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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第六章 黄金色の秋

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秋風の香り

 ピスフィが給地を去ると、肌に感じる風が、すこしつめたくなった。

 ひんやりとして乾いた、冬の気配をはらむ風だ。


「冬服ってどうしてるのかなあ?」


 麻の七分丈が、だいぶ辛い季節になってきた。

 なにしろ風とおしが抜群だからね。


「冬は外に出ないものよ」


 横を歩く樫葉さんから、竹を割ったような回答。

 なるほど、合理的だ。


「樫葉以外のだれも、外に出なかった。樫葉は松切り番だったから、冬の間も、ここにいた」

「一人で、この松林を守っていたんですよね」


 樫葉さんは、誇りと怒りがまざった表情でうなずいた。


「すみません、嫌なことを思い出させちゃいましたね」


 あやまると、首を横に振る樫葉さん。


「ゆるそうったって、ゆるせねえこともあるのよ。それでもここは、父さまの好きな場所だ。そうとは知らなかったけれど、そこにずっといられたことが、樫葉にはうれしいのよ」


 わかちがたい情愛と憎悪は、長い時間をかけて、樫葉さんの中で育った。

 さいわいにも、樫葉さんと月句は和解できたけれど。

 しいたげられ、愛をふみにじられ続けた事実まで、消えてくれたりはしない。


「さあ、康太。今日はきのこを拾って、松を守るのよ。そうよ、あの性悪のきのこは、松の髄を吸っちまうものよ」

「ええ。なにしろ松茸ですからね。ああー、どびん蒸しで、きりっと冷やしたあさ開とか呑みたいなあ……」


 煮物がことこと煮えて、ぬくぬくあったかい、小料理屋なんかで。

 あったかいどびん蒸しでぽやっとしたところに、冷やした純米吟醸なんか流しこんで、甘味と香りで、ぶん殴られたような覚醒感を味わいたい。


 うっとりしていたら、樫葉さんが、めいっぱいまゆをひそめている。


「樫葉はあのにおいを知っているのよ。そうよ、あれは、林で死んで雨に打たれた、くさった鶏の匂いよ」

「秋だなあって感じしません?」

「樫葉にはわからねえし、わかるつもりもねえ。こればっかりは、康太に言われてもだめなことよ」

「残念です」


 そんなわけで、僕と樫葉さんは、松林にいる。

 今日はめずらしく、樫葉さんのおさそいだ。


「あのきのこは、だんだん採れなくなってる。性悪で、知恵をつけたのよ。樫葉から隠れるようになったのよ。

 でも、白神の康太だったら、きっと顔を出すに決まってる」

「そういうありがたい存在じゃないんですけど」


 きのこ狩りなんて、こっちに来てからはじめてやったからなあ。

 しかも、難易度でいえば相当低めの、アミガサタケ狩りぐらい。


「松茸はむずかしいって言うからなあ」

「そうなのか?」

「簡単に見つかるぐらい大きい松茸っていうのは、あんまりおいしくないんですよ。おまけに、ここは腐葉土がたっぷり積もってますからね」


 何度か説明したけれど、この松林は、ツツジやシイなどの照葉樹林に遷移する途中だ。

 松は、あんまり栄養のないところに、まっさきに生えてくる、先駆植物。

 土がゆたかになってくると、他の植物に負けて、追いやられてしまう。

 松に不利な環境は、松茸にもちょっと手きびしい。


「ほう……それは、悠太がおもしろがりそうな話じゃねえかよ」


 樫葉さんが言って、僕は思わずわらった。

 悠太君もたいがい、だめな時の顔をするよね。


 ではそもそも、なんで松や松茸が、あんまり栄養のない環境でよく生えるのか。

 この松林の成り立ちから、考えてみよう。


 かつてここには淡雪林があったけれど、染料目当てのでたらめな乱伐によって、文字通り不毛の地と化した。

 なんで不毛の地と化すのか、そこがポイントだ。


 人に踏みしだかれた、むきだしの地面に、雨がざあざあ降ってくる。

 土の中のカルシウムやカリウムなど、水に溶けやすい栄養分は、雨と一緒にどこかに流れさってしまう。

 土が酸性になるのだ。


 さあ、元淡雪林、現荒地の土が酸性になったぞ。

 そして領主は、なんだかんだあってひきこもった。

 すると、どうなるか?

 土の中のアルミニウムが溶けだして、植物の根が育つのを、てきめんに邪魔してくるのだ。

 どうやらアルミニウムというやつは、細胞のミトコンドリアにはたらきかけて、挙動をおかしくしてしまうらしいからね。

 おまけに、植物の生長に必要なリンは、アルミニウムとくっついて、溶けにくくなってしまう。

 踏んだり蹴ったりだ。


 足高さんが、自分の畑に卵のからを撒いているのは、酸性土壌を中和するため、というのは、以前少し語ったけれど。

 これだけ聞けば、納得だろう。


「ううむ……つまり、毒だったり、なんだったりで、いろいろよくねえんだな」

「いろいろよくないんです」


 とても的確な要約だ。

 土が酸性になると、いろいろよくない。


「でも、いろいろよくねえのに、どうやって松は生えてきたんだ?」

「いろいろよくないからこそ、松だけが生えてこれたんです」


 そろそろ穀斗さんが、奥さんをつれて給地にやってきた頃だろうか。

 不毛の酸性土壌に、がんばって、松が生えてきたぞ。


 種がどこからやってきたのか、それは謎だ。

 もしかしたら、穀斗さんが持ち込んだ可能性もあるなあ。

 そのあたりの時系列は、鉄じいさんが『百年前』を『ずっと昔』ぐらいの意味で気軽に濫用している以上、よく分からないけど。


 ともかく、先駆植物として、松が生えてきた。

 松がどうして先駆植物と呼ばれるのか、今からその秘密を解き明かしていこう。


 いま見てきた通り、元淡雪林、現荒地は、べらぼうな酸性土壌だ。

 植物が吸収できるような栄養はまるでない。

 それどころか、毒性の高いアルミニウムのせいで、『ドラゴンクエスト』に出てくる、踏んだらたちまちダメージを受ける紫色の地形みたいになっている。

 こういう、『ゾーマ城』の周辺っぽい環境で、いよいよ、松茸がはなばなしく活躍することになる。


 松茸は、きのこの中でも、『外生菌根菌がいせいきんこんきん』というジャンルに分類される。

 木と共生関係をむすんでいるきのこを、そう呼ぶのだ。

 では、松茸と松は、どんな取引をしているのだろう。


 まず、松茸が、松から栄養をもらう。

 松茸は、松からもらった栄養でつくった有機酸を、地中に放出する。

 有機酸というのは、白麹でおなじみのクエン酸や、クモノスカビでおなじみのリンゴ酸なんかのこと。

 この酸は、土のなかにまじっている鉱物、つまり小石やなんかを、溶かしてくれる。

 小石やなんかが溶ければ、その中にたっぷり詰まっている、カルシウム、カリウム、リンも溶けだしてくれる。


「あああ! 樫葉は分かった!」


 樫葉さんが、急に大声を出した。


「そうよ、樫葉にも分かったのよ! 松茸が、松に、ごはんをつくっているのよ!」

「その通りです」


 またも、的確な要約だ。

 松茸は、小石を料理しているのだといえる。

 しかも有機酸は、キレート作用というやつによって、アルミニウムを無害なものにしてくれる。


 有機酸を放出して鉱物を溶かし、栄養を得る。

 この仕組みは、何億年もむかし、はじめて陸上にあがった植物が思いついたものだ。

 まだそもそも土というものが存在しない時代、ちょっとしたコケが、なにを思ったか、そのへんの岩にへばりついた。

 へばりついた先で有機酸を放出し、岩を溶かして土に変え、栄養を得た。

 栄養を得て、光合成し、またも有機酸を放出し、土と酸素を世界にばらまいた。


 かくして世界に光あれ、だ。

 酸素をエネルギー源にして、土の上で生きる。

 そんな、僕や松のライフスタイルは、ちょっとしたコケの、ちょっとした思いつきからはじまったのだ。


「樫葉は、まちがえていた……そうよ、松茸のことを、のらくろの、ろくでもなしの、性悪だと思っていたのよ。ああ、樫葉は悪いことをした! 松茸は康太みてえにえらいのに、踏んだり、つぶしたり、捨てたりしてきた!」


 思ったより手あらく扱われていたんだなあ、松茸。

 そして、手あらく扱われてきたものにたとえられるというのは、なんとも言いがたい気持ちになるなあ。


「でも、それじゃあどうして、松は他の木に負けるのよ? 松茸がごはんをつくっているのに」

「あんまり強くないからですよ」


 松茸との二人三脚で、元淡雪林現荒地は、松林に生まれかわった。

 給地には四季の宮がつくられ、鷹嘴家を中心とした、寄り合いみたいなものが誕生。

 元領主は、沼のほとりの一軒家で、しゅんとするのにいそがしい。

 現領主は未だにちょっとどうかしていて、松林を禁足地に指定したうえ、松茸狩りを奨励する。


 すると、どうなるか。

 松は太陽光を好むため、増えすぎると、自分の枝葉で光をさえぎってしまい、勝手に弱ってしまう。

 そこに、暗くても平気な植物の種が、転がりこんでくる。

 弱った松を押しのけて、別の木がどんどん成長する。


 異変は、土の中でも起きる。

 禁足地に指定されたせいで、葉っぱや枝は、地面に落ちたっきり誰もひろわない。

 そこに、落ちた枝を食べるため、松茸以外のきのこがやって来る。

 こいつらは、『木材腐朽菌もくざいふきゅうきん』と呼ばれ、『外生菌根菌がいせいきんこんきん』の松茸とは、またちょっとちがう。

 生きた根っこにしかつけない松茸とはちがって、落ちた枝まで食べられるのだ。


 木材腐朽菌のきのこたちは、菌糸を地中に張りめぐらせて、のびのびと育つ。

 生きた根っこにしかつけない松茸は、どんどん隅っこに追いやられてしまう。

 おまけに、踏まれたり、つぶされたり、捨てられたり。


 上から下から攻められて、松はあえなく撤退。

 こうして、栄養たっぷりになった土壌には、いろんな植物が生えてくるというわけだ。


「実に興味深い話をしておるな」


 樫葉さんが、『そろそろこいつの話に相槌を打つのも疲れてきたな』みたいな表情を浮かべはじめたころ。

 声をかけられて、振りかえれば。


「……ええと?」


 知らないドワーフがいた。


 ゆたかな白髪をうしろに撫でつけ、たっぷりとひげをたくわえている。

 ひだをつけた黄土色の外套に包まれているのは、頑強そうな肉体。

 よく研がれた斧を手に、堂々と立っている。


「私の顔を忘れたか? あれほど辛辣な料理を作り、我がありとあらゆる古傷を抉ってまわった男が、ずいぶんと情の薄いことだな」


 精悍な表情に、皮肉っぽい笑みがうかぶ。


「あああ! た、た、踏鞴様!」


 横の樫葉さんが、いきなりがばーっと平伏した。

 踏鞴様?


「って、ええー?」


 領主、踏鞴たたら月句げっく、その人だ。


 いやいやいや。

 こないだ見た時は、雪原に立っている枯れ木みたいな見た目だったのに。

 なにがどうなって、見たまんま立派なご領主様みたいな姿になったんだ。


「あ、ち、ちげえ! そうじゃねえ、父さま……そう、父さまだ!」


 平伏していた樫葉さんが、いきなりがばーっと立ち上がった。

 額に貼り付いていた枯葉が、はらりと落ちる。


「あの……なんだか、見違えましたね」

「まともなものを食うようにした。豆だの、米だの、そういったものをな」

「えっ?」


 そんな、ごはん一つでなんとかなるような問題だったの?


「お前につきまとう、ノーブルの小娘。これが存外、口やかましいのだ。商談のため、まともに頭を働かせろと、しじゅう喚きつづける。

 正しい食事と、酒と、知恵を振りしぼった商談。活力を取りもどすに、これほどの環境があろうか?」


 ピスフィは、月句を強敵を呼んだ。

 それも、どこか楽しげに。

 若く、夢に燃える大商人。

 ピスフィの熱気が、月句に影響をおよぼしたんだ。


 そもそもドワーフというのは、たぶん、寿命が長い種族なんだろう。

 なにしろ鉄じいさんが、あれだけ元気だし。

 そうなれば、月句の今のこの感じも、あんがい年相応なのかもしれない。


「と、父さまは、なんでこんなところに来た? ここに、どんな用があったのよ?」


 樫葉さんが、おずおずと口をひらいた。


「なに、松林の様子を見にきただけのことだ」


 なにげない、月句のことば。

 だというのに、樫葉さんは、感電したようにびくっとふるえ、うつむいてしまった。


「ま、松切り番は、ちゃんと、仕事をしている……」


 ふるえながら、自分のことを、松切り番と呼ぶ樫葉さん。

 それを見た月句の顔に浮かんだ、表情。

 哀しみと後悔に満ちていて、立ち枯れの木みたいだった。

 いちどきに、かつての月句にもどってしまったような顔だった。


「てっ、鉄を打とうかと、その、思ってな。松を刈りに来たのだ。鉄を打つとなれば、松の炭はすぐれた燃料と聞く。百年もの間、私は親孝行をしてこなかったから。父さまと、鉄打ちでも学びなおそうかと、それで……」


 言い訳がましく、月句が言葉をつらねる。

 だけど樫葉さんは、返事をしなかった。

 そこにいるのは、おびえと猜疑心に満ちた松切り番さんだった。

 世界のすべてを恨み、痩せた野良犬みたいに松林をうろついていた、松切り番さんだった。


「……康太よ。淡雪ばかりか、松までもが、もどってこないのだな」


 月句はつぶやいた。


「私はこうして再び、自らが傷つけ、損ないつづけてきたものを、手元に置いておくべきなのだろう。

 それで、私のしてきたことが何か一つでも変わるわけでもないがな」


 うつむく樫葉さんと、言葉を切ってだまってしまう月句。

 僕はちょっと考えてから、


「ごはんにしませんか? さっきから僕の視界に、松茸が入ってしょうがないんです」


 にっこりわらってそう言い、ふたりの度肝を抜くことに成功した。



 場所は変わって、榛美さん家の裏庭。

 火を熾した七輪に網をのせて、その上で、半割にした松茸を焼いている。


「ううむ……この臭い……」

「これは、この、これを樫葉はがまんならねえ」


 樫葉さんと月句が、二人してうめいている。

 いい香りなのになあ。

 ここはひとつ、秘密兵器をつかって分からせてやりましょう。


 焼き上がった松茸に、琥珀色の液体を、ぴっと一たらし。

 蒸留酒といっしょに、月句に手わたす。


「これを?」

「食べてみてください」


 月句は、手ひどい裏切りでも受けたかのような、悲壮感あふれる表情をうかべた。


「冷めないうちにどうぞ」

「ぬう……なんという眼力だ。ピスフィ嬢に負けておらぬぞ」


 おそるおそる口に運び、はしっこを、ちょっとだけ噛みきって。


「むお!」


 目をひんむいた。


「この、焦げの香ばしさ、いや、松茸の香り……これは? この塩味と、うまみはなんだ。わずかな甘味も感じられて……なんだ、これは?」

「米醤油です」


 松茸に一たらしした、琥珀色の液体。

 こいつは、お米と麹と塩でつくった、米醤油だ。

 大豆や小麦をつかった醤油には勝てないけれど、アミノ酸のうまみたっぷり。


「榛美さんが、お味噌づくりに失敗してできたものなんですけどね」


 黒豆が手元になかったけれど、なんとかなるかなと思ったらしい。


「それはもちろん、お味噌なんかできるわけありません。だけどこうして、おいしい醤油になってくれました。

 そこまでふくめて、なんだか榛美さんらしい話ですよね」


 そういうと、樫葉さんが、ちょっとだけわらってくれた。

 いてもいなくても場をなごませてくれるのが、榛美さんだ。


「あ、そ、その……本当に、おいしいものなのか?」


 樫葉さんが、おずおずと、口をひらく。

 月句も、おずおずと、うなずいた。


「食べてみろ。だめだったら、私がもらうから」

「あ、ああ。それなら、樫葉も……」


 月句とそっくりのやりかたで、はしっこを噛みきって。

 それから、月句とそっくりのやり方で、目をひんむいた。


「お、おいしい! おいしいものなのよ! あのいやな臭いが、いろんなにおいのおかげで、すごくよくなっているのよ!」

「ああ、この酒も……甘味があって、香りを洗ってくれる。すばらしい酒だ」

「お酒も、だいぶこなれてくれてますからねえ」


 仕込んでから、もう半年。

 ようやく蒸留酒も、泡盛っぽく味に深みと丸みがでてきてくれた。


 さて、松茸の香りは、主に桂皮酸メチルというものから来ていて、これはお酒によく溶けてくれる。

 蒸留酒でさらりと香りを追いたてて、次の一口へ。

 すずしい風が吹いて、お酒にほてった頬が心地いい。

 ああ、秋が来たなあ。

 

「どうした、樫葉?」


 月句が声をかけて、樫葉さんが、さっとうつむく。

 なんだか言い出しづらそうに、もじもじしている。


「ああ、かまわんぞ。お前がうまいと思ったのなら、全部食べればいい」

「そ、そうじゃねえ」

「では、どうした?」

「あ、そ、その……お酒って、おいしいものなのか?」


 樫葉さんは呑めないというから、用意しなかったんだけど。

 月句がおいしそうにしているのを見て、興味がわいたのかな。


「呑んでみるか?」


 差し出された杯を、おそるおそる受け取る樫葉さん。

 のぞきこみ、においをかいで、ちょっとむせる。


「だめかもしれねえ」


 月句はわらった。


「口につばをためて、そこに落とすようにしてみろ。味わって、ゆっくりと飲むんだ」

「そ、そうなのか? 樫葉には、できるかどうかわからねえ。だって樫葉は、なんにもできねえ……」

「まあ、知らぬ者には、少しむずかしいかもしれんがな」


 月句はそこで、とまどうように言葉をとめた。

 僕にわずか目をやって、ちいさくうなずいた。


「だが、できないことで、お前を責めたり、傷つけたりはすまい。私がかつてそうしてきたような過ちを、繰り返したりはすまい。

 そうだろう、白神。まだあの地に、松茸は育つのだろう?」


 僕はうなずいた。


「踏鞴様が禁足地の指定を外されましたからね。みんな嬉々として、枝だの葉っぱだのを拾ってますよ。

 その内にあそこは、りっぱな松林にもどるでしょう」


 なにがいいのか、悪いのか。

 淡雪は失われたし、松林も滅びかけている。

 給地のみんなは容赦なく、枝や葉っぱを拾って、土を踏み荒らす。

 いろんな因果がめぐって、今、僕たちは、松茸をたべている。


 それで、いいんじゃないかな。

 お酒を呑んで盛大にむせ、月句に背中をさすられる樫葉さんを見ながら、そんな風に思う。


 なにひとつ取り返せなくても、今はぶざまに弱って、泥びたしで、立ち上がることすらできなくても。

 横たわった泥の中に、新しいものが、見つかるかもしれないのだから。


「まったくお前はたいした料理番だよ、白神。つまらぬ茸一本で、私に前を向かせてしまうのだから」

「ひさしぶりに松茸が食べたかったんです」


 そう言うと、月句はわらった。


「本当に照れ隠しが下手なのだな。ピスフィ嬢の言葉通りだ」

「そうよ、康太はつまらねえ嘘をつくのよ。ありがとうって言われたくねえみてえだ」


 またこれだ。

 そんなにへたかなあ?


「樫葉、ひとつ頼まれてくれるか。炭にするのによい松を、父さまに届けたいのだ。いっしょに探しに行ってはくれぬか?」

「ああ、ああ! もちろんよ! 樫葉はもちろん、いっしょに行く! 康太、かまわねえか?」

「もちろんです。ああでもついでに、松茸が見つかったら持ってきてください。塩漬けにして、ピスフィに見てもらいたいので」


 父と子が肩をならべ、たのしそうに言葉を交わしながら、去っていく。

 数十年にもわたる、怒りと愛憎と断絶の歴史に、橋をかけるみたいな話しかたで。

 僕はその背中を見送りながら、お酒をひとくち呑んで、秋の心地いい風に身をまかせた。


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