17.漆黒の牙
食事を済まし、日銭を稼ぐ為に僕らは街を出た。
草原を抜け森林に来た時には、すっかり陽が沈み夜になっていた。
夜の森は不気味だ。常に何かに見張られている様な気分になる。
木の葉がザワザワと音を立てる。風で葉が揺れ、音を立てているのだろう。
森の雰囲気と音のせいで相まってより一層に不気味だ。
その中を慎重に進んでいく、僕らの前にそいつは現れた。
〈メイル・ベアー〉
熊だ。しかしただの熊では無い。全身を覆う毛の固さはまるで鎧のようだと定評があり、ある程度のレベルに達したプレイヤー達にとっての登竜門として扱われ、この熊の素材で作られた装備を全身に身に纏っているプレイヤーは羨望の眼差しで観られる。
また魔物でもあるため素材と魔石狙いで、よく狙われる存在でもある。
とある童謡が脳内で再生された。
和やかなリズムの曲だが、内容は熊が危険だとさらっと教えてくる。
弓では鎧の様な毛を貫くことが難しかった相手だが、今の武器は剣でATKもある程度高くなったことから、ダメージは期待できるだろう。
僕が剣の柄に手を掛けた時、戦いの火蓋は斬って落とされた。
抜き放った剣をそのまま大きく腕を振り被りながら走った。
剣術など知ったことかと言わんばかりに、そのまま振り上げた剣を叩きつけるように振り落とした。
熊は迫りくる黒剣に微動だにせず、ただ腕を交差することで受け止めた。
それなりに重いと思われるオブシィを苦もなく受け止める姿はまるで守護者だった。
交差した腕を跳ね上げ剣を弾き飛ばした、そのため僕の体勢は大きく崩れた。
爪が迫った。大きな腕に相応しい立派な爪だ。
直感が直撃は不味いと告げたため、剣の腹を盾の様に扱い攻撃をガードした。
「ガキィン」
金属同士のぶつかり合いが起きた様な甲高い音が響き、ズッシリとした衝撃が身体中を奔って、後方に何歩か後退った。
双方のHPは、僅か数ドット減ったがさほど対したダメージでは無かった。
力量は知れたと言わんばかりに、熊はその巨体を支えていた二足を四足へと切り替え、大地を揺るがさん勢いでこちらに突進してきた。
まだ体勢が直し切れていなかった僕は、もう一度剣で防御した。
今度は、大きく吹き飛ばされHPが一割ほど減少した。
「おいおい押されすぎだろう~もっと丁寧に扱えよ」
からかいの応援が手にした剣から聞こえる。
少しムッとしたが、その通りの為、何も言い返せない自分がいた。
追撃を迫る〈メイル・ベアー〉に漆黒の影が一つ。
ノワールだ。彼はその勢いのまま突進した。
熊ほどの巨体ではないがそれなりのサイズを誇るため、勢いのついた質量がぶつかり、瞬く間もなく二頭は転がる様に倒れた。倒れた。二頭のうち一頭が素早く離れた。ノワールだ。
作り出してくれた、チャンスを見逃すわけには出来なかった。
起きあがろうとする熊の脳天に黒剣:オブシィを力の限りに振り落とした。
一時の静粛が訪れた。
扱いなれない剣で渾身の一撃を放てたという自負があった。けれどもそんな自負を裏切る手応えに困惑した。
避けられていた。
刃は、熊の肩に食い込んでいるだけで、致命傷を与えるには至っていなかった。
二割ほどのダメージを与えることには成功した。
これを引き金にして、〈メイル・ベアー〉の戦意を完全に震い立たせる事となった。鎧の様な体毛が逆立ち、その巨体がより一層大きく見えた。
自身が死力を尽くして戦う相手としては、相応しいと判断されたのだろう、静観な守護者の様な表情から一転して、獰猛な捕食者へと変貌させ猛々しく動き始め、静粛の時の針を進めた。
動きに鋭さと速さが増す、これは魔物特有の“烈火”という現象だ。
個体によって発動条件が違うが、ほぼ全ての魔物が所有しているスキルだ。
“烈火”が発動した魔物を倒すと経験値や習得アイテムが増加するなどのメリット存在している。
その一方で魔物自体は手強くなるため、ギリギリの戦闘で発動されると敗北は、ほぼ必然と言えるだろう。
思い返せば、〈リザードマン〉と戦ったときに突然強くなったのもこの現象だったのだろう。
変貌した、〈メイル・ベアー〉は再び二足になり、丸太の様な太い腕を大振りして迫って来る。木々はまるで紙切れの様に薙ぎ払われる。それは、小さな竜巻が何もかも壊し尽くす勢いだった。
剣を盾にして、なぎ倒された余波で飛んでくる木を払いながら後退する。
今の僕には打つ手はなかった。ノワールも同様のようで後退する。
激しい攻撃を繰り返す〈メイル・ベアー〉のスタミナが切れを狙うのも作戦の一つなのかも知れない。けれどそんな選択肢は選べなかった。
この世界に来て少し過ごした時に知った。この世界はとても豊かな自然の恵みが広がっていて、その中でNPCは人間として自然と一体になって生活をしている。近代文化で生活を送っている僕らプレイヤーは、この世界を不便だと感じている。けどこの世界の人達は、それが当たり前のことの様に生活している。
素朴にすごいと思った。僕はきっと、この世界で生活は出来ないだろうからだ。
だからこそ今もなお、自然破壊を繰り返す〈メイル・ベアー〉をすぐさま倒さなければと思った。
横に並ぶノワールを撫でる。その行動に対した意図は、存在しなかったが賢い彼は何かを察した様に身を低くした。
(これは、乗って良いってことなのかな?)
大した策は無かったが流されるままノワールの背に跨った。
乗った瞬間、駆け出した。木々が生い茂る森を縦横無尽に駆ける。しがみつく様に背に乗っている僕は、どこかの木に衝突するのでは無いのかと少し怖かった。
しかし不思議な事に恐怖よりも、安心感が上回った。その時、閃いた。
「ノワールこのままのスピードでもう少し姿勢を深く沈めて走れる?」
鬣〈たてがみ〉を撫でながら尋ねた。
論より証拠、言葉より行動でと言った感じで、すぐさま僕の目線が下がった。
(これなら行ける)そう確信した。
「ありがとう…このまま奴の所まで駆けて、そして次に撫でたらドリフトして止まって」
ドリフトの意味が解るのかと、疑問に思ったが多分できると信じて時を待った。
そして…時が来た。
相変わらず竜巻の様に周囲を荒らす熊に段々と近づき、彼我の距離が3メートルにも迫ったときノワールを撫でた。
急制動が掛かって遠心力が僕の体を投げ飛ばそうとする。僕はその勢い逆らわず、指向性を持って飛ばされた。
投げ飛ばされた僕は、人間砲弾だった。
砲弾となって〈メイル・ベアー〉に迫った僕はオブシィを突き刺した。
鎧の様な体毛を突き破り、熊の身体の中心に深々と突き刺さった。
そしてドミノ倒しの様に共に地に倒れた。
体の節々が痛い。
その痛みは、作戦が成功したことを告げている様だった。
反撃がない。そう思った時、体の下からポリゴンが溢れてきた。
体が不安定な支えから、安心感ある大地の支えに変わった時、戦いに勝利したことを理解した。
(あー頭がクラクラするなぁ~)
急激な緩急で脳が揺れたことにより、思考がおぼつかない。
何とも突拍子な策だったのだろうと、自身の無鉄砲な作戦を笑った。
けど……楽しかった。そんな感想を抱いた。
弓を使っていた時は、あくまでも自身との鏡合わせの、孤独な戦いを独り相撲の様に繰り広げていた気がする。
本当の意味で戦っていた、相手を観ていなかったと思えた。
だから初めての剣での戦いは、斬新で今までに感じた事のない、躍動感はとても心地よかった。
手にした剣に視線を向けた。この剣と出逢わなければ、使い慣れた弓を変え、剣でがむしゃらに戦うことは無かったはずだ。
今の姿は無様だと思う。返り血を浴びた服は、薄汚れていて汚い。遠方から弓を射ていたなら、この様な姿にはならなかった。けど今は、こんな姿が心地いい。
弓の師がみたら嘆かわしい、無様だときっと笑うだろう。
そんなことを想像しながら、スキルタブを開いた。
レベルが10になったとき、スロット数が四つまで増えていた。
以前は、矢を制作するために〈木工〉のスキルを習得していた。しかしそれは、〈弓〉と一緒に削除したので、スキルスロットには一つの空きがある。
そこに一つのスキルを選択し習得した。
〈騎乗〉
動物の背に乗り、一体となる事を可能とする。
今まではノワールに乗せて貰っていた。
頼り切っていたと言って良いほどに……共に歩みたい。
だからいつまでも甘えていられない。そう思って〈騎乗〉スキルを習得した。
漆黒のノワールに跨り、禍々しい黒剣を携え、駆ける自身の姿を想像した。
(うん、悪くない)と思った。
騎士と呼ぶには、相応しくないが存外に悪く無いと思った。
そうなると僕の服装は何色を強調しよう?黒に映える色は何色だろう?
(金や銀が、一番見栄えがいいだろうけどなぁ~)
けど金や銀などの目立つ様な、色を自分が着るのは好ましくないと同時に思った。
(無難に黒で統一するか…それは中二臭そうで嫌かな?)
まだ見えぬ先の事を考えながら、幾度かの休憩を挟みながら街に戻った。
それから数日の時間が過ぎ、剣の扱いにも大夫慣れ、僕の装備が〈メイル・ベアー〉の素材を惜しむことなく使った装備に切替わった頃、進行度の進み具合を表していた、エメラルドの宝石が完全な輝きを放ち始めた。
それから幾日に掛けて、世界は徐々に変化を始めていく。
全身を熊さん装備で固め、今日も日銭に稼ぎをしつつ、もう僕専用と言って良いほどベテルギウスのクエストを受けながらこの数日を過ごしていた。
(最近はベテルギウスの依頼が多いなぁ~これしか受けて無い気がするよ。
まぁ気持ちは分からないでもないけど…もうちょっと栄養とか考えようよ…)
そう最近は一日2、3回ほどベテルギウスからの納品依頼がある。凄く繁盛しているのだ。
身体が暖かい物を求めるかのように、迸る肉汁の肉料理を欲していた。
〈騎乗スキル〉を取得した為か最近は、頻繁にノワールが乗せてくれるようになった。
そのおかげで移動速度が上がり、一日で複数回の納品依頼を達成出来るようになり、贅沢な日々を過ごしていた。
そして先程まで最近のルーチンワークに成りつつあった納品クエストを終え、フィールドから帰って来て宿屋に向う途中に変化に気づいた。
空を見上げた。ここ数日、雲が空を覆い隠している。
その空から、真っ白な雪が徐々に地上に舞い降りて来ていた。
この頃感じていた、肌寒さや温かさを求める本能が告げていた、日常に訪れた変化の意味を理解した。
一つの季節が終わり……新しい季節がやって来た。
……冬が来た。




