黄金色の秋
「ああ、そうじゃねえよ白神様。なんだって根元から刈ろうってんだ?」
「えっすみません、えっ?」
なんだか早々に、讃歌さんから、だめ出しを受けているけれど。
僕がなにをしているのかと言えば。
「いいか、こいつはな、こうやるんだよ」
讃歌さんは、人をたたくのにちょうどいい長さの棒を振り上げた。
いや、よく見ると、人をたたくのにちょうどいい長さの棒の先端に、ざるみたいなものがついている。
なんか、ラクロススティックみたい。
で、讃歌さんは、ラクロススティックで、稲穂をばちーんと景気よくひっぱたいた。
「おお……?」
「ほら見ろ」
ぽろぽろと、小さな粒がこぼれ落ちて、ざるの中に、落ちていく。
つまり僕たちがやっているのは稲刈りで、讃歌さんが景気よくひっぱたいたのは、丹誠こめて育ててきた、稲ということになる。
どういうわけだか、讃歌さんが、今年はじめての稲刈りに連れだしてくれたのだ。
棚田は一面、黄金色。
秋風が吹いて稲が揺れ、たっぷり実った穂先が、顔をくすぐる。
「……ええと」
「どうした、白神様よ」
「すみません、ちょっと色々、よく分からなくて」
「白神様の世界じゃ、そんなに米を育ててねえのか?」
「いえ、お米は主食なんですけど」
どこから手をつけていいものか、とにかく、ひとつひとつ問題を片付けていこう。
まず、稲の背が異様に高い。
ふつう、顔をくすぐるぐらいの高さにはならないだろう。
これは、あんまり品種改良の進んでいない栽培植物に、ありがちなことだ。
たとえば二十一世紀の小麦は、たいていの場合、高さが一メートルもない。
ところが、古代エジプトの壁画にえがかれたものを見ると、どうも、当時の小麦は、人の身長ぐらい高かったらしい。
背が高いことのなにが問題かといえば、高い分、土から余計に栄養を吸収するし、強い風を受けると、簡単にたおれてしまう。
そういうわけで、なるべく背が低く、なるべくたわわに実る方向に、品種改良はすすんでいく。
次に、収穫方法がちがう。
まずは一般的な稲刈りについて、ちょっと復習してみよう。
①稲を根元から刈り、さかさに吊るして乾燥させる。
②じゅうぶんに乾燥したら、千歯こきで脱穀する。
こうだよね?
人をたたくのにちょうどいい長さの棒で、ひっぱたいたりしてないよね?
「ええとつまり、脱粒性が高いってことか」
「ああ? なんだそりゃ、悠太が好きそうな話か?」
千歯こきというのは、べらぼうにおおきな櫛だ。
髪をすくように稲穂をすいて、お米の粒をひきちぎってくれる。
そういう、専用の道具でもないかぎり、お米は穂からはずれてくれない。
ところが讃歌さんは、アタッチメントのついた人をたたくのにちょうどいい長さの棒で、稲をひっぱたいている。
それだけでお米の粒は、ざるの中に落ちていく。
脱粒性は、自然の植物だったら、当たり前にそなえている。
種が地面に落ちてくれないと、芽がでないからね。
しかし、鎌でごそっと収穫したいのだったら、脱粒性は邪魔でしかない。
よって、品種改良が進むとき、まっさきに『なかったことリスト』入りしがちな特性だ。
以上のことから、踏鞴家給地で栽培しているお米は、野生に近いものだと考えられる。
ときどき、こういう思わぬ死角から異世界に直面するなあ。
ちなみに、二十世紀中ほどの南インドでは、踏鞴家給地式の稲刈り法が取られていたそうだ。
シードビーターと呼ばれる、くつしたみたいな形のざるを手に、野生の稲がむらがっているところまで出向いていき。
稲をひっぱたいて、米をあつめていたんだという。
僕の常識とはまったくちがうけど、これもこれで、異世界の流儀だ。
どれ、僕もひとつ、人をたたくのにちょうどいい長さの棒で、収穫のお手伝いをしましょうか。
棒をふりまわし、すくいあげ、集まったお米は、ひろげた葛布の上に並べておく。
乾燥したら葛袋に入れ、これで収穫はおしまいだ。
脱穀はせず、もみがら付きで保存するのが踏鞴家給地流。
収穫を小一時間も続けると、へろへろになってしまった。
腰がいたいし、息も切れているし、なんか膝ががくがくする。
「なんだ白神様よ、もうくたびれちまったのか?」
「はっ、その、いやっ……」
「ああもう、しゃべんなくていい。少し休みにしようや」
「す、すみまっ、そのっ、すみまっ」
「しゃべんなくていいっつってんだろうが。おら、行くぞ」
「はいっ」
よたよたした足取りで向かった先は、棚田のてっぺん、ためいけのまわり。
草の上に腰をおろした讃歌さんに、お昼ご飯のおもちを渡される。
「葛乃がつくってくれたんだが、うめえもんだなこりゃ。油と味噌がいいあんばいだ」
「なたね油ですね」
「そう、その、なんかうめえ油だ」
ちょっと前までは、ケヤキ油といっしょに味噌や菜っ葉をいためて、おもちにくるんで蒸していたけど。
いまや給地では、なたね油が当たり前のようにつかわれている。
人口が拡大すれば、産業としてりっぱに成り立つだろう。
「ああ、しょっぱいのがうれしいですねえ」
「汗をかいただけ、うめえもんが食える。昔っからの決まりごとだな」
秋風に触れて、汗ばんだ膚が涼しい。
心臓の鼓動がだんだんゆっくりになってきて、こわばっていた筋肉から、力が抜けていく。
隣の讃歌さんが、遠くをながめていて。
僕も、それにならってみる。
背の高い稲が、風に揺れる。
見下ろせば、給地のいとなみ。
幅木さんのところでは、窓から煙があがっていて、葛乃さんがお昼ごはんをつくっているんだろう。
榛美さんが、裏庭の井戸で、水をくんでいる。
月句と樫葉さんが、二人して、松をかついでいる。
鉄じいさんが、よたつく月句と樫葉さんに、手をかしている。
足高さんと捧芽くんが、投網を打っている。
湖葉さんが、川っぺりの石に腰かけて、わらっている。
悠太君が、本を小脇に、埃っぽい道を駆けている。
昼間の太陽が、やわらかく、給地を照らしている。
給地の秋。
黄金色の秋。
「ここは、とてもいいところですね、讃歌さん」
讃歌さんはわらった。
「めしがうまくて、いいやつばかりで、おまけに、ご領主様までまともになってくれちゃあな。もう文句のつけどころもねえさ」
「はい」
讃歌さんはもちを食べ終わると、指先を、その辺の葉っぱでぬぐった。
「出ていくんだってな」
「……そのつもりです」
「祭りまでは、いてくれるんだろ?」
「みなさんに、お祭りの参加をゆるしてもらいましたからね」
「白神様らしい言い方だ」
讃歌さんはわらった。
「こっちは参加どころか、お酒づくりをたのみてえんだけどな」
「お酒?」
「ああ。幅木が採ってきた、あれだ。あの松ぼっくりみてえなもんと、今日とれた米だ。こいつは今年はじめての収穫だからな。それでもって、酒をつくってもらいてえんだ」
その年はじめて採れたお米でつくった料理は、たいていの宗教上、とても重要なものとされている。
たとえば日本では初穂と呼ばれ、神仏にささげるものとしてあつかわれる。
「それを、僕が?」
「白神様がゆるしてくれりゃあな」
「そんな、とんでもない。いいんですか? だって」
「ああ、大事なことだよ。酒のでき次第で、次に米がどれぐらい採れるか決まっちまう。大きい妖精ってのは酒好きでよ。まずい酒をよこすと、腹を立てて山向こうに消えちまうからな」
なんて光栄なことなんだろうか。
年に一度の収穫祭、そのもっとも重要な仕事を、まかせてくれるなんて。
それが、給地での、最後の仕事だなんて。
「やります。きっと、最高のお酒にしてみせます」
讃歌さんはうれしそうにうなずいた。
「白神様に酒をふるまってもらえたとなりゃあ、給地がなくなっちまうまで自慢にできるってもんさ。たのんだぜ、白神様」
「はい」
ここにいて、よかった。
ここにいられて、よかった。
「榛美ちゃんといっしょに、作ってくれりゃあいいさ」
「そうします」
「いつ、言うつもりだ?」
旅立つと決めて、いちばん大きな心残りは、榛美さんのことだ。
僕は、榛美さんと、いっしょに行きたい。
だけどそれにはもろもろ、やっかいな事情があって。
まずは、榛美さんをひっこぬくと、給地の再分配システムが崩壊することになる。
鷹嘴家にあらゆる収穫をあつめ、平等に配りなおすという、穀斗さんがつくりあげた風習だ。
これと『かつぎ』による人口抑制があって、今の給地はなんとか成立している。
「俺たちのことなら、気にするな。どの道、給地は変わっていくんだろ。榛美ちゃんがいなくても、なんとかなる。
悠太が、そうするって言ってたからな」
「悠太君が、讃歌さんにですか?」
「いやにまじめな顔でよ、そんなことを言いだしたんだ。めんくらっちまったぜ。こっちはなんのつもりもねえのによ。
『榛美と白神を、邪魔すんなよ。オレが給地を変えるから、榛美がいなくてもいいようにするから、邪魔すんなよ』って」
讃歌さんの言い方が、おもった以上に悠太君の特徴をとらえていて、わらってしまった。
「まったく、いいのか悪いのか。あいつもずいぶん、言うようになったもんだ。俺はついつい、悠太のこと撫でちまってよ。すげえ怒鳴られたぜ」
「そっか、悠太君が……」
悠太君だって、榛美さんがいなくなったら、どれだけさみしいか。
それなのに、そんな風に言ってくれるんだ。
「で、いつ言うんだ?」
いくつかの厄介な事情、その二。
ことここにいたって、僕はとんでもない事態に直面している。
いったい僕は、榛美さんのことを、どう思っているんだろう?
好きなのはまちがいない。
だけどこれは、どういう好きなんだろう。
恋しているんだろうか?
それとも、家族みたいに思っている?
だれかを深く好きになったのは、相当ひさしぶりのことだ。
だから、自分の感情を、ぜんぜん整理できていない。
ひとつ分かっているのは、とにかく一緒にいたいということ。
だけど、どういう理由で一緒にいたいのか、それを考えはじめると、頭がぐにゃぐにゃしてくるのだ。
「白神様の世界ってのは、めんどくせえんだなあ」
僕がまごまごしていると、讃歌さんがわらった。
「ここじゃあ、簡単なもんさ。かつぐぞって言って、かつがれるぞって言って、それで終わりよ。
それじゃダメなのか?」
「なんていうか……自分の言葉で、伝えたいんです。はっきりしないままで引きずり回すようなことを、したくないんです。
まあ、あれこれ考えても、嫌ですって言われちゃったら終わりですけどね」
「そりゃあ、嫌ですとは言わねえだろうな」
「そうですか? なんか、悪い方向に考えちゃうんですよね」
「おいおい白神様、それじゃあ足高とおんなじじゃねえか。どう見たって、白神様と榛美ちゃんは、ひとつがいだよ。わかんねえかなあ?」
わかんねえんですよおめえ。
自分のことになると、わかんねえもんなんですよおめえ。
そうですよね、足高さん。
「うめえ酒をつくってくれ。あとは榛美ちゃんを泣かせなきゃあ、それでいいさ」
僕の背中をばしんと叩いて、讃歌さんは立ち上がった。
「たのんだぜ、白神様」
初穂のつまった葛袋を投げ渡されて、僕はうなずく。
答えは、とっくに出ているんだ。
あとはただしい問題だけで、それがきっと、いちばん難しいんだろう。
榛美さんの、声を聴いて。
それから、とどく言葉を。




