前編
タイトル通り馬鹿馬鹿しく軽い内容です。
前世でやった乙女ゲームの設定と自分が全く同じ人物だと気付いたのは、両親を事故で亡くした時である。
幼い弟と二人、残されてしまった。
運良く子供のいない資産家の伯父夫婦に引き取られ何一つ苦労のない生活が約束されたが、伯父夫婦は多忙で滅多に家にいない。
広い部屋の中、両親を恋しがって泣きわめく弟にどうしてやればいいのか分からずただ見下ろしていた。
泣かないでよ、私だって泣きたいの。
自分だけが不幸みたいにビービービービー煩いのよ。
鬱蒼とした暗い気持ちを弟にぶつけてしまいそうになった時、莫大な量の記憶が頭に流れ込んだ。
小学生の筈の私にはない大人の記憶。
その中で私は結婚して子供まで生んでいた。
子供がようやく独り立ちしてこれから子供に当てていた時間を何に使おうかと考えながら道をぼんやり歩いていた矢先、記憶が途切れている。
多分、交通事故だったのだろう。
現世で両親を亡くし、前世では自分自身が体験し、つくづく事故と縁があるようだ。
そして自分がその前世で嵌まっていた乙女ゲームの登場人物であることを自然と認識した。
結婚して子育ての中で自然と乙女ゲームとは離れていったが、大好きだったこのゲームは若かりし黒歴史として記憶に深い。
弟は攻略対象の一人であり、私はその姉で主人公のライバル。しかも雑魚。
因みにライバルと言っても弟のルートではなく、弟と同級生である生徒会長ルートのライバルだけど。
年下の生徒会長に心底惚れている教育実習中の女子大生で、主人公にチマチマ小賢しい嫌がらせをする小者が私の役だ。
正直ショックではあるが、今はこの泣きわめく弟が重要だ。
まだ五歳のこの子に怒りをぶつけそうになった幼い精神を恐ろしく思う。
前世の記憶を思い出して本当に良かった。
弟は私が守らなくちゃ。
この子にはもう、私しかいないんだから。
泣きすぎてひきつけを起こしそうな弟の背中にソッと手を添える。
「大丈夫、大丈夫。ソーくんにはお姉ちゃんが居るからねぇ。大丈夫、大丈夫」
十歳の身体では重すぎる弟をそれでも根性で抱き上げてユッサユッサ揺らす。
腕の中で頬っぺを真っ赤にさせジッと私を見つめる弟に微笑む。
すると弟は喚くのを止め涙を抑えようとしてくれるが、急には止まらない涙。
「お姉ちゃんが居るから、泣いていいよ。よしよしイイコねぇ。大丈夫、大丈夫」
横隔膜の痙攣で揺れる背中を擦り、大丈夫大丈夫と繰り返す。
すると不思議なことに自分でも大丈夫な気がしてくるのだ。
大丈夫、大丈夫。
この子が居れば私は大丈夫。
それから私達姉弟は寄り添うように生きた。
幼い弟の面倒をみてくれようとするお手伝いさんの手を断り、彼の世話は出来る限り私がした。
朝食を作り、弟を起こしトイレに行かせ顔を洗わせる。
弟の着替えを用意してやり、朝食をテーブルへ並べる。
朝は食欲がない弟を宥めすかしなんとか食べさせ、朝の子供番組を観せている間に急いで自分の用意も済ませる。
弟の歯磨きチェックと寝癖直しを忘れずに終えると、お手伝いさんにバトンタッチ。
私から離れるとまだ泣いてしまう弟に毎朝後ろ髪引かれる思いで車に乗り込み学校まで向かう。
出来るならずっと側に居てあげたいけれど、それは弟の為にも私の為にもならないだろう。
放課後は寄り道せずに帰宅。
早く帰れる日はおやつを作り、お風呂に入れて用意された夕食を一緒に食べる。
寝る時は必ず一冊絵本を読む。
赤ちゃん返りなのか夜中頻繁に愚図るようになった弟を度々あやし、今までしなかったオネショの対応にも追われたがあまり苦に思わず済んだのは偏に前世の記憶のおかげだ。
「大丈夫、大丈夫。私の可愛いソーちゃん」
歌うように囁くと安心するのか私の胸でウトウトし始める弟は本当に可愛い。
乙女ゲームとか心底どうでもよかった。
この子にとって幸せな世界ならば、ゲームだろうがなんでもいいよ。
情緒不安定だった弟が落ち着いてくると、私が通わせて貰っている学園の幼稚舎へと入ることが決まった。
本来ならば難解なお受験を突破しなければならない筈だが、姉弟共にすんなりと入れたのは家柄のおかげだろう。
しかし一体寄付金にいくら費やしたのか考えると伯父夫婦に頭が上がらない。
私は前世の記憶のおかげで勉強や一般教養に困ることはなかったし、弟も元々聡明な子だ。
学園ではすぐに馴染めた。
しばらくすると弟にも新しいお友だちが数名出来たようで、家へと遊びに来ることになった。
そのお友だちというのが、驚くべきことに全員ゲームの攻略対象。
うん、なんだか皆やたらとキラキラしくて可愛いと思った。
まぁ一番の天使はウチの弟に決まっているが。
その中に私が将来一方的にベタ惚れする予定の未来の生徒会長も居た。
ちょっと生意気そうだけど、将来は凄いイケメンになるだろう。
ほぉ、私はこの子に恋するのか。
………いやいやいや、ないだろ。
このプニプニ頬っぺともみじのおててに性欲など湧くはずもない。
「みてんじゃねーよ」
あら可愛くない。
あまりにガン見していたらしく威嚇するチビ生徒会長。
必死に睨んでいるが上目使いではあまり意味がない。
前言撤回、超可愛い。
「ごめんね、可愛かったからついつい見ちゃった」
「オレはかわいくねぇ!」
舌足らずなところがまた可愛い。
プリプリしているチビ生徒会長の頭をかいぐりかいぐりすると、他の子と仲良くお話ししていたはずの弟が突然泣き始めた。
この頃は全然泣かなくなっていたのにどうしたのだろうか?
取りあえずすっ飛んで行き慌てて抱き上げる。
「どうしたの? 悲しいことがあった?」
そっと訊ねるもイヤイヤと顔を私の胸に押し付けるばかりの弟。
他の子も弟の突然の変化に戸惑いながら見守る中、なんとか宥めようと必死になった。
「ほらほら、お友だちも心配してるよ。お姉ちゃん、ソーくんの可愛いお顔が見たいな。
そうだ、怪獣ゴッコやろ? 今日はお姉ちゃんTレックスな気分だなぁ。ソーくんの美味しそうなフクフク頬っぺ食べちゃおっかなぁ」
弟の頬に口を寄せてあぐあぐ動かせば擽ったそうな笑い声が漏れる。
ほっと安心して弟をカーペットへと下ろした。
「じゃあ皆。今から私がTレックスだよ。捕まえたら食べちゃうから逃げてねー。じゃあ、スタート!」
恐竜ゴッコは弟の好きな遊びの一つだ。
途端にご機嫌になりキャーと嬉しそうに走っていく弟に倣い他の子もソロソロと逃げ始めた。
チビ生徒会長がガキ臭いとブツブツ文句を言っていたので取っ捕まえて早速擽りの刑をお見舞い。
グッタリするまで続け、他の子をギラリとした眼で見つめると途端に顔色が青くなっていく。
追いかけては擽り、擽っては追いかけ。
男の子と遊ぶ時は常に全力で。これ絶対。
体力が限界に達しゼーハー肩で息をしながら終了を宣言すると、チビ会長を含む全員から抗議の声が上がる。
それを誤魔化す為に、弟が毎週録画している戦隊ヒーローモノの特撮を観せることにした。
皆イイ所のお坊っちゃんなので特撮は観たことがないらしく、すぐに画面に釘付けになっていく。
あ、どうしよう。各家庭の方針もあるだろうし観せてよかったものか。
しかし全員口を開けたままの間抜け面で見入っているのに、取り上げることは出来なかった。
ヒヤヒヤしつつもこの隙におやつにポップコーンを作る。
テレビを観ながら何かを食べるなんてお行儀が悪いらしく、ジュースと共にポップコーンを持っていくと子供達は驚いていた。
やってしまった!
保護者からの抗議に怯えつつ、出したものを引っ込めることも出来ずに今日は特別だと振る舞えば、全員で飛び付いた。
ポップコーンを奪い合うお坊っちゃんというのはシュールだが、一生懸命ムグムグと頬を膨らませて食べる姿は癒される。
帰り際には皆満面の笑みで「またくるね」と手を振ってくれた。
チビ会長も「またきてやってもいいゼ」と目を反らしつつ照れくさそう告げてくださる。
うむ、大変可愛らしくてよろしい。
子供達が仲良くするのはどうやらそれぞれの家としても賛成らしく、その後も彼らはよく遊びに来た。
その度におやつを作り一緒に色々遊んだ。
弟もお友だちが来ると楽しんでいるようだったが、彼らが帰った晩は私にベッタリで離れなくなってしまうのには困った。
弟よ、トイレには付いて来ないでおくれ。