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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第六章 黄金色の秋

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黄金色の秋

「ああ、そうじゃねえよ白神様。なんだって根元から刈ろうってんだ?」

「えっすみません、えっ?」


 なんだか早々に、讃歌さんから、だめ出しを受けているけれど。

 僕がなにをしているのかと言えば。


「いいか、こいつはな、こうやるんだよ」


 讃歌さんは、人をたたくのにちょうどいい長さの棒を振り上げた。

 いや、よく見ると、人をたたくのにちょうどいい長さの棒の先端に、ざるみたいなものがついている。

 なんか、ラクロススティックみたい。

 で、讃歌さんは、ラクロススティックで、稲穂をばちーんと景気よくひっぱたいた。


「おお……?」

「ほら見ろ」


 ぽろぽろと、小さな粒がこぼれ落ちて、ざるの中に、落ちていく。


 つまり僕たちがやっているのは稲刈りで、讃歌さんが景気よくひっぱたいたのは、丹誠こめて育ててきた、稲ということになる。

 どういうわけだか、讃歌さんが、今年はじめての稲刈りに連れだしてくれたのだ。


 棚田は一面、黄金色。

 秋風が吹いて稲が揺れ、たっぷり実った穂先が、顔をくすぐる。


「……ええと」

「どうした、白神様よ」

「すみません、ちょっと色々、よく分からなくて」

「白神様の世界じゃ、そんなに米を育ててねえのか?」

「いえ、お米は主食なんですけど」


 どこから手をつけていいものか、とにかく、ひとつひとつ問題を片付けていこう。


 まず、稲の背が異様に高い。

 ふつう、顔をくすぐるぐらいの高さにはならないだろう。


 これは、あんまり品種改良の進んでいない栽培植物に、ありがちなことだ。

 たとえば二十一世紀の小麦は、たいていの場合、高さが一メートルもない。

 ところが、古代エジプトの壁画にえがかれたものを見ると、どうも、当時の小麦は、人の身長ぐらい高かったらしい。


 背が高いことのなにが問題かといえば、高い分、土から余計に栄養を吸収するし、強い風を受けると、簡単にたおれてしまう。

 そういうわけで、なるべく背が低く、なるべくたわわに実る方向に、品種改良はすすんでいく。


 次に、収穫方法がちがう。


 まずは一般的な稲刈りについて、ちょっと復習してみよう。


①稲を根元から刈り、さかさに吊るして乾燥させる。

②じゅうぶんに乾燥したら、千歯こきで脱穀する。


 こうだよね?

 人をたたくのにちょうどいい長さの棒で、ひっぱたいたりしてないよね?

 

「ええとつまり、脱粒性だつりゅうせいが高いってことか」

「ああ? なんだそりゃ、悠太が好きそうな話か?」


 千歯こきというのは、べらぼうにおおきな櫛だ。

 髪をすくように稲穂をすいて、お米の粒をひきちぎってくれる。

 そういう、専用の道具でもないかぎり、お米は穂からはずれてくれない。


 ところが讃歌さんは、アタッチメントのついた人をたたくのにちょうどいい長さの棒で、稲をひっぱたいている。

 それだけでお米の粒は、ざるの中に落ちていく。


 脱粒性は、自然の植物だったら、当たり前にそなえている。

 種が地面に落ちてくれないと、芽がでないからね。


 しかし、鎌でごそっと収穫したいのだったら、脱粒性は邪魔でしかない。

 よって、品種改良が進むとき、まっさきに『なかったことリスト』入りしがちな特性だ。


 以上のことから、踏鞴家給地で栽培しているお米は、野生に近いものだと考えられる。

 ときどき、こういう思わぬ死角から異世界に直面するなあ。


 ちなみに、二十世紀中ほどの南インドでは、踏鞴家給地式の稲刈り法が取られていたそうだ。

 シードビーターと呼ばれる、くつしたみたいな形のざるを手に、野生の稲がむらがっているところまで出向いていき。

 稲をひっぱたいて、米をあつめていたんだという。


 僕の常識とはまったくちがうけど、これもこれで、異世界の流儀だ。

 どれ、僕もひとつ、人をたたくのにちょうどいい長さの棒で、収穫のお手伝いをしましょうか。


 棒をふりまわし、すくいあげ、集まったお米は、ひろげた葛布の上に並べておく。

 乾燥したら葛袋に入れ、これで収穫はおしまいだ。

 脱穀はせず、もみがら付きで保存するのが踏鞴家給地流。


 収穫を小一時間も続けると、へろへろになってしまった。

 腰がいたいし、息も切れているし、なんか膝ががくがくする。


「なんだ白神様よ、もうくたびれちまったのか?」

「はっ、その、いやっ……」

「ああもう、しゃべんなくていい。少し休みにしようや」

「す、すみまっ、そのっ、すみまっ」

「しゃべんなくていいっつってんだろうが。おら、行くぞ」

「はいっ」


 よたよたした足取りで向かった先は、棚田のてっぺん、ためいけのまわり。

 草の上に腰をおろした讃歌さんに、お昼ご飯のおもちを渡される。


「葛乃がつくってくれたんだが、うめえもんだなこりゃ。油と味噌がいいあんばいだ」

「なたね油ですね」

「そう、その、なんかうめえ油だ」


 ちょっと前までは、ケヤキ油といっしょに味噌や菜っ葉をいためて、おもちにくるんで蒸していたけど。

 いまや給地では、なたね油が当たり前のようにつかわれている。

 人口が拡大すれば、産業としてりっぱに成り立つだろう。


「ああ、しょっぱいのがうれしいですねえ」

「汗をかいただけ、うめえもんが食える。昔っからの決まりごとだな」


 秋風に触れて、汗ばんだ膚が涼しい。

 心臓の鼓動がだんだんゆっくりになってきて、こわばっていた筋肉から、力が抜けていく。


 隣の讃歌さんが、遠くをながめていて。

 僕も、それにならってみる。


 背の高い稲が、風に揺れる。

 見下ろせば、給地のいとなみ。


 幅木さんのところでは、窓から煙があがっていて、葛乃さんがお昼ごはんをつくっているんだろう。

 榛美さんが、裏庭の井戸で、水をくんでいる。

 月句と樫葉さんが、二人して、松をかついでいる。

 鉄じいさんが、よたつく月句と樫葉さんに、手をかしている。

 足高さんと捧芽ほうがくんが、投網を打っている。

 湖葉このはさんが、川っぺりの石に腰かけて、わらっている。

 悠太君が、本を小脇に、埃っぽい道を駆けている。


 昼間の太陽が、やわらかく、給地を照らしている。

 給地の秋。

 黄金色の秋。

 

「ここは、とてもいいところですね、讃歌さん」


 讃歌さんはわらった。


「めしがうまくて、いいやつばかりで、おまけに、ご領主様までまともになってくれちゃあな。もう文句のつけどころもねえさ」

「はい」


 讃歌さんはもちを食べ終わると、指先を、その辺の葉っぱでぬぐった。


「出ていくんだってな」

「……そのつもりです」

「祭りまでは、いてくれるんだろ?」

「みなさんに、お祭りの参加をゆるしてもらいましたからね」

「白神様らしい言い方だ」


 讃歌さんはわらった。


「こっちは参加どころか、お酒づくりをたのみてえんだけどな」

「お酒?」

「ああ。幅木が採ってきた、あれだ。あの松ぼっくりみてえなもんと、今日とれた米だ。こいつは今年はじめての収穫だからな。それでもって、酒をつくってもらいてえんだ」


 その年はじめて採れたお米でつくった料理は、たいていの宗教上、とても重要なものとされている。

 たとえば日本では初穂と呼ばれ、神仏にささげるものとしてあつかわれる。


「それを、僕が?」

「白神様がゆるしてくれりゃあな」

「そんな、とんでもない。いいんですか? だって」

「ああ、大事なことだよ。酒のでき次第で、次に米がどれぐらい採れるか決まっちまう。大きい妖精ってのは酒好きでよ。まずい酒をよこすと、腹を立てて山向こうに消えちまうからな」


 なんて光栄なことなんだろうか。

 年に一度の収穫祭、そのもっとも重要な仕事を、まかせてくれるなんて。

 それが、給地での、最後の仕事だなんて。


「やります。きっと、最高のお酒にしてみせます」


 讃歌さんはうれしそうにうなずいた。


「白神様に酒をふるまってもらえたとなりゃあ、給地がなくなっちまうまで自慢にできるってもんさ。たのんだぜ、白神様」

「はい」


 ここにいて、よかった。

 ここにいられて、よかった。


「榛美ちゃんといっしょに、作ってくれりゃあいいさ」

「そうします」

「いつ、言うつもりだ?」


 旅立つと決めて、いちばん大きな心残りは、榛美さんのことだ。

 僕は、榛美さんと、いっしょに行きたい。

 だけどそれにはもろもろ、やっかいな事情があって。


 まずは、榛美さんをひっこぬくと、給地の再分配システムが崩壊することになる。

 鷹嘴たかのはし家にあらゆる収穫をあつめ、平等に配りなおすという、穀斗さんがつくりあげた風習だ。

 これと『かつぎ』による人口抑制があって、今の給地はなんとか成立している。


「俺たちのことなら、気にするな。どの道、給地は変わっていくんだろ。榛美ちゃんがいなくても、なんとかなる。

 悠太が、そうするって言ってたからな」

「悠太君が、讃歌さんにですか?」

「いやにまじめな顔でよ、そんなことを言いだしたんだ。めんくらっちまったぜ。こっちはなんのつもりもねえのによ。

 『榛美と白神を、邪魔すんなよ。オレが給地を変えるから、榛美がいなくてもいいようにするから、邪魔すんなよ』って」


 讃歌さんの言い方が、おもった以上に悠太君の特徴をとらえていて、わらってしまった。


「まったく、いいのか悪いのか。あいつもずいぶん、言うようになったもんだ。俺はついつい、悠太のこと撫でちまってよ。すげえ怒鳴られたぜ」

「そっか、悠太君が……」


 悠太君だって、榛美さんがいなくなったら、どれだけさみしいか。

 それなのに、そんな風に言ってくれるんだ。


「で、いつ言うんだ?」


 いくつかの厄介な事情、その二。

 ことここにいたって、僕はとんでもない事態に直面している。

 いったい僕は、榛美さんのことを、どう思っているんだろう?


 好きなのはまちがいない。

 だけどこれは、どういう好きなんだろう。


 恋しているんだろうか?

 それとも、家族みたいに思っている?


 だれかを深く好きになったのは、相当ひさしぶりのことだ。

 だから、自分の感情を、ぜんぜん整理できていない。

 ひとつ分かっているのは、とにかく一緒にいたいということ。

 だけど、どういう理由で一緒にいたいのか、それを考えはじめると、頭がぐにゃぐにゃしてくるのだ。


「白神様の世界ってのは、めんどくせえんだなあ」


 僕がまごまごしていると、讃歌さんがわらった。


「ここじゃあ、簡単なもんさ。かつぐぞって言って、かつがれるぞって言って、それで終わりよ。

 それじゃダメなのか?」

「なんていうか……自分の言葉で、伝えたいんです。はっきりしないままで引きずり回すようなことを、したくないんです。

 まあ、あれこれ考えても、嫌ですって言われちゃったら終わりですけどね」

「そりゃあ、嫌ですとは言わねえだろうな」

「そうですか? なんか、悪い方向に考えちゃうんですよね」

「おいおい白神様、それじゃあ足高とおんなじじゃねえか。どう見たって、白神様と榛美ちゃんは、ひとつがいだよ。わかんねえかなあ?」


 わかんねえんですよおめえ。

 自分のことになると、わかんねえもんなんですよおめえ。

 そうですよね、足高さん。


「うめえ酒をつくってくれ。あとは榛美ちゃんを泣かせなきゃあ、それでいいさ」


 僕の背中をばしんと叩いて、讃歌さんは立ち上がった。


「たのんだぜ、白神様」


 初穂のつまった葛袋を投げ渡されて、僕はうなずく。

 答えは、とっくに出ているんだ。

 あとはただしい問題だけで、それがきっと、いちばん難しいんだろう。

 榛美さんの、声を聴いて。

 それから、とどく言葉を。

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