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桶田直人の事情

桶田直人は、基本的に、自分を『普通の中学生』として認識している。

この事を口にするたび、友人の春日部秋舟は何故か猛烈に反論してくるのだが、直人には、未だにその理由が分からなかった。


それについてはさて置くとして、直人は今、とても困った状況にいた。

九月十五日午後四時。

春日部秋舟に『相談』を話したはいいものの、気まず過ぎておもわず適当な理由を付けて逃げ出してしまい、そして校門で里井魅花に捕まったのだった。


「さっき、秋舟と何話してたの?」

何時だったか、秋舟が『何故か苗字で名前を呼ばれた事が殆どない』と言っていたことがあるが、さして彼と親しくなかったはずの里井が彼を名前で呼んでいるところからすると、確かにそのようだ。

春日部、よりも秋舟のほうがなんだか呼びやすい気がするからだろうか。

「何話してたの?」

現実逃避を試みるも、あっさりと引き戻され、逃げ場を失う直人。

「なんていうか・・・・・・」

ここで、捕まったのがもし秋舟だったなら、迷うことなく(嘘を)即答しただろう。

だが、直人には彼の様な嘘吐きのスキルはなく、寧ろ嘘を吐くのが苦手な人間だった。

「その、ワームホール理論とタイムマシンの実用性について」

「嘘でしょ」

二秒とかからず看破された。

「じゃあ日本文化における無宗教の普及について」

「だからなんでそんな見え透いた嘘つくの?てか『じゃあ』って完全に今考えたでしょ」

「・・・・・・・・・・・・・」

喋るたびに削られていく逃げ道。

そして、里井が止めとなる一言を口にする。

「若しかして・・・・・・・・好きな人の話、とか?」

ビク。

思わず、目に見えて反応してしまう直人。

「・・・・・・・ふうん」

里井の目が、スッと細められる。


それから、桶田は宥め賺され煽てられ脅されて洗いざらい、全ての事情を聴きだされてしまったのだった。

「へえ、桶田が凛をねぇ・・・・・・」

「里井、頼むからこのことは・・・・・・」

「『言わないでくれ』?」

「・・・・・・・・・そうだよ」

暫く、無言の時が続いた。

里井は直人を品定めするように、直人は緊張した面持ちで、お互いを見据える。


「・・・・・・・よし、決めた」

沈黙を先に破ったのは、里井だった。

「私も、応援するよ」

「・・・・・・・へ?」

それは、直人にとっては想定外であり、そして願っても無い話だった。

「桶田も一人くらい、凛と近い人がいた方が、いいんじゃないの?」

「確かに」

直人は思わず呟く。

「けど、一つだけ条件があるから」

「どんな?」

「私が協力する、っていうことは秘密にして置いて欲しいの」

桶田が私に話した、ってことを含めてね。

と言って意味ありげに笑う里井。

「・・・・・・・・それに一体、何の意味が?」

直人が訊くと、里井は意味ありげな笑みを浮かべたまま、答えた。

「だって、そっちの方が面白そうだから」


里井魅花は、直人のあくまで超個人的な認識では、単に『七野凛と仲のいい生徒』というだけの印象である。

ただ、それはあくまで直人が彼女と、あまり交流がないゆえの曖昧な認識で、そして彼女をよく知る人間なら誰しもがその認識を『甘い』と断ずることだろう。

彼女とある程度の付き合いのある人間の多くは、彼女の本質をこう称することが多い。

『黒幕』。


「取り敢えず、私はこの事を凛に話すね」

里井はこれから部活動があるらしく、そのまま二人は別れる流れとなったのだが、その去り際に里井がそんなことを言ってのけたのであった。

驚いた直人が振り向いたときにはもう里井の姿はなく、戦々恐々としつつも直人は帰らざるを得なかったのだが、あとあと考えれば考えるほど恐ろしいことこの上ない。

そもそも応援すると言った舌の根も乾かぬうちにそういう発言をするのはいかがなものか。


困り果てた直人は翌日、秋舟に相談してみることにしたのだった。


「・・・・・・・・・それはやべえかもな」

直人の話を聞き終えた秋舟は、苦い表情でそう言った。

「だいたい、協力するとか言った直後にそういう発言はどうかと思う」

「まあ、俺も里井の事誰にも話さないとか言っておいて結局お前に話してるんだから、人の事言えないんだけどさ」

一応、里井との約束を破ってしまったという負い目はある。

「というか、里井のその発言の信憑性ってどんなもんなんだ?」

「さあ・・・・・・里井の事をあんま知らないから何とも・・・・・」

直人も秋舟も、里井との交流はさして深い訳ではないのだ。

むしろ、希薄とすら言える。

「もし本当だったら、やっぱりヤバいかな?」

「やべえだろ。若しかしたらそれが原因で七野がお前を意識するようになって、プラスに働くことがあるかもしんないけど、他の場合だってある」

「他の場合?」

「・・・・・・・まあ、色々とあるんだよ」

何故秋舟が言葉を濁したのかは分からなかったが、何となく深く質問しない方が良いな、と思った直人だった。

「ていうか、七野にその事知られたら普通に気まずいだろ」

「・・・・・・・・確かに」

そうかもしれない。ていうかそうだろう。

「まあでも、お前も鷹井が自分の事好きだって知ってるだろ?」

そう言って秋舟は、少し顔をしかめた。

鷹井青子は直人と秋舟のクラスメイトであり、直人に好意を寄せていてそれが原因で少し前にクラス会議レベルの問題を引き起こしたことがあった。

それ以来、秋舟は鷹井を嫌っている。

春日部秋舟という人間は実は、とても仲間意識の強い奴で、『自分の友人に害を与える者』を嫌う節があるのだ。


「俺が鷹井の事を知ってるのと、俺の事を七野に知られるのは別問題だ。というか、前回と違って今回は被害者で、事情も若干違うから本当に困る」

「まあ、やるのとやられるのじゃ大違いか」

「そういうことだ」

では一体、どのようにして里井からの情報流出を食い止めるのか。

結局、話はそこに回帰してしまう。

「あ、いいアイディアがあるぞ」

「どんな?」

「里井に言われてしまう前に、お前が告ってしまえばいい」

「お前ってひょっとしなくてもバカだろ」

「じゃあ告らないけどお前が言う」

「馬鹿か」

「いやでも、他にいい感じの思い浮かばないし」

「いや、だからってそれはねえだろ」

うーん。

二人揃って頭を抱えた時、二人の間に生徒が一人割り込んできた。

「おはよ」

七野凛である。

「「!!!」」

「あ、お、おはよう」

「お、おう、ははははh」

余りにきわどいタイミングだったので、二人は動揺して挙動不審となる。

「何話してたの?」

「「超ひも理論における量子論と一般相対性理論の統一について」」

「・・・・・・へえ、まあどうでもいいけど」

七野は一瞬、胡散臭げに二人を見たが、ふと思い出したように言った、

「そういえばさ、桶田」

「・・・・・・・・何?」

「もしかして、私の事、好き?」


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