中編2
全三話予定でしたが、思ったより長くなってしまいました。次で必ず終わらせます。
「っうう、お姉ちゃんの、馬鹿……」
聞き惚れるような美しく低い声でなんとも情けない言葉が吐かれる。
あまりのギャップに周囲の空気は凍りつき、優奈ちゃんは引き吊った顔で数歩後退りしていた。
「えっと………ごめん、ね? お姉ちゃんが悪かったよね? だから泣かないで」
反抗期だと思っていたがどうやら私が知らぬ間に彼に何かやらかしたらしい。
彼は大人しい反面、爆発すればかなりしつこく泣きわめき手が付けられない。
昔とちっとも変わらない癇癪の起こし方にどこかホッとする。
今まで知らない子みたいで悲しかったから。
「ほら、おいで」
「ううぇ、おね、ちゃん……」
ドシドシ突進して大きな身体を受け止め涙に濡れて男前が台無しな顔を胸に包む。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿………寂しかった」
「うん、ごめん」
それはか弱い彼女が遠距離恋愛中の彼氏に言う台詞だと思うがツッコミは入れないでおこう。
もう周囲のドン引き度が果てしないけど気にしても仕方ない。
広い背をポンポン叩くと震えて更に胸に蹲る。
「待てよ! なんでそいつだけっ……」
「今更ごめんの一言で終わらせるつもりなんですか?」
「そうだよ! 電話もメールも拒否設定にして、会ってもくれなかったのに!」
「え、ナニソレ?」
生徒会の子達三人が切羽詰まった様子でよく分からないことを訴える。
「とぼけるな! 年下の俺達を気紛れに弄んで飽きたらゴミのごとく捨てたくせにっ!」
既に緊迫していた周囲の空気は生徒会長の子の言葉により、更にピンと張り詰めた。
うわぁぁぁ! 生徒達の目が痛い! 突き刺さる!
これはあれだ、大好きなアイドルがアラフォー女優と付き合っていたというニュースを耳にした大学の友人の冷たすぎる目と似ている。
違うっ! 濡れ衣だっ!
「そ、そういう誤解される言い方はよくないと先生は思います」
必死に首を横に振りつつ未だ中腰のまま胸から離れない書記の子の巨体を剥がしにかかる。
が、どうしたことかビクともしない。
「ちょっと離してくれるかなぁ。ホラ、みんな見てる。もうお兄ちゃんなのに笑われちゃうよ?」
「やだ……離したら、また捨てる」
お前もかっ!
書記の子は潤んだ目で私を見上げる。
「俺、許すから、もう離れない、で? ずっとギュッとしてて………」
「………………」
ハッ、少し気が遠くなっていた。
どうしよう、この子もう高校生なのに出会った頃と全然変わってない。
幼児のままだ。
他所様の子だから口出ししなかったのが悪かったのか。
遠い目をしていると、他の生徒会の子達が怒りの中にも悲しみを含んだ表情でこちらを見つめているのに気付いた。
「ねぇ、拒否設定ってなんのこと? それにあなた達を避けたことなんてないけど……」
そりゃあ大きくなるにつれて私もこの子達も忙しくなって会う機会なんて皆無になったけど。
今まで頻繁だったメールや電話もある日を境に突然来なくなって寂しさを感じたこともあったけど、それってこの子達が成長した証だと思っていたから私からも連絡をすることはなかった。
どうやら彼らは何か誤解しているようだ。
「だったら、なんで貴女の携帯に繋がらないんです!?」
「いつ遊びに行っても留守だったじゃん! それって避けてるでしょ!?」
「………繋がらない? 避けてる?」
携帯を取り出し設定を確認してみる。
「あれ!? 拒否設定になってる!?」
新しい携帯に変えた時に色々いじったからそれの影響とか? 私機械音痴だからなぁ。
自分の携帯なのによく弟に教えて貰いながら使っている。
私の驚愕の声に生徒会三人の顔がくしゃりと歪む。
ちなみに書記の子は私の胸から顔を上げない。中腰キツくないのだろうか。
「あー……うっかり拒否設定になってたけど、あなた達が嫌だとかじゃないよ? 連絡が全然なくて寂しかったくらいだし」
「寂しかった……?」
会計の子の色素の薄い瞳が揺れる。
「勿論。それに避けてないよ。あなた達が家に来なくなったなぁとは思ってたけど、それぞれの都合もあるだろうし会えなくても仕方ないかなと諦めてたんだよ」
「家に来なくなった………蒼太の仕業かっ!」
副会長の子が『謎は全て解けたっ!』的なテンションで叫ぶ。
「そっか、蒼太か……。まんまと騙されたねぇ」
「あのシスコンっ! ふざけんなっ!」
「蒼太……チッ」
残りの三人まで何やら迷探偵の言葉を真に受けているらしい。
「なに? うちのソーちゃんがどうかしたの?」
何故ここで弟の名が飛び出すのか分からない。
「アイツが俺達を拒否設定にしたんだ!」
「それに家に何度行っても蒼太に留守だと追い返されました!」
突飛な推理に思わず噴き出しそうになる。
「そんな訳ないでしょ。私がよく分からずに携帯弄って拒否設定にしちゃっただけだし、家は運悪く毎回私が留守だっただけだよ。私だって用事くらいあるし」
それに弟がそんな無意味な意地悪をするはずがない。
「ソーちゃんはずっとあなた達のことを心配してたよ」
「蒼太は昔から誰よりも腹黒いんだよ」
「それも蒼太の計算です」
いやいやいやいや、私の天使が腹黒なんてナイナイ。
なんて失礼な子達だ。
「その顔信じてないでしょ。いつも蒼太だけ特別だよね」
「蒼太だけ、ズルい」
ズルいと言われても可愛い弟を特別扱いして何が悪いんだ。
不満顔で彼らを見回すと、私より更に不満そうであり最高潮に機嫌の悪そうな優奈ちゃんと目があった。
「ちょっと、みんなどうしちゃったの? 今大切なのは私のことでしょ。お姉ちゃんか何か知らないけど、この人が犯人なんだから早く懲らしめてよ」
涙を浮かべながら愛らしく訴える優奈ちゃんに生徒会の子達はそれぞれ気まずそうだ。
「ごめんねぇ優奈。俺達本当はお姉ちゃんが犯人じゃないって思ってるんだ」
「お姉ちゃん、そんなことしないのは、知ってる」
「ただ、ようやく再会しても敬語で他人行儀なところに苛立ってまして」
「あわよくば事情聴取とかで生徒会室に連れ込んで監禁調きょ……ごほん、じっくり話し合いが出来ないかと目論んでたんだ」
今会長の子から物凄く不穏で卑猥な単語が飛び出した気がする。
いや、まさかね。
あの可愛かった子がエロ漫画のタイトルみたいな単語なんて口にするはずなんてない。
「……なんで? なんでそんなにこの女ばかり気にするのよ? この女が来てからみんなおかしいよ。私を放ってこの女を遠くから眺めたりして、絶対おかしい! 元のみんなに戻って!」
「悪いな優奈。俺達は元々こんなのだ。優奈に出会って何故か一緒にいなければいけないと思い込んでたが、今回なんだか目が覚めた気分だ」
「確かに何故あれほど優奈の側を望んだのか不思議ですが、要は寂しくて代替を求めたということだったのかもしれませんね。優奈には本当に失礼なことをしました」
「ごめんねぇ優奈」
「ごめん」
頭を下げる生徒会の面々に周囲は驚きを浮かべる。
ついさっきまで優奈ちゃんに執着していたのに、まるで好感度がゼロになって迎えるゲームオーバーの時みたいだ。
優奈ちゃんも下がった彼らの頭に暫く唖然とし、そうして私の方へと視線を向ける。
それは今までにないほど憎悪の隠った得体の知れないモノで、背筋に悪寒が走る。
「アハハ、ゲームオーバー? あんたのせいだ。途中まで逆ハールートで上手くいってたのに。あんたがさっさとシナリオ通りに嫌がらせしないからバグったんだ」
「え?」
今までの激昂が嘘のようにまばたきもせずにブツブツと静かに語り始めた優奈ちゃん。
誰もがその異常さに気付いたが、内容の意味までは分からないだろう。
私以外は。
まさか優奈ちゃんもこの世界を知っているとは思わなかった。
やはり彼女にも前世の記憶が残っていたのだろうか。
「シナリオ通りじゃなかったからだ………あんたバグでしょ。あんたの存在がバグなのよ」
バグだと指摘されれば「そうかもしれない」と素直に思ってしまう。
だって弟は実は乙女ゲームの中では手の付けられない不良という設定だった。
誰からも愛されず、愛に飢えた手負いの獣のように暴れまわっていた弟に優奈ちゃんが愛を与えるってストーリー。
でも弟を非行に走らせたい姉など居るものか。
私は今までテレビなどで不良が登場する度にさりげなくそのダサさを弟の前で語った。
大人になったら黒歴史間違いなしだよね、恥ずかしいよね、ワルな自分に酔ってるよね。
訴え続けた甲斐があったようで、弟は現在不良どころか風紀委員長を務めるほど真面目な好青年に育ったようだ。
近所の奥様方からの人気が半端ない。
優奈ちゃんにとってはそれもバグの一つだろう。
でもここは乙女ゲームの設定と同じでも実際に私達は生きている。
シナリオ通りに進まなくても仕方ないんじゃなかろうか。
生徒会の子達を含む周囲が狂人を見る目で優奈ちゃんを傍観する中で、彼女は未だに私を相手にブツブツと呪詛のような怨み言を呟く。
どう止めればいいのか判断に迷っていた時だ。
「姉さん! 大丈夫!?」
異様な空気の漂う中、我が愛する弟が勢いよく飛び込んで来た。
その瞬間、虚ろだった優奈ちゃんの目が輝く。
「蒼太くん助けて! あなたのお姉さんが私に嫌がらせをしてくるの!」
最後の希望とばかりに弟の腕にしがみつく優奈ちゃん。
弟はそんな彼女に嫌そうに顔をしかめながら、腕をベリッと剥がした。
「触んなよ汚ぇな。ブチ殺すぞこの糞女」
あ、あれ? ソーちゃん!?
なんだか私の知っている天使と違うのですが。
どこでそんな汚い言葉を覚えた?
お姉ちゃん悲しいよ!?