9.初めてのクエスト・後編
茂った緑の草原が徐々に薄れ、渇いた大地の色が見え始める境に奴らはいた。
〈ゴブリン〉
ファンタジー世界のゲーム設定の代表としてよく出てくる人型の魔物だ。
魔物…ペットとはまた違った種類の生き物だ。
それが今、視界に見える場所に現れた。
奴らは、数匹で狩りをしているようだ。獲物は……〈スロー・ホース〉
茶色の馬が首に縄を掛けられ、地に伏せつけられ止めを刺された。
ゴブリン達は仕留めた獲物を担ぎあげ、そのまま何処かに消えて行った。
助けるには距離があった。例え助ける事が出来たとしても、襲われた直後の〈スロー・ホース〉には、僕らもきっと敵として映っただろう。
この世界では、プレイヤーは基本的に敵として認識されている事を思い出した。
味方でいてくれるテイムしたペットのノワールに感謝の思いが溢れた。
そして草原を越え目的地の峡谷にたどり着いた。
峡谷に来た。先ほどとは打って変わった景色で緑から紅褐色の大地が広がった。
これでクエストは完了だ。引き返し街に戻ろうとする。
「グゥ」
唸り声が聞こえる。行くぞと言いたげだ。
しかしここは、難易度が星4つだ。分不相応だ。止めておこう。
互いに譲れない。そんな思いが交差する。僕は強引に踵を返した。
きっとわかってくれる。そう信じ強引に足を進めた。
数十歩は歩いた。後ろを振り返ると、哀愁漂う後ろ姿で、峡谷の頂上近くを見上げていた。
相棒が踵を返しこちらに駆け寄って来る。その間、見上げていた場所を見た。
そこは、雲に覆われるより少し低い場所だ。思い出した。
保護区で初めて出逢った時の事を…合点が一致した。
だからこの場所を目的地にしたのだ。
僕らの冒険のスタートに相応し場所はここ以外存在しない…そう感じた。
「ノワールごめん…やっぱり行こう」
近づく相棒に僕は力強く言った。
そして僕らは、並んで歩みだした。頂上を目指し。
峡谷の入口まで戻ってきた。
しかし間違いなく、複数の敵に囲まれると危険だろう…何か良い方法がないだろうか…思案した。閃いた!
スキルだ。メニューを開き、スキルタブを開いた。
現在の所有スキルは、<弓スキル>のみ。
あと一つくらい何か取れないだろうか?
スキル一覧には、二つの空白があることに気づいた。
空白をタップした。
すると所得可能スキル一覧が広がる。
<体術><索敵><隠蔽><投擲><制作><調合><料理><裁縫>
などいくつのスキルが出た。
それ以外には、多数の武器スキルがあったが省く。
この中で、現在とこれからに役立ちそうなモノを選択しなければ…
選んだのは、この二つ!
<体術>
体の至る所で攻撃や防御ができる。動きの制限が少し解除される。
<索敵>
知覚範囲が拡大され死角が狭くなる。
スキルを選び習得が完了した。淡い光が体を包み込んだ。
その瞬間…自身を中心に波紋が広がっていくのを感じた。
まるで視覚だけが、身体から抜け出し、空高くから周囲を見渡しているようだ。
これが<索敵スキル>の効果なのかと感心した。
これなら遅れを取ることはないはずだ…行こう。準備が整い峡谷へ、入っていった。
<索敵スキル>のおかげで、群れを成した敵に、遭遇することなく順調に道を進んだ。
2体1で倒した敵は、<スロー・バード>、<スロー・イーグル>、<ハーピィ>だ。何れも一匹でいたため、先制攻撃と弱点攻撃で苦も無く倒すことが出来ていた。
しかしやはり草原に出てきた、相手とは違い、しぶとく固い。特に<ハーピィ>はさすが魔物と言った所か…強かった。
そんな戦闘を何度か繰り返し、道中に休憩を挟みながら、頂上を目指した。
そしてついに頂上に辿り着いた。
頂上には少し開けた広場があった。
広場の奥には地上を一望できる場所がある。
「おぉ~」
眼下に広がった景色は素晴らしかった。
渡って来た草原を手元に緑が広がって右手には、深い緑が広がる森林が左手には、透き通った蒼が特徴的な湖畔。そしてその中央にエピオンが観えた。
これが自分のいる世界の全貌だ。
「ガゥ」
ノワールが遠くの空を見上げて唸る。
見つめた先に、目を向ける。エピオンの上の空。
そこは、雲より高い場所にあり、霜が掛かって全容を把握できない。
けど確信があった。あそこで僕らは出逢ったのだと…
あの場所に行きたい。もう一度あの朝日を観たい。そう思った。
「あそこは僕らが最初に目指す場所だ!」
遠くの空の彼方を指差し、僕は言った。
「ガォ」
同意するように声をだした。
そして僕らはこの場所を後にしようとした…
しかし<索敵スキル>に反応がある。一つだ。
すぐさま弓を構えて奇襲する準備をして、標的が現れるのを待った。
現れたのは、爬虫類特有の鱗を持った人型の魔物だ。
〈リザードマン〉
システムが認識した相手の情報を表示する。
思いがけない敵に、一瞬の動揺が襲った。
そして一瞬のスキを見逃してくれる様な相手ではなかった。
すぐさま手にした槍を構え、襲ってきた。
慌てて弓を放った。しかし矢は鱗に遮られ弾かれた。
彼我の距離が縮まって、槍が迫った。脇腹を掠る。HPバーが削られる。
〈リザードマン〉が伸ばした槍を手元に弾き戻し、再び突く姿勢を見せた。
しかしノワールが飛びついたため追撃を逃れた。その隙に僕は、少し距離を取り、アーツによる攻撃を試みた。
「【ストロング・アロー】」
アーツによって放たれた矢は、鱗を貫き、浅く刺さった。
それでもあまりダメージが通らない。どうすればいい?
思考を張り巡らす。ノワールの爪や牙でも奴の鱗を貫けるかどうかは解らない。
アーツによる攻撃も期待できるものではない。
そんなことを考えながら、幾度かの攻防を繰り返した。
順調に進んでいた戦闘も終幕を迎えようとしていた…僕たちの敗北で。
何処から劣勢に変わって来ただろうか…思い出す。
戦闘がしばらく続き<リザードマン>のHPバーが半分、黄色に変わった時から奴の動きが変化した。端的に言うなら早く、鋭くなった。
そのため僕たちの攻撃頻度が下がっていった。そして徐々に損傷が増えていって今に至る。
負ける…予感ではなく現実として近づいてきた。
それは、死ぬということ。今ここに至るまでの軌跡が無に返るそれを意味していた。
嫌だ、悔しいと素朴にそう思った。きっと横で同じように傷ついたノワールも思っているだろう。横をみた。目が合う。その瞳は寸分の諦めの色は無かった。
奴のHPは三割弱。僕らのHPは一割弱だ。逆転の目は無いとも言えない。
むしろ回復手段を持つ僕らの方が有利だ。しかし回復のスキを与えてもらえない。今も目まぐるしく攻め立てられ、回避することで精一杯だ。回復さえできればと思う。
しかしこちらは、奴の攻撃一撃できっと倒れてしまう。
何とかしなければと逸る気持ちが、動きから精彩さを奪っていく。
次の瞬間、槍が迫った。
当たると直感した。死んだと思った。
しかし幸いなことに、現実にはならなかった。
変わりに鈍い衝撃がした。ノワールだ。彼が体当たりをして、突き飛ばしてくれたおかげで助かった。
しかしそれなりの勢いがあったのだろう、互いのHPが
一割を下回りあと数ドットほどだ。
少し開けた距離に迫って来る<リザードマン>…もう回復している暇はない。
覚悟を決め。弓を構え、力強く弓を引いてアーツを放つ。
放ったあと気づいた。僕とノワールを繋ぐ光に…
「【王虎比翼】」
聞きなれないシステム音声が脳に響き。
矢が暗い光を纏い、【ストロング・アロー】とは比べものにならない
力強さを感じさせ、矢が疾しった。
瞬く間もなく、矢は吸い込まれる様に、<リザードマン>の顔に的中し
頭ごと吹き飛ばした。
頭を失った、身体は支えることを忘れたように力なく崩れて地に倒れこんだ。
「ドス」
大きな音を立てた身体はやがてポリゴンとなって散ったのだ。
勝った。その事実だけが脳に響き、システム音を遮っていた。