秋風の香り
ピスフィが給地を去ると、肌に感じる風が、すこしつめたくなった。
ひんやりとして乾いた、冬の気配をはらむ風だ。
「冬服ってどうしてるのかなあ?」
麻の七分丈が、だいぶ辛い季節になってきた。
なにしろ風とおしが抜群だからね。
「冬は外に出ないものよ」
横を歩く樫葉さんから、竹を割ったような回答。
なるほど、合理的だ。
「樫葉以外のだれも、外に出なかった。樫葉は松切り番だったから、冬の間も、ここにいた」
「一人で、この松林を守っていたんですよね」
樫葉さんは、誇りと怒りがまざった表情でうなずいた。
「すみません、嫌なことを思い出させちゃいましたね」
あやまると、首を横に振る樫葉さん。
「ゆるそうったって、ゆるせねえこともあるのよ。それでもここは、父さまの好きな場所だ。そうとは知らなかったけれど、そこにずっといられたことが、樫葉にはうれしいのよ」
わかちがたい情愛と憎悪は、長い時間をかけて、樫葉さんの中で育った。
さいわいにも、樫葉さんと月句は和解できたけれど。
しいたげられ、愛をふみにじられ続けた事実まで、消えてくれたりはしない。
「さあ、康太。今日はきのこを拾って、松を守るのよ。そうよ、あの性悪のきのこは、松の髄を吸っちまうものよ」
「ええ。なにしろ松茸ですからね。ああー、どびん蒸しで、きりっと冷やしたあさ開とか呑みたいなあ……」
煮物がことこと煮えて、ぬくぬくあったかい、小料理屋なんかで。
あったかいどびん蒸しでぽやっとしたところに、冷やした純米吟醸なんか流しこんで、甘味と香りで、ぶん殴られたような覚醒感を味わいたい。
うっとりしていたら、樫葉さんが、めいっぱいまゆをひそめている。
「樫葉はあのにおいを知っているのよ。そうよ、あれは、林で死んで雨に打たれた、くさった鶏の匂いよ」
「秋だなあって感じしません?」
「樫葉にはわからねえし、わかるつもりもねえ。こればっかりは、康太に言われてもだめなことよ」
「残念です」
そんなわけで、僕と樫葉さんは、松林にいる。
今日はめずらしく、樫葉さんのおさそいだ。
「あのきのこは、だんだん採れなくなってる。性悪で、知恵をつけたのよ。樫葉から隠れるようになったのよ。
でも、白神の康太だったら、きっと顔を出すに決まってる」
「そういうありがたい存在じゃないんですけど」
きのこ狩りなんて、こっちに来てからはじめてやったからなあ。
しかも、難易度でいえば相当低めの、アミガサタケ狩りぐらい。
「松茸はむずかしいって言うからなあ」
「そうなのか?」
「簡単に見つかるぐらい大きい松茸っていうのは、あんまりおいしくないんですよ。おまけに、ここは腐葉土がたっぷり積もってますからね」
何度か説明したけれど、この松林は、ツツジやシイなどの照葉樹林に遷移する途中だ。
松は、あんまり栄養のないところに、まっさきに生えてくる、先駆植物。
土がゆたかになってくると、他の植物に負けて、追いやられてしまう。
松に不利な環境は、松茸にもちょっと手きびしい。
「ほう……それは、悠太がおもしろがりそうな話じゃねえかよ」
樫葉さんが言って、僕は思わずわらった。
悠太君もたいがい、だめな時の顔をするよね。
ではそもそも、なんで松や松茸が、あんまり栄養のない環境でよく生えるのか。
この松林の成り立ちから、考えてみよう。
かつてここには淡雪林があったけれど、染料目当てのでたらめな乱伐によって、文字通り不毛の地と化した。
なんで不毛の地と化すのか、そこがポイントだ。
人に踏みしだかれた、むきだしの地面に、雨がざあざあ降ってくる。
土の中のカルシウムやカリウムなど、水に溶けやすい栄養分は、雨と一緒にどこかに流れさってしまう。
土が酸性になるのだ。
さあ、元淡雪林、現荒地の土が酸性になったぞ。
そして領主は、なんだかんだあってひきこもった。
すると、どうなるか?
土の中のアルミニウムが溶けだして、植物の根が育つのを、てきめんに邪魔してくるのだ。
どうやらアルミニウムというやつは、細胞のミトコンドリアにはたらきかけて、挙動をおかしくしてしまうらしいからね。
おまけに、植物の生長に必要なリンは、アルミニウムとくっついて、溶けにくくなってしまう。
踏んだり蹴ったりだ。
足高さんが、自分の畑に卵のからを撒いているのは、酸性土壌を中和するため、というのは、以前少し語ったけれど。
これだけ聞けば、納得だろう。
「ううむ……つまり、毒だったり、なんだったりで、いろいろよくねえんだな」
「いろいろよくないんです」
とても的確な要約だ。
土が酸性になると、いろいろよくない。
「でも、いろいろよくねえのに、どうやって松は生えてきたんだ?」
「いろいろよくないからこそ、松だけが生えてこれたんです」
そろそろ穀斗さんが、奥さんをつれて給地にやってきた頃だろうか。
不毛の酸性土壌に、がんばって、松が生えてきたぞ。
種がどこからやってきたのか、それは謎だ。
もしかしたら、穀斗さんが持ち込んだ可能性もあるなあ。
そのあたりの時系列は、鉄じいさんが『百年前』を『ずっと昔』ぐらいの意味で気軽に濫用している以上、よく分からないけど。
ともかく、先駆植物として、松が生えてきた。
松がどうして先駆植物と呼ばれるのか、今からその秘密を解き明かしていこう。
いま見てきた通り、元淡雪林、現荒地は、べらぼうな酸性土壌だ。
植物が吸収できるような栄養はまるでない。
それどころか、毒性の高いアルミニウムのせいで、『ドラゴンクエスト』に出てくる、踏んだらたちまちダメージを受ける紫色の地形みたいになっている。
こういう、『ゾーマ城』の周辺っぽい環境で、いよいよ、松茸がはなばなしく活躍することになる。
松茸は、きのこの中でも、『外生菌根菌』というジャンルに分類される。
木と共生関係をむすんでいるきのこを、そう呼ぶのだ。
では、松茸と松は、どんな取引をしているのだろう。
まず、松茸が、松から栄養をもらう。
松茸は、松からもらった栄養でつくった有機酸を、地中に放出する。
有機酸というのは、白麹でおなじみのクエン酸や、クモノスカビでおなじみのリンゴ酸なんかのこと。
この酸は、土のなかにまじっている鉱物、つまり小石やなんかを、溶かしてくれる。
小石やなんかが溶ければ、その中にたっぷり詰まっている、カルシウム、カリウム、リンも溶けだしてくれる。
「あああ! 樫葉は分かった!」
樫葉さんが、急に大声を出した。
「そうよ、樫葉にも分かったのよ! 松茸が、松に、ごはんをつくっているのよ!」
「その通りです」
またも、的確な要約だ。
松茸は、小石を料理しているのだといえる。
しかも有機酸は、キレート作用というやつによって、アルミニウムを無害なものにしてくれる。
有機酸を放出して鉱物を溶かし、栄養を得る。
この仕組みは、何億年もむかし、はじめて陸上にあがった植物が思いついたものだ。
まだそもそも土というものが存在しない時代、ちょっとしたコケが、なにを思ったか、そのへんの岩にへばりついた。
へばりついた先で有機酸を放出し、岩を溶かして土に変え、栄養を得た。
栄養を得て、光合成し、またも有機酸を放出し、土と酸素を世界にばらまいた。
かくして世界に光あれ、だ。
酸素をエネルギー源にして、土の上で生きる。
そんな、僕や松のライフスタイルは、ちょっとしたコケの、ちょっとした思いつきからはじまったのだ。
「樫葉は、まちがえていた……そうよ、松茸のことを、のらくろの、ろくでもなしの、性悪だと思っていたのよ。ああ、樫葉は悪いことをした! 松茸は康太みてえにえらいのに、踏んだり、つぶしたり、捨てたりしてきた!」
思ったより手あらく扱われていたんだなあ、松茸。
そして、手あらく扱われてきたものにたとえられるというのは、なんとも言いがたい気持ちになるなあ。
「でも、それじゃあどうして、松は他の木に負けるのよ? 松茸がごはんをつくっているのに」
「あんまり強くないからですよ」
松茸との二人三脚で、元淡雪林現荒地は、松林に生まれかわった。
給地には四季の宮がつくられ、鷹嘴家を中心とした、寄り合いみたいなものが誕生。
元領主は、沼のほとりの一軒家で、しゅんとするのにいそがしい。
現領主は未だにちょっとどうかしていて、松林を禁足地に指定したうえ、松茸狩りを奨励する。
すると、どうなるか。
松は太陽光を好むため、増えすぎると、自分の枝葉で光をさえぎってしまい、勝手に弱ってしまう。
そこに、暗くても平気な植物の種が、転がりこんでくる。
弱った松を押しのけて、別の木がどんどん成長する。
異変は、土の中でも起きる。
禁足地に指定されたせいで、葉っぱや枝は、地面に落ちたっきり誰もひろわない。
そこに、落ちた枝を食べるため、松茸以外のきのこがやって来る。
こいつらは、『木材腐朽菌』と呼ばれ、『外生菌根菌』の松茸とは、またちょっとちがう。
生きた根っこにしかつけない松茸とはちがって、落ちた枝まで食べられるのだ。
木材腐朽菌のきのこたちは、菌糸を地中に張りめぐらせて、のびのびと育つ。
生きた根っこにしかつけない松茸は、どんどん隅っこに追いやられてしまう。
おまけに、踏まれたり、つぶされたり、捨てられたり。
上から下から攻められて、松はあえなく撤退。
こうして、栄養たっぷりになった土壌には、いろんな植物が生えてくるというわけだ。
「実に興味深い話をしておるな」
樫葉さんが、『そろそろこいつの話に相槌を打つのも疲れてきたな』みたいな表情を浮かべはじめたころ。
声をかけられて、振りかえれば。
「……ええと?」
知らないドワーフがいた。
ゆたかな白髪をうしろに撫でつけ、たっぷりとひげをたくわえている。
ひだをつけた黄土色の外套に包まれているのは、頑強そうな肉体。
よく研がれた斧を手に、堂々と立っている。
「私の顔を忘れたか? あれほど辛辣な料理を作り、我がありとあらゆる古傷を抉ってまわった男が、ずいぶんと情の薄いことだな」
精悍な表情に、皮肉っぽい笑みがうかぶ。
「あああ! た、た、踏鞴様!」
横の樫葉さんが、いきなりがばーっと平伏した。
踏鞴様?
「って、ええー?」
領主、踏鞴月句、その人だ。
いやいやいや。
こないだ見た時は、雪原に立っている枯れ木みたいな見た目だったのに。
なにがどうなって、見たまんま立派なご領主様みたいな姿になったんだ。
「あ、ち、ちげえ! そうじゃねえ、父さま……そう、父さまだ!」
平伏していた樫葉さんが、いきなりがばーっと立ち上がった。
額に貼り付いていた枯葉が、はらりと落ちる。
「あの……なんだか、見違えましたね」
「まともなものを食うようにした。豆だの、米だの、そういったものをな」
「えっ?」
そんな、ごはん一つでなんとかなるような問題だったの?
「お前につきまとう、ノーブルの小娘。これが存外、口やかましいのだ。商談のため、まともに頭を働かせろと、しじゅう喚きつづける。
正しい食事と、酒と、知恵を振りしぼった商談。活力を取りもどすに、これほどの環境があろうか?」
ピスフィは、月句を強敵を呼んだ。
それも、どこか楽しげに。
若く、夢に燃える大商人。
ピスフィの熱気が、月句に影響をおよぼしたんだ。
そもそもドワーフというのは、たぶん、寿命が長い種族なんだろう。
なにしろ鉄じいさんが、あれだけ元気だし。
そうなれば、月句の今のこの感じも、あんがい年相応なのかもしれない。
「と、父さまは、なんでこんなところに来た? ここに、どんな用があったのよ?」
樫葉さんが、おずおずと口をひらいた。
「なに、松林の様子を見にきただけのことだ」
なにげない、月句のことば。
だというのに、樫葉さんは、感電したようにびくっとふるえ、うつむいてしまった。
「ま、松切り番は、ちゃんと、仕事をしている……」
ふるえながら、自分のことを、松切り番と呼ぶ樫葉さん。
それを見た月句の顔に浮かんだ、表情。
哀しみと後悔に満ちていて、立ち枯れの木みたいだった。
いちどきに、かつての月句にもどってしまったような顔だった。
「てっ、鉄を打とうかと、その、思ってな。松を刈りに来たのだ。鉄を打つとなれば、松の炭はすぐれた燃料と聞く。百年もの間、私は親孝行をしてこなかったから。父さまと、鉄打ちでも学びなおそうかと、それで……」
言い訳がましく、月句が言葉をつらねる。
だけど樫葉さんは、返事をしなかった。
そこにいるのは、おびえと猜疑心に満ちた松切り番さんだった。
世界のすべてを恨み、痩せた野良犬みたいに松林をうろついていた、松切り番さんだった。
「……康太よ。淡雪ばかりか、松までもが、もどってこないのだな」
月句はつぶやいた。
「私はこうして再び、自らが傷つけ、損ないつづけてきたものを、手元に置いておくべきなのだろう。
それで、私のしてきたことが何か一つでも変わるわけでもないがな」
うつむく樫葉さんと、言葉を切ってだまってしまう月句。
僕はちょっと考えてから、
「ごはんにしませんか? さっきから僕の視界に、松茸が入ってしょうがないんです」
にっこりわらってそう言い、ふたりの度肝を抜くことに成功した。
場所は変わって、榛美さん家の裏庭。
火を熾した七輪に網をのせて、その上で、半割にした松茸を焼いている。
「ううむ……この臭い……」
「これは、この、これを樫葉はがまんならねえ」
樫葉さんと月句が、二人してうめいている。
いい香りなのになあ。
ここはひとつ、秘密兵器をつかって分からせてやりましょう。
焼き上がった松茸に、琥珀色の液体を、ぴっと一たらし。
蒸留酒といっしょに、月句に手わたす。
「これを?」
「食べてみてください」
月句は、手ひどい裏切りでも受けたかのような、悲壮感あふれる表情をうかべた。
「冷めないうちにどうぞ」
「ぬう……なんという眼力だ。ピスフィ嬢に負けておらぬぞ」
おそるおそる口に運び、はしっこを、ちょっとだけ噛みきって。
「むお!」
目をひんむいた。
「この、焦げの香ばしさ、いや、松茸の香り……これは? この塩味と、うまみはなんだ。わずかな甘味も感じられて……なんだ、これは?」
「米醤油です」
松茸に一たらしした、琥珀色の液体。
こいつは、お米と麹と塩でつくった、米醤油だ。
大豆や小麦をつかった醤油には勝てないけれど、アミノ酸のうまみたっぷり。
「榛美さんが、お味噌づくりに失敗してできたものなんですけどね」
黒豆が手元になかったけれど、なんとかなるかなと思ったらしい。
「それはもちろん、お味噌なんかできるわけありません。だけどこうして、おいしい醤油になってくれました。
そこまでふくめて、なんだか榛美さんらしい話ですよね」
そういうと、樫葉さんが、ちょっとだけわらってくれた。
いてもいなくても場をなごませてくれるのが、榛美さんだ。
「あ、そ、その……本当に、おいしいものなのか?」
樫葉さんが、おずおずと、口をひらく。
月句も、おずおずと、うなずいた。
「食べてみろ。だめだったら、私がもらうから」
「あ、ああ。それなら、樫葉も……」
月句とそっくりのやりかたで、はしっこを噛みきって。
それから、月句とそっくりのやり方で、目をひんむいた。
「お、おいしい! おいしいものなのよ! あのいやな臭いが、いろんなにおいのおかげで、すごくよくなっているのよ!」
「ああ、この酒も……甘味があって、香りを洗ってくれる。すばらしい酒だ」
「お酒も、だいぶこなれてくれてますからねえ」
仕込んでから、もう半年。
ようやく蒸留酒も、泡盛っぽく味に深みと丸みがでてきてくれた。
さて、松茸の香りは、主に桂皮酸メチルというものから来ていて、これはお酒によく溶けてくれる。
蒸留酒でさらりと香りを追いたてて、次の一口へ。
すずしい風が吹いて、お酒にほてった頬が心地いい。
ああ、秋が来たなあ。
「どうした、樫葉?」
月句が声をかけて、樫葉さんが、さっとうつむく。
なんだか言い出しづらそうに、もじもじしている。
「ああ、かまわんぞ。お前がうまいと思ったのなら、全部食べればいい」
「そ、そうじゃねえ」
「では、どうした?」
「あ、そ、その……お酒って、おいしいものなのか?」
樫葉さんは呑めないというから、用意しなかったんだけど。
月句がおいしそうにしているのを見て、興味がわいたのかな。
「呑んでみるか?」
差し出された杯を、おそるおそる受け取る樫葉さん。
のぞきこみ、においをかいで、ちょっとむせる。
「だめかもしれねえ」
月句はわらった。
「口につばをためて、そこに落とすようにしてみろ。味わって、ゆっくりと飲むんだ」
「そ、そうなのか? 樫葉には、できるかどうかわからねえ。だって樫葉は、なんにもできねえ……」
「まあ、知らぬ者には、少しむずかしいかもしれんがな」
月句はそこで、とまどうように言葉をとめた。
僕にわずか目をやって、ちいさくうなずいた。
「だが、できないことで、お前を責めたり、傷つけたりはすまい。私がかつてそうしてきたような過ちを、繰り返したりはすまい。
そうだろう、白神。まだあの地に、松茸は育つのだろう?」
僕はうなずいた。
「踏鞴様が禁足地の指定を外されましたからね。みんな嬉々として、枝だの葉っぱだのを拾ってますよ。
その内にあそこは、りっぱな松林にもどるでしょう」
なにがいいのか、悪いのか。
淡雪は失われたし、松林も滅びかけている。
給地のみんなは容赦なく、枝や葉っぱを拾って、土を踏み荒らす。
いろんな因果がめぐって、今、僕たちは、松茸をたべている。
それで、いいんじゃないかな。
お酒を呑んで盛大にむせ、月句に背中をさすられる樫葉さんを見ながら、そんな風に思う。
なにひとつ取り返せなくても、今はぶざまに弱って、泥びたしで、立ち上がることすらできなくても。
横たわった泥の中に、新しいものが、見つかるかもしれないのだから。
「まったくお前はたいした料理番だよ、白神。つまらぬ茸一本で、私に前を向かせてしまうのだから」
「ひさしぶりに松茸が食べたかったんです」
そう言うと、月句はわらった。
「本当に照れ隠しが下手なのだな。ピスフィ嬢の言葉通りだ」
「そうよ、康太はつまらねえ嘘をつくのよ。ありがとうって言われたくねえみてえだ」
またこれだ。
そんなにへたかなあ?
「樫葉、ひとつ頼まれてくれるか。炭にするのによい松を、父さまに届けたいのだ。いっしょに探しに行ってはくれぬか?」
「ああ、ああ! もちろんよ! 樫葉はもちろん、いっしょに行く! 康太、かまわねえか?」
「もちろんです。ああでもついでに、松茸が見つかったら持ってきてください。塩漬けにして、ピスフィに見てもらいたいので」
父と子が肩をならべ、たのしそうに言葉を交わしながら、去っていく。
数十年にもわたる、怒りと愛憎と断絶の歴史に、橋をかけるみたいな話しかたで。
僕はその背中を見送りながら、お酒をひとくち呑んで、秋の心地いい風に身をまかせた。




