春日部秋舟の事情
男子中学生、春日部秋舟が自身の友人であるところの桶田直人の恋愛を成就させようと決めたのは、九月十六日の七時四十五分、通学中のバスの中でのことだった。
時期も時間も中途半端、さらに言うなら内容も今一つはっきりしないものであり、さらに言うなら決めた理由も『自分が困ることはないだろう』という適当なものだったので、徹頭徹尾隅から隅まで曖昧模糊とした、不鮮明極まりないものだったが、それでも彼は決めたのだ。
そしてその決定が、この物語の展開の大きな要因となることとなるのだった。
そもそも、全ての始まりは昨日、つまり九月十五日の放課後までさかのぼる。
「秋舟、すこし相談があるんだけど、いいか」
彼の友人、つまるところの桶田直人が、(非常に珍しいことに)やけに真剣な表情で、秋舟に話しかけてきたのだ。
そのまま、二人は人気の少ない廊下に移動。
「俺、七野の事が好きなんだ」
移動するなり、桶田は唐突に内容を告げた。
七野凛は、秋舟と桶田のクラスメイトである。
所謂『深窓の令嬢』系の美少女であり、それなりにモテている。
「・・・・・・・・それをオレに言ってどうしようというんだ」
秋舟はあきれたように言う。
彼は桶田からの『相談』を聞いても、さして驚きはしなかった。
もともと、七野は美少女だし、本人は気付いていなかったかもしれないが、桶田が七野を気にしているそぶりは数週間ほど前からあったのだ。
秋舟的には、彼が
『七野超おもしれえ。恋とかじゃなくて、友達として好き』
と言い出したあたりから、こうなることは容易に想像できていた。
想像通り過ぎて、逆に恐ろしいくらいだった。
「なんていうか、秋舟なら何とかしてくれるかな、と」
「オレはお前にとってアレか、ポケットから何でも出してくれる青狸ロボ的な存在なのか」
生憎と秋舟は、どこでもドアはおろか、それを取り出すためのポケットすら所持していない。
「何て言うか寧ろ、魂と引き換えに何でも願いを叶えてくれそうなカンジ」
「悪魔か」
「近い」
「ちょっと待てコラ」
それは相談を聞いてもらう相手に対しての態度ではない。
秋舟は思ったが、話が進まないので黙っていることにした。
「兎に角、俺は七野の事が好きで、秋舟にはそのことに関して協力してもらいたいんだよ」
「協力ってお前・・・・・・・具体的には?」
「自分で考えてくれ」
随分と投げ遣りな相談だった。
そして桶田直人は言いたいことだけ言った後、『じゃ、俺は今日は用事があるから』と早々に退散してしまい、結局秋舟もそのまま帰宅したのだが、今朝のバスの中で実に今更ながら、その案件について思い出したのですこし考えてみることにしたのだった。
そもそも、七野凛がどういう生徒か、という点。
まあ、見た目はか弱い美少女、といった風なのだが内面は若干黒め。
秋舟や桶田の、麻雀仲間でもある。
たまに放課後に残って、安物のカード麻雀で遊ぶこともあったりする。
たしか、映画部に所属していた・・・・・・・・様な気がする。
見た目に反して案外俗っぽい性格なのだが、見た目しか知らない(要するに交流の浅めな)ファンがクラス内だけでも数名いる。
同じく映画部所属(だった気がする)の、里井魅花と仲がいい。
以上。
これが秋舟の知る、七野凛という人間のすべてであった。
次に、桶田直人。
短髪の秋舟とは対照的に、首にかかり長い時は肩にも届きそうになる長髪が特徴。
ゲーム部所属。プログラムが得意。
あくまで文化部一筋のはずなのに、体力測定や体育の授業では運動部の連中とも対等に渡り合い、場合によっては上を行くこともあるほど運動ができる。
成績も、それなりにいい。中の上の少し上、上の下くらい。
秋舟自身の総評は、『大抵の事をそれなりにこなす万能人』。
以上。
振り返ってみても、特に目新しい事は思い出さない。
考えを頭の中でまとめている間に、バスが学校前に到着したのでひとまず考察をやめて、秋舟はバスから降りると、学校へと歩いて行ったのだった。
「うーす」
登校すると、時間が早いせいか、教室の人はまばらだった。
「ん」
「おはよー」
「おう」
秋舟に数人が挨拶を返す。
桶田直人、加賀三九太、掛原様一の三人。
秋舟が、何時もつるんでいるメンバーである。
さらに、本来はここに木賀峰洪、木橋玲助、報坂上の三人が入るが、その三人は朝から部活の練習で居なかった。
「秋舟、ちょっと」
それから数分後。
昨日と同じように唐突に、桶田は秋舟を人気の少ない廊下へと連れ出したのだった。
「何だよ、俺達にも教えろよ」
「僕もー」
「ええい、鬱陶しい。ついてくるな」
まとわりついてくる加賀と掛原を引き剥がして、教室を出ていく。
「・・・・・・・・七野絡みの話か」
「まあな」
呼び出された理由は案の定、七野凛に関することらしい。
秋舟としても、そうだろうとは予想していたことだ。
「で、それがどうしたよ」
秋舟が訊くと、桶田は何故か少し、迷うような素振りを見せた後、言った。
「そもそも、『俺が七野を好きだ』という話はまだ、秋舟と玲助の二人にしか話していないことだったんだけど・・・・・・・」
桶田直人と木橋玲助は、つるんでいるメンバーの中でも仲が良い。
秋舟より先に相談を持ちかけていてもおかしくはない。
「昨日、帰りに里井に捕まって、白状させられてな」
里井魅花。七野凛の親友・・・・・・だったはずだ。
秋舟は確証のない、曖昧な記憶を引きずり出す。
「白状させられただけならよかったんだけど・・・・・ちょっとヤバいかもしれない」
「何がだ?」
桶田の言い方は少し大袈裟ではないかと秋舟は思ったが、構わず訊く。
すると、桶田は実につらそうに、絞り出すような声で言った。
「・・・・・・・里井は、この事を『七野本人に』話す、って言ったんだよ」
・・・・・・・。
ああ、確かにそれはマズいかもな。
秋舟はなんとなしに上を見上げたが、そこには薄汚れた、廊下の天井があるだけだった。




