好きなのか分かんなくなってきた!」
「とても難しい問題だなあ。それは考える価値があると思うよ」
ふたりして、それぞれの季節のいいところについて話しながら、帰り道を歩く。
そんな時間を、僕は、どんな言葉で語るべきなんだろうか。




