24.スノーマン
昨夜、彼女達の期待に添える店に連れて行って、彼女達の舌を唸らせることに成功した。ご満悦の表情を浮かべる彼女達と挨拶を交わして別れた後、直ぐに宿に行って就寝した。
朝になった。
昨日の疲れが残っているか、いつもより少し体が重い気がする。
重さを感じる身体に鞭を打って、温もりを残したベッドから起きあがった。
身嗜みを整え、今日も一日頑張ろうと思いを炊き上げ、宿から出た。
外は、少し薄暗く、肌寒かった。
起きる時間が早かったのか、まだ街の人々が活動をしていない街は静かだった。
視界は頼りなかった。薄暗い景色の中、宿の敷居から一歩踏み出した。
踏み込んだ足が沈んで、バランスが崩れた。頭から何かが落下した。
ノワールだ。彼はいきなりの事に対応できず、落ちていった。
「あぁー!?ノワール…ごめん」
頭上から、落ちていったペットを拾い上げる為に身を低くしゃがめた。
視界が下がった事で、道の変化に気が付いた。雪が積もっていたのだ。
昨日の様な、ちょっとした雪ではない。
段々と目が慣れてきて視界がはっきりして来て解った。雪は濃い雪化粧の様に厚く大地を覆っていた。そんな雪の海に沈んだノワールを掘り起した。
彼は憤慨だと言いたげな表情で、抗議の唸り声を上げている。
「ごめんねぇ~」
拾い上げた彼に付いた雪を払い落しながら、もう一度謝罪の言葉を口にした。
今回は許してやると言いたげな態度で、器用に腕を伝って定位置に鎮座した。
(…結局、そこに乗るの?)
この足場が不安定な道を歩いていく以上、再び同じ事を起こすかも知れない不安に駆られながら慎重に雪道を進んだ。
時間が早いせいか、何処の店も閉まっている。
(…現実なら、どんな時間でも買い物には不便じゃないのに…)
今更ながら現実世界とのギャップに戸惑いながら、行き場が無かったため、消去法的に残った選択肢にあった郊外に足を運んだ。フィールドに出る前に頭上のノワールを抱えて出た。軽快な音と共に小型かが解除され、本来の大きさを取り戻した彼は僕の手から地に落ちた。「ボスッ」と沈むような音が聞こえた。
フィールドには粉雪の様な雪が降り注ぎ、雪景色を作っていた。
(…世の中には、こんなにも綺麗な景色があるんだな)
都心の生まれの僕には、雪が積もりに積もった景色に縁があまり無かった。
だから広大な草原に降り注いだ雪景色は、とても綺麗に映りそんな感想を抱いた。
(でも…これじゃあ、外を迂闊に出歩け無いな)
とてもでは無いが、気軽にフィールドを散策するには、骨が折れそうな視界を覆い尽くす景色にそんな事を思った。
「ねぇノワール?雪だるまを作ってみない?」
街が活気付くまでの時間潰しのため、子供っぽいがそんな提案を彼にした。
雪だるまの意味が解らなかった彼は首を傾げ、困惑の表情を浮かべていた。
そんな彼にジェスチャーを交えながら、雪だるまの作り方を教えて一緒に雪だるま制作に励んだ。数分したのち、大小の雪の塊が出来た。
大きい方を作ったのはノワールで、小さいのは僕が作った。
頭の部分である小さい雪玉を大きな雪玉に乗せるため持ち上げた。
(以外に重いな~)
持ち上げた雪玉を踏ん張って、持ち上げて大きな雪玉の上に乗せた。
出来上がった雪だるまは表情がない。
(確か、小枝を刺したりして、色々付けて形にしていくんだよな)
イベントリから適当に使えそうな物を実体化させ、無表情な風貌が表情となって来た。表情作りして遊んでいたところ、何かが足りない事に気が付いた。
(…鼻の代用品が無いな)
イベントリの中には、鼻っぽい物が無くて完成の前に手詰まりを感じさせていた。
「…これとか使えないか?」
後ろから声が掛かった。顔を振り向かせた。声を掛けた人物は意外な人だった。
(“キング”…どうしてこんな所に?)
彼が差し出したのは、ごく一般的な人参だった。
「…どうもありがとうございます」
戸惑いと驚きを隠せないまま、差し出された人参を受け取り、雪だるまの鼻を取り付けて、表情を完成させた。
「Congratulation、君は一つの命を完成させた」
拍手と共に賛美の言葉を口にして、彼は意味の解らない発言をした。
「ほら、見てみなよ」
困惑の表情を浮かべる僕に彼は指を指した。
伝えたい事は、指差した場所にあると言いたげだった。
指し示した場所には、僕らの作った雪だるまがいた。
雪だるまをじっと眺めていると急に動き始めた。
「「……」」「ww」
急に動き始めた雪だるまにビックリして驚きのあまり声を出せない、僕とノワールを愉快そうに見ながら失笑を隠せずに笑う“キング”の姿。
「やー、ごめん。俺も最初こんな反応したなと思ってさ」
彼は自身も経験したことだと、言いたげな表情で思い起こす様に言った。
「えーっと、どう言うことですか?」
これが何かを知っている人物に疑問をぶつける。
「ああ、後で説明するから、まずそっちを優先しなよ」
彼はそう言って、僕の疑問を後回しにした。その時、僕を突く何か意識が向いた。
動き始めた雪だるまが、僕に向かって何かを差し出した。
差し出された何かはブレスレットだった。
〈スノー・クリスタルのブレスレット〉
冬の精霊:スノーマンが季節の変化を知らせてくれた者への印。
MIN:+10
差し出されたブレスレットを受け取ると雪だるまは、そのまま何処かに駆けて行った。
「俺たちプレイヤーが意図せず作った何かには、精霊か付喪神などの存在に変化する。それが初めて作り出された場合には、今みたいに贈り物が貰えるみたいだよ」
彼は後回しにした疑問に答える様に説明してくれた。
「あぁ~それにしても先に越されるとは思わなかったよ」
彼は悔しそうにそう言った。
「“キング”さんは、これを狙ってこんなに朝早くからこちらに?」
先程までの出来事を纏めると彼は知っていて此処に来た事になる。
「あぁ、そうだよ。俺はそんなに欲しいとは思っていないけど、ノヴァがこういった類いの物を集めるのが趣味でね。…それと“キング”は止めてくれ俺はカズヤだ。“謙譲”さん?」
彼はそう説明してくれた後、茶化すように言った。
「失礼しました。改めまして僕はユウヤです」
そう言って返すと僕らの視線が合った。何故だか互いに笑みが込み上げた。
お互いに変なあだ名を付けられた者同士、通じる事があったのかその場で少し談笑した。
「そういえばカズヤさんのドラゴンは?」
彼の相棒のドラゴンがいない事に、疑問を思った僕は話の流れで聞いた。
「ノヴァは雪だるまを作っていると思うけど…もう意味がない事を伝えてないな」
そう言って僕らは、ノヴァを探し始めた。ノヴァは結構すぐ近くにいた。
何故それがすぐに解ったかと言うと、所々に雪だるまが点々と作られていたからだ。それを辿っていくと、真紅の巨体が観えた。
「おーい、ノヴァ作るだけ無駄だ。先着がいた。」
近くで見るとやはり大きい、全長4~5mくらいの巨体だ。その巨体がいそいそと雪だるまを作る姿はシュールだった。忙しなく雪玉を転がすノヴァにカズヤさんが現実を告げる。
「……!?」
告げられた言葉の意味を正しく理解したドラゴンの背後には「ガーン」と擬音が観えた気がした。
(あの悠然とした姿を昨日見た直後だから、ギャップで可愛く見えるな)
「あの~カズマさん。これをお譲りしますよ」
大きく肩を落とすドラゴンの姿を不憫に思い、僕はそんな提案をした。
「有難い話だけど、一応そのアイテムはユニークアイテムなんだ。
それを知り合って間もない人においそれとタダで貰う訳にはいかないよ」
彼はそう言って、難色を示した。
「僕はカズマさん達に借りがあります。それを返したいと言ってもですか?」
先程まで談笑している最中、言い出そうとしていた内容を口にした。
「何の話を言っているだ?」
彼は話の意図が呑み込めず、そう聞き返して来た。
「昨日の防衛戦に僕もいました」
たった一言。それを彼に向けて、ただ真っ直ぐに言い放った。
「「……」」
空気が硬直する。見つめ合う二つの双眸。
「…解った。それは頂こう」
やがて彼が折れた。そう言って、ブレスレットを受け取った。
「これで貸し借りは無しだな」
ブレスレットを受け取った彼はそう言った。
「ユウヤ…君は“謙譲”なんかじゃない、立派な“傲慢”持ちさ」
掠れる様な小さな声量でカズヤは呟いた。
「…すいません。何か言われました?」
うまく聞き取れ無かった、音に反応して出て来た言葉だった。
「いいや、意外に頑固だなって思っただけさ…それより少し時間あるかい?」
カズヤは良いことを思いつき、目の前にいる青年に問い返した。
「はい。時間ありますよ」
今は現実の時間は、平日の昼前でログアウトする時間にはまだ早い。
「じゃあ少し散歩をしないか?」
彼にはこの天気で散歩する根気があるようだ。
別段と断る理由が無かったため了承の旨を伝えて、雪景色に足を運ぼうとする。
「おいおい、どこ行くんだ?散歩はこいつに乗って行くんだよ!」
僕の行動に制止を掛け、相棒のドラゴンに手を当てて言った。
「乗せて貰っても良いんですか?」
驚きの言葉につい問い返した。
「良いよな、ノヴァ?」
話の流れを聞いていて、上機嫌のノヴァは身を低くして「いつでも良いぜ」と言いたげな姿勢を取った。
「ありがとうございます!カズヤさんノヴァ」
もうすでにノヴァに跨っていたカズヤさんに続く様に背に跨った。
ノワールは小型化して定位置に着いた。
「しっかりと捕まっていろよ!落ちたら即死だからな!あとカズヤで良いよユウヤ」
僕達が背に跨った事を確認した彼は、そう言ってノヴァに飛ぶように指示した。
身体が重力から解き放たれた様な錯覚を覚えて、高度を上げていく。
地上に存在するものが、段々と小さくなっていくのを眼下に眺めた。
時は2098年まだ世界には、生身で空を翔る技術は確立していない。
ゲームの世界で、僕は大空を翔る喜びをこの時、初めて知った。
喜びの言葉を表現するなら「最高」の一言だった。
「これで一つ貸しな!」
カズヤは背後で、大はしゃぎする相手にそう言った。
「うん、わかったよ」
この時に交わした貸し借りの話が、これから長きに渡って続いていく事になる。
彼らの友情劇に大きな影響を与え合うことをまだ彼らは知らない。




