序曲の学園
「あうぅ~………散々な目にあったよぅ………」
「大丈夫ですよ、ナナさん。私はしっかり見てましたです!ナナさんとダルガさんの華麗なコンビネーション!」
「あ、あはは……ありがと」
昼下がりの青空の下、ナナは友達と共にのんびりと芝生の上に座っていた。
鼻を擽るような柔らかな風がナナの翡翠色のツインテールを軽く揺らす。淡い青のミニスカートに包まれた膝の上には、小さなサンドイッチの入った紙袋が置かれていた。
ナナは紙袋からサンドイッチを取り出すと、ぱくり、と一口かじる。シャキシャキとした野菜の食感とほのかにするハムの味がなんともいえないハーモニーを口の中で奏でる。
こくん、と喉を鳴らして飲み込んだ後、ふと気付いたらように辺りを見回した。
「……?どうかしたんです?」
「あ、ううん。ダルガ達とここで待ち合わせしてるんだけど……遅いなぁ、って」
「そうなんです?レディを待たせるなんて、ダルガさんはいけない方ですっ」
「ダルガの前でそれは言わないでね?エミリ?」
エミリ、と呼ばれた――――エルミリア=ルナル=アルデルナは不満を体全体を使って表した。そうはいっても元々整った顔立ちの綺麗な顔をしているので、不満そうな顔をしても可愛らしい。
心地よい風がまた吹き抜け、エルミリアの銀色の髪を揺らす。
――――ここは、『連合国ミッドガル』の中の最大の兵士養成学園、『アルルタ』の中庭。
ナナやダルガはここの学園の生徒なのだ。先程までここの学園全体を利用した進級試験を実施していた。
ルールは至って単純。二人一組のチームで相手チームに一撃与えて、与えた数で成績に影響するのだ。
ナナ、ダルガはチームでありながら別々に行動し、一定の場所に集合しながらまた別行動をする、という速さ重視の強襲作戦を行った。
結果30チーム中、ダルガが12チーム、ナナが8チーム撃破するという快挙を成し遂げたのだ。
高速で相手に接近し、強襲した後逃げ出し、合流して迎撃する。
物事は作戦通り上手くいったが、この作戦の最大の弱点を突かれて二人は撃破されてしまったのだ。それは、味方が片方撃破されたことに気づかないことだ。
ダルガが待ち伏せで撃破されたことにナナは気付かず、撤退したナナを追ってきたチームとダルガ撃破後に偵察しにきたチームに挟まれ、4対1という悲惨な目に合ってしまった。
ちなみに結果は試験一時間後に出るという。それの為の待機でもあるのだ。
「…………昇級できるといいですね。早くナナと同じ任務を受けたいですっ」
「撃破数はよしとしても……技術がなぁ」
現在ナナとダルガは訓練生であり、エルミリアは特殊兵。つまり、エルミリアは実戦に既に出撃しているのだ。
ナナもダルガも、この試験で昇級すればエルミリアと同じ特殊兵となる。
ナナが目指す特殊兵、というのは単純に特殊兵装を装備している兵士である。特殊兵装は特殊兵へと昇級した際に、試験官や教官がどの兵装が十分な力を発揮できるかを話し合い直々に試験官から渡されるのだ。
主に、攻撃に的した『ブラストタイプ』と機動力に的した『バーストタイプ』がある。
他に、どちらにも的した万能型の『インパクトタイプ』や潜入任務に的した『インビジブルタイプ』、防衛や防御に的した『ディフェンスタイプ』など、ただの兵とは全く違った装備を託されるのだ。
エルミリアは16歳という若さにしてインパクトタイプの特殊兵装を所持している。高速移動しながらの突撃が彼女の主な役割だという。
と、エルミリアが急に立ち上がる。
「あ、ナナさん。あれダルガさんじゃないですか?」
エルミリアの指を指す向こう。長身褐色銀髪と、解りやすさ満点の少年がキョロキョロしていた。
どうやらナナを探しているみたいだ。
ナナは、仕方ないなぁ………と呟くと、スカートに付いた葉を落としながら立ち上がる。
そして息を大きく吸った。
「――――ダルガぁっ!こっちこっち!」
遠くに見えるダルガはナナの声に気づいて駆けてくる。笑顔で近付いてくるダルガの手には小さな紙が二枚。
ダルガは息を切らしながら紙をナナに押し付け笑顔で叫んだ。
「ナナっ!!俺達合格だってよ!!」
「えっ?」
「『この度の特殊兵昇級試験の成績の結果、貴殿を訓練生から特殊兵へと昇級したのをここに証明する』、だってよ!!」
慌てダルガから押し付けられた紙を確認する。ダルガが読み上げた文と全く同じ文章が記されていた。
もう一度読み返す。同じ文章が記されていた。
ダルガの顔を少し見て、また読み返す。同じ文章が記されていた。
目をこすり、更に読み返す。同じ文章が記されていた。
握る紙に力が入る。ついでに涙も溢れてきた。ダルガの顔を見て、エルミリアの顔も見て、また紙に目線を戻す。
同じことを繰り返すナナを、エルミリアが、ぽん、と肩を叩いた。ビクゥッ!!と跳ね上がるナナは涙ぐんだ顔でエルミリアに振り替える。
エルミリアはしゃがみこんでナナと同じ目線になると、やんわりとした笑顔になった。
「ナナさん、昇級おめでとうございますですっ」
「ぅ………ぁ…………ゃ…………」
「これで同じ任務に出れますね。またこれからもよろしくです!」
「………やったあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
ついに泣きながら叫んだナナを見て爆笑するダルガ。
嬉し泣きがほとんどだろうが、中には怖かった気持ちもあったのだろう。かなりの号泣なのでしばらくは泣き止みそうに無い。
エルミリアは泣き続けるナナの頭をそっと撫でた。するとナナはエルミリアの胸に飛び込み顔を押し付ける。
その光景を見ていたダルガは、優しい表情を浮かべながらどっかりと座った。背中の斧がガチャリと音をたてる。
ダルガも自らの合格証書を眺めた。自らの名前と合格の文字。自然とダルガも軽いにやけ顔をしてしまう。
と、紙全体を眺めていると、紙が日光に照らされて裏が透けて見えていることに気付く。
裏返してみると、そこには黒い文字で何か書かれていた。
「えーと、なになに……?『ダルガ=マ=アルナ、ナナ・エルツフォン両名は、この合格通知を受け取りし日の夕日の時までにミッドガルド城まで来たれし。尚、この招集は王の勅命である』………なんじゃこりゃ?」
「「…………え?」」
ダルガが読み上げた文面にナナ、エルミリアの二人はピシリと固まった。あれだけ泣いていたナナも一瞬で泣き止む。
凍り付いた空気の中、ナナも合格証書を裏返すと同じ文章が。
空を見上げると、太陽は真上にあった。この学園アルルタから城まで歩いてざっと三時間以上かかる。
ナナはエルミリアと顔を合わせて立ち上がった。それを見て間抜けな顔をするダルガ。
「どどどどどどどうしようっ!?ここからじゃ走っても夕日の時には間に合わないよ!?」
「あん?何か急いでんのか?」
「ダルガさん、それは王様直々の御呼びだしですよ~?」
エルミリアの言葉を聞き、今更固まるダルガ。ナナはダルガをゆさゆさと揺すり硬直から我に帰させる。
慌て立ち上がったダルガはナナの腕を掴み走り出した。わたわたと走り始めた二人を見て、エルミリアは溜め息を吐く。
仕方ないです……、と呟くと、辺りの風の流れが代わりエルミリアを中心に渦巻き始めた。その風の流れにナナが敏感に反応し腕を引っ張るダルガを無視して立ち止まり振り向いた。
エルミリアから強大な力が迸っている。溢れ出る彼女のエネルギーに肌がビリビリと痛む。
エルミリアは両手を前に突き出すと、大きく息を吸った。
「――――武装召喚、『機械鎧“天走リ”』装着!」
そう声を上げたエルミリアの足元に灰色の魔方陣が現れた。直ぐに魔方陣はエルミリアを包むように伸び、眩く光る。
バチバチと閃光を放ち、辺りの地面を焦がす。彼女が特殊兵装を召喚したのだ。光る魔方陣に包まれたエルミリアは、おそらく装備を装着しているのだろう。
と、中からガシャリ、と重々しい音が響いた。
目を凝らすと、先程まで一緒にいたエルミリアとは全然違うシルエットが見える。
魔方陣の中から足が見えた。
スマートな形に整えた、白銀のレッグアーマー。
ふわりと広がった、白銀のドレスアーマー。
豊満な胸部を守る、白銀のプレストアーマー。
すらりとした腕を包む、白銀のガントレット。
そして、戦乙女の模様が描かれた、白銀の髪飾り。
全身を白銀で包んだ鎧一式である。見た目からいかにも丈夫そうで、尚且つ動きやすそうなスリムボディである。
「すげぇ…………これが、特殊兵装………」
「何…………?あの背中の羽は……?」
「ふぅ。ああ、この羽ですか?これはこの鎧が特殊兵装である証です」
そう、エルミリアの鎧には、通常の鎧には付いてないものが装備されている。
翼だ。白銀の。
ガチャガチャと音をたてながら展開していく白銀の翼
ただそれを開いた口が塞がらない顔で二人は見ていた。
鎧に包まれたエルミリアがこちらを向く。
「さ、私の腕に捕まってくださいです」
二人は言われるがまま、エルミリアの両サイドに移動し白銀に包まれた腕を掴んだ。
エルミリアが少し腰を落とすと、周囲の芝が揺れ始めた。
キィィィィィィ―――――と、翼からエネルギーを貯める音が聞こえる。
「しっかり捕まってくださいです!いきますよーッ!」
エルミリアがそう叫ぶ瞬間、三人の体は地を離れた。