一神教なきエルフたちの旅路
「過越の道というのは、中つ国のずっと西から、ここに至るまでの道のりですなあ。今となっちゃあ、本当かどうかもわからんもんですよ。
ひいばあ様は、私が生まれたころには、大分もうろくしとりまして。こまぎれの語りを聞きながら育ったもんです」
踏鞴家給地のエルフたちは、中つ国の北西にある高原からやって来たと聞く。
幅木さんのひいおばあさんは、その生き証人だったんだ。
「寒い冬だの、寒い冬のせいで北から下りてきたごろつきだのに、エルフたちは耐えられんようになったらしいですなあ。
豆と米と淡雪だけを手に手に、老いも若きも、男も女も、ただただ、歩いたそうです」
フン族大移動と出エジプトをまぜたような、異世界の古代史だ。
すごく面白い話になってきたぞ。
「行く先々で、森だの曠野だの川っぺりだのに、仮宿をこしらえて。なにひとつ見さだめないまま、さまよい続けた。
そういう中で、エルフたちがどうやって、一まとまりであり続けられたのか。それを、考えてしまうのですよ」
「うーん、なんでしょうね……宗教、というか、信仰ですか?」
「ふうむ。信仰、ですか」
「宗教? なんで宗教の話になるんだ?」
おっと、悠太君の知的好奇心を、くすぐってしまったようだ。
「この世界に、一神教はあるんだよね?」
「中つ国とかの、なんかあれだろ。神様がどうしたこうしたみたいな、十字軍がどうしたこうしたみたいな」
なんかふわついた解釈だけど、まあ、いいとしよう。
さてさて、出エジプトの話も出てきたことだし。
ここでひとつ、宗教について語ってみようか。
古代エジプトのアテン信仰に端を発した一神教は、イスラエル人の集団脱走、すなわち出エジプトによって洗練された。
このとき生まれたのが、唯一神ヤハウェと、『汝、殺すなかれ』でおなじみ十戒、そして律法だ。
なんとかかんとか、エジプトから脱出して王国を作ったイスラエル人だけど、なかなかうまくはいかない。
ヘブライ王国の分裂やバビロン捕囚など、歴史を通じて、更にいろいろとひどい目に遭ってしまう。
そんな状況下で成立したのが、ユダヤ教。
ユダヤ教から派生したキリスト教、イスラム教は、ひとくくりにセム系一神教と呼ばれる。
セム系一神教の特徴としては、とにかく、
『神様のいうことをちゃんと聞いたら救われる。聞かなかったらひどい目に遭う』
に尽きる。
まちがっても、鎌倉仏教みたいに、
『南無阿弥陀仏とか言ってればだいたいなんとかなるよ(浄土宗)』
とか、
『逆に悪人ほど救われるよ(浄土真宗)』
とか、ゆるいことは言わない。
なぜというに、セム系一神教は、そもそもがひどい目に遭いつづける中で生まれたものだからだ。
エジプトから集団脱走して、四十年もその辺をさまよったり。
バビロニア地方に、捕囚として七十年間もとらわれ、『賭博破戒録カイジ』に出てきた多重債務者みたいな扱いを受けたり。
そういう状況下で人の心を保つためには、どうするべきか。
まず『がんばれば救われる』というゴールを設定する。
そして、『どうがんばるか』が重要だ。
曠野を四十年さまようんだから、『南無阿弥陀仏でいいよ』というわけにいかないのは、明白だろう。
この、ぐったりするほどろくでもない状況を、『いま救われるためにがんばってる』と思わせなければならない。
よって、信仰者には、ぎょっとするほど厳しいルールが課される。
食べてはいけないものが決められたり、休日にまで、してはいけないことが四十種類ぐらい決められたり。
そのルールこそが、今のしんどさを肯定してくれるわけだ。
『えっ神様、あなたそこまでやります?』
で有名な『ヨブ記』だって、理由あって、あんな感じになっているのだ。
つまるところ、宗教というのは、環境に適応するためのルールブックみたいなもの。
ルールも分からずに、ゲームはプレイできない。
「はああ……宗教すげえ。神とかばかかよって思ってたわ、オレ」
「使いようによっては、すごく役に立つんだ。前に話した、神話とか星座みたいなものだね」
「ああ、なるほど。ひどい目に遭うことに理由なんてないけど、あることにするんだな。そうすれば生きやすくなるってことだろ?」
やっぱり悠太君、さすがの理解力だ。
と、話の切れ目にさしかかったところで。
「信仰、ですか。まあ、いったら、そういうものなんでしょうなあ」
幅木さんが、ゆっくりと口をひらいた。
「エルフたちは、中つ国のひとびとのようには、神を持ちませんでなあ。
しいて探せば、春の真夜中に、風で戸口が揺れる音だの。夏の明るい夜に、山向こうで光る雷だの。
秋のおひさまが消えたすぐあとの、だいだい色とぐんじょう色がまざった空だの。冬の朝に、うすい氷が水面にひびを入れている姿だの……
まあ、そういったものを、大事にしていたみたいですな」
出エジプトのたとえで言えば、一神教の母体になるアテン信仰が存在しない状態で、荒野に放り出されたみたいなものだ。
ヤハウェも十戒も出てきそうにない。
それはけっこう、途方にくれるだろう。
「そうしたものを、曠野には求められんかったことでしょう。だとすればエルフたちにできることは、ただただ、横にいる人の幸せを願うことだけだったんでしょうなあ」
「幸せを……」
ちょっとほこらしげに、幅木さんはうなずいた。
「考えてしまうのですよ。仮宿で、とぼしい食事とわずかな火を囲む、エルフたちのことを。私も、隣のだれかも、おなかがすいています。そのとき、私が、隣のだれかに、私の分の食事を分けるのです。
隣のだれかは、笑顔になるでしょう。私も、それでまあ、おなかはすいたままですが、気分はいいじゃないですか。
そういう気持ちを、エルフたちは育てていったことなんでしょうなあ。だいじにだいじに、育てていったんでしょう。
そうじゃなきゃあ、生きてここまで辿りつくなんてことは、できなかったでしょうから」
一神教なき、エルフたちの旅路を想像する。
エルフたちが見出した、環境に適応するためのルール。
生き延びるために見つけた、優しさの文法。
「そうしてこの地に辿りついたエルフたちは、最初、山の中で、ちょっとした草やなんかを食べていたそうです。付け火をして、春になると、草なんぞが採れたそうで。
谷をひらき、小さな畑をつくり、魚をとらえ、そうして、増えていったそうです」
と、ここで幅木さんは言葉を切って、ちょっとわらった。
「ま、本当のことかどうかは、私も知りませんな。案外、子ども向けのほら話だったのかもしれません。悪いことをすると、こわい白神が皮をはぎに来るとか、小さい妖精にひどい目にあわされるとか、そのたぐいの」
「たぶん、本当のことだと思いますよ」
僕が口をひらくと、幅木さんは、ふしぎそうな顔をした。
「さっき集めていた、黒い土です。これってたぶん、エルフが山を焼いた名残なんですよ」
「ほう?」
これはいわゆる、黒ぼく土というものだろう。
植物の腐敗したものが、粘土やアルミ、炭とまざったものだ。
黒ぼく土は、大昔からくりかえし野焼きをおこなっていたような土地で発生する。
『黒くて、ぼくぼくっとした手ざわり』だから、黒ぼく土と呼ばれるそうだ。
「夏から秋にかけて野焼きをして、そこに最初に生えてくるのは、わらびやぜんまいなんかの、しだ植物です。
こういうものの根っこからは、でんぷんが採れるんですよ」
捧芽君のために、葛根湯をつくったのを、おぼえているだろうか?
あのときは、葛の根っこから、でんぷんを採取した。
あれと同じように、わらびやぜんまいからも、でんぷんが採れる。
わらびもちの原料となる、わらび粉というやつだ。
でんぷんというと分かりづらいかもしれないので、炭水化物と言いかえてみようか。
炭水化物といえば、お米や小麦、トウモロコシなどなど、人類が主食として扱っているもの。
「わらび粉やぜんまい粉をつくっておけば、冬になっても食いつなぐことができます。もちろん、どんぐりやなにかも、炭水化物の足しに拾ったと思いますけどね。
ただ、それぞれがあちこちさまよってどんぐりを拾うより、みんなで協力しあって野焼きをした方が、だんぜん効率よく、食べ物をえられたんじゃないかって」
日本のあちこちで、黒ぼく土の地層が見られる。
それを、縄文の時代から、野焼きと山菜の採取が続いてきた証拠だとする学者さんがいる。
野焼きでえられた炭水化物で、エルフたちは、ゆっくりと人口を回復させていった。
人が増えれば、狩猟採集だけでは食料が足りなくなってくる。
収穫逓減の法則は、狩猟採集活動にも適用されるからね。
だから谷を拓いて、農耕定住民になったのだろう。
エルフたちが、もともとどんな生活をしていたのかは、分からないけれど。
彼らはここまで辿りついて、文明を一からやり直したんだ。
「それってもしかして、焼畑のはじまりなのか?」
と、悠太君が、目をきらきらさせている。
鉄じいさんに料理をつくるため、神話を紐解き得られたのは、エルフが焼畑農業をしていたという衝撃の事実。
それとこれとが、つながっているのかもしれないわけか。
「そうかもね。雑穀やなんかを育てはじめた可能性は高いかな」
踏鞴家給地の食糧事情は、榛美さんのお父さん、穀斗さんの手が入って、だいぶわけの分からないことになっているからなあ。
推理するのはむずかしいけれど、理屈には沿った考え方だ。
「そうですか……ひいばあ様は、本当に、この山の中におったんですなあ」
幅木さんは、さっき集めた黒ぼく土を、指先でなでた。
「みんなで、火をつけて。みんなで、わらびの根なんぞを叩いて。みんなで、得たものを、わかちあって。
それはそれは、なんとも……なんとも、やさしい光景ですなあ」
焚火の向こうの闇にむかって、幅木さんが目をほそめる。
かつてエルフたちが暮らした森をながめて、ほほえむ。
「昔がたりは、これぐらいにしておきましょうか」
幅木さんは、選別しおえたホップを、葛袋につめなおした。
「すみません、康太さん。えらそうな話になってしまいました」
「いえ、とんでもないです。ありがとうございます」
「ありがとう?」
ちょっときょとんとした幅木さんは、たちまち、にっこりした。
「おもしろい人ですなあ、康太さんは。葛乃の言うとおりだ」
「どんなことを言われているんでしょう」
「そりゃあ、ほめてますよ。口元をむずむずさせながら」
それで僕もわらった。
「康太さんのおかげで、ずいぶんと集まりました。これで今年もつつがなく、秋の祭りが行えることです」
稲の収穫と、黒豆の種まき。
そのすきまにある、ほんのわずかな農閑期。
踏鞴家給地のひとびとは、今年の収穫を祝い、来年の豊作を祈って、お祭りをする。
お祭りには、とくべつなお酒と、とくべつな料理がつきもの。
給地では伝統的に、ホップをつかったお酒がつくられているらしい。
「うちらのもんはみんな、康太さんにずいぶんと、お世話してもらいましたからなあ。ぜひとも、一緒にお祭りをしたいと。葛乃だけじゃなく、みんなそう言っておりますよ」
「ありがとうございます。できることがあったら、なんでもしますよ」
「助かります」
お祭りというのは、宗教儀式だ。
そして宗教というのは、ときに、その価値を保つため、なるべく秘密にされる。
よって、たいていの場合、お祭りによそものの参加はゆるされない。
給地に住みついて半年ぐらい経つけれど、この土地の宗教について、僕はくわしく知らない。
聞けば教えてくれたのかもしれないけれど、積極的に話すほど、軽いことではないんだろう。
『大きい妖精』とか『小さい妖精』みたいな存在から、素朴な精霊信仰であることは推測できるけど。
「今年はほれ、悠太も、大人になるってことで。なにしろ悠太は、康太さんになついていますからなあ」
「なついてねえよ」
「お祭りにいてくれれば、たいそう喜ぶでしょう。なにしろ、たいそうななつきようですからなあ」
「なついてねえよ」
「大人になるための儀式があるんですね」
「ありますな。まあ、たいしたこともやらんですが」
「知らんけど、服を燃やしたりするんだろ?」
服を燃やす?
なんか、不思議な儀礼だなあ。
「ともかく、みんな喜びますよ。悠太なんか、もう、康太さんによくよくなついていますからなあ」
「なついてねえよ」
よろこんでくれる、か。
そうだとしたら、すごくうれしい話だ。
給地の一員として、みとめられたというわけではないけど。
すくなくとも、ここにいることを許されているってわけだからね。
「さあて、今日はもう寝ましょうか。明日はお昼までに、給地に戻りたいものですな」
この土地の一員、かあ。
それはすごくうれしい話、なんだけど。
ピスフィの言葉について、あれからずっと、考えている。
大商人の料理番。
顎の海峡に平和をもたらす、剣。
僕の料理が、もしもだれかを幸せにできるのだとしたら。
それだけの力が、僕にあるのだとしたら。
いやいや、それだけじゃないな。
そんな、きれいごとだけじゃない。
強くなりたいんだ。
ねじきれるぐらいの負荷を自分にかけ、死ぬほど悩んで考えて、知らなかったことを知りたい。
苦難と試練に立ちむかい、地獄をくぐりぬけ、見えなかった場所を見たい。
僕自身、おどろいている。
どうやら僕にも、野心というか、向上心というか、とにかく、上昇志向みたいなものがあったらしい。
先物取引の営業職とか、やったらできたんじゃないかな、もしかして。
なにを選び、なにを捨てるんだろうか。
だれを救い、だれを傷つけるんだろうか。
どんな後悔が、僕の生き方にとって正しいんだろうか。
心はゆらゆら、揺れっぱなしだ。




