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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第六章 黄金色の秋

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穀斗さんのラベンダーはちみつ

 集めた土とホップは、幅木さんが持ちかえった。

 最終的には、榛美はしばみさんでお酒をつくるんだろうけど。

 そこはさすがに宗教儀礼、よそものの僕が気軽に参加できるものではないだろう。


 それにしても、ずいぶん疲れた。

 板の間のつめたい床に横たわってぐったりするのが、とてもたのしい。


「なんだか、なつかしい匂いがするのよ」


 横にいるのは、松切り番さん、じゃなくて、樫葉かしばさん。

 最近は村のあちこちに泊めてもらっているけれど。

 いろんな料理の作り方をおぼえたいということで、榛美さん家に来ることも多い。


「なつかしい、ですか? ホップのにおいかな」


 鼻がなれちゃって分からないけど、あれだけ興奮して収穫しまくったのだ、においが移ってもおかしくはない。


「ああ。穀斗こくとはこういうにおいのするものを作っていたのよ。すごくいい匂いがして、一口なめたら、すごく苦かった」


 またも穀斗さんが出てきた。

 あの人、本当に色々やってるなあ。


「松の葉でつくった飲みものも、穀斗さんに教えてもらったんですよね」

「おお、おお! そうよ、穀斗が教えてくれたのよ! 蜜を蜂の巣から採ってくるやり方も、穀斗におそわった!」


 おっと、意外な新事実だ。

 蜂の巣をぶっこわして蜜を奪い、蜂蜜酒ミードをつくる人たちは、割とたくさんいる。

 砂糖を簡単に得られない給地で、穀斗さんもあれこれ試してみたんだろう。


「お父さんのはなし、ですか?」


 板の間に榛美さんがやってきた。

 樫葉さんが、やさしげに目をほそめ、うなずく。


「おお、そうよ。なつかしい……穀斗のいたころ、榛美はまだ小さなエルフの女の子だった。

 でも、なんで穀斗は、どこかに行った? どうして榛美を置いていった?」


 問われて、榛美さんは、目を伏せた。

 まいったな。

 そういう話の一つも、そりゃ、出てくるよね。


 榛美さんの父親、穀斗さん。

 白神で、『灰色港のキアダン』を名乗り、世界中を巡っているらしい。

 月句が政務を放棄してぼろぼろになった給地を、魔述と知恵で、見事にたてなおした。


 それだけだったら、まあなんていうか、『アーサー王宮廷のヤンキー』式の、さもありなんな異世界転移話だ。

 だけど、榛美さんは置き去りにされた。

 踏鞴家給地を問題なく運営するための、歯車として。


「あの……お父さんって、どんな人でした?」

「そりゃあ、榛美もよく知っている穀斗だった。やさしくて、なんでも知っていて、そうよ、康太によく似ていたのよ」

「僕に?」

「ああ、ああ。まちがいねえ。康太と穀斗は、よく似ていた。困っている人がいりゃあ、ほうっておけなかったのよ。弱っている人がいりゃあ、必ず味方になったのよ。

 だから樫葉も、穀斗にたすけられた。そうよ、棒で突っつきまわされて、追いはらわれたとき、穀斗が樫葉を助けてくれたのよ」


 榛美さんは、樫葉さんの話をだまって聞いている。


「ちょうど、これぐらいの時期だったのよ。お祭りがあって、樫葉はそれを見に行った。そうよ、樫葉はとおくから、見るだけのつもりだったのよ。

 広い場所に火がたかれて、人があつまって、たのしそうで、樫葉はうらやましかった。さむくて暗い木陰から、じっと、お祭りを見ていたのよ。

 だけど気づかれて、それで、みんなはひどく怒った。樫葉は、鳥みたいに棒でおどされて、森の中に逃げたのよ」


 ああ、そういうことだったのか。

 給地のみんなが、総出で樫葉さんを追いかけまわすというのは、なんだかイメージできなかったけど。

 お祭りによそものが迷い込んで、おまけにそのよそものが、いつもこちらになんくせをつけていたのだとすれば。

 仕方ない、かはともかくとして、理屈は分かる。


「森はまっくらで、木のかたちが、樫葉を痛めつける大きな手みたいに見えた。そうよ、森はほんとうに、こわかったのよ。だからさむくて、こわくて、ふるえていたら、穀斗が追いかけてきたのよ」


 穀斗さんは酒の杯を片手に、ふらりとやってきて。

 木の根に腰をおろし、自分で一杯やってから、樫葉さんに杯をさしだしたのだという。


「それで樫葉は、はじめてお酒を呑んで、ひどくむせたのよ。すっぱくて、苦くて、甘くて、喉がやけて、のみこめなかった。

 こんなものを呑ませるなんて、とんでもねえ人だと思った。ひでえ人だと思ったのよ」


 穀斗さんは、樫葉さんに謝ってから、いたずらっぽくほほえんだのだそうだ。


『おわびに、とっておきの秘密をお教えしますよ、松切り番さん。娘も知らない、私だけの秘密です。明日の朝はやく、だれにも見つからないよう、領主林で落ち合いましょう。

 さ、今日はもうお帰りなさい。お祭りというのは、彼らにとって、とても大事なものです。棒を片手に追いかけ回すことまで正しいとはいえませんが、あなたにも非はあるのですから』


 そして翌日、穀斗さんが持ってきたのは、小瓶いっぱいのはちみつだったらしい。


『非加熱のラベンダーはちみつです。娘には与えられません。さ、一口おなめなさい』


 樫葉さんは、はちみつの味を思い出すように目を閉じ、喉をならした。


「そりゃあもう、樫葉は、おどろいたものよ。こんなに甘くておいしいものがあるだなんて、樫葉は知らなかった。

 それから樫葉と穀斗は、なかよくなったのよ。穀斗は、たくさんおいしいものをつくってくれた。ああ、そうよ、康太によく似て、やさしい人だった……」


 樫葉さんの話が終わっても、榛美さんは、だまったまま。

 どう反応すればいいのか分からないのは、僕も同じだ。


 鉄じいさんが語った穀斗さんは、血も涙もない官僚で、容赦ないシステムの歯車だ。

 一方で樫葉さんは、穀斗さんをしたっている。

 給地のみんなも、穀斗さんのやり方に、疑問を抱いたりはしていなかった。

 榛美さんだって、おいしいものをこっそり作ってもらったり、親子関係はおおむね良好だった。


 どれが、本当の穀斗さんなんだろう。

 話を聞けば聞くほど、分からなくなった。


「どうしてお父さんがいなくなったのか、わたしにも分からないんです」


 長い時間があって、榛美さんが、口をひらいた。


「でも、おぼえているお父さんは、おっきくて、やさしくて、あったかかった。樫葉さんの言うとおり、康太さんに、よく似ていました。

 あ、でも、康太さんの方が、かわいいところありますよ」


 言うねえ。


「樫葉には、わからねえ。なんで榛美が置いていかれたのか、穀斗がそのとき、なにを考えていたのか、わからねえのよ。

 だけど、穀斗が悪いやつなわけがねえ。そうよ、わけもなくだれかを助けるような人が、悪いやつだとはどうしても思えねえのよ」

「……わたしは」


 言葉を切って、僕を見上げる榛美さん。

 榛美さんが泣いた日のことを、つないだ手が冷たかった日のことを、おぼえている。


 僕がなにか言う前に、なんだか榛美さんは、自分で納得したみたいに、ちいさくうなずいて。


「そろそろ、ごはんつくりましょうか」


 そう言った。


 榛美さんが穀斗さんのことをどう思っているのか。

 ふっきれたのか、まだ悩んでいるのか。

 気持ちをたずねられるのが怖い、榛美さんは、そんな目で僕をみた。


「そうだね」


 榛美さんの言葉に、そんな答えを返して。

 僕はよたよたと立ち上がった。


「樫葉も、少しずつ分かってきた。いつもの鍋なら、もう樫葉にもつくれるのよ」

「それじゃあ、今日はお任せしちゃおうか? 榛美さん、いっしょになにか、ちまちましたあてでも作ろうよ」

「はい!」


 榛美さんが、笑顔をむけてくれた。

 どんな気持ちでいるのかは、分からないけれど。



 ごはんの仕込みを終えれば、もう夕暮れだ。

 川のにおいの風が、格子戸をそっとゆらしながら、客間にふきこんでくる。

 すこしだけ冷たくて、なんだか、なにかを思い出しそうな、なぜだかなつかしく思えるような、そんな秋の風。


「ピスフィを迎えにいってくるね」

「おねがいします」


 台所の榛美さんに声をかけ、外に出る。

 谷から見上げる山肌は、気のはやい紅葉と深い緑色が、まだらになっていた。

 ぎゅうぎゅうに密生したケヤキも、わずか、色づきはじめている。


 すっかり僕の足になじんだ、川っぺりの、ほこりっぽい道。

 ピスフィとミリシアさんが、川向うからこちらへと歩いてくる。

 手を振って、駆け寄った。


「ただいま、こうた」

「おかえり、ピスフィ、ミリシアさん」

「康太、私はおなかがすいた」

「今日はキクラゲとビーフンの酢の物がありますよ」

「ほう。たのしみじゃ。ミリシア、マントの用意はいいじゃろうな?」

「もちろんです」


 ピスフィの冗談に笑って、夕日を背負い、帰路を行く。

 みんながいて、ここは、すごく居心地のいい場所だ。


 もちろん、いつまでもこうってわけには、いかないんだけどね。



「少々、この地をはなれるつもりじゃ」


 その夜、ピスフィが、そんな風に話を切りだした。


「なにか用事でもあるんですか?」

「祭りがあるのじゃろ。よそものが居座っては、みな、よい心地はすまい」

「悪いな、気をつかわせちまって」


 僕たちが囲む床几に、讃歌さんがやってきた。


「領主様をかかげての、はじめてのお祭りだからなあ。なにがどうなっちまうのか、分かったもんじゃねえ」

「もとより、どこかで従業員と話をせねばならぬところじゃった。間もなく出航ゆえ、日取りの調整をせねばならぬからな」

「ああ、もう秋だもんなあ。そろそろ例のキノコが採れるってことか」

「うむ。しかしこちらこそ、讃歌殿には、かえって気をつかわせてしまったようじゃな」

「好きで勝手にやってることさ。気にしないでくれよ」

「ありがとう、讃歌殿」


 床几からはなれていく讃歌さんを見送ったピスフィが、こちらに目を向けて。


「祭りが終わるころ、もどってこよう。答えはそのときに聞く」


 断定的な口調で、刻限を告げた。

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