5.二人の想い
次の日、休みと言われても少女にはすることなんてなかった。
「宿題でもやるか」
退屈しのぎの宿題でも、考えるのは少年のこと。この数日間を思い出しては手が止まり、慌てて手を動かす、の繰り返しだった。
「何してるんだろうなー」
少年の方は、というと。
「兄さん、相談があります」
「お兄さんと呼んだら――」
「お兄さん、相談があります」
何やら、難しい顔をしている少年が兄である青年へ相談を持ちかけていた。
「どうしたんだい、そんな顔をして」
「帰りたくないです」
その一言には、青年も驚きを隠せなかった。
「それは無理だよ」
「わかってる、でも……」
あの子と離れたくない。と苦しそうにつぶやく少年。
「だから僕は反対したんです。いくら先生に無茶言ったとしても――」
「分かってる、分かってるんだよ。結ばれないことくらい。でも、出会ってしまったんだ……」
少年の想いは段々と嗚咽にのまれていった。
青年は優しく少年の背中をさすっていた。少年が気が済むまで泣くと、青年は優しく語りかけた。
「それで、どうするかというのはもう決まっているんでしょう。あなたのことだから」
「うん、記憶を消す。彼女が言ったようにね」
そうすれば、つらくなんてないんだ。小さく言った言葉は少年自身にも聞こえないほど小さかった。
「先生に頼まないといけないですね」
「いや、わかってると思うよ。先生は」
少女は宿題をやり終わると、次に本棚の整理を始めた。この本棚は彼女の本だけでなく、ほかにもたくさんの本が入っているのだった。
「わー、これなんだろう。面白そう」
となっては、何度も作業を中断し本を読み始めるので宿題以上にペースは遅くなっていたが。
少女が整理をしていると不思議なものが目に入った。
それは、ノートだった。表紙には何もかかれていない。しかし、使われた形跡があった。
「私の本棚だし、いいよね」
少女はそう割り切って、そのノートを開いた。
そこにあったのは、世界だった。この世界と似ていてでも、少しずつ違っている、そんな世界だった。
後ろの方に行くと、書かれていたのは物語だった。よく知られている、童話をモチーフにしたものだとすぐわかった。でも、その世界は少女が知っているお話通りには進まなかった。
そのノートを閉じるとき、溜息をついた。それは充実感から来るものだった。こんな話は読んだことがない、でもいったい誰がこれを書いたのだろうか。
家のチャイムが鳴る、今日は少女一人だった。慌てて玄関に向かうとそこにいたのは、
「こんにちはー、お母さんいる?」
「ひーくん!」
少女の先生でもあり、もう一人の幼馴染の青年の姿だった。
「お母さんは今日いないよ」
「そっかー、残念だなー」
微塵も残念だとは思っていないような口調。家に来たのは別のことがあったからだろう。
「そういえば、ご飯食べた? 食べてないなら自分が作ってあげるよ?」
自分もまだ食べてないからね、と青年は言い少女はそれに甘えることにした。
あっという間に料理は完成した。二人は横に座りお昼を食べ始めた。
「珍しいよね、うちに来るなんて」
「ちょっと忘れ物を取りにね、部屋入っていい?」
青年は少女へと尋ねる。
「なんで私に聞くの?」
「人公の部屋なんだよ、置いてあるのがさ」
少女は納得し、必要な場所以外は絶対に触らないようにと誓わせた。青年は分かってるわかってる、と軽く言ったが約束を破るような人物でもないので少女は不安には思っていない。
「入ってこないでね」
と自分の部屋なのに言われてしまったため、仕方がなくさっき見つけたノートを読むことにした。
数分して降りてきた青年が少女の手元を見て「あ、俺のノート!」と、動揺した様子を見せた。しかし、少女の方も驚いたのは確かだ。
「これひーくんが書いたの?」
「そうだよ、てかそれ一番最初に書いた奴じゃん……うわーみられたくなかった」
「どうして、面白かったのに」
一人で落ち込んでいたが、少女の言葉によって目を輝かせた。
「ほんとか、俺の面白かった?」
「う、うん」
さすがの彼女も引き気味だった。
「そっか、人公って結構評価厳しいから見せたくなかったんだよな。落ち込みたくなくて」
でも、お墨付きもらったからまあ、いいか。と喜ぶ様子はとても年上には見えなかった。
「それで、用事はそれだけ?」
青年は少女の言葉で何か思い出したようで、彼女に一枚の紙を渡した。
『大切な人がいなくなるとしたら、記憶はない方がいい?』
「バカ、そんなわけないでしょう!」
少女は紙を見た瞬間、ここにはいない少年に向けるかのようにどなった。
「記憶がなくなったら、変わったかどうかも分からないじゃない」
「でも、ずっと会えないかもしれないんだよ?」
少女にそう言ったのは青年だった。
「は?」
少女はどうして、青年がこの事を知っているかが不思議でならなかった。
「……言いたい事があるなら、言い残しちゃだめだよ?」
その言葉を聞いて、少年の家へ向かおうとした少女を青年は抑えた。
「明日にしよう、今日はもう遅いから」
少女はなぜかとても疲れていた。早く休みたい、という感覚しか頭には残らなかった。




